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第56話 ゆれるゆれる……

「とは言ったものの……はぁ……」


 何となくまなみに言いくるめられ、先のことを考え直すように言われたけれど、結論が出ない。


 今まで何をしてきたのだろう?


 それより何がしたかったのだろう?


 魔導術士を目指したのは、特に強い目的があったわけじゃない。わたしの能力であるイタコの力――魔導素子を直接目視できる力は魔導術士としての力を発揮するのに使えると思ったから。それが一番の理由。


 高校生のときに進路を決めなければいけなかったんだけれど自分は何ができるのかわからなかった……いやイタコの力以外何もないと思っていた。


 高校生の時点で自分の能力について、可能性についてはっきりわかっている人なんて少ないと思う。でも、大人に相談しても『若いんだから、無限の可能性がある』とかなんとか言われるだけで、それ以上のことは言ってもらえなかった。


 その時のわたしには信じられなかった。自分の可能性が。イタコの力を取ってしまえば、何も残らないような、それこそ掃いて捨てるぐらいどこにでもいるような特に際立った存在価値のない自分にしか思えなかった。怖かった……何もない自分が。イタコの力がないの自分には存在価値がないんじゃないか……そう思えてきて怖くて怖くて仕方がなかった。だから、わたしはイタコの力に頼るしかなかった。そこにしがみつく以外思いつかなかった。


 繰り返しになるけれどイタコの力は煎じ詰めていえば魔導素子を直接見ることができること。それがイタコの力全てと言っていい。それに付随して魔導素子に込められた思いを色として感じる能力、イタコの力と言っても簡単に言ってしまえばそれだけの力。魔導術士は魔導素子を意志の力で操作するけれどそれを直接目視できる人はそうはいない。そのため術の発動やコントロールに手間取ることが多い。


 その点わたしは魔導素子を見ることで状況がわかるのでコントロールは難しくなかった。そんなことが分かったのは進路指導の一環で、インターンシップでとある魔導術士のところへいったとき。わたしには新たな価値をわたし自身に与えてくれるモノに思えた。力を使って人の助けになるとかそんな理由もなくはないけれど、今から思えば後付け。イタコの力を魔導術に結び付け、正当化する言い訳に過ぎない。それでも“からっぽ”のわたしを満たしてくれるモノが確かに魔導術にはあった。


 だから、魔導術士になる道を選んだのだけど……。


「杏ちゃんどうしたんだい、何だかふさぎこんでいるように見えるけれど?」


 マスターの声にハッと顔を上げる。そういえば、今マスターの店にいるんだった。物思いにふけっていたら忘れていた。


 目の前にはマスターがいつものように穏やかな笑顔で立っている。


 この笑みに何度救われたことか。わたしはやっぱりこの笑み無しでは……。


 でもだからと言って、頼りきることもできないだろうな。マスターにはマスターの生き方というか人生があるんだし、そこへむやみやたらと踏み込むべきものじゃないと思う。


 だから、この笑みとはいつかお別れしないといけない……のかもしれない。


 できればそんなことにならないでずっとこの笑みを見ていたいのだけれど。まなみも自分自身の生きる道を見つけたみたいだし、わたしも自分自身の生きる道を見つけないと。誰かに頼るのではなく、自分自身の力で、自分自身の足で歩いていく道を……。


「ううん、何でもないの。例の件がひと段落ついて気が抜けているだけだから。大丈夫です」


 から元気を出して微笑んでみた。マスターは特に何も言わず、うなずいてくれた。


「そっか。それならいいんだけど。ここ最近前みたいに笑っていることが少なくなったからどうしたものかと思っていたんだよ……」


 そういうとマスターは押し黙る。うつむいて、洗い物を始めた。何か言いたそうだったけど、あえて何も言わないみたいに見える。マスターは昔からそうだった。


「マスター……」


 わたしもマスターに何か言おうとして、途中でやめる。やっぱりわたしのことはわたしが処理しないといけないと思うの。だから、マスターには……。


「……杏ちゃん、一人自分の頭だけで考えるより、誰かに話すことで整理できるってこともあるんだよ」

「……え?」


 マスターの言葉に驚きが隠せなかった。いつもなら、やんわりと遠回しな言葉を投げかけることが多いマスターがほぼ直球の言葉を投げてきたから。


 確かに一人考えて、ループにおちいりつつあるのは事実だった。いつもそうだった。一人考えて、考えて、考えて……答えが出せず、うずくまるばかりだった。よくなまけていって言われるけど、そういうときはだいたいループにはまっている。


 でもどうして、マスターはいつもと違うのだろう? どちらかと言えばこっちが距離を詰めるとさり気なくかわして、一定の距離を保とうとするのに……。


「今、杏ちゃんは何をしたい? 何かしようとしていろいろ考えているけれど、結局考えがループしているように見えるけれど……どうなんだい?」


 何で……? 今日のマスターはいつもと違うのだろう? わたしの状態をよくわかって直球で言葉を投げかけてくる。でも嫌じゃない。わたしのこと、考えてくれるんだって思うだけで胸が熱くなる。


「……まだ、わかりません。雲をつかむみたいな感じで、確証が持てないんです」


 マスターはアゴに手を当て、考える仕草をする。その仕草が様になっていて、目を奪われる。一瞬、マスターと目が合う。理由は分からないけれど、一気に心臓の鼓動が跳ね上がる。思わず、目をそらしてしまう。体温も一気に上がったような気がする。


 わたし、マスターのこと……こんなに意識したの初めてかも……。


「確証が持てないって言ったよね? それは何に? 将来? 能力? それとも……杏ちゃん自身?」


 マスターの言葉にいちいちハッとさせられる。何で……何でこんなにズバズバとわたしのことを言い当てるのだろう? 


 驚き戸惑うわたしは言葉が出なかった。わたしの驚きを察したのか、マスターは言葉を続ける。


「何にしても、少しゆっくり考えたらいいと思うよ。性急に答えを求められているわけじゃないからね」


 マスターはそう言ってとびきりの笑顔を見せてくれた。なぜだか、胸の高鳴りが収まらない。マスターをこんなに意識するなんて……。


「ありがとう、マスター。考えてみる……じゃ」


 胸の高鳴りを抑え、マスターにそう言うのが精一杯だった。なんとなく気恥ずかしくて、マスターの顔がまともに見れない。いたたまれなくなって、店から逃げるように出てしまった。


「……どうしてこんな感じになったんだろう? どうして……」


 店を出ると寒風吹きすさぶ冬の街があった。行き交う人も少なく、閑散とした雰囲気が漂う。

 

 舞い上がった気持ちを落ち着けるために、そのまま街を歩く。


 いつの間にか、季節は巡りこの季節になった。時の移ろいにあらためて驚かされる。テロリストを追っかけているときはそんなこと気付きもしなかったのに……。


 しばらく歩いて港にでた。冷たい風の中で海鳥たちが舞っている。沖と港を出入りする漁船はまばらで、飛び交う海鳥たちの数のほうが多い。


 わたしは当てもなく、そんな風景を眺めながら歩いていた。気づくとどうしてだか足は港から離れ、通っていた高校へ向かっていた。


 私が通っていた高校は山手の南斜面にあり、ふもとから学校の敷地を見ると海からそそり立つような急斜面に建てられている。何も知らない人がその光景だけをみたら間違いなく『どこの山奥の高校ですか?』というに違いない。高校生の時は朝登校するときにこの坂道を自転車で駆け上がることがしんどくて文句ばっかり言っていた。


 やれ『生徒の虐待』だの『無意味な体罰』だの、今から思えば見当違い甚だしいことばかり言っていた自分が恥ずかしいやら腹立たしいやら、もしその時に戻れるのならそういう自分をひっぱたいて、矯正したい。国家魔導術士になってテロリストの戦いに比べれば屁でもない。そう断言できる。


 少なくとも、私の知る限り急な坂を登下校するだけで命の危機に陥ったなどという話は聞いたことがない。せいぜい下校時にスピードの出しすぎで自転車の運転を誤ってケガをするぐらいだろう。圧倒的に命の危機もないことに意味不明なほど憤っていたわたしが恥ずかしい。


 懐かしの校庭をフェンス越しにしばらく眺めていた。校庭では運動系のクラブが汗を流していた。わたしは高校の時は生活費を稼ぐ必要があったので放課後は基本バイトの時間で部活らしい部活はしてない。


 とはいうもののバイトのない日はまなみやクラスの他の子と喫茶店でお茶したり、それなりに女子高生していたように思う。そういえばマスターとの付き合いはその時からだったなぁ。そのころからマスターは大人だったし(当たり前か……)、何かと相談に乗ってもらっていたように思う。学校の愚痴なんかもよく聞いてもらったなぁ……。今から考えると恥ずかしいことばかり。


 将来のことなんてそんなときも大して考えていなかったし、クラスの友だちもまなみですらそんなに明確なイメージを持っていた子はいなかったように思う。それが今ではまなみは大財閥を取り仕切る重役の一人。それに比べてわたしは先のことさえはっきりと決めることのできないしがない一介の魔導術士。なんでこんなに差がついてしまったんだろう?


 だんだんさびしくなってきたので部活の声を背中に再び当てもなく歩き始めた。


 気づくと昔通った通学路をたどるように何となく仁王寺への道を歩いていた。居候していた仁王寺から高校への通学路は一旦海沿いの道路を通って、街の中心部方向に向かう。街を通り過ぎ、山手のほうへ向きを変え坂道を上がっていくと仁王寺が見えてくる。


 仁王寺に向かう階段は海辺よりまっすぐ寺の山門へ向かっていて、さながら天国への階段と言っても良いぐらい山の斜面を上る。わたしはそのまま階段を上った。裏から回ってもよかったんだけどね。実は寺へはこの階段の他に寺の裏へつながる道路がある、こちらは専ら車で寺を訪れるときに使う道で、登下校に使っていた道でもある。流石に自転車をかついで毎日階段を上り下りなんてできない。


「……ふう。久しぶりだと結構きついね」


 階段の中ほどで立ち止まり、少し息を整える。何気なく振り返ると、冬の割には穏やかな内海の景色が広がっていた。沖には貨物船らしきものが錨泊し、時折漁船が行きかっている。寒空の下、海面は日の光に照らされ煌いている。小さい漁船なのに航跡がしっかり残り、遠くからでもよくわかる。


「……さて」


 わたしは再び、階段を上り始めた。

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