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第46話 まなみ!

 先の事件の後処理に追われるいたりんたち。マスターは病院送りとなり、戦列を離れる。今後の話をしているときにまなみの発言にいたりんが激高する。

「事件がひと段落するたびにやらなきゃいけないなんて……まったく、後処理って面倒……」


 事務所で後始末の事務処理に追われる私。

 今回はいつも以上に派手にやったから、後処理もそれに比例して面倒くさいものになっている。まずは役所や警察へ書類を提出しないといけない。場合によっては、現場近隣住民への挨拶(謝罪)周りをしないといけない。今回は私有地への無許可侵入、私有建物内での魔導術行使および破壊、暴力行為にその他諸々。後処理をきちんとしていないとこっちが犯罪者になってしまう。そのための魔導術行使報告、私有地等立ち入り説明、魔導術行使破壊等申立、免責申請……役所や警察へ提出しなければならない書類を上げだしたらきりがない。

 ただ、一般人なら即逮捕になるような案件が書類一枚で免責になるのだから、魔導術士が怨嗟の対象になるのもわからなくもない。どんな理由があれ、一般人ではとても免責されないようなことでも『公務のための魔導術行使』と書類を提出してしまえばチャラなんて不公平を感じるのも無理はない。とはいえ、こっちは私怨やっているのではなく、本当に公共の福祉と利益のため、言わば公務上の出来事なので勘弁してほしいなんて思ったりもする。

 しかし、この手の仕事は稼ぎにならないし、本当におなか一杯なるぐらい面倒なのでこっちの仕事を『免責』してほしいわ。


 それはさておき、事務所の中が割と静か。さすがのまなみもあんなことがあった後なので自重しているみたい。淡々と事務処理をこなしている様子。

 ……とりあえず、事務所内の風紀を乱す桃色な会話は聞こえてこない。


 それは良かったんだけど、万事うまくいったとは言い難い。何とかあのアホどもに縄つけて捕まえたはいいけど、こっちも無傷とはいかなかった。


 一番大きいのは、マスターがしばらく病院のお世話にならないといけなくなったこと。先生の話によると、これ以上無理に魔導術を使い続けると、命にもかかわりかねないところまできてるとのこと。マスターが軍務から身を引いたのは身体の酷使が祟って、激しい魔導術戦に耐えられない身体になったからだった。そんな状態でヤツらと一戦交えたものだから、病院のお世話になるのは当たり前。

 だよね……マスターごめんなさい。マスターには感謝しかない。でも今は無理をしないで身体を治すことに専念してほしい。これからのこともあるし、それより……心配だから。特に明確な理由がある訳じゃないけれど、心配で心配で仕方がない。もしマスターに何かあったら……そう思うと胸が締めつけられる。                 


 その一方、まなみたちも問題を抱えている。


 まなみは身体のダメージはかなり回復したみたいだけど、あれからふさぎ込んだ様子で、精神的にはまだ回復には程遠いみたい。仕事自体は次々こなしてくれるんだけど、仕事が一つ終わる度、ため息をつくのが恒例行事になってしまった。

 最上くんも似たような感じで、どうでもいいところで付き合いよく二人してため息をついている。それに彼もまなみにどう接したらいいのか分からないのか、二人の会話があまり続かない。それも彼がため息を量産している原因の一つらしい。


 意気投合している時は時で周りを顧みず桃色結界を張って扱いに困ったのに、すれ違っている時は時で、ため息を量産して事務所の雰囲気を憂鬱にする……二人して何やってんの……?


 私一人、頭を悩ましているとまなみが背伸びを始める。どうやら、片付いたようだ。


「大体片付いたわ……それで杏、これからどうするの? ちゃんと考えないといけないわ……」


 一通り事務処理(後片づけ)を終わらせたまなみが聞いてくる。確かにきちんと考えておかないと、これからの活動に支障が出ることは明らか。しっかりと決めておかないと。

 でも、その前に……聞いておかないといけない事がある。


「ああ……そうね、そうよね。まずは財閥のやってきたことについて話しておかないといけなかったわ……」


 まなみはうつむき気味であまり目を合わさない。たまに目があっても、すぐにそらす。やや憔悴した顔で床を虚ろに見ている。


「……そもそも財閥があの計画を立案したのは、戦争が終わって世の中全体が落ち着き、競合相手が増え、利益確保が困難になってきたからなの」


 そうなんだ。難しいことははわからないけど、財閥ほどの規模があったら、それほど焦ることなんてないと思うんだけどな。


 頭を傾げ、考えていたらまなみが補足する。


「……確かに財閥ほどの大企業グループになれば、ちょっとやそっとで屋台骨がくる崩れるなんてことは早々ないけれど、それは当面の話。将来的にどうなるかなんて誰にも分からないわ」


 そう説明されて、何となく納得する。未来のことなんて誰にも分からないよね。


 そうなると、財閥の目的は何なんだろう? こんな無茶なことをしなくても、地道に商売していれば、当面安泰なのは確実なのに。


「どうして財閥はそんな無茶なこと考えたんだろう?」

「そう、ここまで無茶なことをやった理由が私もはっきり分からなくて、ちょっと調べたの。

 ……杏もあのバカから聞いたでしょ、財閥の目的は」


 まなみはやや吐き捨てるように私に確認する。確かにヤツから聞いた。


「つまり、ヤツが言っていた通り、紛争を煽ったり、治めたりして利益を独占するという……」

「そう、その通りよ。そのために非合法な資金提供から始まって、武器提供までしていたの。そこから派生して、試作の武器を使わせて実戦テストまで行っていたわ。その中には銃器だけじゃなく、化学・生物兵器も含まれていたわ……その結果、どれだけの血が流れたか、どれだけの命が消されたか……貴女なら想像できるんじゃない?」


 もうすでに私の頭の及ぶ範囲の話ではなくなっている。今までの話を組み合わせれば考えつく話だけれど、ほとんど現実の話として実感できない。


「そうやって、財閥の思うがままの世界を構築、未来永劫人の命を利益に変換する仕組みを構築しようとしていたのよ。

 ……私の力の及ぶ範囲ではこの流れを止めることができなかった」


 まなみはそう吐き捨てるように言うと拳を握る。口を真一文字に結び、爪が手のひらに突き刺さるばかりに握られた拳を見ると彼女の気持ちが分かる。

 まなみの悔しい気持ちは見ていて、痛いほど分かった。


 ただ……まなみには悪いけど、まだ知っておかないといけないことがある。


「……ヤツらのことでしょう。クローンの作成や人工的に魔導術士を作り出すあの計画のことね。あの計画については極秘中の極秘で私も概要を掴んだだけど……それだけでも、吐き気がするわ。まったく……」


 あからさまに嫌悪感を露わにする。彼女は押し黙りうつむく。私は彼女の次の言葉を待つ。


「計画では、人工的に魔導術戦に長けた人間を量産するはずだったの。でも、実際には出来損ないのテロリストと歪な強化人間を作り出しただけだったわ」


 本当に信じられない……人間を工業製品のように扱うなんて。


「『人間』を量産するなんて、普通の人間ならばためらうはず。そんなことをあっさり実行するなんて、頭のネジが数百本飛んだ話にしか思えない。そんなことを実行するなんて財閥は何を考えているのだろう? 何がきっかけで……?」


 本当にそんな非道なことを何の良心の呵責もなく実行できてしまう財閥の体質が信じられない。彼らはどこで道を踏み外したのだろう?


 私の考えを悟ったのか、まなみはすぐに答えを話す。


「こんな非道なことを考えるきっかけになったのはあの大規模魔導術テロね。あの時から財閥の歯車が加速度的に狂いはじめたのよ。魔導術テロを目の当たりにして、それまでの財閥の方針が大きく揺らいだということもあるわね」


 あのテロは確かにこの国の屋台骨を揺るがす大事件だったけど……財閥も影響があったの?


「あのテロで方針が揺らいだ……? どういうこと? 基本的に紛争を自作自演することで利益を独占という方針に変わりはないように見えるんだけど」

「そうね、一見すれば変わってないわ。でも、魔導術によるテロを受けて、財閥の偉いさん連中が動揺したのは確かよ。だって考えてみてよ、わずか数人魔導術士がいれば、人口数百万人の帝都のような大都市でさえ、制圧、破壊できるのよ。今までの紛争介入など児戯にも等しくなったんだから」


 一つの考えに至り、背筋が凍る思いをした。もしかして……。


「つまり、今までは武器の供与や資金提供のさじ加減や民間軍事会社などの私兵などの投入で紛争を自在に操れたものが、魔導術の存在で根底からひっくり返されたってこと?」 

「杏、今日は冴えているわね。その通りよ。紛争の制御ができなくなれば、財閥の戦略は根底から崩れてしまう。だから、偉いさん連中は焦ったのよ」

「その焦りによって、偉いさん連中があんな非道な選択をしたってこと?」

「概ねその通りよ……ただあの一連の計画は、必ずしも偉いさん連中全体の意志ではないの。悔しいけど……」


 まなみの含みのある言葉に引っかかりを覚え、つい聞き返してしまう。


「え……どういうこと? 言ってる意味がわからない。『偉いさん連中全体の意志』ではないとすると、誰の意志なの?」


 まなみは少し考える目をし、私をじっと見る。そして徐に口を開いた。


「……この国でも有数の政治権力を持ち、財界、官僚にも絶大な影響力を持ち、財閥では誰も逆らうことのできない人――」


 まなみはそこで言葉を切る。内心何かためらいがあるみたい。大きくため息をしたあと、決意したように言葉を続ける。彼女は予想外の名前を上げる。


「――蓬莱財閥総帥 桜庭雷蔵。私のお祖父様よ」


 でも、どうして? 何がしたくてあんな非道なことを始めたの?


「そこはまだ私にもはっきりわからないの。ただあれだけ非道なことを秘密裏に実行可能なのはお祖父様をおいて他にはいないわ。それに、この非道な方法についてかなり積極的だったって聞いているの」


 まだ確定したわけじゃないんでしょう? もっと調べたら、新しい事実が……。


「いいえ、いいの。おそらくこれ以上調べても、同じことだと思うから。排除すべきモノが明確になればやりようがあるわ。限定されている私の力でも何とかできると思うの」


 そう言い切る彼女の目は眼光鋭く、冷たい目をしていた。その視線だけで見た相手を射殺いころせるほどの鋭い目をしていた。


 しかし、次の瞬間彼女の目がいきなり寂しげな憂いを含んだ目になる。


「杏にはここまで関わってくれて、感謝しているの。身の危険を顧みず、本当に良くやってくれたわ。そのことにどれだけ感謝してもしきれないわ」


 またまなみは言葉を切った。私の顔を何かすまなそうな雰囲気で見る。


「これからのことは……家族喧嘩みたいなものだから。関係の薄い人に関与してほしくないの。……というより、関与してもらったら申し訳ないわ」


 まなみの言葉に返す言葉が見つからなかった。なんとなく情けなくて。


 今まで一緒に頑張ってきたのに……? これでオシマイってこと?


「マスターは今回の件で当分動けなくなったし、貴女にもこれ以上迷惑はかけられない。申し訳ないけど、これからは最上くんと二人でやるわ。マスターは当分、世話する人が必要でしょう? それに財閥相手に喧嘩を売るのだから、私に関わっていたらどんなとばっちりを受けるか分からないし――」


 何言ってんのよっ、まなみ!


「バカにしないでっ!!」


 思わず机を両手で思い切りたたき、立ち上がってしまった。


「今回の事件の元凶かもしれないところまでたどり着いたのよ?! やっとラスボスを見つけたのに、身内の喧嘩だから、『はい、さようなら』? 私をなめるのもいい加減にして!」


 あまりの剣幕にまなみが度肝を抜かれ、言葉を失っている。怒りを通り越して、情けなさで涙が止まらない。


「……私は何なのよ、まなみにとって。貴女にとって私って、どんな存在なのよ……!」


 涙声で絶叫した私にまなみは答えあぐねている。


「私は……私はただ、貴女を巻き込みたくないのよ、私の身内の不始末に。こんなことに貴女を巻き込みたくない。貴女は、杏は関係ないもの。裏の世界の厄介ごとに巻き込みたくないの。私は……貴女には日の当たる場所をずっと歩いてほしいから……。それにマスターのこともあるし……」


 いつもの強気な彼女の姿からはまったく想像できないほどの弱々しい声で答える。そんな彼女は痛々しいほど弱々しく見える。


 そこまで追い詰められているのかしら? だとしたら、なおのこと水臭いじゃない! そんなに私って頼りない?


 怒りが収まらない私はそれでもなお、まくし立てる。


「見くびらないでよ! これでも私は国家魔導術士なのよ。自分で何とかするわよ。マスターのことだってそうよ。何も日常生活が送れないわけじゃないし、きっとマスターも言うと思うわ 『俺のことよりやるべきことがあるだろう』って。

 それに何があっても“私はまなみを信じる”。例えどんな非道を行う人が身内にいたとしても。あなたはあなたよ。だから貴女も私を信じて……まなみは一人で何もかも抱えすぎなのよ。貴女は一人じゃないんだから」


 まなみの顔見ると目からあふれんばかりの涙で潤み、微かに肩を震わせている。


「……それにもう『関係が薄い』なんて言えないよ。ヤツらは私の両親の遺伝子を使っているのよ。この時点でもうかなり深く関係しているのと同然よ。お願いだから、私を置いてきぼりにしないで」


 まなみには止めの言葉になった。あのまなみがあふれる涙を拭おうともせず、私の手を握り、肩を震わせている。


「……ごめんなさい、ごめんなさ……」


 最後のほうは言葉にならない。いつの間にか最上くんがまなみの肩を抱いていた。


 ふう……こっちのほうは何とかなりそうね。ただ……


 事務所の窓から何気なく外を見ると、灰色の積乱雲がどんどん発達し、雷鳴がとどろき始めていた。

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