第49話 対決! ②
雷蔵氏に対し粘着的に質問を続ける新巻さん。新巻さんが質問を終えた後、まなみが核兵器級の発言で雷蔵氏を大激怒させる。まなみ……頼むよ(´;ω;`)
「これは失礼。実はその研究所の『研究成果』がドブネズミどもの発生原因ということがわかりましてな、そこで何かご存知かと思いまして」
新巻さんは和やかな口調で質問するがその目は笑っていない。むしろ猛禽のような鋭い光が宿っている。しかもほかの人なら絶対躊躇う内容の質問を新巻さんはあの雷蔵氏に対し、直球でぶつけている。これは新巻さんの経験値が違うことによるものなのか、それとも性格から来るものなのか判別はつかなかったが二人の意志と感情が真正面からぶつかっていた。私の目から見るとほとんどアニメの特殊効果のようにお互いの想念がぶつかり、派手に火花を散らしている様子がありありと見える。本当に現実のものであったならこの部屋は間違いなく大炎上しているに違いない。
「……知らんな。個々の研究所の些末な研究内容なぞ把握できるものではない」
何とかかわそうと質問をはぐらかす雷蔵氏。今まで赤の他人、しかも公僕に絶対踏み込まれることのなかった領域に踏み込まれ、戸惑いもあるのだろう。激しい火花を飛ばしつつも仕切り直すかのように一旦質問を受け流す。しかし新巻さんは喰らいついてはなさない。獲物を追いかける肉食獣のように。
「おや、そうですか。それならば少し齟齬をきたしますな。我々が聞き及ぶところによると、総帥、貴方がクローン関連の研究を強く推進されていたとうかがっていますが? ほんとにご存じない?」
新巻さんは軽く手榴弾程度の爆発物を雷蔵氏との会話に放り込む。下手に反応しては自分が不利になると思ったのか雷蔵氏は押し黙り、新巻さんをにらむ。その反応に手ごたえを感じたのか新巻さんはわずかに口角を上げ、ほくそ笑む。
「……クローン関連の研究を推進したという証拠でもあるのかね? 証拠もなしに疑うのなら、この国の司法に訴えることもできるんだぞ」
策がなくなったのか、早くこの状況を切り上げたかったのか雷蔵氏は新巻さんに脅しをかける。この辺りはさすがこの国の中枢に顔が利く財界の親玉。雷蔵氏が伝家の宝刀をついに抜いた。それでも新巻さんはどこか余裕を見せる。
「……残念ながら確たる証拠はつかんでおりませんでな。ただ、お宅の内部より漏れ伝わってくるんですよ。通常なら聞けないようなお話がね。お宅の孫娘さんにもご協力いただいているわけです」
新巻さんは伝家の宝刀が出てきたところである程度目的を果たしたのか、いったん引いた。しかしさりげなくまなみが協力者であることを雷蔵氏に匂わる。雷蔵氏は一瞬、まなみのほうを見る。まなみはどこ吹く風といった顔で無関係を装っている。
「ま、確たる証拠はそのうちお見せに上がることになると思います。そのときまでのお楽しみということで今日のところは引き揚げましょうか」
目的を果たしたのか新巻さんは一方的に話を切り上げ、部屋を出ていこうとする。突然の撤退に雷蔵氏は肩透かしを食らい戸惑いの色を見せたが、次第に新巻さんが煙にまいたことに気付き、歯を食いしばる。そのときに声を荒らげなかったのは雷蔵氏の矜持なのかもしれない。
「あ、そうそう。総帥、さる筋から圧力をかける際はご注意くださいね。我々とて全くの無抵抗ではありませんよ」
猛禽の目をした新巻さんは雷蔵氏に警告しさらに続ける。
「……我々が預かり知らぬところで、クローン関連の研究から撤退するならばよし、さもなくば我々とて看過できません」
新巻さんの挑発的な警告に反応する雷蔵氏。憎々し気な視線を新巻さんに向ける。
「ほう……看過できないとしてなんとする?」
雷蔵氏の怒気は抑えきれないものが漏れ出ている。次第に身体全体から黒い靄がにじみ出てきた。よっぽど腹に据えかねたんだろうな……それを見越して新巻さんは挑発しているんだろうけど。
「最終的には実力行使ということになりますな」
珍しく新巻さんは正面切って雷蔵氏に挑戦している。よほど自信があるのか、はったりなのか海千山千の新巻さんの真意はわからない。
「……なるほどの。わしの子飼いの警備部隊と一度お手合わせ願いたいものだな。それまで、生き延びておればよいがな」
雷蔵氏も新巻さんの挑戦を正面切って受ける。歪んだ笑みを浮かべ、新巻さんに嫌味を言う。もう完全に戦争状態。ちょっと火種を放り込めば大炎上どころか、大爆発になりかねないほどボルテージが上がっている。
「お互いそう若くはありませんものなぁ。年寄りの冷や水にならないようお祈りいたしますよ。それではまたお会いする日まで」
雷蔵氏の嫌味に、サラッと皮肉で答える新巻さん。雷蔵氏の挑戦を鼻で笑い、そのまま部屋を出て行った。
扉が閉まるやいなや雷蔵氏は怒りの感情を隠そうともせず、当たり散らす。獣のような咆哮が部屋にこだまする。その怒気は常人ではありえないほどの黒い魔導素子を引き寄せている。限度を超えた怒りってどんな人も魔導素子を引き寄せちゃう。これが続くとその人の想念が魔導素子に固定化されて、一般で言う超常現象を引き起こしてしまう。余談だけど、いわゆる幽霊とか霊魂なんて呼ばれるものは想念が固定化された魔導素子の仕業。私がイタコを名乗ることができるのも、想念が固定化された魔導素子を映像として感知できる――『視る』ことができるから。いわゆるイタコと呼ばれる人はこの力で、死んだ人の想念を読み取り、伝えることができる。
しかし初めて見た。人間あそこまで怒ることができるんだ。本気で怒る人の圧力って信じられないほど強い。あまりの迫力にビビってしまう、いわゆる『肝が冷える』ってのを実体験するとは思わなかった。
「まなみよどういうつもりだ! あんな下賤な輩を屋敷内に呼び込みおって!」
雷蔵氏は怒り心頭だった。雷蔵氏の怒りに私と最上くんは震え上がっていたが、まなみはどこ吹く風といった雰囲気で、さして怯える様子がない。むしろ胸をはり、雷蔵氏の怒気に抵抗しているように見えた。
「どうもこうもありませんわ、お爺様。新巻さんが言われたとおりです」
雷蔵氏はまなみを睨む。まなみが何を言っているのからしきわかっていない。いや、分かろうとしていないといったほうが正確かもしれない。
「……どういうことだ。我が財閥に仇なす様な輩の言葉ぞ。あんな男の話なぞ真に受けおってからに!」
雷蔵氏にまなみの言葉が全く通じない。むしろ、まなみが自分の言葉に従わないことに戸惑っているようにも見える。そんな雷蔵氏に悲しい目を向けるまなみ。本当に悲しそうな目をしている。このあたり、本当にまなみのお爺様なんだなぁ……。
「お爺様、私はお爺様とお爺様の財閥が真っ当な商売に専念して欲しいだけなんです。たったそれだけのお願いなんです。あの研究所で行っているような怪しげな研究なんて早く撤退してほしいだけなんです。お願い、お爺様!」
まなみは雷蔵氏に懇願する。それでも雷蔵氏はまなみの気持ちに気が付かない。それどころか、自分の考えに従わないまなみに憐れみさえ感じている様子。二人の気持ちが全くかみ合っていない。『ワシの考えを理解できない哀れな娘』とでも言いたいような憐れみの目で雷蔵氏はまなみを諭そうと話しかける
「まなみよ、お前は心配することはない。ワシの用意した道筋をたどりさえすれば、何ものにも煩わされることはないのじゃぞ? 何故、態々捨てようとする?」
雷蔵氏は本気でそんなことを思っているのか、憐れむような目でまなみを見ている。まなみは屈辱的なのか、拳を握り何かを耐えている。
「お爺様、ご配慮には感謝いたしますわ。けど……私の人生は私のモノ。例えお爺様でも直接干渉することは許しません!」
言い切るまなみに憎々しげな視線を送る雷蔵氏。雷蔵氏はそこまで言われるとは思っていなかったのか呆気に取られている。
「……どいつもこいつも、ワシの思いを知らず……勝手なことを……! この財閥をどいう思いでここまでのものにしたのか、お前はわからんのかっ!」
しだいに自分を取り戻した雷蔵氏の怒りは頂点に達しようとしていた。
ま、まずい……。これは本気で怒らせてしまう。早いとこ、退散しないととんでもないとばっちりを受ける!
「あの……申し訳ないんですが、そろそろお暇を……」
と言おうとしたが……。雷蔵氏に先手を打たれた。
「まなみよ、お前も早く結婚しろ。いつまでも、遊んでいるからろくでもないことしか考えない。何人か候補がおる。その中から伴侶を選べ」
雷蔵は終始高圧的にまなみへ結婚を勧め、子飼いの配下から選べと言う。
まなみは無表情のままだったが、雷蔵に見えないところで拳を握って、何かを耐えていた。しかし、ついに我慢しきれなくなった。
「お爺様。私の将来についてご配慮いただきありがとうございます。ですが――」
まなみは形通りの謝辞を雷蔵に述べる。雷蔵氏の表情がまなみの発言に反応し微妙に引きつる。しかし雷蔵氏の反応にお構いなく、まなみは続ける。
「――その件に関しては私のやりたいようにさせてください」
雷蔵氏は黙ってまなみの言葉を聞いている。そこへ彼女は核兵器級の爆弾を投下した。
「お爺様にお願いします。ここにいる最上大和特務少尉を私の生涯の伴侶として認めていただきたいですの!」
おそらく、漫画かアニメであればこの屋敷に巨大なキノコ雲が描かれていたに違いない。この発言に私も一言、言いたい。声を大にして……。
『いきなり何を言い出すのよぉー! 雰囲気を考えなさいよっ!』
私は思わず涙目になりそうになる。当の最上くんも当惑し凍りついている。
とうとうその発言で雷蔵氏が大爆発した。
「こ……この大馬鹿もんがぁぁー! 何を考えているんじゃ!」
だめだ! ここはさっさと退散しないと、どんなとばっちりを受けるのかわからない。
二人の手を強引に握り、逃げるように部屋を出る。
玄関ホールまで駆け抜け、私も爆発した。それはもう、今までないぐらい派手に……。
「あんた、何考えてんのよ! あんな状況でいうことじゃないでしょっ!」
「……わかってるわよ! でもあの人にはそこまで言ってわかるかどうかなのよ……」
そういうとまなみは悲しそうな顔をしてうつむく。
「……昔はあんな人じゃなかったのに。どうして……」
まなみはそうつぶやいた後、しばらく無言だった。
私はどうしていいのかわからなかった。
「……とりあえず今日のところは帰りましょう。今できることはないし」
そういって雷蔵氏の屋敷を後にした。
後ろの屋敷は得も知れぬ黒い雰囲気で満たされ、振り返るのもためらうほどの負の雰囲気を放ち始めていた。