16
「僕は、各地の神殿を回って旅をしてるんだよ」
僕は、全部を言うことは出来ないと必死に説得しながら彼に話し始めた。
初めこそ、『何でだ?』とか『全部言えっ』とか脅し気味にしていたガルドだったけれど、頑なに『言えない』と繰り返す僕に、どうやら言えない理由もあるのだと気付いてくれたようだった。
「で、大神殿まで行くって訳だ」
「うん――僕も色々と知らない事実があるんだよ。それを聞かせてもらいにね」
そう話終えた時、ガルドが真剣な顔をして僕の話を聞いてくれていたことに少し嬉しい気持ちになっていた。
実のところ、本当に話し聞かせた訳じゃない。
ただ、僕は自分を隠して大神殿まで行くのが使命なのだと言い聞かせただけ。
火傷の痕に関しても、彼が見てしまった僕の本当の姿を隠したいからだと言えば、それなら仕方ないのかもなと言っただけ。
もしかしたら、彼もまた、自分の姿を隠しながら生きている自分と重ねていたのかも知れない。
と、そんな時――。
「あ、マルのヤツ…」
「え?」
「アイツ――まだ自分を隠したりする術も使えねぇってのに……」
「どうしたの?」
「俺が言った場所から移動しようとしてやがるっ」
ガルドが唸りながらそう言うと、いきなり立ち上がった。
そして――。
「マルの事を預けられる集落が、この先にあるんだ。そこに、あいつを預けたら俺は自由が出来るようになる……そうしたら――そしたらさ、俺も一緒にお前と旅してもいいか?」
「……はぁ!?」
あまりにも突拍子のないガルドの申し出に、僕は本気で間抜けな返事をしていたと思う。
けれど、それも当然のこと――だって、一緒に旅をするだなんて……。
それなのに、彼はまるで僕の態度なんかお構いなしに、決定事項だとでもいうようニヤリと意味深な笑みを見せ付けてくれた。
「俺――お前の秘密を知りたい――」
そう言ってもう一度ニィッと笑ったガルドは、僕の返事も待たずに姿を消してしまっていた。
「このままマルのトコまで行く――本当は、ここからずっとお前達と旅をしたかったけど、危ないからな……ケルーの街だっけ?そこに着いたら、お前と合流する」
姿無きガルドは、そう言い終えると、もうそこには気配すら感じられなかった。
僕は、もうその時には呆れるやらどうして良いやら判らず、ただただ大きく溜め息を吐くしかなかった。
だって、勝手な事を言ってくれた相手は、その場に居ないのだから……文句のつけようがどこにもないのだ。
まったく――と、もう一つ大きく溜め息を吐いて、僕はその場に呆然としていたと思う。
ただ、しっかりとフードを直す事だけは忘れなかったけれど――。
そうして僕は一抹の不安を抱えながら、仕方なく商隊の元へと戻ったのだった。
火の番をしていたブレアンに、訝しげな視線を貰ったけれど僕はそれを無視して毛布に身を包んだ。
どうせ、考えたってどうにもならない事…もしかしたら、新しい集落とやらへ入ったガルドは、僕に言った言葉など忘れてしまうかも知れない――出来たら、そう願いたい……ううん、本当にそうあって欲しい…そう祈りながら…。
その後、僕達は順調に旅を続けて行った。
時々、夜盗に襲われることはあったけれど、元々荷物を持っていない商隊を襲うのは冷やかしだったり、退屈しのぎな連中が多い。
それよりも怖いのは、荷物を積んで帰る時の方だと、ミンが笑って言っていた。
残念なことに、僕と母は国境を越えるため、彼らと戻りの旅には参加出来ない。
また、アロウとブレアンもまた、国境を越えるつもりでいるらしいとのことで、帰りはまた新しい傭兵を今よりも多めに雇うのだと言っていた。
僕達の給金は、さほど多いものじゃないけれど、それでも食事の心配や水の心配がないのは楽だと思う。
母も――本来の歩き旅であったならば、今頃こうして元気に炊事をしたりは出来ていなかっただろう。
けれど、やはり――と言うか、当然なのだけれど彼女にも疲れは見え始めていた。
決して、そんな態度を見せる事はない人だけれど、馬車の中での旅にしても途中休憩のないそれは、きっと苦痛に感じることもあるのだろう。
それでも、母は決してそれを見せる事なく、僕達と共に旅を続けていた。
もうすぐ目的の街へ到着だという時――今日はここで野営を組むことにしようとミンが指示した。
僕達は、いつも通りに辺りを見回りに行き、その間に母が炊事を熟す。
他の人達も、それぞれの支度を整え、野営を組んだ時のことだった。
僕らは周辺の見回りに出ている最中のこと――。
「大変だっ!」
テントを張っていた商隊の一人が大きな声で異変を伝えた。
何事があったのだ――と、僕はアロウと共に引き返せば、そこにはブレアンと母が真っ青な顔でミンを見下ろしていた。
「何があったんだ!?」
僕達は、慌ててミンの傍へ駆け寄ると――そこにはミンが足からかなりの出血をして倒れているのが見えた。
「どうしたのっ?!」
アロウに続いて僕が聞けば、母が力無く『カオンに襲われた』と呟く。
カオン――それは、僕が元居た世界で言うなれば栗鼠に似た動物で、けれどこちらの世界では小さな体の割に獰猛な肉食獣だ。しかも、一匹で行動することはなく集団での生活をするカオンは、一匹姿を見ただけで数十匹が陰に隠れていると言っているようなもの。
「拙いな――」
「うん…たぶん、あの林の辺りには随分な数が隠れている可能性があるね」
「ああ…となると、この辺での野営は難しいだろうな」
既にテントを張り、準備が整い始めていた商隊は、夜の帳が落ちる前に移動を余儀なくさせられた。
また、鋭い爪か歯で襲われたのだろうミンの手当てもしなくてはならない。
「母さん、悪いけど馬車をお願い」
「判ったわ――」
「皆さんは、せっかくだけどテントを畳んで移動の用意をして下さい」
「おう」
僕が母にお願いをしている間に、ブレアンが他の人達へ指示を出し、それぞれが慌てて準備に取り掛かった。
アロウは、その間にもミンを馬車へ運び込んでくれている。
「こんなこと、今まで無かった事なのに――」
商隊の一人がそう言っているのが聞えたけれど、僕は気にする事もなくミンの手当てに馬車へ乗り込んで行った。
神官さまから貰っていた薬草や手当てに使う用品は、彼らにも話してあった。
その為、僕が率先してミンの手当てをすることに誰も異存はないらしい。
馬車の中、ミンの容態をじっくり見るために、アロウがランプに火を灯す。
ボロボロになっているズボンを切り裂き、傷のある場所を見て見れば、どうやら彼らの爪で傷ついた事が判った。
「これなら、薬草を揉んで塗っておけば、たぶん大丈夫――出血もすぐに止まるよ」
そう言いながらミンを見やれば、彼も動揺していたのだろう、大きく息を吐き出して僕の言葉に頷いてくれた。
「悪いな、アンジー…」
「大丈夫」
そう断言しながらミンの手当てを続けていると、アロウが横で包帯を取り出した。
「ありがとう」
「お前、本当に色んな知識があるんだな」
関心しながら言うアロウに、思わず吹き出しせば、手当てをされていたミンもまた小さく笑った。
随分と気分が落ち着いているのだろう。
けれど、カオンに怪我をさせられたのなら油断するわけにはいかないのも本当。
「この後、熱が出るかも知れないから、こっちの薬を飲んでおかないとね」
「ああ。ありがとう」
「後は、ゆっくり眠る事――街に着くまでは、この馬車の中で横になっていた方が安全だね」
「だが――」
「馬車なら、商隊の人でも僕達でも操れますよ」
「そうか――そうだな…」
「ミンの世話は、お前の母さんが診るといいな」
「うん――母なら、僕よりも優しく面倒を診れますからね」
そんな冗談を口にしながらミンの気持ちを和らげる。
元々ミンという人は、とても責任感が強い人なのだと、この旅でよく知っていた。
だから、途中で仕事を変わる事が、とても気に病まれるのだろう。
母は、馬車を操りながらも、僕達の冗談が聞えたらしく、くすくすと笑い声を上げていた。
そして僕達は、どうにかカオンの行動範囲から離れる事が出来、見晴らしの良い場所で野営を組む事にしたのだった。