23
23
屋敷に居る間に、セイは色んな話を聞かせてくれた。
妖魔の森と、精霊の森は別々の場所にあるけれど、入り口だけは様々な場所にあるんだってことや、精霊と妖魔は対で同等ではあるけれど、今はとても仲が悪いって事など。
他にも、この村には妖魔(今はセイが長なので、セイが…ということになる)が許した人間しか居つけないことや、毎回入り口が変わる事。
一旦、この中へ入った人間だけは、勝手には出ていく事が出来ない事なども言っていた。
それは、きっとここに居る人達皆の、過去に起こった事が原因なのだろう――と、僕なりに推察した。
そして、ガルドには、旅に出るならそれなりの支度をしなくてはならないと、セイなりの優しさで厳しく指導するとのこと。
もう、ガルドは好奇心を最大限まで膨らませ、絶対に僕と一緒に旅をするんだと、そう断言してくれたのだ。
テイトは、そんなガルドに随分と気を揉んでいるようだったけれど、セイは『これも運命』とガルドの同行をあっさり許していた。
まあ、僕としては、自分の事を知っているガルドが一緒だと思えば、ある意味で心強いとも思える。
ただ――心配することも、ない訳じゃないけれど、ね。
また、ここにきて知った一つの真実――。
神官さまが仰っていた、森のなくなる理由。
緑豊かだったこの大陸では、突然森が消えると聞いていたけれど、実のところ、この森が消える原因は、妖魔や精霊が原因だったのだ。
人が、妖魔や精霊に怯え、森を焼き払う事も少なくなく、また半妖や半精霊の居る森を焼き払う事など良くある事で、それらを神官さま達には知られぬよう、後始末をしているのだと言う。
僕は、これには人間という生き物がどれだけ傲慢なのかを思い知らされてしまった。
悲しくて、苦しくて――けれど、セイは言う。
それが、人間なのだ、と――。
そして、それだからこそ、人間なのだ……と。
けれど、そんな言葉が慰めになるはずもなくて……なのに、ガルドやテイトは優しく僕を慰めてくれた。
『それでも、自分達は人間を憎み続ける事が出来ない――自分達もまた、人間の血を体に宿しているから』と―――。
なんて温かくて、なんて大きな人達なのだろう、半妖という生き物は……。
僕は、この時には決心していた。
こんな彼らを決して傷つけてはいけない――と。
僕自身もまた、彼らを守れるような人間になりたい、と。
例え、どんな事があっても、どんな人であっても、このセイが守ってくれている森を壊すことはさせない―――と。
そうして家に戻った僕達は、母の看病をしたり、家の中の手伝いをしたりと忙しく働いていた。
と言っても、ガルドだけは屋敷に置いてきぼり。
何しろ、セイから充分に準備を整える為に、指導されるのだと言われたから。
ガルドは必要ないって、散々喚いていたけれど、そんなことに妖魔であるセイが手を緩めるはずもなくって…帰り際、テイトと二人、苦笑してしまうのを抑えることも出来ずに帰宅したのだった。
「それにしても、そのマントの下に隠していたものが、俺の知るものだとは思いもしなかったなあ」
仕事を終え、どうにか夕飯の用意を済ませた後、テイトがコッソリ近づいてきて話し掛けてきた。
母は、まだベッドの上で深い眠りの中にあり、マルは先ほどガルドを迎えにセイの屋敷付近までお散歩中。
だからこそ、そんな風にテイトが話し掛ける事が出来たのだろう。
マルには、今夜にでも僕の正体を見せる事になっているけれど、しっかりとした口止めが必要になる。
と言っても、どうやら妖魔や半妖には、その手の呪文があるらしいので、心配もしていない。
「しかも――女の子だとはねえ…今までの旅、大変だっただろ」
別段、同情してるようでもなく、軽口で聞いてくるテイトは、本当に気さくなオジサンという感じだ。
しかも、その口調は、その体に見合って豪快でもある。
無骨そうに見えるその手は、実のところ凄く器用で、食事の支度も母より下手をしたら手早いかもしれない。
が、しかしながら、その味付けは、僕の方がまだましだという感じなのだけれど……。
「そうでもなかったよ。僕を女だって思う人は居なかったし――小さな子供の男の子、とでも思ってたんじゃないかな?」
「その割には、剣も使ってきたんだろう?」
「うん。けど、そのお陰で、単なる小さな男の子じゃなく、使える少年と見なしてもらってたからね」
笑いながら言えば、テイトも楽しそうに笑ってくれた。
まだ、母が眠っていることもあるため、その声はテイトにとっても気を使っているものだと言える。
「お前の母さん――は、疲れてるんだろうね…」
ふと、テイトが母の眠る部屋へ視線を向けて言った。
その言葉には、人情――なんていうと擽ったいけれど、そんなものも溢れてて…。
「うん――あの人は、元々旅なんか出来るような人じゃないから…家で畑仕事はしていたけれど、それ程大きな畑じゃなかったしね」
「そうか――まあ、うちでゆっくりと静養したらいいさ」
「ありがとう――」
「でもまあ、マルとテイトが居たら休まるものも休まらないだろうけどな」
何時の間に戻ってきたのか、唐突にガルドの声が聞えてきて振り返れば、悪びれない顔をした彼がマルを腕に吊り下げて立っていた。
「お前なあ…帰ってきたら『ただ今』が先だろう」
「そうだ、そうだ!『ただ今』が先だ!」
「それに、何だ、今の言い草は」
「そうだよ!僕とテイトが何だって言うのさ!」
「喧しいなあ…ほら見ろ、アンジーの母さん、起きちまったじゃんか」
と、まだ開いてない扉へ視線を向ければ、奥からカタリと人の動く気配が聞えてきた。
すると、ブゥッと大きく頬を膨らませたマルが、ガルドの足を蹴飛ばして母の部屋に飛び込んで行く。
その姿は、まるで母親を求めて止まない、小さな子供で――村での僕の姿と重なった。
「あ〜あ…ったく、お前が余計な事さえ言わんかったら、彼女を起こすこともなかっただろうに」
なんて言うテイトは、それでも笑いながら母の部屋に入って行ったマルを呼び付ける。
ガルドは、ふんと鼻を鳴らしたものの、謝る気配などさらさら無さそうだ。
僕は、そんな風景を見ながら、つい苦笑を零した。
夕飯を終え、母が眠る前に、と設けられたお茶の時間。
マルを目の前にして、僕はマントを脱ぎ捨てた。
一瞬、母の顔が強張りはしたのだけれど、彼女にも知らせる権利というものがあると、僕はセイと会った時の話を聞かせる事にしたのだ。
彼らには、僕の本当が見えていること、そしてそれは決して危険ではない事を告げると、母はそれでも心配そうにして彼らの事を見つめていた。
マルは?と言えば、テイトから口封じの術――じゃないけれど、そんなものを掛けられていて、外では口外しないよう、再三の注意も受けている。
「アンジー…あなたが女の子だっていうのは?」
「知ってるよ、皆。僕の本当を見てしまったら、気付かない筈はないからね」
「……これから先は?」
「大丈夫。俺は、ベラベラと言えない立場だしな。心配すんなって」
「……それにしても……」
そう言って母が口を噤み、少しだけ拗ねたような顔をしてみせる。
そして、彼女の言った言葉は……。
「あなた達ばっかり、アンジーの本当の姿が見えて、狡いわ…あたしなんて、初めて会った時から見た事ないのに…」
その後、僕達が彼女の拗ねている真実を知って、笑わずにはいられなかった。
まるで、子供のように拗ね、マルと同じように頬を膨らます母は、本当に可愛らしい感じがして……そんな母を温かい目で見つめているテイトの事なんか、全然気付くことはなかった僕。
それは――決して遠くない幸せが、母にも訪れる予感だったのにも関わらず――。




