第51話 嵐の前の……
襲撃をしのいだいたりんたち。公安の用意した隠れ場所で新巻に連絡をとるが話がとんでもない方向へ……。その話を盗み聞きしたまなみは悪ノリする。頭を抱えるいたりんにまなみはこれからのことを聞く。
私の剣幕にとうとう根をあげた新巻さんはことの顛末を『説明を端折るとうるさくてかなわない』といった雰囲気を隠そうともせず、説明し始める。
「――ということで襲ってきたのは財閥の暗部、御大子飼いの荒事専門部隊だろう。そいつらを使って直接手を出してきた。向こうがその気ならこちらもやり返すだけだ」
新巻さんは最初はめんどくさそうだったが、興が乗ってきたのか、だんだんと一方的にまくし立てるようになってきた。新巻さんて以外とめんどくさい人なんだなぁ……。
あ、あの新巻さん、説明を頼んだのであってそれ以外については何もお願いしていないのですが。それにそんなにまくし立てられても、私ではどうにもできないのですが。
新巻さんの様子から詳しい説明を求めるのはあきらめ、新巻さんがクールダウンするのを待つため本すじからちょっと外れた質問をする。
「……それで、これから何をすればいいんです? このままこの場所をお借りするというわけにも……」
新巻さんはこともなげにとんでもないことをのたまう。
「当面何もしなくてもいいし、そこの場所も使いたければしばらく使い続けてもいいぞ」
いいのですかそれで、公安は? それより『何もしなくてもいい』ってどういうことですか? 私たちはお荷物ですか?
「……とはいえ、事務所に缶詰なんて我慢できないだろう? 大ぴっらには言えないが、近々御大のところへお礼参りしないといけないんだが、ついてくるか?」
……ゴメンナサイどこのヤクザでせうか? まがいなりにも天下の公僕、治安維持の要のはずの公安が『お礼参り』なんて、なんてことを言うのだろう? それとも新巻さんが特殊なんですか? ついていけない……もっと常識的な会話がしたい。
ところでまなみと最上くん二人して何コソコソしているの?
「……それで、いつ?」
いつの間に! まなみが電話の話をどうやったのか分からないけれど聞いていたらしい。
「まなみ、どうやって話を……」
どうやって電話の話を聞こうとしたら、最上くんがイヤホンと何か小さい箱状のものを持っているのを見た。
……そういうことね。回線をつないだときから、全部そうやって盗み聞きしてたのね。二人して何かコソコソしていると思ったら、アンタたちって……!
言いようのない疲労感にガックリ肩を落としているスキにまなみが勝手に新巻さんと話を始めている。
「あ、新巻さん、桜庭です。その話乗ります。段取りはどうしますか?」
ち、ちょっと待った! ヤクザの『お礼参り』みたいなものに乗っかるなんて、何考えているのよ! しかもお礼参り先はアナタのおじいさんでしょう? 身内のところへ殴り込むなんて何を考えているのよ……?
「……はい、はい、わかりました。それではウチの最上をそちらに行かせますのでよろしくお願いします。それでは」
私が一人憤慨している間にサッサと話をすすめるまなみ。
はぁ……頭が痛い。私の周りには常識的な考えを持っている人はいないのだろうか?
「それじゃ、姐さんちょっと行ってきます」
最上くんは嬉々として出て行ってしまった。
はぁ……。どうしてこうもトラブルに首を突っ込みたがる輩が私の周りには多いのか? 私はただ平穏無事に魔導術士生活をエンジョイしたいだけなのに。
頭にきた……まなみにあたってやろう!
「ちょっとまなみ、何考えているのよ! よりにもよって貴女のおじいさんのところへ殴り込みに行こうなんて……」
まなみは何かを考えているようにうつむいている。その顔は……その顔は……わずかに口角を上げ、ほくそ笑んでいるようにも見えた。
まなみ? まなみさん……? 大丈夫ですか?
心配になっていくのがまなみの顔をのぞき込んていたら、彼女は私を見返す。
「何見てるの?」
「いや、大丈夫かなと……」
そう言ってみせる彼女の顔はなぜだか憑き物が落ちたようにスッキリした顔だった。
「……お爺様のところへ殴り込みに行くことを心配しているなら大丈夫よ。私か殴り込んだところで財閥の屋台骨が揺らぐわけじゃないし、あのお爺様を説得するなら、このぐらいでないとだめよ」
まなみは本当にあの御大と真っ向勝負するらしい。
まなみ、完全復活……。
よかったのか、悪かったのか。
「……それにこの程度のことにひるんでいたら、もっとややこしいことなんて乗り越えられないわ!」
いつものまなみらしく胸を張り拳を握り、自説を押し通そうとしているのがありありと分かる。本当にまなみはいつものまなみに戻ったみたい。親友としては両手を上げて喜ぶべきところなんでしょうけれど……。
事務所を仮にも預かるものとしては手放しには喜べない。下手をすれば返り討ちにあうかもしれない。財閥の御大相手にタイマン勝負なんてやりたくないし、個人的には穏便に話し合いで解決できるのが一番なんだけど。
はぁ……
本当にまなみはこれからのことどう考えているのだろう? 元気になってくれたのはいいのだけれど、斜め上に元気が向かっているような感じがする。いつものこととはいえ、もういい加減にしてもらいたい気もする。
「ところで、杏はこの件が片付いたらどうするつもり? 事務所続ける?」
まなみが唐突に聞いてきた。
先のことなんて……全く考えてなかったなぁ。事件の対応にばっかり気を取られて、そんなこと考える余裕なんてなかったし。
「ん? まだ考えていないなぁ。事件の対応に追われて考えてる暇なかったし……」
「……そう。でも、もうそろそろ考えないとね。多分お爺様のところへ行ったらこの事件も終わりになるわ。だから次のことを考えておかないとね」
そう言ってまなみは人差し指を立て、小首を傾げ、ウインクする。
まなみの言う通りだけど……やっぱり、先のことはよくわからない。事件が終わってから何がしたいなんて、考えもしなかった。事務所のことなど、目先のことばかりが頭の中にあってそれ以外は意識の外。これでいいのかな?
「杏も先のこと考えなきゃ。時間は無限じゃないわよ」
まなみは意味ありげに微笑む。
そんなこと言われても……分からないものは分からないし。そういうまなみはどうなのよ?
「……まなみはこの事件が終わったら次すること考えているの?」
「え? 私? それなりには……ね」
まなみは意味有りげな蠱惑的な笑みを浮かべる。もしかして、やっぱり……?
「やっぱり最上くんと……?」
思い当たることを聞いてみた。まなみの将来計画といえばこのぐらいしか思いつかない。でも、いいよねまなみは。将来計画がしっかり立てることができて。私は目先のゴタゴタを片付けるので精一杯。
「ま……ゆくゆくはね。ただ道のりはまだまだ遠いわよ」
「え? 何かあるの……?」
まなみはガッチリ将来計画が決まっているものと……それにまなみだし、どんなムリをも通すと思っていたんだけど違うの?
不思議がって首を傾げていたら、まなみが説明を始める。
「前にも言ったと思うけど、彼の問題でね……」
あ、そういえば……。彼、問題を抱えまくりだった。
彼は簡単に言えば、改造人間。昔あった大規模魔導術テロの影響を受け、身寄りを亡くしたあと、まなみの財閥の研究所で改造された人工魔導術戦士。言ってみれば、財閥の『試作製品』のようなもの。まなみ以外に会社の重役が『製品』とそんな関係になった人なんていないだろうし、世間的にそんな関係を認められるのだろうか?
「そっか……そうだよね、なかなか簡単じゃないよね……」
「そうなの……私個人はどうでもいいのだけど、立場上『身元不審者』との付き合いはタブーなの」
せっかく復活したまなみの表情に影が指す。
「財閥との関係を切り捨てるってことは……」
思いついたことをまなみに聞いてみる。まなみなら財閥の力が無くても自活できそうだし、これからの生活も何も心配ない。最上くんは一応軍人だから、生活の心配はない。
「それも考えたわ。でも、彼の身体のことを考えると、財閥との関係は切れないのよ」
あ、そういえば前、最上くんが言ってたな。財閥の研究所で定期的に調整を受けているって。
「えーと、すると最上くんは『調整』を受けないと身体の調子が悪くなるの?」
「悪くなるだけなら、こんなに悩まないわ。『調整』を受けないと最悪……動けなくなって、もだえ死ぬわ」
死ぬって……まなみ、あなたなんてことを……。
私が驚き、彼女を見ると恐ろしいほどのオーラが見えた。
「私、イヤよ。彼が……彼が……苦しんで死ぬなんて! そんなこと何があっても私、阻止するわ! どんなことをしても!」
まなみは悲壮な覚悟を吐露する。髪を振り乱し、拳を突き出す姿は恋する乙女……にはとても見えない。どちらかといえば怪しげな実験に失敗してもがき苦しむ魔女といったほうが正確だろうな。まなみはまなみでいろいろ大変なんだなぁ……。
とはいえ……。
「まあまあ。それはそれとして、結局財閥との関係は切れないってことね。ならどうするの?」
興奮していたまなみは落ち着きを取り戻し、少し考える。
「できることをやるしかないわ。どこまで行っても、曲解と誤解に基づいていちゃもんつけてくる人間はいるから……」
「……まなみがそのつもりなら、特に問題ないんじゃない?」
私が指摘すると、まなみはきょとんとした顔で私を見ている。そして、急に力が抜けたようにフッと笑った。
「……そうよね、今まで通りやっていればいいのよね。興奮して損した」
まなみはペロッと舌を出し、片目をつむり、軽く自分の頭を拳で叩く。
まなみが『テヘペロ』しても、違和感しかないわね……。ま、多分彼女の中の問題は自己解決しちゃったみたいだし、心配することがないのはいいこと。
「ところで、あなたはどうするつもりなの、杏?」
「へっ……? 私?」
え? 私? 私は……私は……何をどうしたらいいのか……。
挙動不審な状態なった私にまなみは追い打ちをかける。
「マスターのことよ。マスターとはどうなのよ? うまいことやっているの?」
「え? え? ナンノコトデショウ……?」
ま、ま、ま、マスターのことですか……? 予想もしないことを直球で聞かれ、頭の中が真っ白、真っ白、純白になってしまった。
おまけにフルスイングで動揺してしまい、言葉使いが変なことになった。い、い、いきなりそんなこと聞かないでよ! こっ、こっちにも心の準備というものが必要で……。
「ま、あなたのことだから何の進展もないでしょうけど、その気があるのなら行動にうつしたほうがいいわ。ああいうタイプの男性はこっちからアプローチしないと、いつまで経っても今のままよ」
「そうね、そうかもね。マスター、肝心なところになるとスルっと逃げちゃうから……何を思っているのかななんて思っちゃう」
本当にマスターは私のことをどう思っているのだろう? 聞いてみたい気もするけれど、怖い気もする。少なくとも、嫌われてはいないと思うんだけどな……。
「私が見ている限り、杏のことを気にかけてはいるように見えるけどな」
そっか、まなみにはそう見えるんだ。なら、期待できる……のかな? それでも、何か怖い。マスターは心の奥底に人には言えないような闇を抱えているような気がする。そんなデリケートなところまでさわっていいのかな、私が……?
「自信持てとまでは言わないけど、あなたならマスターの支えになれると思うわ。頑張って。人々の苦しみを救う『イタコ』でしょ、あなたは」
まなみはそう言って、背中を叩く。
まなみに言われると何となく上手くいく気になれる。
「さ、今日のところはもう休みましょう。明日から忙しくなるわ」
まなみにそう言われ、私も休むことにした。明日目がさめたら、何か起きそう。
次の日、トラブルが笑顔でやってきた。私の予感は図らずも当たってしまった。
……何でこうなるのだろう?