第50話 襲撃!
雷蔵氏との対決のあと、これからのことを話し合っていると新巻さんが飛び込んできた。
「説明は後、逃げる準備をしろ! ヤツらが来るぞ!」の言葉に訳も分からず事務所をでるいたりんたち三人。
また事件が向こうから込んできた! 彼女たちの運命やいかに!
雷蔵氏と直接対決の日から少したって、まなみと最上くんと三人で雷蔵じーさん対策について話し合った。……はずなのにその時の話の流れか、何故かあの場のまなみの『結婚宣言』に話題が及んだ。というか、あの状況であんな話をぶちまけた彼女の真意をどうしても一度確かめたかった。彼女ほどの頭のいい娘ならあの場の空気を読めないはずはないし、適切な対応だってお茶の子さいさいのはず。それなのに……。
「僕もびっくりしました。いきなりだったものでどうリアクションしたらいいものやら……」
最上くんもそう言って、苦笑いしている。という姿をみせつつ、若干うれしそうにも見えた。
この色男め……豆腐の角で頭ぶつけて死んでしまえ。
しかし愛しのだーりんもびっくりする核兵器級の爆弾発言なんて、何考えているのかしら? なんとか言いなさいよ、まなみさん!
まなみはものすごい困惑した苦笑いして、肩を落とした。あ……一応反省はしているみたいね。でもだからこそ、きちんと考えを聞いておきたい。いったい何を考えているの貴女は?
「……ごめんなさい、完全に勢いです。でも、我慢しきれなかったの……。お爺様があそこまで横暴になるなんて……。そんなお爺様に私の未来を語ってほしくなかった」
そう言う彼女はものすごく小さく見えた。こんなまなみを見るは初めてだ。いつもは尊大で胸を張って腕を組み、まるで某アニメにでてきたバ◯ターマシンのように仁王立ちし、下手に近寄ろうものなら、足蹴にして高笑いするような女性なのに、今目の前にいる彼女は何もかもうまくいかず、全てに自信を失い落ち込んでいるか弱き女性にしか見えない。よほどショックだったのねぇ……雷蔵氏はなんと罪深いことか。
「……小さいときは怒らせると怖かったけれど、普段は優しくしてくれたの。微笑みながら頭をなでてくれたお爺様、好きだった。でも……」
本当に悲しそうな目をしている。彼女でもそんな表情をするんだ。いつもの高慢な表情は本当に別人の表情になっている。
あれ? いつの間にか、最上くんが彼女のそばにいる。そつがないなぁ……本当に。それはいいけど勢いに任せて、二人の異世界に飛ぶのはやめていただけないでしょうか? また私だけ……こんな時までスネさせる気かい、あんたらは……。
「……そう。ま、そのことはこれ以上とやかく言ってもしょうがないな。とにかく本題に戻って、これからどうするか話しましょうか。結婚の話は後で最上くんとゆっくり話したらいいわ。にしし……」
ちょっと嫌味を込めて含みのある笑いをしたら、まなみが複雑な顔で私を見ている。最上くんは最上くんで照れ笑いしている。本当に豆腐の角に頭ぶつけて死んだら……?
「ところで、ちょっと気になったことがあるんだけど、いいかな?」
いつまでも余談をしている場合じゃないので、私は雷蔵氏と直接対峙したときのことを思い出し、気になることをまなみに聞いた。
「まなみのお爺様って段々あんなふうになったって言ったよね? 間違いない?」
「ええ……そうだけど、何か思い当たることがあるの?」
私は雷蔵氏と直接会ったときの違和感をまなみに話す。
雷蔵氏の部屋の扉が開き、まるで冷凍倉庫が開いて冷気が外に漏れるように人の悪意の発露、具現化と言っていい黒い靄があふれ出てきた光景を、まなみに説明して引っかかっていることを話してみる。
「――ということがあったんだけど、多分何かに 憑りつかれているかも。取り越し苦労ならいいんだけど……」
まなみは考える目をして、私を見る。その時にはあのか弱い女性の姿は鳴りを潜めていた。
「もし何者かが憑りついたとして、それは何者なの? お爺様のあのふるまいだと、恨みを買うことなんて日常茶飯事のはず。みんな恨んでいるから……」
確かあの時は……。
「うーん、あのとき感じたのは特定の誰かというよりも、大勢の人の意識の塊みたいな感覚だった。特定の誰かって感じはしなかった。それも、一人二人とかそういうレベルじゃなかったなぁ。あえて言葉にするなら、いっぺんに何十人、何百人もの人が同じ恨みを抱えて憑りついたような……」
そういえば、あのとき感じたのは個人的な恨みというより、禍々しい悪霊が固まったような怨念といったほうが正確。そんな形で取り憑くなんて、普通ならありえない。普通なら……ね。
たいてい誰かの恨みが憑りつく場合、複数憑りついてもそれぞれ判別できる。個々の恨みの塊というものが張り付いていると言ったらより正確かしら。しかし、雷蔵氏の場合確かに複数人の恨みのエネルギーを感じるんだけれども、それぞれ個々に判別できず混然一体となって雷蔵氏にまとわりついているという感じだった。そんなものは今まで私は見たことも聞いたこともなかった。
当然イタコの力のないまなみには想像の範囲を超えるかもしれない。まったく経験のない光景だろうから。案の定、まなみも想像がつかないのか、何かを考えているだけで次の言葉がなかなか出てこない。
「……正体については、おいおい明らかにしていくしかないみたいね。それじゃ目下の課題について考えましょうか」
雷蔵氏に憑りついたモノの正体についてはとりあえず棚上げにして、喫緊の課題について話を戻すことにした。とにかくあの財閥の御大を何とかしない限り、今抱えている問題は完結しない。テロリストは捕まえたものの、そのテロリストを生み出した根本原因と思われる御大はいまだ反省の色もなく、策謀をめぐらせているようだから、こちらもできることをやっておかないと巻き込まれて悲しむ人が増える。それだけはなんとしても阻止しないと……
「そうね。お爺様に憑りついているのも気になるけれど、そっちも問題よねぇ……。でもどう考えてもとっかかりがないわ」
まなみの言うとおり、雷蔵氏の力は絶大だし。一介の魔導術士にできることは限られている。だからこそ! だからこそ……だから……。
事務所に三人、雁首揃えて頭をひねる。三人そろって無言でお互いのことをけん制していたら、事務所の扉が勢いよくたたきつけるように開く。
誰よ! 扉が壊れるじゃな……新巻さん……どうしたんですか? 目の前にいつものくたびれた茶色の背広を着た新巻さんがいる。
「嬢ちゃんたち……まだ無事だったか!」
いつも、冷静でどちらかというと斜に構えた物言いの新巻さんが息せき切って飛び込んできた。あの新巻さんがこんなに慌てた様子を見せるなんて、何かとんでもない事態が発生したのかしら?
「新巻さん、どうしたんですか?」
事態が全く分からない私は新巻さんに聞いてみるが、新巻さんはとてもいら立っているようだった。詳しい説明は一切なく、一方的にまくし立てる。
「説明は後、逃げる準備をしろ! ヤツらが来るぞ!」
珍しく声を荒らげる新巻さん。そんなに切羽詰まった事態が発生したの? 新巻さんがそんなに慌てる相手ってどんな凶悪犯なんだろう?
「ヤツらって……?」
私が事態を呑み込めず、首を傾げていると新巻さんは焦れてさらに声を荒らげる。
「御大のところの取り巻きだ! 急げもうすぐここを襲撃するつもりだ」
それは……でもなんで? ウチを襲ったところで何の得があるというのだろう?
頭をひねっていると、傍らでさっきまでか弱い乙女を演じていたウチの鉄火娘が妙なスイッチが入って、WADを起動しすっかり迎撃気分になっている。その姿を見て、新巻さんが慌てて止める。
「戦うなんて言わせんぞ! 話がややこしくなる! とにかく、うちのヤツが時間を稼ぐ。ここへ急げ」
新巻さんはメモとカードキーを押しつてけきた。そのメモにはどこかの住所と何かの暗証番号と思しき数字とアルファベットの羅列が書かれていた。
ここへ急げってことかな? メモ見て首を傾げたら、新巻さんが『早く行け!』と言わんばかりに怖い顔して、顎を突き出し促す。
「とにかく、しばらくそこで隠れてろ。ついたら連絡しろ」
新巻さんはそう言い残すとどこかへ消えた。新巻さんの殺気にもにた気迫に迫力負けした私たちは訳も分からず、事務所を後にすることにした。
取るものもとりあえず事務所を出る私たち。最上くんが何やら大きな荷物をどこからともなく持ち出してきたが、今はそんなことに構っていいられない。裏口から出た途端、何者かが事務所に突入したような破壊音が聞こえてくる。その後、かすかに呻き声も聞こえる。
事務所近辺で騒ぎが起きているのを後ろに感じながら先を急ぐ。私たち三人の行く先は暗闇に包まれていた。暗闇の中、ただひたすらもがくように走るだけだった。とにかく、新巻さんからもらったメモの場所を目指した。
――――✩――――✩――――
いったい暗闇の中をどれくらい移動しただろうか? 突然降って湧いた逃避行に戸惑いながらも、新巻さん指定の場所についた。
そこは古い雑居ビルで、ほとんど人の出入りがない。私たちはビルの端にある階段を上がる。階段の隅には雑多なガラクタがところどころに積み上げてあり、歩きにくいことこの上ない。
「……こんなところ大丈夫なの?」
まなみの疑問も最もだった。確かにうちの事務所があるビルより古びている上に、所々外装がはげ、一見すると廃ビルと言ってもよかった。
ま、しょうがないでしょ。逃避行中の私たちの潜伏先としてはふさわしいのでは?
などと一人思っていると二階の廊下にでる。
「ここのようね」
まなみがスタスタと先を急ぐ。
二階廊下にはいくつかドアがありメモに書かれたドア番号を確認すると、ドアにカードキーを差し込み、メモの暗証番号をドアにあるテンキーで入力する。ドアのLEDが点滅し、赤から緑に変わると同時に鍵が開いた。
なんだか違和感があるわね。この建物の外装は今にも崩れそうなのに、セキュリティが最新式っぽい……アンバランスこの上ない。もしかしたら公安の人の隠し事務所かなんかなんだろうか?
中に入ると、小ざっぱりと言えば聞こえがいいけど、家具らしきものがあまりなく生活感のない殺伐とした室内だった。ただ、備え付けのパソコンはいいものを使っているようだった。マルチコアCPUでSSD搭載のノートパソコンがある。高そうなものを……。
電話も一応置いてあった。部屋の中を一通り見渡すと、寝袋や長ソファーも無造作に置いてある。どうも、公安の人がたまに使うことがある様子。
ま、いいや。ちょっとほっとして長ソファーにドカッと座った。
「……隠れるのはいいけど、いつまでいりゃいいんだろ?」
私が誰ともなくつぶやくと、まなみが反応する。
「さあ……新巻さんと連絡がつけば、わかるかもしれないけど」
「んじゃ、こういうときの非常回線を使いますか」
最上くんは怪しげな機械を取り出し、パソコンと電話につなぎ、操作し始める。なんでそんなものを持っているのだろう? もしかしてこうなることを予測していたとか、事務所襲撃を知っていたとか、最上くんに対する疑問がいくつも浮かぶ。この子はまなみ並みに一般常識からかけ離れた行動をとるからねぇ……類は友を呼ぶというか、類はバカップルを成立させるというか……。
私がどんな思いを抱いているのを知ってか知らずか淡々と作業を進める最上くん。
「何それ? 何してるの……」
見当のつかない私は最上くんに聞いてみた。
「簡単に言えば、目くらましってところですね。ここの場所、知られるとまずいでしょ?」
最上くんはにやりと笑う。そう聞いても何をしているのかやっぱりよくわからない。もっと素人にも割るように説明してよ。こっちはそういうことはからっきしなんだから。
「他人名義の回線を拝借して、別のところから電話をかけているように偽装します」
極めて犯罪性の高そうな方法をなんの屈託もなく爽やかに告白する。漫画的に表現すればキラキラァ~と光る何かが最上くんの周りに散りばめられて、サムズアップする最上くんの目なり、歯なりがキラーンと光るところなんでしょうねぇ……。
私が手で顔を覆い、大きくため息をつくと最上くんが補足説明を始めた。
「別に大したことじゃないですよ。公安の秘匿IP回線を引っ張り出して、こっちにつないでいるだけですから。一般庶民にはご迷惑をおかけいたしません」
最上くんは私のほうを見ながら人差し指を立て左右に揺らす。そりゃまぁ、特別国家公務員が守るべき国民に迷惑かけてどうすんだという話はあるけれど……。よりにもよって公安の秘匿回線を拝借するなんて。ブラックリストにでも乗せられて、監視対象になったらどうするつもり?
私の思いを全く考慮せず、最上くんは嬉々として作業にいそしんでいる。まなみもかたわらで楽しげに彼の作業の様子を見守っている。ほんとにいいかげんにしろ、このバカップルが!
そんなこんなで、新巻さんにつながりました。
「……まだ、無事なようで何よりだ。当面、姿を隠していろ。下手に動くな。いいな?」
とにかく新巻さんは説明が少ない。私の周りの人間はみんなこんな人ばっかりなの?! もっとちゃんと説明してよ! それに待ってろ待ってろっていつまで待ってりゃいいのよ!
憤慨する私にヤレヤレといった感じで、新巻さんは説明を始めた。