第4話 鬼がお内裏様を盗んだ。
「おだいりさまをさがして」――少女の一言から事件が始まる。そしていたりんとまなみは次第に事件へ引きこまれていく。お読みください。
「まったく……」
「どうしたの? 何か問題でも?」
珍しくため息をつきながら、パソコンで帳簿をつけるまなみに私は話しかける。
どうしたんだろ、最近荒れているようだけど……。
「……どうもこうもないわよ。最近の仕事、ひどい内容だと思わない?」
「そっかなぁ……」
「そうよ。テレビ局の取材って聞いてたら、心霊スポットになっている廃墟の取材の付き添いだったじゃない! 別に魔導術士の私達でなくてもいいじゃない!」
「……んでも、私はイタコだし、そんな仕事でも……」
「そうよねぇ……。イタコさん向きの仕事だわ、全く」
「そんなイラつかないでよ。お陰で、事務所の経営は上向いてきたんだから」
「そうよねぇ、喜ばないとね……」
まなみはそう言うと入力に専念しだし口を閉ざした。
確かに、警察の事件後いろんな依頼が舞い込んだ。テレビ局からの依頼だけじゃなくて、故人の遺言の確認、失せ物探しそれから、それから……。何でかしらないけれど厄払いなんてのもあったな。
思い返してみるとまなみの言うとおり、微妙な仕事ばっかり……。私は別にいいんだけど、まなみが何か不満を感じるなら仕事内容を考えないといけないな。
「……まぁいいわ。仕事がなくて暇つぶしをするより生産的ね、そんな仕事でも」
やっぱりまなみはなんだかイラついている。
どうしたんだろう?
最近情緒不安定ね。
……
……お通じがないのかな?
マスターに頼んでセンナ茶でも用意してもらおう。そうしよう、そうしよう。
などと、とりとめなく考え事をしていたら、事務所の扉が開く。
そこには小さな女の子が立っていた。
「あっ、いらっしゃい。何か御用?」
「……お客さんかな? まなみ……。まなみ? まなみ……さん?」
「……」
まなみさんは一心不乱に入力している。妙に鬼気迫るオーラを発散している。
……触らぬ神に祟りなし。そっとしておこう。
「……さがして」
「ん? 何を探したらいいの? こっちへきて、おねーさんに詳しく話して」
「おだいりさま。オニがもっていったの。おねーさんさがして」
年のころは三、四才ぐらいだろうか、おさげのその女の子は大きな目を潤ませながら、懇願してくる。
「そうなの。どんなお内裏様か、おねーさんに教えてくれる? こっちへきて」
私はその子を事務所のソファーに招き、座らせた。相変わらず、まなみは鬼気迫る様子で入力を続けている。
(……何をそんなに意地になって。しょうがないか……)
まなみのことはとりあえず置いておくとして、こんな小さな子からの依頼って、受けてもよいものなのだろうか? そうはいっても無碍に追い返す訳にもいかないし……。
困ったな。
「……おだいりさま、いなくなったの……こまるの。おねがいさがして」
あぁぁ、なんとかしてあげたい。そんな幼気な潤んだ目で見つめられるとおねーさん……。
「すいません、家の娘来ていませんか!? ……陽子! こんなところにいたの! ダメじゃない勝手に出歩いたら……」
突然、事務所の扉を開けて入ってきた女性はそう宣もうた。
なんなんだろう、いきなり。
「いらっしゃい。ご用件をお伺いしましょうか?」
おっと、まなみさん突然反応した。なんだ気づいていたのか。
しかし極端に反応が違っているな。金になりそうな依頼者なら即反応ってか……。
「あら。すいません、家の娘がご迷惑をお掛けしまして」
「何か困りごとでも? 娘さんが『おだいり様を捜して』と言われたのですが、よろしければお話しいただけませんか?」
「そうですか……。実は……」
その女性は陽子と呼ばれた少女の横に座り、事の顛末を話し始めた。
陽子ちゃんのお母さんの話によるとこうだ。
――陽子とお母さんはひな祭りを一緒に祝う予定だった。ところが、何者かが家に忍びこんでお内裏様を盗んでいった。陽子がみたその犯人は鬼だった――
「……ということなんです。実際、鬼がいるかどうかともかく何者かが持ち去ったのは確かなようです」
「なるほど。……ただ、ひと通り聞いただけでは魔導術士の領分のようには思えませんが、何故にここへ相談に来られたのですか?」
……そう言われればそうね。まなみのいう通り、単なる窃盗なら警察直行で話が済むのに。
私はお母さんを見た。何か言いにくいことがあるのか、迷っているように見えた。
「……実は警察には行くには行ったのですが相手にされなくて。『鬼がとった』では……ちょっと」
「……そりゃそうね。それでうちへ来たと……そういうことですか?」
「えぇ……まぁ……そんなところです。警察の人もコチラのほうが良いのではって言ってましたし」
「分かりました。そういうことでした何がかお力になれるかもしれません……」
「……よろしくお願いします。それで……」
「料金のほうはとりあえず、現場を見せていただいてから、メールで見積りをお送りするということでよろしいですか?」
「……はい、よろしくお願いします」
いつもながら、ビジネスライクな話ではまなみに敵わない。あっという間に依頼として受けてしまったよ。
「それじゃ、早速現場へ案内していただけますか?」
「分かりました」
あらら……。もう出掛けるの? 早く準備しないと。
私とまなみと陽子ちゃんとお母さんの四人は二月の寒風が吹くなか、街へ出た。
街は真冬のくすんだ色合いで、生命感がない。
生命感のある色といえば、庭木のセンリョウやマンリョウの実か、ロウバイの花の色ぐらいだな。
ロウバイの花の匂い。この寒い中でちょっとホッとするような優しい芳しい香り。
いいなぁ。仕事中でなかったら、このままあてもなく街を歩きたい。ひなびた風情のある路地を当てもなくぶらぶらと……。
街はひな祭りで各家が通りに面したところなどに自慢の雛人形を飾っている。毎年この時期に街を彩るのは庭木の花などじゃなくて、各家のお雛様。
「こちらです」
ついたんだ。
うわぁ、大きな家だ。陽子ちゃんの家ってこんな旧家だったんだ。
「問題のひな壇は家の奥ですか?」
「いえ、すぐそこの縁側に」
また、大きなひな壇。けっこう高そうな赤いビロードもひいてある……。しかも、段数が……、何段あるんだろう?
高そう……。
……確かにお内裏様がいない。心なしかおひな様が寂しそうに思える。
「……それで、“オニ”は?」
そうだった、本題を忘れていた……。まなみさんナイス。
「おだいりさまをもって、あっちへいっちゃった」
陽子ちゃんが大きな目を更に見開いて、小さな指で外を指さす。
あっちへいったのか……。何か杜撰ね。かっぱらうように逃げてる。計画性も何もありゃしない……。
さて、どうするかな……。
何気なく、門のほうを見ているとチラチラと中をうかがう小さな人影に気付く。
誰だろう? 陽子ちゃんのお友だちかな?
「どうしたの? 何かご用?」
私の問いかけにその小さな人影は恥ずかしいのかもじもじするだけで答えない。
「……あら? 星さんところの信一くんじゃない。どうしたの?」
陽子ちゃんのお母さんに信一と呼ばれた少年は何か言いたそうにこっちを門の柱の陰からこちらをじっと見ている。
信一くんは意を決したようにこちらへ向かってきた。
なにか持っている。なんだろう? 人形?
彼はその手に人形らしきものをしっかしと握りしめ、こちらへ歩いてきた。
「……これ、ひろった」
そう言って陽子ちゃんのお母さんに人形を渡した。その人形を見て目を見開きお母さんが驚く。
大きな目……。陽子ちゃんそっくり。さすが親子。
「これ、お内裏様じゃない。どこで拾ったの?」
「……あっち」
信一くんは拾った方向を指差す。でもなぜか心なしか俯いているようにみえる。
なんか様子が変ね……。ものすごい人見知りなのかなぁ?
そんなことはともかく、どんなお内裏様なんだろう?
「ちょっと、人形を見せていただけます?」
私はお母さんからお内裏様を受け取り、じっくりと眺めた。
あれ? 何か重いな……。それに妙に所々つぎはぎになっている。
変だな……?
お内裏様をあちこちいじりまわしてみると、衣装の隙間からLEDの光が見えた。
LED? なんでお内裏様の中にLEDが……?
「まなみ、ちょっと見て」
「何、何?」
私はまなみにお内裏さまを見せた。
「LED? ……何かタイマーみたいなのがついてる」
まなみがお内裏様の中を調べているとタイマーが作動する。
すると、突然お内裏様の周りにどす黒い悪意の霧が見えた。
「! まなみ、投げ捨てて!」
「え? 何かあったの?」
「いいから早く!」
私にそう言われ、まなみはお内裏様を投げ出す。
「悪意あるものを我隔離せんとす。魔導障壁!」
私は魔導術でお内裏様の周りに魔導障壁を形成し、お内裏様を囲む。
その次の瞬間、お内裏様は大音響とともに爆散した。
「……危なかったわね。お内裏様に爆発物が仕掛けられているなんて」
「……そこの少年。どういうことか説明してもらいましょうか?」
をいをい、まなみさん少年相手にそんな怖い顔をしなくても。
信一くんは腰を抜かして、全く動かない。陽子ちゃんも表情がこわばったまま固まっている。
「……さて、おねーさんに全て話してもらいましょうか。洗いざらいね……」
まなみさん、子供相手に微妙に口元を上げながら問い詰めないでください。少年は蛇に睨まれたカエル状態になってますよ……。
半泣きになりながら信一くんは少しずつ話し始めた。
彼の話によると黒服のおじさんが陽子ちゃんと仲よくなるからとお内裏様を渡すように言われたらしい。
「……気に入らないわね。子供をダシに使うなんて」
まなみの言う通り、やり方が姑息ね。誰が何の目的で……。
「とにかく、この件は警察にお出まし願う必要がありそうね」
「そうね。ただの窃盗事件じゃなくなったから……」
まずは警察に報告して、これからどうするか考えないと。
「陽子ちゃんのお母さん、警察に通報をお願い出来ますか?」
お母さんはうなずいて、一一〇番通報した。
私は何かしら黒々としたものを感じた。
得体のしれない陰謀のようなものを――
さぁ、なにやらおかしな事件に引き込まれたいたりんたち。これからどうなるのか? ご期待ください。