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第55話 戦い済んで……

雷蔵邸での大決戦を終え、少し経ったころ、いたりんは完全にふぬけていた。

ふぬけたいたりんはまなみに喝を入れられるが……

「はぁ……」


 事務所で外を見ながら、考えに耽る。下のマスターの店からラヴェルの『亡き王女のためのパヴァーヌ』のシンプルだけど優しく切ないどこか郷愁を誘うメロディーが流れてくる。そのメロディーのせいか、何となく気だるい気分になる。憂鬱というわけじゃないけれど、今一つ気分が高揚しない。物憂げなメロディーに引きずられたせいか、努めて明るく考えようとするけれど、どうしても明かるく考えられない。


 諦めて窓の外を見るともう木枯らしが吹くような季節になっていた。葉を落とし枯れ木のようになった木々が風に揺られ、波打つように揺らめいている。テロリスト関係の事件に追い回されて、季節なんてまったく意識していなかった。知らない間に季節は移っていくのね。


 あー、最近考え込むことが多くなったなぁ。あの事件が一応の解決をみて万々歳のはずなんだけど、何かやり足りないようなもどかしい感覚。私ができることってもう終わったのかなぁ……? それに比べてまなみは……。


 まなみのおじいさんは財閥における今回の事件に関するすべての責任を取るために財閥の第一線から身を引き完全に引退した。財閥も今までの経緯を何とか社会的に理解されるレベルに情報操作し、社会的な糾弾の声を最小限に抑えるとともに関係各位に対し、最大限の支援と補償を公表した。経営陣首脳部も刷新し、新しい財閥のイメージづくりに躍起になっている。もちろん、その旗頭は彼女、まなみだ。彼女の妥協しない性格と見た目の鮮烈さがが相まって、財閥の新しい顔として、日々飛び回る毎日のようだ。当然最上くんも社会的に認知してもらうために常にそばにいる。ボディーガード兼補佐役として影のように寄り添っている。最上くんが表に出ると同時に二人の関係もそれとなくマスコミに流され、正式に発表したわけではないものの、世の中が認めるカップルになりつつある。

 そのあたりは財閥の調査部を使って、まなみが暗躍したせいだけれども……。自分の欲望には著しく忠実な彼女はありとあらゆるメディアを通じて二人の仲を公認させるべく、暗躍しているらしい。詳しいことは……詳しいことは怖くてとても正確かつ詳細に言うことは……とてもとても。ま、彼女らしいとだけ言えるかもしれない。


 どうも二人のゴシップを嗅ぎまわり、将来的に障害となるような情報を流そうとするジャーナリストは事前にその人となりや普段の素行など徹底的に調べ上げ、ジャーナリストとして立ち行かないよう関係各位に手を回すだけでなく、二度と記事が書けないように何かしたらしい。そのあたりのことを細かく聞いたり話したりすると今度は私が抹殺されそう……。それほど徹底的にやったらしい。結果、まなみと最上くんは暗黙のうちに認められるカップルとなって現在に至るみたい。ときどき事務所へまなみが顔を出したときに、恋する乙女のように嬉しそうに語る真っ黒な内容に顔を引きつらせ、聞くしかなかった。


 やっていることはとにかく、そんなことを話しているまなみは確かに輝いていた。とてもとても……。それに引き換え、私ときたらあの事件以後大したことはしていない。というより、何をしても充実感がないというかむなしくなってしまう。まなみと自分の差を感じるということもあるのだけど、それ以上に私ができることって何だろうと自問自答してしまう。いつも結論が出ない堂々巡りにいい加減嫌気がさしてきているけれどそこから抜けられない。私は国家魔導術士かつイタコのはず……そのあたしができるはずのことって……何だろう?


 結論の出ない問いに頭を悩ませていると事務所の扉が開き、見慣れた顔が入ってくる。


「何黄昏(たそがれ)ているのよ? そんな暇があるなら仕事しなさいよ」

「……杏さん、お元気そうで何より。姐さんの言葉は気にしないでくださいね」


 まなみが久しぶりに事務所へ顔をだした。それはいいんだけど、会うなりなんでそんな発言になるかな? しかもそれを最上くんにフォローさせるなんて、もうちょっと考えて話せばいいのに……。


「……久しぶりに事務所へ顔を出してずいぶんな言い分ね。まったく……」


 久しぶりに会えたのはうれしかったけど、会ったそうそう何て言い草……少し癇に障った。まぁ、まなみだから仕方ないけど。


「何を言っているのよ、こっちの事情はあなたもよく知っているじゃない。財閥の立て直しが思いのほか大変なのよ。そんなことより私がいないとすぐサボるでしょ。今だってボーっとして外を見ていただけじゃないの」


 確かに物思いにふけっていたのは認めるけど、そんな言い方ないじゃない。こっちは重大な人生の悩みってやつを抱え込んでいるのに。


「何かに悩むなんてガラじゃないんだから、悩むなら体動かしたら? あなたにはそのほうがいいと思うけど? どうせ『重大な人生の悩みが……』とか考えて堂々巡りしていただけなんでしょう?」


 そりゃそうだけど……何だかかなわないなぁ……まなみには何となくお見通しみたい。


 どう反論してもかないそうにないので、あいまいな苦笑いしてみた。まなみはわたしの苦笑をわざと見過ごすように明後日のほうを向いている。


 おい……無視かい……。


「この事務所が不渡りだして人手に渡ってないことを確認できただけでもよしとするか……落ち着ける場所が……ま、いいわ」


 まなみは何か非常に物騒なことをつぶやいて一人安心していた。そんなにわたしって信用ないかな……?


「マスターから聞いたわよ。毎日事務所とマスターの店を行ったり来たりして、仕事に身が入らないみたいって。マスターも心配しているんだから、ちゃんとしてよね。……って、なんて間の抜けた顔をしているの?」

「へ……? あ、な、何でもないわよ」


 まなみに指摘されてはじめて気づいた。たぶんその時のわたしの顔は大きく目を見開き、口をヤツメウナギのように丸く開けていたに違いない。

 しかし、知らないところでまなみとマスターが連絡を取り合っていたなんて初耳だし、そのことが驚きだった。マスター、心配してくれていたのかな? どうしてそんなことになったのだろう?


「……私も驚いたわ。まさかマスターからコンタクトを取ってくるなんて。うちの旦那様(最上くん)経由だったけど、よっぽどのことじゃないかって心配したわよ」


 わたしの疑問を感じ取ったまなみが補足した。

 マスターに心配かけちゃったな。そんなに心配してもらえるなんて思いもよらなかった。ちょくちょく店で顔を合わせていたけれど、そんな素振りは見せなかった。なんのかんの言っても所詮は客の一人に過ぎないのかななんて思っていたから、ちょっと嬉しかったり……。

 それはさておき、とうとうなんの自重もしなくなったか。本人の面前で“旦那様”なんて宣うとは……。ここまで堂々と開き直られると、かえって清々しく感じてしまうわ。


「いつもの通りで、安心したわ。ところで、久しぶりに街を歩かない? どうせ暇を持て余していたんでしょう?」

「……いいわよ」


 暇を持て余してたは余計なお世話です。こっちは重大な人生の悩みを抱えて悶々としていただけなんですから!


 納得のいかない発言が少々あったが、まなみと事務所を出ることにした。最上くんが留守番してくれるって言うし。


「寒っ……!」


 外の空気はすっかり冬の冷たい空気になり、冷たい乾いた風が肌をこする。あれだけ秋の色彩に彩られた山々は、すっかり葉を落とし枯れ木の針山になって、水墨画の世界に変わっていた。街のにぎわいは落ち葉とともにからっ風に吹き飛ばされたかのように静まりかえっている。


 わたしたちは特に何か盛り上がって話をするわけでもなく、港周辺の古い街並みを歩く。侍がかっ歩するような古い家並みと現代的な電線や自動車が存在する一種時系列がごちゃごちゃになった風景を眺めながら、港へ向かう。


 通りをまっすぐ抜けたら視界が開ける。目の前には冬のささやかな日差しにきらめく海が見える。港の波止場まで来て二人言葉無く、ただぼんやりときらめく海を見ていた。


「最近本当にどうしたの? マスターからの聞き伝えだけど何かふさぎこんでいるみたいだけど」


 まなみが先陣を切って、話し始める。わたしは考えていたことをすべてまなみに打ち明けようとして……やめた。

 もうまなみは財閥の再建や最上くんとの新生活にむけて、自分の時間を生き始めている。ちょうどいい機会だし、お別れってわけじゃないけれど、まなみ抜きで自分のことは自分でしないといけない……自分の新しい生活を模索しないといけないなと思う。正直わたしが面倒かけて彼女のお荷物になりたくなかった。

 そうは思っても今まで二人三脚でやってきたからさびしさを感じる。そんなことまなみには言えるはずもないので、曖昧な言葉でごまかす。


「特に何もないよ。おっきな事件が終わって気が抜けただけよ。大丈夫、大丈夫」


 とりあえず作り笑いしてみた。

 あ……まなみが疑いの眼でこっちを見ている。


「もしかしてこれからのこととか、考えていた?」

「……まあ……ね。それもある」


 わたしはあの事件後色々考えていたことをまなみに話す。まなみも特に口を挟まず、静かに海を見ながら聞いている。


「……魔導術の存在が他の人の幸せに必ずしも繋がっていないんじゃないかと思うといたたまれなくて。そう思っても何一つできない、できていない……そう思うと、わたしって何なのかな……てね」


 今まで魔導術で人助けとかしたけれど、助けられたのはほんの一握りの人数でしかない。魔導術の暴走(最たる例は魔導術テロ)は簡単にその何百倍、何千倍もの人を不幸にしてきた。その事実が重い。それだけの人が不幸なっているのに何もできない自分が不甲斐ない。将来的にはなんとかして、そんな人々を救済したい。自分の持っている魔導術やイタコの能力を活用して。


 そんなことをとりとめなく話した。もちろん、まなみのお荷物になりたくないなんて口が避けても言わない。まなみは相変わらず、何も言わず聞いてくれる。


「……何となく、考えていることはわかったような気がするわ。それで、あなたはどうしたいの? そこがあやふやだとこれからもずっと悩まいといけないわよ?」


 まなみの言うことはもっともだった。何をどう悩もうと自分がこれからどうしたいのか、それがはっきりしなければ何をどう悩んでも、堂々巡りは確実なのはよくわかる。


 “わたしはどうしたいのだろう?”


 すごいシンプルだけど、とても重大な問題に突き当たっている。


 冬の日差しに照らされ、波がきらめく。光の海を大小さまざまな船が行き交う。その上にはかん高い鳴き声を響かせながら、トビが旋回している。


 その風景を見ているとふと胸に湧き上がるものがあった。


 “どこかへ行きたい――ここじゃないどこかへ”


 その湧き上がるものが何なのかはっきりしないけれど、今の状態の突破口になるような気がした。いつまでも考え込むよりもより正解に近づける、そんな直感があった。


「私……旅に出ようと思うの」

「……唐突ね、何で旅なのよ?」


 まなみは訝しげに尋ねる。そりゃそうだよね、私自身も驚いている。こんな言葉が出るなんて私自身思ってもみなかったから、まなみからすれば唐突な話以外の何物でもない。それでも何とか自分の思いを言葉にしてまなみには伝えておきたい。


「この国のいろんなところに魔導術に関係して傷ついた人がまだいると思うの。そんな人を手助けできたら……ってね。今ここで立ち止まっていても何もできないから」


 まなみは大きくため息をつき、心底あきれたような目でわたしを見ている。

 そんな目で見なくてもいいじゃない! こっちはいたってまじめに考えた結果を何とか伝えようとしているのに……。


「随分傲慢な話ね。相手から求められたのならともかく、何も求められていないのに……」


 言うに事欠いて傲慢って何よ。わたしの考えって、そんなに自己中心的かな?


「人を助けたいって気持ちは応援したいけど、私から見るとどうも動機が人のためじゃなくて自分のためってところが強いような気がするのよね。きつい言い方をすれば自己満足のための人助け臭がしてね。そういうところが傲慢て思うわけ。わかってくれるかな?」


 まなみは腰に手をあて、わたしの眉間あたりを指さしながら幼い子供を諭すように説明する。

 わたしはお子様じゃななんですけど……それに自分の欲望全開で法律破り上等のあなたに言われたくないわ。


 ただ、まなみの考えに一理あることはわたしにもわかる。わかるんだけど、ここですんなりまなみの意見に同意してしまうと、今まで通りのような気がする。まなみだよりの生き方を変えるにはいい機会のように思える。ここは強引でも自分の意志を通さなきゃ。  


「それはそうかもしれないけれど……できることがあるのならしたい! このまま、じっとしていると腐ってしまうの。時間の中に埋もれて、要らないものになってしまう。そんなの嫌っ!」


 なんだか感情的になって思わず力説してまった。支離滅裂で論理もくそもあったものじゃない。まなみはあきれ顔でわたしを見ている。あ……肩をすぼめ、首を振った。さらにあきれられた……?


「もういい加減、やめたら? あなたは魔導術の全てを背負うような立場じゃないの。一介の平々凡々な魔導術士なのよ? それでいいじゃない。杏一人がすべての責任を背負うことは正しいことじゃないのよ?」

「……でも」


 わたしがしようと口を開きかけたときに、かぶせるようにまなみが有無を言わせない勢いで畳み掛ける。


「でももへったくれもないわよ! この問題は杏一人の問題じゃないのよ! 責任の一端は間違いなく私にもあるの。何であなたがすべての責任を背負う必要があるの?」


 まなみは一気に言葉を吐き出すと一旦言葉を切る。いたって真顔で次の言葉を続ける。

 

「それに私が知っている板梨杏はそんな悩み方はしないわ。ぐうたらで、とにかく屁理屈をこねて仕事をさぼろうとするし、何かと面倒なことは先送りするか見なかったことにするような人なのに……ま、それはいいわ。言いたいのは、今回のことは杏一人の責任じゃないってこと。間違いなく国家魔導術士全体の問題なんだから。私が言うのもなんだけど、一人で抱え込まないで。杏は決して一人じゃないんだから」


 なんだかただ単に悪口を言われただけのような微妙な気分になったが、まなみはわたしのことを心底心配してくれている……らしい。


「でも……どうしてもしたいのなら止めはしないけれど……どうするの?」

「え? 『どうするの』って何を?」


 まなみの言っていることがよくわからず、聞き返した。彼女は額に手をあて、うつむき盛大にため息をつく。眉間にはきっと何(すじ)か深い溝が刻まれているに違いない。


「マスターよ、マスター。どうするのよ、これから? マスターとどうしたいの? マスターのこと、ほっぽり投げて、旅に出るわけ? 杏にとって、マスターって何?」


 予想していなかった名前を挙げられ、挙動不審になる。それは考えていなかった……どうしよう?


「え、え……え? マスター……大事な人だけど……どうしたらいいのか……わからない。正直、どうしたらいいのか……どうしたらいいんだろう……?」


 大いに惑うわたしに対し、まなみは冷たく言い放つ。


「やっぱり自分のこともろくに決められないじゃない。それなのに、ずいぶん大層なことを宣うわね貴女は」

「そうは言われても……マスターのことはマスターの気持ちもあるんだし、わたし一人で決められるはずないじゃない」


 そんなにはっきり言われると、だんだん自信なくなるなあ……。なんだか冷たい目でまなみはわたしを見ている。


「ほらご覧なさい。結局、杏一人では決められないじゃない。もっとまわりの人に話をしなさい。みんな心配しているんだよ? わかった?」

「……うん」


 どうも、まなみにうまく言いくるめられたような感覚があるけれど、言っていることに間違いはないので同意するしかなかった。


「先のことはもっとまわりと話をしてからでも遅くないと思うの、私としては。……あせっちゃだめだよ」


 そう言うまなみの目は間違いなくわたしを心底、心配する親友の目だったと思う。


「……さ、帰ろうか。だいぶ遅くなったし」


 気づくとあたりは薄暗くなっていた。太陽も水平線の下へ隠れて、そこには鮮やかなオレンジの帯が広がっていた。

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