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結局、ブレアンとアロウは、僕達の商隊と共に旅をすることとなった。
初めこそ、ミンは『今はゼンが居るし、これ以上は給金を出せない』と言っていたのだけれど、僕が前回の街までの旅路で一緒に森を抜けた事を話したら、途端に態度が変わってしまったのだ。
ゼンは一度、僕達商隊を見捨てた事があったっていうのもあると思う。
確かに大した数じゃなかったし、僕を含め、商隊にいた護衛だけでも守りきることが出来たから気にするほどのことはなかったけれど、それでも荷物が少ないとは言え商隊を見捨てて自分だけの安全を守ろうとしたゼンの行いは誉められたものじゃない。
そこで、商隊長は『二人分の給金は無理だが、次の町まで一人分、次の町からは二人分を渡すというのはどうか?』といった交渉が進められ、まあ、それでも旅の間の食事が確保出来れば、それに越した事はないのだろう、彼らはそれに頷いたのだった。
そして次の日の朝になると、ゼンがまた文句を言い出した。
それでなくても、僕達が二人分の給金を貰っていると思っているようなヤツだ。
また旅に二人が参加することで、自分の給金を上げろと言い出した。
しかも、そいつらよりも仕事をするんだから――などという、冗談にも笑い話にはならない言葉を吐いて…。
思わず、僕も商隊の護衛さん達も目を見開き呆れてしまったのだけれど――出立を先送りすることも出来ないため、商隊長が説明しようとすると、それよりも前にアロウが言い出した。
『それなら、そこのアンジーと剣の打ち合いをしてみないか?』と――。
え?と思った。
だって、何で僕なの?
それを言うなら、二人のうち、どちらかとやり合うものじゃないの?と――。
ゼンもそう思ったようで、ぎゃあぎゃあと言い出す始末。
けれど、商隊長と護衛長の二人が『それは良い考えだ』と言い出し…それで負けたらここまでの給金はやるからココで別れようと提案を持ちかけたのだった。
おいおいおい…と、僕が口を挟む隙もないまま、また母も賛同してしまっては否を言うことすら出来ない状況で、とうとうゼンと剣の打ち合いを早朝の厩舎小屋前でやることとなってしまった。
まったく、この人達は何を考えているんだ――と、つい零してしまったのは言うまでもない。
けれど、まあ、それもアリかと思った事は心の中だけにしておいた。
そして始まった剣の打ち合いは、数分も経たず決着がついてしまった。
商隊全員が見守る中、僕とゼンが向き合い剣を抜いた。
彼の使う剣は、中くらいの大きさ、この世界で最も幅広く使われている剣だった。
僕のは細身の物で、体に合わせたものとしか言いようのない剣を使っている。
ちょこっとだけ、自分の世界にあった剣と似ているなって思うのは、神官さまに昔、自分の世界で使われていたという剣の話をした事があったせいかも知れない。
彼が僕に、この剣を与えてくれたのだから――。
そして、『始め!』というアロウの掛け声と共に始まった打ち合いは、彼の力任せで大振りな技に比べて、自分の特徴を生かした僕の技の方が有利だったのだ。
いきなり懐へ飛び込んでいき、彼の鳩尾を剣の持ち手で突き、そして彼が屈み込んだ瞬間には持っていた剣を奪い取っていた。
そうして、あっという間に打ち合いが終わり、ゼンは文句すら言えないまま呆然としていたのだった。
「と言うことで――ゼン、君には悪いがここでお別れとしよう。確かに君の腕も捨て難いが――最初、約束した以上は守ってもらう」
「お、俺は、承諾なんかしてないぞ!」
「だが、アンジーとやり合うことには承知しただろう?」
「それはっ!」
「残念だが、約束は約束だ」
商隊長は、それ以上何も言う事はないと馬車の方へ歩いていき、また護衛長も苦笑いを浮かべて同じ方向へと向かって行ってしまった。
もちろん、商隊の人達も同じように興味を失ったかのように行動を始め、少ない荷物を馬車の中へ詰め込む作業へと戻っていく。
そんな中、僕とブレアン、そしてアロウがその場に残ってゼンを見守っていた。
と言うのも、この人は文句が多いだけあって、何かしらの仕返しを考えるんじゃないか?という不安があったから。
たぶん、ブレアンとアロウも同じ事を考えていたんだろうと思う。
持っていた剣をいつでも抜けるように――と、警戒していたから。
けれど――僕達の予想に反して、ゼンは少しだけ苦い顔をしたものの、立ち上がって僕を見下ろすと――。
「ったく――お前みたいに小さいくせに強いヤツが居るなんて、狡いじゃないか…くそ……」
と、まるで子供のような文句を言うだけだった。
そして思ったのは――この人も本当には悪い人じゃないのかも知れないということ。
もしかしたら、何ていうか…自分を認めて欲しいというか、そういう感じなのかも知れないと思えた。
「もう、行けよ…くそ…」
もう一度そう言って、ゼンは僕達から離れていく。
それと同時に、商隊長のミンが僕達を呼ぶ声が聞こえてきて、そちらへと三人で向かった。
ゼンは――僕達を振り向くことなく、宿屋の方へと歩いて行く―――。
その背中は、とても小さく見えて…まるで子供のようにすら思えてならなかった。
その後、僕達は商隊と共に、新しい旅へ出る事となった。
出立の時間には少し遅くはなったけれど、次の町まで賊が出ないとも言われているだけあって、僕達の旅は順調だった。
ブレアンとアロウも、一度一緒に旅をしたお陰かどうか判らないけれど、以前よりも会話が増えたように思える。
途中、何度となく取る休憩でも、母が作った食事や飲み物を手にし、商隊の人達とは少し距離は置いてるものの、僕には気さくに話し掛けてきて、それらしい会話が成り立っていた。
「アンジーは元々、どこまで行く予定なんだ?」
そう問い掛けてきたのはアロウの方だった。
次の町まで後少しという場所で、野営の準備をしている最中のこと。
母は既に食事を作るため、皆の近くで作った焚き火の傍に鍋やら何やらを用意していて、僕達の方はこの辺が危なくないか周辺の注意をしながら見まわっていた。
そんな時に、アロウがそう聞いてきたのだ。
「僕は――母と二人で巡礼っていうのかな……ミードラグースの大神殿へ行く予定なんだ」
「へえ…大神殿か…」
「うん…でも、その前に、他の神殿にも行く予定だから…最終目的地というか、それが大神殿…の予定」
「そうか…じゃあ、俺達とも同じ方向…だな」
「そうなの?」
「ああ。俺達も、ミードラグースへ行く予定でいる」
「へえ」
そう返事をしながら、僕の心の中では彼らとその後も一緒だったら良いのにと思っていた。
だって、この人達、本当に強いし…何ていうか安心出来るというか…。
けれど、それは無理だってことも知っている。
何しろ、僕の正体を知られるわけにはいかないから……。
「ミードラグースか……最近は良い噂を聞かない」
ブレアンがポツリと言った。
確かに――と頷いたアロウは、少し怖い顔をしている。
僕は、そんな二人を横目に周辺へと意識を運び、何者も居ないことを判断すると商隊が集まる場所へと移動することにした。
ミードラグース、その大国で今起きていることがどんなことなのか、僕には判らない。
けれど、そんな未知なる国へと行く為に、僕達は村からずっと旅をしてきたのだ。
色んな噂は確かに耳へと入ってきている。が、それが本当の事なのかどうかも判らない今、僕が何かを口にすることは出来ない。
けれど――そんな大国へ足を運ぶ今だからこそ、僕は不安なのだろう。
そして、その先にある真実を知る事も、また僕へと不安を運んでくる。
出来ることなら、心許せる人達が傍にいて欲しい。もっと欲を言えば両親が居てくれてたらと思う。
否――父と母が揃ってなくとも、僕が信頼していた神官さまが一緒に居てくれたなら…そう思わずには居られない。
だからこそ、思ってしまうのだろう――この二人と一緒に旅が出来たら…と。
商隊の所へ戻ると、既に食事の用意が出来ていて、全員が思い想いの場所で食事を口に運んでいた。
僕達もその中に入ると、母から受け取った食事に口をつける。
アロウはその後も、色んな話を振って来たけれど、ブレアンは珍しく――と言うか、以前一緒に旅をした時と同様、口を重く閉ざしてしまっていた。
彼らにも、それなりの何か使命があるのかも知れない――そう考えはしたけれど、それが何なのか判らない今、僕はそれを軽々しく問い掛ける事は出来なかった。
だって――僕も、もし聞かれたとしたって、それを言うことなど出来ないのだから……。