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このお話はJayBlueRainというサイトで掲載しているものです。読みづらいという報告もあり、こちらにもアップさせてもらうことにしました。
作者の気まぐれにより発動したお話であるため、どこかに矛盾点が出てくることも多々ありますが、お暇つぶし程度に読んでくれるとありがたく思います。
「ママーーー! パパーーー!」
どんなに泣き叫んでも、呼ばれた二人がココにいないことなど、疾うに判っていた。
それでも、誰もいない森の中で心細く、そして次に起こることが想像出来ない不安から止められない衝動で泣き叫んでしまう。
この時の僕は、まだ幼く何も判っていない子供だった。
暗い森の一人、どうして迷い込んでしまったのか、何でココに一人取り残されているのか、まるで理解出来なかったのだ。
いや、それも当然の話。
だって――そうなる前には家族と一緒に遊園地で遊んでいたのだから。
休日の遊園地。
久しぶりに行く、家族とのお出かけ。
どれほど胸をワクワクさせていただろう。
楽しくて、楽しくて、朝から一杯走っては、様々なアトラクションに挑戦し、父と母、そして兄と一緒に遊びまわっていたのだ。
ただ、夕方に差しかかった頃朝から飛びまわっていた所為で遊び疲れ、父の背中に凭れながらウトウトと寝ていただけ。
兄が、そんな僕にチョッカイを出しては母に笑いながら叱られているのを遠い世界のように聞いていた。
父が、僕のことを庇うように背中へ手を伸ばし、抱くような仕草をしてくれているのも夢の中で感じていたはず。
それなのに――目が覚めてみたら、僕は暗く物悲しい森の中でたった一人、転がっていたのだ。
何が起こったのか――まだ10歳の子供に理解出来るはずは無い。
ただ、今現実、見た事も無い世界が目の前に広がっているだけ。
傍にいたはずの両親や兄、そして他の来園者達の姿は何処にも無く、何も言わない鬱蒼とした木々達がいただけだった。
そんな理解不能な状況に置かれて、泣き叫ぶ以外、一体何が出来ただろう。
どうしようもない焦燥感――それを解消することなんか大の大人でも難しいことだと思う。
それを小さな子供の自分は、泣き叫ぶということで解消しようとしていた。そう考えて行動してた訳じゃないけれど……。
ただ、怖かった。
一人だけでいることが……。
ただ、寂しかった。
取り残されてしまったことが……。
どれくらいの時間、泣いていただろう。
どれくらいの時間、そこにいたのだろう。
気付けば僕は、知らない人達の集団に囲まれ、そして保護されていたのだった。
「アンジー? 大丈夫?」
体を揺すられて、初めて自分が寝ていた事に気付いた。
「ああ、母さん…おはよう」
「おはよう…は、いいけど何を寝ながら泣いてるの。何か怖い夢でも見たの?」
そう言われて気付く、頬へと流れる生温かいもの。
グイッと手の甲でそれを拭き取ると、目の前で心配そうな顔と出会った。
「大丈夫?」
「大丈夫だよ、母さん。何か里心が出ちゃったみたいだ」
「里…心?」
「うん、昨日の夜、村の話してたからさ。そのせいだと思う」
そんな言い訳をしながら彼女を見やれば、何となくホッとしたような顔つきで胸を撫で下ろした。
それでなくとも最近、彼女を心配させてしまうことが多い。
その全ては自分の身体に関することだ。
そう考えると、本当に申し訳なく思う。
何しろ自分は、彼女の本当の子供ではないのだ。
それなのに、何をしていても彼女を傷つけ、そして悲しい想いをさせてしまうことが多い。
だから殊更、母を演じてくれる彼女を大事に思い、そして小さな嘘で悲しみから遠ざけようとしてしまうのだ。
「ああ、何か夢の中で食べた村のごちそうのせいで、お腹がすいたよ」
そう言って苦笑すれば、彼女が大きく噴出しながら「下で何か貰ってくるわね」と言いながら部屋から出て行った。
それを見やり、ベッドから降りると同時に、ベッド脇で綺麗に畳んであった服へと着替えた。
「ここから三日も歩くと、ヴァールの街に着くわ。そこの神殿の神官さまにお会いするのが次の目的よ」
「うん……けど、母さん、体調は平気?」
「何よ、急に。大丈夫に決まってるでしょう?」
部屋の傍らに置かれた小さなテーブルで、次の目的地を説明してくれた母は少しだけ疲労が顔に窺えた。
ココ数ヶ月、休むことなく旅を続けてきた僕達は、時には路銀を稼ぐ為に傭兵の真似をしては旅をしている隊商に雇ってもらうこともしばしばあったため、母にとっては気苦労の絶えない日々を繰り返していたに違いない。
その上、生まれてからずっと一つの村だけで生活していた彼女にとって、こんな長旅は精神的にも肉体的にも辛いものなのは考えなくても判る。
そして、この町へ入るために歩いてきた道のりは、体力のある大人の男でも辛いと言われる難所だった。
大きくない山ではあったけれど、その割に勾配が激しく、途中には山賊すらも現れるという場所だったのだ。
旅慣れしていない彼女には、それがどれほど体を疲れさせているのか。
「でも顔色が――」
「何を言ってるの。大したコトじゃないわよ」
言いながら強がっては見せる彼女だけれど、顔色は本当に良いとは言えない。
そんな状態で次の街までの旅は、たった三日と言えど辛いとしか言いようがないのだ。
何しろ、その間は野宿になることは間違いなく、またこのあとの三日間も山を越えたのと同じように歩きだと思うと、彼女を一緒に歩かせるのは心苦しい。
「母さん……」
「そんな顔しないで。本当に大丈夫だから」
「だけど……ここからは馬を借りるお金もないし、そっちの街へ行く馬車もないんだ……夜だって、野宿になるんだよ?」
「そんなのは、母さんの方が情報を聞いてきたんだから知ってるわよ」
プクリと頬を膨らませ抗議をしてくる彼女に少し苦笑してしまったが、そんな風に強がりを言っている姿にすら心が痛んだ。
「やっぱりダメだ。この先三日間、歩き詰めになるというのに、疲れている母さんを連れてはいけない」
「なっ、何を莫迦なことをっ」
「ということで、この宿屋なら二日くらいは泊まれる路銀もあるし、出発を遅らせよう。その間に、この辺で仕事があればして路銀を稼ぐ。どう? 名案だろう?」
「……アンジー、貴方は……」
「お願いだから…僕の言うことを少しだけ聞いて。無理をして旅をする必要はないんだから。まだ先は長いんだし、それに猶予はたっぷりあるだろう?」
「…それはそうだけど……」
「神官さまが仰っていたのを忘れたわけじゃない。けれど、急ぐ旅をする必要もないと、そう念を押されたことも忘れないで」
僕がそう言うと、彼女は観念したかのように項垂れ、そして椅子に深く腰を降ろした。
そして、ゆっくりと顔を上げた時には笑顔を見せ、僕に頷いて見せたのだった。
「判ったわ。今回はアンジーの言うことに従いましょう。けれど、それでも路銀のことを考えたら二日が限度ですからね!」
「うん、ありがとう、母さん。じゃあ、今日はゆっくりと部屋でごろ寝でもしてて。僕は少し町での仕事がないか聞いてくるから」
ニコリと笑んで彼女を見やれば、大きな溜め息を漏らしつつも、どこか安堵しているのを確認でき、今回の提案が間違いなかったと確信出来た。
そう、急ぐ旅ではない。
急いだからといって、答えの出る旅ではないのだ。
だから、今は少しの休息をとり、彼女を休ませよう。
そして僕は、彼女を部屋に残し、町での仕事を探しに出かけたのだった。