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ケールの街から国境までは、随分と掛かると聞いていたけれど、ガルドの話では歩きでも四日か五日で到着するとのこと。

ただ、途中で大きな森が邪魔しているため、そこを迂回するのであれば一週間以上は掛かるらしい。

けれど、ガルド曰く――その森を経由した方が安全で早いとのことで、母と二人頭を悩ませた。

だって――森と言えば、盗賊が巣にする場所だ。

それなのに、ガルドは『絶対に大丈夫だ』の一点張り。

こいつ――本当に言い出したら利かないタイプなんだから…と、母と二人で大きく溜め息を吐き出した。

 

三日目の夜は、残念ながら近くに民家のない、見通しの良すぎる場所での野宿となった。

と言っても、木々が無いわけじゃないので、その木陰で暖を取る。

もう、既に冬へ入ってると思われる気候に、母の体力も少しずつ変調をきたしていたから、なるべくゆっくりな旅を心がけたのだけれど…それでも、やっぱり野宿は彼女の体に大きく負担となって圧し掛かっているしい。

顔には出してないつもりなのだろうけれど、ガルドも僕も、それに気付いていた。

ケルーの街で、新しい冬服と防寒具を用意していたお陰で、昼間はいいのだ。

けれど、夜にもなれば気温が一気に下がり、寝袋での眠りは体を休めてはくれない。

 

「やっぱ…お前の母さん、心配だな」

「…うん…」

「余計に森の経由が必須だと思うぞ、俺…」

「何で?それだけ大きな森なら、盗賊が隠れてる可能性だって多いんじゃないのか?」

「…大丈夫だって、あれほど説明したのに…信じてくれないんだな…」

「悪い…けどさ…僕達だって、ここへ来るまでの間、随分とあちこちを経由してきたんだ。大きな森には盗賊が居るっていうのが常識な気がする位には、見てきているんだよ」

「…むぅ…」

 

どうやら口を尖らせているんじゃないか?っていう呻き声を出すガルドに、僕は苦笑を漏らす。

 

「お前の母さんが居るから――言いたくなかったんだ…」

「へ?」

 

いきなりガルドの零した言葉に、僕はマヌケな返事をしてしまった。

けれど、彼は気にすること無く話を続ける。

 

「その森に、マルを連れて行った集落があるんだ」

「は??だ、だって、それって――」

「あそこなら――お前の母さんが休む事が出来る場所を提供してくれる…」

「で、でも――母さんにだって、知られたくないんじゃ?」

「ああ…知られたくない…けど、こんな顔色でいる人を…俺は放置するほど人非人じゃないよ」

「……ガルド…」

「そりゃ、俺だって知られて大丈夫か?って聞かれたら不安なんだ…けど……」

 

そう言った後、ガルドはジッと黙って火を見続けていた。

そして…。

 

「お前の母さんさ――お前のこと、凄い大事にしてるじゃん」

「うん、まあね」

「それに、お前も…そうだろ?」

「当然だろ?」

「……俺、自分の母さんには、それが出来ていたか判んないけど、大事だったし…だから…お前達のことを助けてもいいかな?って思ったんだ」

 

ちょっと子供が拗ねてるみたいな言い方をするガルドは、けれど一生懸命に僕を説得しようとしてるんだと判った。

本当は怖い――自分達の正体が知られたら何をされるか判らないから――。

けれど――見捨てられない――という矛盾した気持ち。

僕にしてみれば、人間に酷い事ばかりされてきたガルドが、何でそこまで考えてくれるのか不思議なくらいだ。

ただ、もしかしたら、と思うこともある。

僕の母と自分の母を重ねてしまっているのかも知れない――と。

本来なら、三日も歩けば彼の言う森付近に到着していてもおかしくないはずなのに、態々母を気遣ってか、途中で何度も休憩を挟んでくれるガルドが、決して悪いヤツには思えない。

いや、それ以前に、僕は――自分の正体がバレたというのに、彼を警戒していないんだ。

これも、彼の半妖の力なのかも知れない。

それでも―――。

 

「判ったよ…じゃあ、森を経由して――出来たら母さんを休ませて貰えるかな?」

 

僕がそう言った途端、ガルドがガバリと顔を上げた。

その拍子にフードがズレて表情が見えたのだけれど…その顔は、思いっきり嬉しそうに輝いていた。

そんな顔を見て、僕も少しだけ嬉しく感じられる。

何ていうか――本当に憎めないんだ…このガルドってやつのことを――。

 

 

 

どうにか、ガルドの言う森に到着できたのは、それから二日後の事。

ゆっくり、ゆっくりと歩を進め、どうにか辿り着いた森は想像していたものよりもずっと大きく感じられる。

しかも――やたらと薄暗くて、薄気味悪さも感じられた。というのは、決して口には出さなかったけれど、ガルドも僕達の態度で気付いている様子。

それでも知らぬ顔をして、颯爽と森の中へと足を踏み入れて行った。

 

「こっから少し行った所で、結構開けた場所があるんだ。そこで一旦休憩を入れようぜ」

 

スキップでも始めるんじゃないか?ってくらい、陽気に歩き出すガルドに、僕と母は顔を見合わせてクスリと笑った。

母も、この時にはどうやらガルドが普通の人間じゃないと気付いていたのかも知れない。

時々、休憩の合間や夜寝ている隙に、母の頭へ手を持って行ったりする事がある。そうすると、母の顔が少しだけ赤味が差して、具合が良くなっているようなのだ。

それがケルーを出てから五日も続いていれば、何かしら感じるものがあってもおかしくない。

元々、抜けている彼女だけれど、ある部分では敏感な人なのだから…。

 

 

森へ入ってから一時間程で、ガルドの言っていた場所に到着した。

人気の無い、シーンと静まり返ったそこは、ある意味で神聖にも感じられる空間。

そして、人の手で作られたかのような、その場所はとても空気の良い、浄化されている場所のようにすら思えた。

 

「綺麗ね」

 

母がポツリと言えば、ガルドが嬉しそうに『だろう?!』と返事をする。

その態度に、また母と二人で顔を見合わせて笑い合う。

何だか、今までの旅の中で一番穏やかな気持ちになっている僕達。

そんな僕らを余所に、ガルドは小さな石をかき集め、近くにある折れた小枝などを持ってくると小さな焚き火を始めた。

母が僕の鞄に入れてある手鍋を出して、お茶の時間の始まりだ。

 

「それにしても、ガルドさんは色んな所を旅してらっしゃるのね」

 

母が言うと、ガルドは顔を左右に振って『この辺しか知らねぇ』と返した。

それでも、母は関心しているようなのが判ると、何だか嬉しそうなガルド。

こんな穏やかな日々は、村に居た時以来かも知れない。

そう思うと、何だか凄く懐かしくて気持ちが和んでいく。

と――母がお茶の用意をしている最中に、ガルドが僕のことを呼んだ。

と言っても、近くから離れるわけにもいかないので、少しだけ距離を置いただけ。

そして、こっそりと話し掛けてきた。

 

「今日の夕方には集落に行ける。この少し先なんだ…けど、人間に知られないようになってるから…お前の母さんには気絶してもらいたいんだ」

「は?」

「しーーーっ!」

 

ガルドの言葉に、思わず大き目の声が出て口元を押さえ込まれた。

息苦しさもそうだけれど、いきなり何を言い出すんだ、ガルドは!と抵抗しようとして思い出した。

ああ、そうか――人に知られると、そこを焼き払われる――んだっけ。

 

「わ、判った…」

 

彼の手の隙間から、どうにか返事をすれば、ごめんと小さく言われた。

それから――。

 

「ここの集落だけは他と違うんだ…だから、ごめんな…?」

「でも、それなら僕はいいの?」

「だって、お前は俺達みたいのを邪険にしたり殺そうとしないだろ?」

「…当たり前だろ?生きてるものの命を奪うのは、自分が危なかった時と食べる時と相場が決まってる」

「……変なやつだな、やっぱり」

 

真剣に答えた僕に、ガルドは苦笑しながらそう言うと、もう一度言い聞かせるように囁く。

 

「とにかく、人に知られるのは困るんだ――今回の場所は特に――な」

「判った…僕は口を噤むし、母は…申し訳ないけれど眠ってもらおう」

「ありがとう…」

 

その言葉を最後に、母から呼ばれてお茶を飲みながら歓談した。

母は、体調が思わしくないにも関わらず、ガルドの陽気さに惹かれているのか、同じように笑って話を聞いている。

その姿は――村で見た時と同じように、とても穏やかに感じられた。

 

 

 


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