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アスレン神官さまの部屋を訪問した次の日、僕は彼からの紹介状を手にして、ここから旅を始めるという商隊の元へ訪れた。

初めこそ、僕の姿を見て気味悪がっていた商隊長は、けれどアスレン神官さまからの紹介状を見せた途端安心したのか態度が軟化し、三日後に出立するので朝一に来て欲しいと承諾を貰った。

商隊は馬車が一つに、後は馬での移動になるとのこと。

彼らはミードラグースの国境付近にある大きな街ケルーまで行くのだと言っていた。

そこまでの旅路が保証されたとなれば、母にとってもこれ以上にない心強さとなる。

そう思うと、それだけで気持ちが楽になった。

 

 

それから三日後、予定通りに商隊と合流しての旅が始まった。

護衛は、元々商隊に所属しているのだという人が二人と、ギルドで募集したという僕ともう一人。

どの人も、それなりに腕の立つ人達なのだろうということが、旅慣れしている事と物言いで判る。

商隊長の名前はミンと言って、アールの生まれだと教えてくれた。

護衛の殆どの人達もアールの出身で、商隊はいつもケルーとアールを行ったり来たりしているのだと言っていた。

今回、ケルーへ品物を買い付けに行くという彼らは、馬車に空きがあることから母をそこに乗り込ませてくれるという約束もしてくれている。

お陰で、この先の長い旅を大きな不安にかられる事なく過ごせると思うと、あれほど悩んでいたことが嘘のように思えてきた。

それもこれも――アスレン神官さまのお陰だ。

 

「この先の町は小さいから宿屋が一つしかないんだ。お前さんの母さんだけは泊めてやれるようにしてやるが、後は悪いが宿屋の隅にある厩舎小屋で一晩、休むことになる。大丈夫だよな?」

「はい」

 

馬車を先導しているミンに声を掛けられ、僕は素直に頷く。

他の人達も気の良い人ばかりで、母を優先してくれていた――ただ、一人を覗いては――。

 

「ったく――何だって、あんなガキと女のために、一々あちこちで休憩しなくちゃいけねぇんだよ」

 

と後ろの方で聞こえよがしの愚痴を言っていたのは、アールのギルドで募集に乗ってきたというゼンという男だ。

時には嫌がらせのように、母を詰ってみたり、体に触れてみたりと、気分を害する事ばかりする。

僕に対しては、そのマントとフードを一度だけ奪い取り、姿を見た瞬間固まった事もあった。

商隊にいる他の人達は、こういう旅にも慣れたもので、母を労わってくれたり仕事を与えてくれたりもしているというのに、彼だけはそれが不満で仕方ないらしい。

途中で山賊に襲われた時にも、優先順位を無視して自分だけが逃げ出す始末。

商隊長であるミンも少し、手を焼いている風でもあった。

 

 

アールを出て四日目。

どうにか一個目の町へ辿り着いた一行は、小さな宿屋に二つの部屋を取り、一つには商隊長が、もう一つには母が入る事になった。

もちろん、その宿賃は自己負担…とは言っても、仕事をしている僕達の給金から引かれることになっている。

母は始め、僕達と同じように厩舎小屋へと言っていたのだけれど、あの粘着質な性格を持つゼンが一緒のため、仕方なく宿屋に入る事を了承せざるを得なくなった。

本来なら僕も厩舎小屋に入る予定だったのだけれど、ゼンの嫌がらせが母だけではなく僕にも飛び火している事から、親子なのだしと一緒の部屋へ入るようミンから指示される。

他の商隊の人達からも、その方が自分達も安心だからという優しい言葉を貰って、どうにかそうすることになったのだけれど…。

 

「お前達、いい気になるなよ」

 

宿屋に到着した途端、ゼンが絡んできて部屋に入らせてもらえない。

母は商隊長のミンが守ってくれて、早々に部屋へ入る事が出来たのだけれど、僕は馬達の世話を他の人達と共にしていたせいで、なかなか宿屋の中に入る事が出来なかったのだ。

そのせいもあって――ゼンが絡みだした。

自分達ばかりが優遇されているのを妬んでいるのだろう。それは判らないでもない。

しかも、僕達の給金は二人分――そう思っている彼が不満を抱えるのも当然の話。

けれど、実のところ、給金は僕の分だけなのだ。

馬車が何個もあるような商隊でなら、馬車を引く人が一人でも多いのは助かると給金をくれることもあるだろうけれど(前回の時のように)、今回のように小さな商隊ではそこまでのことをする必要もないため、二人分の給金を強請るわけには行かない。

それは、商隊長のミンと面接した時にも言われた事だ。

けれど、それを知らないゼンには、僕達が優遇されている上に給金が二倍となることが気にいらないのだろう。

 

着ているマントの首根っこを押さえ込まれ、他の連中が居ないことを良い事に、ゼンは僕の体を甚振り始めた。

と言っても、僕が酷い傷を持っていることから、性的な悪戯をするつもりはないらしい。

何度となく小突いてきたり、足元を蹴飛ばしてみたり――まるで子供の嫌がらせと一緒だ。

それにしても、本当に厄介な人間だな、とは思う。

このゼンは次の町で一旦離れるらしいけれど、どうやら商隊の他にいる人達にも文句ばかり言ったり小さな嫌がらせをしているようなのだ。

これで僕よりも年上なのだと思えば、余計にそれは目に余るものでしかない。

いい加減、イライラと焦れてきて言い返してやろうとした時だった。

 

「お前――何をしてるんだ?」

 

どこかで聞き覚えのある声が、ゼンの後ろから聞えてきた。

え?と、そちらを見ようとして――いきなりゼンが消え…と同時に、首根っこを捕まれていた僕は、無残にも地面へ突き落とされる形となり…まあ、それでも体を鍛えてない人間とは違うから、転ぶことはなかったのだけれど…。

 

「アンジー…だったよな?」

 

真横から聞えてきた声に反応して見上げて見れば、そこには前回の商隊で一緒だったアロウが居た。

 

「あ…」

「こんな所で――こんなヤツにチョッカイ出されて…何してるんだ?」

「あ、いや、何ていうか――」

「アロウ??どうした?」

 

言い訳をしようとした次の言葉は、やはり聞き覚えのある声に遮られ、振り向いてみればそこにはブレアンが僕達の事を交互に見て、大きく目を見開いてた。

 

 

 

 

宿屋の中にある、小さな食堂で僕達は再会の杯を――と言うわけでもなく、彼らに引っ張って行かれて無理やり席に座らせられていた。

あの後、ゼンは自分よりも体のシッカリしているアロウにビビったのか、逃げるように町中へ消えていき、僕達だけが取り残されたのだけれど、そんな中二人に連行されるようにして宿屋の中へ連れこまれたのだ。

 

「で、今の商隊には、あんな莫迦が混ざっていたと――?」

「まあ、そんな感じ」

「母親は?」

「商隊長に守ってもらって…先に二階の部屋に居るはずだけど…」

「ふーん…」

 

ブレアンは話をするわけでもなく、僕とアロウが話をしている様を見ているだけ。

頷いたり何かはしていたけれど、それ以上話しをするつもりはないらしい。

 

「今の商隊は、どこまで?」

「ケルーまで…」

「ふぅん……ケルーか…」

 

と、僕の言葉に二人が視線を交し合う。

そして――。

 

「その商隊に、俺達は必要なさそうか?」

「え?」

「あの莫迦の代わりに俺達が入り込める所があったら良いんだが…」

「あ…でも……ゼンは次の町まで一緒だって、ミン…あ、商隊長が言ってたけど…」

「そうか――」

「二人もケルーに用事が?」

「いや――ケルーじゃないが……」

 

妙に歯切れの悪いアロウの言葉に、思わず首を傾げてしまった。

けれど、彼らには彼らの旅があるようで…でも、だからって僕が勝手に商隊へ誘うことは出来そうにない。

それでも……と思ってしまう。

あのゼンに比べたら、この二人が入っただけで全然旅が違うものになるだろうな――と…。

 

「商隊長と、話を、してみる?」

 

ちょっと控えめに、二人へ声を掛けて見れば、アロウの顔がニヤリと意味深な笑みを作った。

 

 

 


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