第45話 激突!
ただ一言。
マスター無双!
「我らこそ、財閥の技術を注ぎ込んで造られたクローン兵器だ。板梨杏、貴様の両親の遺伝子を使った生体兵器だ!」
いったい何のことを話しているのか分からない。クローン兵器? 生体兵器? 何の話……? 私の両親の遺伝子を使った? 話が斜め上過ぎて、思考回路が働かない。
「それ以上は……やめてっ……お願い……」
まなみが泣き崩れている……あのまなみがテロリストに懇願? どうして……。
「……さらにそこにいる娘の血族はこの国にとっても大罪人である。先の大規模テロの後で蠢いている!」
いったい何を言いたいの? 本当に意図が理解できない。
「財閥はテロを言い訳に軍需拡大を政治家どもに働きかけ、自らの利権の拡大を図った。その過程で、財閥の方針にあからさまに反意を示すものには容赦なくスキャンダルのねつ造はもちろんのこと、あらゆる誹謗中傷、挙句の果てには暗殺さえ厭わなかった。ここまでする財閥がなぜテロリスト集団として糾弾されてこなかったのか、理解に苦しむ」
ヤツの演説は続いている。
何か具体的な根拠の提示もなく、週刊誌の陰謀論並みの財閥糾弾……いったい何をしたいのだろう。 私たちが相手にしていたのって、こんな狂人だったの?
……でも、この程度のことでまなみは何を恐れているんだろう? 彼女なら正面切って論破することぐらい朝飯前だと思うんだけど。私でさえこの程度のことが言えるんだから、彼女なら精神的に再起不能にするぐらいコテンパンに言葉攻めの一つや二つ簡単だろうに……。
私があれこれ考えをめぐらせている間にヤツはさらにヒートアップしてくる。
「財閥のやつらはそんなありきたりな犯罪行為だけは満足できず、さらに非人道的な行為に手を染めた! それはテロ被害者を利用しての兵器製造だ! 数多の苦難を抱え込んでいる犠牲者たちに治療と称し、様々な薬物投与、ひどいものは外科的手術によって人外にまでしてしまった。そこにいる最上特務少尉! 貴様もそうであろう。人の形をした魔導兵器よ!」
何て言い草! 非難したいのはわかるけどそういう言い方はデリカシーにかけるんじゃない? この人のしたいことは、財閥非難にかこつけた自己正当化……?
ただ、ヤツの話を百歩譲って信じるとすると、最上くんだけじゃないの、財閥の手にかかったのは? そんなことを財閥はやっていたんだ……。
「そして、財閥は戦争を、紛争を支配して、暴利を貪らんとしている! 桜庭まなみ、お前なら知っているだろう、財閥の謀略の数々を!」
戦争を支配して利益を得る……いったいどうやって……?
正直、ヤツの言うことが一つ一つ私の理解を越えるもので、何をどう理解すればいいのか分からない。
「戦争当事国や紛争地域の政府、反政府組織に関わらず、表裏から資金や武器を与え、適度に煽る。その結果、戦争や紛争が継続される限り、大量の物資が消費されるのにも関わらず、全くといっていいほど物資を供給できない。そこへ財閥が物資輸送を牛耳るとしたら……? お前の貧弱な頭でも理解できるであろう、板梨杏よ!」
紛争地域ではありとあらゆる物資が不足すると聞いたことがある。それは戦闘により物資の輸送が断たれるだけでなく、物資の生産そのものができない。当然、外部からの物資投入に依存せざるを得ないがそれを財閥が一手に牛耳ったとしたら……。
利益は財閥のもの。競争相手はおらず、物資は言い値でさばくことができる。紛争地域から代金を回収できなくても、紛争地域の人道支援を名目に各国からの資金が財閥に転がり込む――そういうからくり?
「必ずしも飾りものではないようだな、その頭は。そして、財閥が暴利を貪る陰で一体どれだけの人々が命を失っているか分かるか?」
そう言われて、血の気が引いた。ヤツの言葉でなければ、叫びだしてしまいたくなるくらいの嫌悪感……。
「そのことを把握しているのだろう、桜庭まなみよ! お前はすでにその手を血で染めているのだぞ?」
まなみを見ると、肩を震わせている。本当のことなの、まなみ……?
まなみと目が合うが、彼女はすぐに目をそらす。
「……概ね間違ってないわ。そんな非道をやめさせたいけど、私一人の力では……止まらない……止められないのよ!」
感情が高ぶった彼女は声を張り上げ、ヤケになって財閥の行いを認める。まなみの力ではどうすることもできないこと……おそらくほとんど経験したことのない事態に彼女は混乱しているのかも。今まで好き放題やってたから、余計自分の無力さがこたえるのかもしれない。
まなみ以上に私もショックだった。彼女が望んでやった訳ではないけれど、結果として財閥の非道な行為の関係者になってしまっていたことに。私はこの場で語る言葉を見つけることができなかった。
「……杏、黙っていてごめん。言い訳にしか聞こえないと思うけど、私もこのことを把握したのは最近のことなの。自分の力で何とかできるかと思っていたんだけど……無力だった。私がこんなにも力のない存在だなんて思いもよらなかった。許してなんて言わないけど、分かって……。もし、何か罪に問われるなら、私は喜んで罰を受けるわ……」
まなみは悲痛な表情のままうつむく。さりげなく最上くんが肩を抱いた。まなみは最上くんに体を預ける。
「姐さんは本当に悩んでいたんです。体調を崩すほどに。姐さんが罪に問われるなら、僕も同罪です。財閥の非道に対し何もせず、唯々諾々と協力してきたのですから」
二人とも悲痛な表情で抱き合っている。私は罪に問うつもりはないけれど、こうしていると私が被害者で彼女たちが被告の裁判を傍聴しているような錯覚を覚える。
こんなときどうしたらいいのだろう、私は……? いろんな考えが頭のなかを駆け巡るだけで、全然まとまらない。
そんな悲痛な雰囲気の私たちを尻目にヤツはさも愉快そうに高笑いする。
「……ふふふ、はっはっは。ならば、我が断罪してやろうっ! その罪、万死に値する。よってその命をもって罪をあがなえ!」
大きく振りかぶり、ヤツが術を発動、突然攻撃を再開する。ヤツの腕に黒炎がまとわりつき、黒いオーラをまとったような姿になる。その姿は悪の不動明王のごとく憤怒の表情を浮かべ、私たちを睨む。その咆哮は地獄からの叫びにも等しかった。
ヤツは地獄から召喚したような黒炎を私たちに向けて放つ。
とっさのことに反応できず、私は立ち尽くすことしかできない。ヤツの黒炎が迫る。
「なめるなっ!」
私の傍らから飛び出した黒い影が盾になり、黒い業火を遮る。黒炎が影を包む。
ま……マスター……? 燃えて……?
「……! 少佐!」
一歩遅れて、最上くんもヤツに攻撃を加える。ヤツはギリギリで回避する。
地獄の黒炎はつむじ風のように燃え続けている。マスターが……マスターが……。
がく然として、へたりこむしかなかった。
「ふふ、一人燃え尽きたか……。何……?」
燃え続けていたはずの炎のつむじ風が突然霧散する。その中に人影を見る。WADを高々と上げ、まるで勝利宣言するかのように仁王立ちしている。
あ……マスター。
「『なめるな』と言ったはずだがな。この世の中、常に上には上がいると言うことを覚えておくといい」
マスターは霧散した黒のつむじ風の中に立っていた。そして私に向き、言い放つ。
「立て。立つんだ、杏ちゃん。今はへこんでいる暇はない。悩むなら今この場でやるべきことをやってからだ」
その言葉に衝撃を受け、顔を上げる。そしてマスターと目を合わせた。マスターは優し気に微笑む。
このくらいのことで迷ってちゃダメ。まずはヤツらをとっつかまえることを優先しなきゃ。まずはそれから。財閥のことは……思うところは山ほどあるけど、今はどうしようもない――と割り切ることにする。決して財閥の行為を見過ごすわけではないけれど、まずは目の前の悪に鉄槌を……!
私は立ち上がり、テロリストに向き、宣言する。
「なんとしてでも貴方たちを捕まえるわ。財閥にはいろいろ思うところはあるけれど、目下の直接の敵は……お前らよ!」
WADの出力を最大して、私の得意な術を発動する。私を中心にして、猛吹雪が吹き荒れる。一瞬にして、昔ばなしに出てくる雪女のごとく、周りの空気を一気に氷点下まで下げる。風雪の強さは私の怒り、まなみの悲しみ、その他諸々いっぱいつけて全部まとめてぶつけてやる!
「……今までやってくれたわね。その分、熨斗付けて返すわ! 私の氷雪の中で凍てつき、後悔なさい!」
身にまとった吹雪がヤツを襲う。黒い火炎と白い吹雪がせめぎあい、そこの場だけモノクロの異次元に飛んだような光景が展開される。ヤツの火炎と私の吹雪が相殺したかと思いきや、吹雪が畳みかけ、火炎を圧倒する。白い奔流がヤツを襲う。しかし、すんでのところでヤツは回避する。なかなか決定的なダメージを与えられない。ヤツの相方がつかさず、カバーに入り動きを止めることもできない。
「……ちぃっ! 思いのほかやりおる……」
余裕綽々だったヤツの表情から焦りの色が見え始める。不遜な笑みは消え、口数が減る。
「……私が援護します。ここはひとまず撤退を」
女テロリストは撤退を促す。ヤツも自分の不利をわかっているのかその言葉に反論しない。
ここで逃がしてたまるか。もうこんなバカ騒ぎは終わりにしてやる。ガンガン攻めて、ここで終わりにするんだ! 今までの一切合切、まとめてぶつけてやるっ!
「みんな、攻めるよ! アイツらの動きを封じる!」
術を発動、テロリストたちを攻める。私の声に反応して、みんなも攻撃の手を強める。
「少尉、退路を塞げ! まなみちゃん、支援を! 杏ちゃん、ヤツらの動きを止めて!」
マスターの指示が飛ぶ。さすっがマスター! 経験値が違うわ、頼もしい。
マスターの号令一下、それぞれの役割を果たす。落ち込んでいたまなみも動き始めた。
……動ければ、何とかなる。
初めて四人での共同作戦。こんな状況なのに、少しドキドキしちゃう。私は独りじゃない! 仲間がいるんだ。この仲間とならどんなこともできる気がする。
「ええいっ……! なんとっ」
ヤツはいつにもなく焦りの色を見せる。黒炎をやたらめったら打ちまくり、私たちを牽制する。
私たちだって負けてない。最上くんがヤツらが逃げようとする方向に火炎放射を行い、邪魔をする。苦し紛れに反撃してくるが、まなみがカバーし、ヤツらの反撃を封じる。マスターと私はヤツらを部屋の隅に追い詰める。
「……チェックメイト」
マスターがそう宣言したとき、ヤツらは隅に追い詰められ、逃げ場はなかった。
「……ふふふ。我らをここまで追い詰めるとは、敵ながら天晴れと誉めておこうか」
ヤツの苦し紛れに吐いたセリフに苦笑いする。
よくもまあ、この状況でそんなセリフが出てくるもんだ。
遠くから、パトカーのサイレンが聞こえてくる。ケーサツもやっと動いたか。
「もう終わりよ。このばか騒ぎもお開きの時間ね」
「どうかな。我らが倒れても必ず第二第三の我らが――」
問答無用で私は術を発動する。
猛吹雪がヤツらを覆い、動きを封じる。ヤツらの手足を氷の拘束具で封じ、身動きを取れなくした。
それとほぼ同時に警官がなだれ込んできた。
「全員、動くな! 魔導術の不正行使及び破壊活動の容疑で拘束する!」
どこかで聞いたようなお決まりのセリフが部屋の中に響く。
――――☆――――☆――――
テロリストたちは警官たちに拘束され、警察署へ連行されていった。
その光景を何の感慨もなく眺めていると、いつの間にかマスターがすぐそばに立っていた。
「杏ちゃん、お疲れ様。ここまでよく頑張ったね」
私はマスターの顔を見上げる。これ以上ないぐらい優しげな笑みを浮かべるマスターがすぐそばにいた。
その笑みを見ると込み上げるものがあった。きっとそのとき私の顔は情けないほどひどい顔だったに違いない。
「おいおい、どうした? とりあえず、事件は一段落なんだろう?」
マスターはイタズラっぽく、からかうように微笑む。理由は分からないけれど、すごく恥ずかしくなって、思わずマスターの胸に飛び込み顔を隠す。
マスターの胸に飛び込んだら……タバコとコーヒーの匂いの中に硝煙と少し生臭い鉄のような匂いが仄かにする複雑な匂いがした。その匂いを嗅いだら、スッと今まで張りつめていた緊張の糸がプツンと切れた。
「……おいおい、どうした杏ちゃん? そんなに震えて……」
なぜだか、涙が止まらない……どうしたんだろう? 悲しいわけでもなく、嬉しいわけでもなく、ただ涙が止まらなかった。
多分、これから襲いかかるであろう困難への恐れだったのかもしれない。私はそのままマスターの胸の中でしばらく震えていた。