22
22
次の日の朝、僕はテイトとガルドに案内されてセイの家へ向かっていた。
夕べは散々母に叱られたり悔しがられたりで大変だったけれど、一緒の部屋で眠りに就く時には機嫌も治ったのだろう母にお礼を言われた。
そんな母は、やはり、と言うべきだろう――ここまで旅をしてきた疲れが一気に出てしまったのか、ベッドから出る事が出来なくなってしまった。
過労、と診断された母は、仕方なく僕達の言うことを守ってベッドで横になっている。
セイの家は、集落の外れの、とても見晴らしの良い場所に屋敷と言っても誇張ではないほどの大きさを持って存在していた。
僕達が到着すると、屋敷の使用人だという人に迎え入れられ中へと案内された。
どうやらガルドもココへ来るのは初めてだったらしく、物珍しそうに屋敷の中をキョロキョロと見ている。
テイトは――この村が出来た初めの頃から居たとの事で、セイとも随分親しいのだと言っていた。
屋敷の中に入って直ぐ目に飛び込んできたのは、目の前にある大きな扉。
今まで屋敷なんていうものには縁がなかった僕だけれど、元の世界で見た事のあった屋敷とも作りが違う。
広めの玄関を通り、その大きな扉を開けると、そこにあるのは階段と長い廊下。
一階部分には、その廊下の途中途中に、いくつもの扉があり、奥の方から人の居るざわめきが響いてくる。
二階へ繋がる階段は、曲がりくねりながら綺麗な円を描いていた。
螺旋――という程の長さがあるわけではないけれど、これも螺旋階段というのかも知れない。
大半が木で作られている家の中は、温かくて柔らかな香りがした。
「セイさまは、お二階で皆さんをお待ちしております」
使用人は僕達を階段の方へ案内すると、先頭に立って進んで行った。
階段を上がって見れば、小さな広間とその先には大きな扉が今度は三つ。
一つは客間で、もう一つはセイの個室、そしてもう一つは書斎なのだと使用人は物珍しそうにしている僕達に教えてくれた。
そして、客間だという扉を開けると、広々としたリビングにのソファにセイがノンビリと座っているのが見えた。
「ようこそ、ダシルの館へ」
まるで貴族のように気品のある立ち上がり方をすると、セイは僕達を屋敷の主人らしく迎え入れてくれる。
セイは自分の座る目の前のソファを手で指し示し、僕達に勧めてくれた。
そして、僕達がそこへ腰を降ろすと同時に、案内してきてくれた人が退室していった。
「さて――色々とお話をしないといけないでしょうが…まずは、そのマントを脱いでもらっても良いかな?」
やっぱり――と、ここへ来るまでの間、不安に感じていた事が的中した。
ガルドに出会って思っていたけれど、妖魔や精霊には僕達の考えが及ばないような力があるんだろうと思う。
どうせ、ガルドには知られてしまっているのだ――今更、躊躇しても仕方ない。
でも――彼らは、きっとこんな僕でも受け入れてくれそうだ…と少しだけ安易にも思える考えがあった。
例え、僕が全ての話をしなかったとしても…。
だから、僕はそんな考えに勇気を貰いながらもゆっくりと、自分の全身を覆っているマントに手を掛ける。
フードを外すと、テイトの息が止まった気がした。
それでも気にしないようにして、僕は着ていたマントを脱ぎ捨てた。
「やはり――君が伝説の方か――」
僕の姿をしみじみと見つめたセイは、そう言って大きく息を吐き出した。
と同時に、使用人が部屋に入ってきて僕達にお茶を振舞ってくれる。
彼もまた、僕の姿を見て一瞬だけ驚き、目を見開いていたものの、直ぐに自分を取り戻し、本来の自分の仕事をしてから部屋を辞して行った。
「とりあえず、テイト、落ち着きなさい」
テイトは、セイに声を掛けられるまでの間、どうやら息を詰めていたらしい。
いきなり、大きく咳き込んだかと思うと何度となく深呼吸をして落ち着こうと必死になっている。
ガルドは以前に僕の姿を見た事があったし、ついでに好奇心の方が勝っているらしく、隣りに座ったまんま、僕のことをジロジロと見ていた。
何だか、思いっきり見世物気分だ…。
凄く嫌な気分ではあるものの、ガルドには悪気がないことなので黙って好きにさせておいた。
だって、どうせ何か言ったとしても、彼の事だから『だって興味あるもん』とか何とか言われて終わるに決まってるのだから……。
「ガルドも――君だって、そんなにジロジロと人から見られたら気分が悪いだろう?」
「いいや、こいつにならジロジロ見られてもいいぞ、俺」
「…ガルド…」
僕が彼の名前を呼んだのと、セイが呆れたように溜め息を吐いたのは同時だったと思う。
けれど、テイトは相変わらずで…どうやら必死に落ち着こうとはしてるんだろうけれど…。
「まあ、そんなことは良い。君の話は後回しで、色々と話すことがあるだろう。まずは、私から話をさせてもらうよ」
そう言ったセイが話し始めたのは、この村の始まりから結界の話、また半妖と妖魔、精霊などの話に至った。
「妖魔も精霊も、元は同じ者。対で同等、けれど持っている力だけは違ってしまった。元々、私達は自然の力を使って術を放つ。それは神官達が行う方法とは違うもの。そして、精霊は癒しを主に術を使い、我ら妖魔は自分達を守る術を使う。時には――攻撃的なものを使う者も居ないわけじゃない」
「その力のせいで、人間から疎まれるように?」
「そうだね――最近では、神官の言葉に耳を貸さず、自分達を守る事や利益しか考えてない人も多くなった。そのせいかも知れないね」
「でも――それだけの為に、どうして半妖を?僕達と同じ世界に生きる者なのに――」
「それは、その人々にしか判らないこと…私達妖魔は、元々人間に追われ世界から切り離された場所に置かれている。半妖もまた、同じような目にあっている、それだけが事実」
セイは悲しそうな目をして、どこを見るともなく遠くを見つめた。
「半妖が追われるのを見かねて、ダシルという力の強い妖魔がここを作り出したのは話したね?」
「はい」
「この森も、この集落も、彼のお陰で作り出された安全な場所です。けれど、安全ばかりで生活していくのは不可能です」
「……やっぱり、ここも危なくなる時が――来るってことですか?」
「いや、危なくなる訳じゃない。そうじゃないんですよ…ただね――新しい物を受け入れなくてはならない時期が迫ってきているということ――それが――君の存在だよ」
「え!?」
セイの言葉に、僕はつい思わず大きな声を出していた。
何で、そこで僕が出てくるの?
そう思わずには居られなかった。
だって――僕がここに来る事なんか、誰にも判らなかった筈なんだから…。
それとも、これもまた彼ら妖魔の力なのかな?
そう思っていると、まるで僕の考えていることが判ったかのように苦笑を漏らし、そしてセイは話を続けた。
「我らが妖魔の森でも、一つの伝説がある――それは、精霊の森にもあるものだと聞いた」
『竜が永い眠りに就くその前
新たな息吹きと新たな芽吹きが
竜の世界へ舞い降りる
その者 人のものでも 妖のものでも 聖のものでもない者
新たな世界 始まるその前
竜の眠りを和らげる者』
セイが唱えた言葉は、まるで意味不明で、それを彼らは理解してるのか?と思わず首を傾げた。
もちろん、ガルドも全然理解してる風はなくて、セイとテイトにだけは判っているみたいだった。
「竜に出会える者が、この世界を変えてくれる――安定を戻してくれる、って意味だよ、簡単に言やぁな」
テイトが苦笑しながら、首を傾げている僕達に説明してくれたけど――それでも、やっぱり意味不明。
確かに僕は、竜に会うというのが最終目標ではあるけれど、本当に安定なんかを齎すことが出来るのか?と聞かれたら答えはノーだ。
だって――こんな小さな僕に、何が出来るというの…。
ただ、僕がやらなくてはならない使命があるから、こうして旅はしてるけれど……。
「君には重い言葉なのかも知れないが――是非とも私達に希望を与えて欲しい…その為にも、何かあれば私達も力を貸そう」
その言葉は、決して普段から力を貸す訳ではないけれど、本当に危ない時には助けてくれると言う、そういう暗躍があることを、後になって知った僕。
それも――ずっと、ずっと後になってから―――。




