表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/59

第48話 対決! ①

ついにこの日がやってきた。蓬莱財閥総帥桜庭雷蔵との直接対決に臨むいたりんたち。

異様な屋敷の雰囲気に圧倒されつつも、雷蔵氏と直接相対する。

新巻さんと静かで激しい言葉の攻防が始まる!

 ここは、要塞か何かなのだろうか……?


 私といつもの事務所のメンバー三人と新巻さんを加えた四人の目の前には、蓬莱財閥総帥 桜庭雷蔵 私邸がある。あるんだけど、目の前にある光景をどう表現したらいいのだろう?


 屋敷を取り囲む塀は高く、三、四メートルはあり、角々《かどかど》には監視小屋のような場所が設けてある。しかも、お金持ちの家によくある豪華な装飾などはほとんどなく、冷たいコンクリート打ちっぱなしの壁が延々と屋敷の領域を主張している。中の建物は多少お金持ちのメンツもあるのか、屋根の角などに装飾は見えるけれど、他のお金持ちに比べるとはるかに少ない。

 それより何よりこれほど人の住まいとしての感じがない建物を今まで見たことがない。建物から人が暮らしている暖かみというものをまるで感じなかった。こんな屋敷に住んでいるまなみのお爺さんてどんな人なんだろう? 少なくとも、温和で友好的な人ではなさそう。そう思わせる雰囲気が屋敷から放たれていた。

 新巻さんに協力することで、公安が間接的に私たちの後ろ盾になっている状態でも、まなみのお爺さんは怖い存在に思える。それだけの恐れを抱かせるほどこの屋敷から放たれる異様な雰囲気は今までにないものだった。


「さあ、行くわ……いよいよ対決よ」


 珍しくまなみが緊張した面持ちで、屋敷の正門を開ける。直ぐに湧いたように警備員が現れ、私たちを取り囲む。ドーベルマンのような雰囲気を持つ彼らからは殺気にも似た非友好的な気配を感じる。とても孫娘を迎え入れる雰囲気ではない。全員表情は凍てついたような無表情で、氷のような視線で私たちを監視している。


「お爺様にお会いしたく参りました。どうぞお取次を」


 まなみが警備員にそう伝えると、すぐさま警備員の一人はインカムでどこかに連絡を取る。連絡がついて許可が出たのか、凍てついた表情まま屋敷へ案内しはじめる。


 屋敷の玄関に案内された私たちは戸惑いを隠し切れなかった。目の前の扉が見た目以上に私たちを拒んでいるように思える。巨大な扉は拒むというより、威嚇しているように感じた。玄関の大きな扉は低い軋みを上げ、ゆっくりと開かれる。

 

 扉の向こうにはだだっ広いエントランスホールが広がり、高級そうな毛足の長い分厚いじゅうたんがひかれている。その中には執事と思われる初老の男性が立っていた。


 ……一応、まなみはこの家からすれば『お嬢様』のはずなのに出迎えが少ないな。こんな大邸宅のお嬢様なら、執事を筆頭にメイドが何人も並んで出迎えるものと思っていたんだけど。まなみってこの家ではどういう扱いなんだろう……? 他人の家庭事情にとやかく言うことではないけれど……。


 何となく微妙な雰囲気のなか、私たちは総帥執務室へ案内される。


「……とりあえず、新巻さんは少し待っていたけだますか? 後で呼びますので」


 入室前にまなみが新巻さんだけ扉の外で待っているように話す。


 何をするつもりなのだろう? ここはまなみのホームグラウンドだから、まなみに任せたほうがいいんだけど……さっきから屋敷中から得体のしれない雰囲気が漂って居心地が悪い。


「さ、本番よ。覚悟して」


 まなみの顔が引き締まる。まなみが扉をたたく。妙な緊張感が高まり、私の心臓の鼓動が他の人にも聞こえそうなぐらいたかなる。中から声がした。どうやらまなみのお爺さんのようだ。


「失礼します」


 まなみを筆頭にゆっくりと扉を開け、室内へ入る。扉は重々しい軋みを上げゆっくりと開いた。


 扉が開くと、まるで冷凍倉庫が開いて冷気が外に漏れるように黒い靄があふれ出てきた。他の人には見えていないけれど、私には見える。人の悪意の発露、具現化と言っていい黒い靄が……まなみのお爺さんてっいったいどんな人なの?


 執務室内はやや暗く、部屋の真ん中にいる人物から絶えず黒い靄が送り出されていた。その目は落ちくぼみ、頬はこけ、一見するとやや病的にも見える。しかしその目は爛々と怪しい光を宿し、まなみをはじめ私たちを見ている。この人はまともじゃない。それが私がまなみのお爺さん、桜庭雷蔵との初対面だった。


「お爺様、お久しゅうございます。ご健勝の様子で何よりです」

「まなみか。ずいぶん久しいのう。まだ魔法遊びをしているのか? いい加減、真っ当な仕事についてほしいものだがな」


 雷蔵氏は不機嫌そうに会うやいなや孫娘に嫌味を言う。流石にそのあたり、まなみは慣れたもので、社交辞令的笑みで雷蔵氏の嫌味を受け流す。


「嫌ですわ、お爺様。魔導術士だって真っ当なお仕事ですわ。この間だだって、テロリストの策謀を捻り潰したばかり。ちゃんと世のため人のため、働いております」


 雷蔵氏はそんなまなみの話は面白くないのか、ひどく不機嫌そうな顔をしていた。先ほどから漂っていた黒い靄は多少霧散していた。


「で、そこの付添人は新しい侍女と執事か何かか?」


 自分の嫌味に全く動じる様子のないまなみに自分の嫌味は通じないとみた雷蔵氏は攻撃の矛先を私と最上くんに向けてきた。はた迷惑な……。


「あら嫌ですわ、お爺様。こちらは私が働いている魔導術士事務所所長の板梨杏さんと、同じく所員の最上大和くんです。お二人ともたいへんお世話になっいる方々なので、お爺様に是非ご紹介申し上げたくて、こちらにお招きしました。以後お見知りおきいただければと」


 私と最上くんはまなみに紹介されて、一応型通りの挨拶をしてみた。雷蔵氏の不機嫌な態度は変わらず、一瞥するだけだった。


「ところで今日は何用だ? ただ単にご機嫌伺いに来たわけでもあるまい。それとも魔導術士とはそんなに暇な仕事なのか?」


 機嫌の直らない雷蔵氏は嫌味な言い方は全く変えようとしない。そんなにまなみが魔導術士をやってることが気に入らないのかな……。


「ええ。当然ですわ。お爺様のお時間をいただくんですもの、単にご機嫌伺いに来たなんてことはありませんのであしからず」


 といつもの事なのか軽く受け流すまなみ。この爺様相手によくやるわ、まなみは……。こんなやり取りを身内としょっちゅうやっていたから、あんなふてぶてしい娘になるのねぇ。何となく納得した。


「……なら、サッサと要件を済ませろ。ワシは忙しい」


 まなみに受け流され、ますます不機嫌になる雷蔵氏。本当に大人げないな、この爺さんは……。


「そうですわね、要件を済ませましょう。まずはお爺様に会っていただきたい方がいますの。お呼びしてもよろしいですわね?」


 と雷蔵以上に強気で話をすすめるまなみ。こういうところがまなみの凄いところ。天下の財閥総帥相手にこれだけ強気な態度をとれるのは彼女ぐらいかもね、この国で……。


 などと余計なことを考えていたら、新巻さんが入室してきた。途端に雷蔵氏の鋭い視線を浴びる新巻さん。しかしそこは公安のえらいさんの一人、そんな視線をものともしない。


「お初にお目にかかります、総帥。公安九課の新巻と申します。以後お見知りおきを」


 不敵な笑みを浮かべ、型通りの挨拶をする新巻さん。雷蔵氏と視線を合わせる姿は漫画的に表現すれば、きっと盛大に火花を散らしているに違いない。


「で、公安が何の用だ。公安なら路地裏のドブネズミ退治でもしておればよいであろう?」


 相変わらず、不遜な態度で応対する雷蔵氏。まなみの親族でなかったら、一発殴っているかも。雷蔵氏から相当不審な目で見られながら、新巻さんは全く物怖じしない。流石、ザ公安。


「ま、お説ごもっともですが。実は面白い情報を耳にしましてな。ドブネズミ退治をしておりましたら、ドブネズミの親玉がなんと財閥の中に巣くっているという話をつかみまして」


 軽くおどけるような口調で雷蔵氏に話す。雷蔵氏は苦虫を噛み潰したような表情を変えず、新巻さんを睨んでいる。新巻さんは雷蔵氏の視線を感じても事もなげにしている。睨んでも全く効果がないことがわかると雷蔵氏は怪訝そうに話を切ろうとする。


「そんな話、ワシには興味もないし、関係もない」


 雷蔵氏が逃げに入ると、逃すまいと新巻さんも言葉を続ける。一見すると大したことのない会話に見えるけれど、互いの意識下では相当派手にやりあっている。雷蔵氏の黒い意志と新巻さんの青い意志が絡み合い、打ち消しあっているのが私の目に見えた。 


「まぁそう仰らずに。実はドブネズミ退治にはおたくのご令嬢に多大な協力を頂きまして、今日はそのお礼とドブネズミ退治のお手伝いのお願いに参りました」


 不機嫌が頂点に達しようとしている雷蔵氏をまるで無視して、新巻さんはふてぶてしく話を続ける。


「孫娘が道楽で勝手にやったことだ礼などいらん。それにドブネズミ退治なぞそっちで勝手にやればいいことで、ワシは知らん」


 あくまで無関係を主張する雷蔵氏。いらだちの色が露わになってきた。その様子に新巻さんは微かにほくそ笑んでいるよう見える。やっぱりこの辺りは海千山千なんだなぁ……やり方が陰湿というか姑息というか……それよりなにより、そんなやり方を平然と実行できる新巻さんは怖いな。


「ところがそうもいかないんですよ。ドブネズミの親玉が財閥内にいるという話を耳にした以上、財閥を調べないわけにもいかないものでね。それで今回御前にまかりこしたということなんですよ」


 新巻さんは言葉こそ雷蔵氏の社会的地位に配慮してそれなりの丁寧さだけれど、やっていることは尋問に近い。かなり言葉巧みに探りを入れる。


「調べるのは勝手だが、邪魔するならばしかるべき筋から抗議することになるぞ」


 雷蔵氏は権力を笠に新巻さんに対抗しようとする。それでも新巻さんはひるまない。


「なに、対してお手間は取らせませんよ。多少お時間を頂いて、お話をお伺いするだけですから」


 飄々と雷蔵を前に質問する新巻さん。一方、雷蔵氏はますます不機嫌そうな顔をする。その反応に満足したのか、新巻さんは本題を切り出す。


「あまり手間をお取りするのも失礼ですな。早速本題に入りましょう。単刀直入に申し上げます。お宅の研究所の中にクローン技術関連の研究をしていた研究所がありましたな。……たしか第七研究所とかなんとか」


 新巻さんの言葉に雷蔵氏は微妙に反応する。雷蔵氏から怒気とも憎しみともつかない気配があふれだす。


「……それがどうした。言いたいことは何だ」


 雷蔵氏は憎々し気に新巻さんをにらむ。ますます暗い気が雷蔵氏からあふれ出し、執務室を満たし始める。普通の人ならこの雰囲気に飲まれて萎縮するだろうけど、新巻さんは違う。物怖じせず、雷蔵氏に質問を続ける。

 雷蔵氏と荒巻さんとの対決はいつ果てるともなく続くように感じられた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ