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ケルーに到着してから三日目の事。

僕は同じ宿屋に、一人の客を迎え入れる手伝いをしていた。

のっそりと入ってきた大きな男は、僕と同じようにマントで身を隠すように入ってきて、小さな声で一日の宿をお願いして来た。

しゃがれて声を出すのも苦しそうな男は、それだけ言うと宿賃を多めに払って部屋に篭ってしまったけれど、店主と女将さんは気味悪がる事もなく、『たまに居るわ』と笑って言っていた。

もう一組の客は、今朝早くに宿を引き払い、アールの街へ向かったと言う。

僕は明日には宿を後にするため、最後の旅支度をすることにした。

街の中央にあるアーケードへ行き、旅に必要な物を揃えていく。

水や日保ちのする食料、薬の補充をしてから、今度は擦り切れてしまっている母の服を一着。

僕のはマントがしっかりしているお陰で、随分と服が保っている。

後は、随分と寒くなってきているから、母のコートも必要だ。

そうして、全ての準備が終わると、鞄を抱え宿屋に戻った。

 

宿に戻れば、母の元気に笑う声が奥から聞えてきた。

女将さんと楽しく炊事をしているのだろうことが窺えて、僕の顔も少し緩む。

店主は、事務仕事でもしているのか、僕が戻ると『おかえり』と一声掛けるだけで、テーブルに置いてある書類から目を離すことはなかった。

荷物を抱え部屋に戻る。

そして、ふと自分を見つめる視線に気付いた。

嗚呼…と、思わず声が漏れる。

 

「本当に来たんだ――」

 

僕は、何もない空間、けれど少し歪んでいるそこへ向かって声を掛けると、ゆらりとガルドが姿を現した。

まったく……まさかとは思ったけれど…と嘆息しつつ彼を見れば、片眉を上げて見返されてしまった――。

 

「約束――しただろ?」

「そうだけど…まさかって思ってたから…あの子、マルって子は?」

「この街の先にある、大きな森の集落に置いてきた」

「置いてきた…って…可哀想に」

「可哀想じゃないぞ。俺達は、そうやってどうにか生きてきたんだから…アイツも判ってる」

「そうかも知れないけど、まだ小さいのに」

「お前も小さいだろう?」

 

と、悪ガキみたいな笑みを作ったガルドに、思わず大きな溜め息を漏らした。

確かに小さいのは否めないけどさ…こっちの連中がデカ過ぎるだけだと思うぞ、僕は…と心の中でひとりごち、ガルドを睨んだ。

 

「で、本当に一緒に行くわけ?」

「ああ、当然じゃんか。俺はお前の秘密が知りたいって言っただろう?」

「秘密って……そんなことの為に?」

「そんな事って…お前にはそうかも知れないけど、俺には大きな事なんだよ」

「ふーん…でも、僕は母さんと二人旅をしてるんだよ…どう説明するわけ?」

「……適当に何でも言えばいいじゃねえか」

「そんな訳にはいかないんだ」

 

強い口調で言い返せば、急に静かになって下を向くガルド。

どうしたのか?と思えば、何やら必死で考えているようだった。

その顔が、まるで悪戯を考えている村の子供のように見えて、つい面白くて笑いそうになる。

何だか、懐かしい感覚だ。

 

「お前の母さんは、俺達の事を知ってると思うか?…その、危険…とか」

「あ?…さあ?…でも、もしも知ってたら、僕に注意するように言ったりするんじゃないかな?君達の、その魔法みたいなヤツのことでしょ?」

「ああ…うーん…そうか…」

「それに、僕達の村では、前にも言ったけど半妖とかに出会ったことなんか一度もないし…」

「うーーーん…でも、俺が半妖だってことは、まだ知られたくない…な」

 

ガルドは、そう言いながら少しだけ苦い顔をしていた。

たぶん、今までが今までだったからだろうとは思う。

半分は人間で、半分は妖魔で――それなのに、人間に疎まれて殺されそうになってきたんだから、そう思っても仕方ないんだろう。

けど、問題はそこじゃなくって…だ。

 

「でも、俺も一緒に行く!」

 

きっぱりと――それもハッキリと言い切るガルドに、僕はどう説得して良いのか判らなくなっていった。

どんなに言っても、どう説得しても彼の意思は固く、本気で一緒に旅をするつもりで居るらしい。

体の色を変えたり、姿を変えたり出来ないという彼は、それでも僕の説得に耳を貸す気配はなし。

それどころか、意地になって拒否すればするほど、何が楽しいのか『絶対に行く』と笑いながら言う始末。

どうやったら、この子供のような我がまま男を説得出来るのか…頭が痛い思いだ。

 

「けど、ガルドは人間が嫌いなんじゃないの?」

「嫌いだぜ……けど、そこはあれだ!それはそれ。これはこれ、ってやつ」

「どういう思想なの…それは」

「大体、お前は普通の人間達と違う!」

「いや、同じだから…」

「ついでに俺が興味を持つような秘密を持ってる」

「…興味は、持たなくていいよ」

「最後に、俺がお前を気に入ったからだ!」

 

そう言われてガクリと体が崩れた。

それは思わず――ではなく、予期しない言い分に、だ。

何を言い出すのかと思えば――ちょっと、どういう意味なの、それ…。

 

「人間にも良いヤツと悪いヤツが居ることくらい、俺にだって判る」

 

と断言するガルドに、何を威張りながら言ってるんだか、と呆れて見ていた。

 

「それにお前と同じように、マントとフードで、ほらっ!隠せるだろ!?」

 

着ていたマントのフードを僕と同じように被って見せるガルドに、僕は思わず大きく肩を落とした。

そして、その時になって気付く。

 

「ガルド…お前、今日の客??」

「そうだぜ。お前、全然気付かなかったよな」

 

ニヤリとフードの合間から笑った顔を見せ付ける彼に、またもや溜め息が零れた。

ホント、この男は――と呆れてしまう僕をよそに、彼は意気揚揚と、既に同行する気満々だ。

けど――確かに…ガルドが居てくれるのは、心強いような心許ないような…それでいて楽しそうに思えて…。

 

結局――母が戻ってきた時にガルドの存在、というか訪問を知られて、尚且つ『一緒に旅をするんだ』と言い張られ、そして母の有無も僕の意見も無視した彼は旅に同行することと相成ったのである。

もちろん、後から母が不安そうにしていたけれど、彼曰く『俺の家族を助けてくれたアンジーを守りに来たんだ!』とのことらしく(彼にとってはマルを助けた事を言いたいらしい)、それに感動を覚えた少し抜けている彼女は、それだけで納得してしまったようだ。

というか、母は元来、少し抜けているというか、そういう所があるのをすっかり忘れていた僕のミスだとも言えるんだけどね……何か、先が思いやられる…というか、先行き不安…が正解かな。

 

 

その後、彼が様々な話を聞かせてくれて、母は楽しそうに笑っていた。

自分の旅支度は自分で出来ると言うだけあって、かなり頑張ってきたらしいガルドは、どうやってお金を稼いだのかだけは教えてくれなかった。

だけど、疚しいお金じゃないことは、彼の隠された顔を覗きこめば一目瞭然。

彼も僕と同じように、大きなマントとフードで全身を覆い隠しているから、覗き見るのも大変だったけれど、その声音が真実だと教えてくれている。

まあ、盗みだとか人を傷つけたとか、または何か大切な物を売ったとかでなければ良しとしようと思った。

何よりも――母が妙に嬉しそうだったから…というのが一番なんだけれど―――。

 

そうして、僕達は次の日、親切にしてくれた宿屋のご夫婦に見送られ、国境を越えるべく出立したのだった。

 

途中、アロウとブレアンの事が気に掛かったけれど、それでも彼らと共に旅をするよりは、この姿を知っていて尚且つ口を閉じて居てくれるガルドの方が安心出来ると思っている。

もちろん、このガルドが本当にただの好奇心で付いて来ているのかは、いまだに謎ではあるけれど、それでも忠実に僕のお願いだけは守ってくれていた。

母に、僕の姿を見てしまった事を言わないこと、何があっても僕を女扱いしないこと、僕よりも母を優先して守る事。

僕のお願いは、この三つだ。

最初、彼は僕が男の子だと信じてくれていたらしい。

けれど、それにしては声が高いのと華奢な事から、後で気付いたのだと言っていた。

だから、念を押したのだ。

僕が何者であるのか――それが知りたければ、今は決して黙って居なくてはいけないのだ、と――。

もちろん、ブチブチと言っていたガルドだけれど、それでも納得してくれたみたいだ。

出立する時間を取り決めた時など、もう嬉しそうにはしゃいでいた。

母もまた、そんなガルドの顔や姿はマントで見えなくても、雰囲気や話し方で判る態度に、とても満足しているようだった。

 

 

こうして、僕達は、新しい旅の仲間を連れ立って、国境を越える旅に出たのだった。

 

 

 


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