15
「お前の、その髪――その肌の色は、見た事もない」
小さな掠れた声でそういう彼に、今度は僕の方が目を見開いた。
だって――それって――僕に掛かっている術が彼には通用してないってことなのだから――。
先ほど、商隊の連中にも、腕にあったケロイドがチラリと見えたと言われた。
痛くないか?とまで心配された。
だから、術は間違いなく掛かっていて――それなのに、彼には僕の本当が見えてしまっている?
「それ…は…」
「お前――誰かに呪いでもかけられて…いや、術か…その表側にあるのは…」
驚愕した視線が、僕の事を射貫く。
これは、確かに神官さまから施されている術だ。
そして、僕の本当を見る事が出来るのも、神官さまだけ――母や父ですら、本当の姿を知らない。
それなのに…この男は――と、ココにきて慌ててフードを被った。
他の人に知られるわけにはいかない。
そう思っていたのに――。
「今、この空間には俺とお前だけだ。術を使ってるからな…他には見えないし声も聞えて居ない。だから、誰かが来ても大丈夫だ」
そう言って男が俺のことを見下ろしていた。
「それよりも聞かせろ。お前は何者なんだ?」
凄むように放たれた言葉…けれど、どこか彼の声は畏敬を含んでいるようにも思えて、僕は言葉を飲み込んでしまっていた。
どのくらいの時間、男と睨みあって居ただろう。
唐突に男が、ドカっと地面に腰を降ろした。そして、僕にも座れと合図を送ってくる。
「先に――俺の名前はガルド…お前は?」
腰を据えて話し始めた彼を見下ろし、僕は仕方なく座りこむと『アンジー』とだけ返事をした。
まだ、心臓が激しく踊っていて、どうしても平静を保つことが出来ない。
とは言っても、僕が動揺していることを相手に知られたくないとも思っていた。
「お前のそれ――火傷の痕に見せてるもの――それは誰がやったんだ?」
「……どうして?」
「いや――態々、そんな事をする必要性が判らない」
「……だからって、君に教える必要性も僕には判らない」
そう答えて彼を見やれば、眉根を寄せて渋い顔つきを作った。
何を考えているんだろう、この男は――と不安になりつつも、どこかで彼を疑いきれない自分に驚いた。
「ねえ、質問――」
「あ?質問って…俺の方が質問してるんだろ?!」
「ああ、うん…そうなんだけど、ちょっと色々と聞かせて欲しい」
僕は彼がまた口を開いてしまう前に、質問を口にした。
「さっき、君はこの辺りで術を使っているって言ったでしょう?」
「ああ」
「それって、魔法なの?」
「はあ!!?」
僕の質問に、ガルドは目を剥いて驚きを隠せない様子を見せる。
けれど、そんな風にされる覚えのない僕にとっては、そっちの方が驚きで…。
「お前―本当に何も知らないんだな…」
「だから、何を?」
「俺達、半妖のこと…」
「ああ…うん…でも、少しだけ知ってる事もあるよ」
「何だ?」
「妖魔と恋に堕ちた人間との間に生まれた、幸運の子供だって、神官さまが仰っていた」
そう言った途端、ガルドが殺気立ち、まるで射殺そうとでも言うのか、ギッと音がしそうなくらいに睨みつけてくる。
その目には、殺気だけではない何か痛々しいものも見えたけれど……。
そして……。
「ふざけるな!俺達が幸運の子供だと?!」
そう怒鳴ったかと思うと、僕の胸倉を掴み手を振り上げた。
僕には、ガルドの怒りがどうしてなのか判らないまま、けれど簡単に殴られるつもりもなくて――それなのに…彼の拳が落ちてくることはなかった。
続いて、彼の周りにあった殺気が一瞬にして消え失せる。
「俺達が幸運だなんて――そんなのはお伽話の中でだけだ…」
小さく震えた拳を今も尚高く上げたまま、彼が呟く。
「俺達は、妖魔にもなれず、人間でもない、半妖だよ」
まるで泣き出しそうなくらいに震えた小さな声がそう言って、ゆっくりと拳が下がり、僕を掴んでいた手が離された。
「お前、本当に何も知らないんだな…」
「だって――僕の村の神官さまは、彼らのことを神聖視していたし――そういう話しかしてくれなかったもの。それに――彼らと出会うなんて、一生ありえないって思っていたから」
「そうか――」
「でも、何で半妖だと捕まえられるの?」
その後、僕達は何だかとても打ち解けて話を始めていた。
ガルドは元々、血の気の多いタイプなのだろう。
時々、僕の言った無神経な言葉に短気を起こすこともあったけれど、それでも随分と我慢してくれているのだということが判る。
だけど時々、ジロリと睨むその目が金色に光り、綺麗だなあと思っていることは口に出さないでおいた。
「妖魔ほどの力じゃないけどな…俺達も術――神官とかが使うもんとは違う種類のもんが使えるだろう?」
「うん」
「それのせいで――俺達が、人間に悪さをするって思ってるんだ…時にはその場で殺される」
「えっ!?」
ガルドの言葉に、僕は思わず大きな声をあげてしまった。
だって――何だって、たかがそんなことで…殺すの?
「お前みたいに、俺達の事を神聖視するヤツは、この辺じゃ珍しいよ」
そんな風に投げやりな言い方をする辺り、本当のことなのだろう。
僕は痛む胸を抑えて、ガルドの言葉に耳を傾けた。
「この辺の連中は、俺達が住む場所を探しては火をつける事もあるんだ…」
「まさか――」
「だから――俺とアイツ…マルっていうんだけど、アイツとで、新しい居場所を探してた」
「新しい、居場所?」
「そう――前の集落は、火を放たれて焼けたんだよ…親も、何もかもを残すことなく…」
そう聞いた瞬間、僕は胸が苦しくなった。
だって――何で幸運の子供達が殺されたりするの?
「確かに――俺達の仲間は、それなりに術も使えたし、悪さをする連中もいないとは言わない――でも、それは人間もそうだろ?」
「うん…」
「盗賊や山賊、夜盗に人殺し――俺達にだって、人間の血が流れているんだから、同じ事をする連中も居るさ。けど――俺達の居た集落は――自分達で生きていくために必要なものは自分達で揃えてたんだ…そんな小さな集落だったんだ」
俯きながら、最後の方は震える声で言うガルドに、僕は何を言えば良いんだろう。
それ以上に――どうやって、彼に言葉をかけたら――。
大事な人を亡くす悲しみは、僕も知っている。
父を亡くした時、僕も悲しくて苦しくて仕方なかった。
けれど、父は病気だったのだ――ガルドの集落の人達とは違う。
そう思うと、どうして良いのか分からなかった。
「俺の両親は、母が人間でさ――父が妖魔だった。けど――父は母親を孕ませた後、自分の結界で守られている世界へ戻って行ったんだ…捨てられたんだよな、俺達」
「え?」
「そういう連中が集まって出来た集落だったんだ――」
「そんな……」
「他にも、そういう仲間が多かった――俺は母親が一緒だったけど、そうじゃない連中も多かった――両親に捨てられたヤツも多くて――昨日のマルもそうだ――アイツは母親を妖魔に持っていたけど、アイツの母親もマルを産んだその夜に結界の中へ戻って行っちまった。お陰でマルの父親も、マルを捨てて逃げ出したんだ」
「……どうして…そんな酷いこと…」
「さあね――俺達が、やつらのことなんか判る訳もない」
「……でも、自分の子じゃないか…」
「ああ――そうさ――自分の子供――人間の親の中にだって、半妖の子を嫌って集落の近くへ捨てていくやつも居る。そのくせ、そうやって――集落を焼くんだよ…」
言われた事が信じられなくて――ううん、信じたくなくて耳を塞ぎたくなった。
そんな酷い事をする人間が、こんなにも多いなんて――それに、妖魔も妖魔だ。自分達の間に出来た可愛い子供を捨てて行ってしまうなんて――愛する人を捨て置いて行くなんて……どうして、そんな酷い仕打ちが出来るんだろう。
そう思ったら涙が溢れ出していた。
「お前――何で、お前が泣くんだ?」
「だって…そんなの…」
「お前が泣くことじゃないだろ!?俺達の話だ…変に同情なんかすんじゃねぇよ」
プイと顔を背けたガルドだったけれど、僕には彼の目に涙が溜まっている事に気付いていた。
だけど――それに気付かないフリをしつつ、僕は自分の涙をマントの袖で拭い顔を上げた。
だって、彼には嫌われたくないなんて、少しだけ思ってしまったから……だけど、僕が涙を流したのは、同情とかそういう気持ちじゃない。ただ、あまりにも悲しい事実を突きつけられたから。
人間の愚かしい行動と……自分の愛する我が子や愛する者を置いていく妖魔の、そんな話を聞かされてしまったから――。
僕は、ずっと妖魔や精霊を、凄く素敵な種族なのだって思っていたんだ。
それを砕かれた、そんなものも混ざっていたからかも知れない。
それから僕達は、半妖の集落の話や、マルがどこにいるのかなどを話しながら次第に僕自身の話もすることになったのだった。