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第52話 雷蔵邸襲撃

 めまいがする……。

 私ってどうしてこうも運がないのだろう? 不幸とトラブルが向こうからあいさつしに来た。私はただ平穏無事に魔導術士生活を全うしたいだけなのに、どうしてトラブルが私の下へやってくるのだろう?


 その気はなかったのに、なぜかノリノリのバカップルと一緒に桜庭雷蔵邸の近くに身を潜めている。なんで、公安の“お礼参り”の片棒を担がなければならないのか、新巻さんを小一時間否、二、三日連続で問い詰めたい気分だった。

 まったく……。


 滅入る私の気持ちを逆なでするようにバカップルの片割れが陳腐な映画で出てきそうなお決まりのセリフをわざわざ私の前で宣う。


「さ、杏さんパーティーの時間です」

「なんでこうなった……」


 最上くんは親指を立て(サムズアップ)、にこやかにしているが、それを見ている私は頭を抱えるしかなかった。なんでこんな差し迫った事態を前にして、おどけることができるのか……。


 雷蔵邸の前では公安の人たちと私たちが物陰に隠れ、屋敷の様子をうかがう。公安の人たちはどうやら、市街戦、特に隠密に潜入し目標を攻撃することに特化した訓練を受けている人たちらしい。さっきから言葉を発することなくハンドサインで意思疎通している。紺色を基調とした戦闘服に持っている得物はサブマシンガンと手榴弾のようなものと大型のコンバットナイフ。狭い建物内で振り回すのに有利なものを装備している。その一方で、私たちの出で立ちは、最上くんはもともと軍人だし、公安の人に混ざっても分からないぐらいの軍装だったけど、まなみは……。

 うん、まなみなりには気を使ったんだと思うよ。それは私にも分かる。分かるけど……。どうして彼女が着ると何でも派手なものに見えるのだろう? TPOという言葉が裸足で逃げ出してしまうのはなぜだろう?

 確かに隠密重視の作戦なのでまなみも気を使ってはいるようだった。普段ほとんど着ることない暗色系がべースの戦闘服ではあった……あったんだけど、襟元や袖などに所々に入れられたアクセントの真紅が目を引く。しかも、ボタンなどに金色を配するものだから、どこぞのアニメの登場人物にしか見えなかった。どこのコスプレーヤーかと突っ込みたくなったわ。本当にまなみはどこまでいってもまなみだった。こんなことでいいのかと再び頭を抱えた。

 私の思いを知ってか知らずか、公安の人たちは私たちを若干胡散臭そうに見ながら、雷蔵邸を取り囲み、それぞそれ音もなく邸内へ侵入していった。彼らのほとんど音を立てず、時代が時代なら忍者と見まがうばかりの動きはさすがは本職と思わせるものだった。全員が姿を消してから、私たちも行動を開始する。まなみが何かを思い立ったように立ち上がる。


「私たちはこっちからよ」


 まなみが屋敷の正門へ向けて歩きだす。いつも以上に胸を張り堂々と。おい、隠密作戦だと言ったはずなんだけど。作戦どうのこうの、細かいことは全く頓着しない彼女らしいと言えば彼女らしい……けど、いついかなる時もそれが通ると思わないでよ!


「大丈夫よ、そんなカリカリしなくても。もうすぐ……」

「何がもうすぐなのよ。まなみ、ちょっと待ちなさ……」


 私が彼女を止めようとしたその瞬間、敷地内で爆発が起きた。同時に数か所発生した爆発は屋敷を妖しく照らす。いくつも上がった火の手は屋敷を火炎地獄へと導く。それと同時に敷地内は上へ下への大騒ぎになった。自衛消防団が放水銃片手に右往左往し、屋敷に仕える他の人も庭へ飛び出し、勝手な方向へ走り回っている。こんな喧騒の中なら、一人二人進入しても気にする人はいないようだった。

       

「ほらね。気にしなくても大丈夫」


 まなみはしたり顔で私を見る。大きく胸を張り、人差し指を立て、得意満面である。私は大きくため息をつき、三たび頭を抱えることとなった。まなみとそのしもべは何食わぬ顔で屋敷の表玄関から堂々と建物内へ入る。私も仕方なくそれについていった。


「……以外に静かね」


 建物内に入ったがほとんどひとを感じなかった。外の喧騒が建物の中でも手に取るようにわかるぐらい静かだった。室内の照明は薄暗く、時折爆発の炎に照らされ室内の装飾が怪しく揺れる。

 人の気配がなさ過ぎて、何か物のが扉をあけて出てきても驚かないわ。


「……考えても仕方ないわ。先を急ぎましょう」


 まなみは一路、雷蔵氏の私室を目指し、歩き出す。しばらく歩くと途中の角から何かが飛び出してきた。突如現れた影に身構える私たち。


「誰!」


 よく見るとその影は直立不動で出迎える執事さんだった。執事さんはいつも通り恭しく、お辞儀をする。


「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」


 突然現れ案内をしだす執事さんに戸惑いながらも、その後をついていく。


「……ついて行って大丈夫なの? 突然あんなところから現れるなんて……完全に虚を突かれていたから、危なかったわ」

「……ま、執事さんは戦闘用員じゃないからそんなに心配しなくても大丈夫でしょ。余計な時間を取られるよりましだから」


 まなみは今の状況を受け入れ、特に疑問を持っていないみたい。私からすれば、突然現れて『どうぞこちらへ』と言われても怖くて仕方がない。特にほとんど敵地と言ってもいい場所で、完全に気配を消して、私たちの前に現れた。やろうと思えば私たちは無防備なまま執事さんに蹂躙されていたかもしれない……恐るべし、執事さん。もしかしたら執事さんって最強の職業なの?


 おっかなびっくり執事さんの後をついていくが、何事もない。しかし特に何もないのが余計怖い。歩く廊下には相変わらず人の気配はなく、窓から入る爆発の炎が室内を妖しく揺らすだけだった。


「旦那様がお待ちでございます」


 雷蔵氏の私室の前で立ち止まった執事さんは恭しく頭を下げながら扉を開ける。


「……よく来たな。入れ」


 雷蔵氏の低く、くぐもりながらも、肝を冷やすようなドスのきいた声が部屋の中から響いてくる。

 私たちはその声に部屋へ入ることを一瞬ためらう。ただまなみだけは意を決して一歩前へ進み部屋の中へ入る。


「用向きは……お分かりですね、お爺様」


 まなみは雷蔵氏に話しかける。いつものまなみらしくない緊張した面持おももちで、まっすぐ雷蔵氏を視線で射抜くように見つめる。

 雷蔵氏はそんなまなみを意に介さず、語り始める。


「……まなみよ。昔からお前は聞き分けのない子だな」

「お爺様……? 何を……」

「お前のわがままには手を焼いている」

「お爺様……?」

「昔から、お前は言い出したら聞かなかったな。お前が子犬を拾ってきたときも……」

「お爺様? 聞いてください」

「あのときもそうだったな。動物園にいって、オリの中の動物をねだられたときは往生した。あの時からまったく変わってないのう……」

「お爺様、いい加減に話を聞いてください!」


 雷蔵氏は死んだ魚のような虚ろな目をして何かに取りつかれたように昔話をしている。まなみは雷蔵氏が何が言いたいのかわからないようで、同じようなフレーズを繰り返す。


「お爺様、おわかりだと思いますがもう一度言います。非道な魔導術実験から手を引いてください」


 まなみは関係のない昔話ばかりする雷蔵氏の態度にしびれを切らすように言い切る。途端に雷蔵氏の目の色が変わり、怒りにも似た鋭い光が宿る。


「……ふ。否といえば?」


 雷蔵氏は挑発するようにまなみへ語りかける。その目は血走り、怒気と狂気をはらんだ視線をまなみへ向ける。まなみはそんな狂気の視線に負けず、言い返す。


「止めます。お爺様と刺し違えても」


 まなみは毅然と雷蔵氏に対し反旗を翻した。拳を固く握りしめ、まっすぐに雷蔵氏をにらむ姿は彼女の絶対に引かないという意志の現れだろう。

 その言葉を聞いた雷蔵氏の目には狂気の光が増す。やがてゆっくりと口角を上げ、悪魔の笑みを浮べる。


「はたしてお前にできるかな、まなみよ! 身内ぞ? 家族ぞ? 人一倍家族に飢えているお前に、ワシを力づくで止められるかな? はっはっは……」


 狂気に満ちた笑い声を上げる雷蔵氏に対し、まなみはうつむき何かに耐えていた。小刻みに震える彼女の肩が痛々しい。

 でも『人一倍家族に飢えている』ってどういうことだろう? まなみの両親は健在だったはず……私とは違って。


 まなみは雷蔵氏の狂気に満ちた笑い声に耐えていたが、あふれる感情を抑えきれなくなったのか、内にためたものを吐き出すように雷蔵氏へ言葉をぶつける。


「……止める。止めてみせる! お爺様、正気に戻って! 家族だから、家族だから……」


 悲痛な叫びを上げ、雷蔵氏を諌めようとするまなみ。しかし、雷蔵氏は狂気に満ちた光をその双眸に宿したままだった。


「……ふっ……ふっ……ふっ。あーハッハッハ……おもしろい。実に面白いことを言う。止められるものなら止めてみろ、まなみよ。ワシに宿りし闇の力、舐めるな!」


 雷蔵の背後に黒いオーラが立ち上り、世にも恐ろしい魔物の形の影になる。私たちはその影の攻撃にそなえ、WAD起動する。


「はぁハッハッハ……ぬるいのお、ぬるい! お前たちは戦う気があるのか!」


 雷蔵氏が卑下た笑みを浮かべると影も同じ笑みを浮かべた……少なくとも私の目にはそう写った。

 影は腕を私たちにむけて振り下ろした。その腕はクマのような豪腕で旋回範囲に入ったもの全てをなぎ倒す。あまりの威力に私たちはそれぞれ障壁を生成し、防御に徹するしかなかった。それと同時にあまりの威力に弾き飛ばされる。みんな苦悶の表情を浮かべ、膝をつきながら立ち上がる。


「くっ……みんな、生きてる?」


 私が確認すると、やや弱々しいものの全員が返事をした。

 まだ、みんな生きているみたい。良かった。


「お爺様っ! 正気に戻ってっ……!」


 まなみはなおも雷蔵氏を説得しようと痛む身体を抱えながら、渾身の声を上げる。さり気なく、最上くんがまなみを支える。


「まだ言うか、愚かな娘よ!」


 雷蔵氏の影は腕を振り回し、部屋のものをなぎ倒し、なぎ倒し私たちに迫る。室内は竜巻に襲われたようにものが飛び交う。私たちは影の攻撃を避け、飛んでくるものをかわすので精一杯になる。


「お爺様、正気に戻ってっ! お爺様っ!」


 一歩間違えば、死に直面する状況でもまなみはあきらめず、雷蔵氏に呼びかける。雷蔵氏の影はまなみに容赦なく襲いかかる。影の腕が振り回され、部屋のものが粉砕される。その破片がつぶてとなり、私たちを襲う。破片は障壁を展開することでしのぐことができたが影の直接攻撃はあまりの威力に単に障壁を展開するだけではしのげそうにない。


「こなくそっ! 燃えつきろっ!」


 最上くんは影の直接攻撃を髪一重で避けつつ、彼女まなみに迫る破片を片端から燃やしつくすことで器用に撃墜している。


「オラオラ、どうした! あんたの攻撃のほうがヌルいんじゃないの?!」


 影の注意を自分にひきつけ、自ら囮になっている。影はいらだったように攻撃の手を強める。最上くんはさらに挑発するようにヒラリヒラリと影の腕をかわす。


「お爺様ぁっ! 正気に戻ってぇっ!」


 まなみは彼《最上くん》に守られ、雷蔵氏への説得を必死に続ける。しかし、雷蔵氏にまなみの声は届いていないようだった。真一文字にむすんだ彼女の唇から血がにじむ。


「ちょっと頭を冷やしたらっ!」


 私もまなみたちを援護するために氷のつぶてを影に浴びせかけた。氷の激しい嵐が影を襲う。影は防御する素振りをみせ、動きが止まる。


 やった……? ちっ……!


 動きが止まったのでかなりのダメージを与えたと思った。しかし動きが止まったのはほんの数秒で影にダメージを与えた様子はない。影は勝ち誇ったように卑下たいやらしい笑みを私に向ける。

 なんて怪物……これだけの攻撃に動じる様子がないなんて。


「ぐっ……ぐぁぁ……ごふっ!」


 突如、雷蔵氏がうめき声を上げ、苦しみだす。膝をつき、呼吸が苦しいのか断末魔のようなうめき声を上げ、胸をかきむしる。その様子にまなみが反応する。


「お爺様!」


 まなみは駆け寄ろうとするが、最上くんが抱きかかえ静止する。まなみは最上くんの腕を振り払おうとするがガッチリ組まれた最上くんの腕は振り払うことができない。


「離して! お爺様!」


 まなみは最上くんの腕の中でもがくが彼の腕はしっかりとまなみの身体をつかんで離さない。そうこうしているうちに雷蔵氏は突っ伏し、床に沈む。


「お爺様ぁぁー! いやぁぁぁ!」


 まなみの叫びが部屋の中に響き渡る。


「放して! 放してぇ! お爺様が、お爺様がぁ……」


 それでも、最上くんはまなみを開放することはしなかった。

 どうして……? 最上くんの行動を不審に思い、目を凝らして部屋の中を見た。すると影の様子がおかしい。何やら無意味に身体を動かし、こちらに攻撃する様子がない。しかもぼんやり平面的だった影の姿が少しずつ立体感を持ち始めていた。


 雷蔵氏の影が次第に立体的なシルエットに変わるのを最上くんは見逃していなかった。


『ブシュ……グルグル……』


 影は実体化し、魔獣と化した。魔獣は四足歩行の獣の形となり、まさに獣のうめきとともに私たちを睥睨へいげいした。


 魔獣化するなんて……なんて強い想念……。想念が実体化するのは前の警察の蔭山さんの時に経験済みだったけど、改めて直面すると人のの想念の厄介さが身に染みる。目の前の魔獣は人の負の感情のうち、憎しみと恨みとを物質化したような攻撃的な毒々しい極彩色をしている。金色に光る眼は鋭く、雷蔵氏と同じような狂気に満ちた光を宿らせている。姿かたちはオオカミに似た形をしているが、頭には後ろに突き立てるように伸びるたてがみと古代生物のサーベルタイガーのような鋭い牙を光らせている。四肢には鋭い爪が露わになり、形態からも攻撃的な雰囲気があふれ出ている。


 魔獣だろうと何だろうと、人にあだなすものがいる以上、魔導術士の私がすることは一つ。


「あの魔獣を倒すよ!」


 私はみんなに声をかけ、魔獣にたちむかった。あの魔獣を倒すことですべてがうまくいくことを信じて。

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