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第44話 禁忌の秘密

テロリストの罠にはまり、危機に陥る杏たち。まなみたちが現れ、一旦危機は脱するが、テロリストたちから、とてつもない秘密が……。

「……我が体に流れる血はお前にも流れているのだ、杏! 我が血はお前の血だ!」


 ヤツの咆哮がこだました。

 

 そこまで声高に言われると、冷めるわね……。いつから熱血少年漫画になったんだろう? 何を言いたいのかはっきりとはわからないけれど、ここで何かうまい切り返しをしないと雰囲気にのまれるわ。何かうまい返しはないかしら……。


 ヤツの言っていることがよくわからないまま、言い返してやった。


「一応、貴方も人間なんだから、血が流れているのは当然じゃない! 何言っているの?」


 ……何故かあたりの雰囲気が凍りつくのを感じる。え? なんで……? 


 最上くんが困ったような不思議な顔をしている。何か間違ったこと言ったかしら?


「杏さん、杏さん……たぶんヤツは血のつながり、遺伝的なつながりのこと言っていると思いますよ……」


 え……? 最上くんにやんわりと突っ込まれた。


 突如、全身の血が逆上するのを感じる。たぶん、体温も二、三度上がったかもしれない……。な、なんて恥ずかしい……。


「……果てしなく愚かな。ここまで無知とは……あきれ果てて告げる言葉が見けられん」


 ヤツがあきれ顔でこっちを見る。あ、ため息までつきやがった……。

 てっテロリストにまで……。顔から火どころか炎が出てもおかしくない。


「そ……それがどうしたっていうのよっ! 貴方がど……どう言おうと、あ、あたしは認めないんだからねっ……あんたとのつながりなんて! ぜったい、ぜーったい、認めないからっ」


 恥ずかしすぎる。どうしてこんな羞恥プレイを……。


 まなみなら……もっとうまく切り返したんだろうな。やっぱりまなみみたいにはうまくいかない……。


 何か悔しい。黒い感情が私の心にほのかに宿る。


 落ち込む私の気持ちを逆なでするようにヤツが追い打ちをかける。


「何とも形容しがたい愚かさ。あえて俗な言葉で言わねばわからんか……」


 ヤツは勝ち誇るように私を見くだし、不敵に笑う。


「バカか、お前は!」 


 な……なんてこと言うのよ。犯罪者にバカ呼ばわりされる覚えはないわ!


「己の愚かさを知れ! 己の感情にこだわり現実を直視できぬ愚か者よ、いい加減身の程をわきまえよっ!」


 ここまでこき下ろされると頭に来すぎて、逆に冷めてくるわね……。恥ずかしさで上がった体温も若干下がってきたし、胸の鼓動も落ち着いてきた。今なら言ってやれる!


「……それで? 同じ血が流れるからってどうなのよ? さっきから人のことをこき下ろしているけれど、破壊行為を企み、犯罪者に自ら進んでなろうという人からとやかく言われたくないわ。あなたのほうが現実を直視せずよっぽど愚かよ。貴方のしていることは犯罪よ、は・ん・ざ・い。わかる? 私は間違っても犯罪に加担する気はないわ!」


 ヤツに向かって啖呵を切る。しかし、ヤツの態度は変わらない。相変わらず、不敵な笑みを浮かべ、私を見下している。


「……ま、よいわ。いずれにせよ、お前はもう我々の敵性存在となることを愚かにも選択したのだ。もはや我らの崇高な理想の遂行の妨げにしかならん。この場で漆黒の意思に取り込まれ死ぬが良い!」


 その言葉を待っていたかのように、そこら中から負の想念を物質化したような黒い魔導素子が吹きだす。黒い魔導素子は私たちの周りにまとわりつくように集まってくる。


 な、何これ……まとわりついてくる……気持ち悪い……あ、誰かの……い、痛い……苦しい……魔導素子から、負の想念が流れ込んでくる……あっあぁ……。


 今までにないぐらい、涙が溢れてくる。胸も締め付けられ、体が震える。思わず、しゃがみこんだ。


「杏さん、だ……大丈夫ですか?」


 最上くんが私を抱き起こす。最上くん自身も震えているのが彼の腕を通じて伝わってくる。彼も魔導素子の影響を受けているのは明らかだった。


「何とか大丈夫……って言いたいところだけど、意識を保つのが精一杯って感じ。状況はかなり厳しいわ……」

「このままでは、ジリ貧です。早いところ、脱出しないと……」


 術を発動して逃げの一手を打とうとした……あれ?


 体が思うように動かない! 立ち上がることもままならなくなってきた。


「もがき苦しめ。それがお前ら魔導術士の業、今まで犯した罪だ。負の魔導素子の泥沼の中でもがき死ね! フハハハハ!」


 もがき苦しむ私たちに対し、ヤツはさも愉快そうに高笑いする。


 ……何とか、何とかしないと……悔しい、あんなヤツにしてやられるなんて! 負けたくない、負けたくない、負けたくない……。


 こんなところで……。


「あ、杏……さん、しっかり……」


 最上くん……ごめん。何もできない……。


 意識が朦朧としてきた……何もできないの? 私は無力……まなみのいない分、頑張ったのに……悔しい……なんでまなみみたいに上手くできないのだろう? 彼女なら、こんな状況でも難なく切り抜けるんだろうな……私には……できない。まなみなら……まなみなら……まなみなら……。


 体が震える……手が痺れて……上手く動かない。術の発動……無理……何かに……掴まって……掴めない……立ち上がれない。

 聞こえる……私を呪う声が……妬み、恨む声が……。


 いやっ、聞きたくないっ! やめてっ! やめて……あ……私の中からも……。


 朦朧とした意識の中、私を責めたてる声に呼応するように意識下から、ドス黒い感情が湧き上がってくるのが感じられる。噴火寸前のマグマ溜まりのように負の感情が大きくなるのがわかる。どれだけ抵抗しても、あらがいきれない強烈な衝動が私を支配しはじめる。


 いやっ……! 誰も憎みたくないっ! 嫌いたくないっ! 


 黒い感情に抗えば抗うほど、その衝動は強くなる。強力な荊棘いばらの縄に縛られたような痛みが体と心に走る。『意識を手放なせ。そうすれば楽になる』――誘惑の言葉が甘美な響きを持って、私を揺さぶる。


 ……このまま、湧き上がる感情に身を任そうかな……? 少なくとも、この苦痛からは逃れられる……。考えるのをやめてしまえば楽になれる。善悪の判断なんてどうでもいい……この衝動に何もかも任せてしまえば……恥も外聞もなく、全てを投げ捨ててしまえば……。

 もうダメだ……抵抗できない……心の奥底に蓋をしたはずの醜いものが噴き出し始める……! 常に感じていたけれど、決して表に出ないよう押さえつけていた彼女――まなみに対する黒い思いが。


 憎い……悔しい……妬ましい……貴女は……私の欲しいものを……いとも容易く手に入れる。

 口惜しい……貴女の持っているモノが……妬ましい……欲しい……奪いたい……何もかも。


 貴女は……どうして……。


 憎い……疎ましい……貴女なんて……。


 …………


 ……


「杏っ! なにやってんのっ!」


 はっ……! この声は……まさか……。


「全くこんなんじゃ、ユックリ事務所でお留守番もできないじゃない。シッカリして、事務所の代表さん!」


 私を地獄の黒い泥沼から引き上げたのは、いつものあの声だった。


「……まなみ」


 涙があふれるのを抑え切れない。彼女の声を聞いて、嬉しいのか情けないのかよくわからないけれど、とにかく涙があふれでて止まらなかった。


「何呆けているの! そんなヒマはないわ。早く立ち上がりなさい! 貴女の敵は目の前よ!」


 さすがはまなみさん、手厳しい。でも、まなみの言うとおり、目の前の敵を倒さないと、何も変わらない。


「壊れかけの魔導術士が増えても! ナニっ……!」


 ヤツが私たちに攻撃を仕掛けようとしたその瞬間、すざましい爆音が建物全体を揺らし、その爆風がヤツをなぎ倒すのが見えた。


 その次の瞬間、聞こえた声に再び涙腺が緩んだ。


「杏ちゃん! 大丈夫かい!?」


 爆風が巻き上げたホコリが薄くなるとその人はいた。いつもとは違う出で立ちで。


「……マスター」


 マスターの戦闘服姿を始めて見た。普段はやさぐれたおじさまがよく着ているような地味な無地の青味がかったカッターシャツを着ていることが多いのに、今は何者をも寄せ付けない雰囲気を持った黒い戦闘服姿。頭には背の低い円筒にツバをつけたような黒い戦闘帽をはすにかぶり、顔には黒光りするサングラス型のゴーグル、腕には真紅のWADを装着し構えている。


 ワイルドなマスター……新鮮。


「杏ちゃん、立つんだ。すぐに浄化する!」


 そう言うやいなや、私と最上くんにまとわりつく負の魔導素子を打ち消す正の魔導素子を放射する。たちまちあたりに漂う負の魔導素子は打ち消され、霧散していった。


「少尉! 最上特務少尉、早く立ち上がれ。任務再開だ!」

「……!」


 マスターの声に朦朧とした状態から一気に回復した最上くん。マスターの戦闘服姿を見て、直立不動になり敬礼しだす。状況を把握しきれていないみたい。


「……少佐! 失礼しました!」

「敬礼はいい。貴様の任務を遂行せよ!」

「はっ!」


 ここにきて最上くんも状況に思考が追いついたみたいで、WADを再起動する。


「……ここまで歓待してもらったんだ。それなりの返礼は必要ですね」


 最上くんがキレている……。彼の目は完全に座り、ヤツを見据えている。こんなに怒りに燃える最上くんを見たことがない。彼もけっこうショックだったんだ、ヤツにしてやられて。


「……杏ちゃん、立てるかい? ケガはないかい?」


 マスターが手を差し伸べてくれた。ちょっと恥ずかしいけど、手を伸ばす。


 ……うん、大丈夫です。マスターが来てくれればなんだってダイジョウブです!


 マスターの手を握って一瞬呆ける。暖かく優しい手……。


「はい、そこ。そういうことは後回し。今はやることやる!」


 もう……ちょっとぐらいいいじゃない! 


 まなみ、あんた人のこと言えるのかい? 普段あれだけ事務所でいちゃ――。


「……何か言いたいことでも?」


 N……no, ma’ am! まなみさん、髪の毛が逆立っていますよ。まなみの異常な殺気を感じて思わずたじろいだ。まだ、死にたくない……。下手なテロリストより凄みがあるな、うちのまなみさんは……。


「お前ら、どれだけ我らの崇高な正義を愚弄すれば気が済むんだ! ゆるさん、ゆるさんぞっ!」


 ヤツが立ち上がり、激怒している。何が『崇高な正義』よ。テロリズムに正義もへったもあるかい。


「許すも許さなないもないでしょう! 貴方のやろうとしていることはもう終わりよ。おとなしくしなさい!」

「うるさいわ、バカ小娘が! 我が野望は潰えたりせん! 再びあの魔導術テロを起こし、今一度魔導術の非道性を世に知らしめるのだ!」

 

 いうに事欠いて、バカ小娘と来たか。そのうえ非道性を訴えるために非道な手段に走るって、絶対理屈がおかしいでしょう? 絶対にあのテロ事件を再現させたりしない! 私が潰す!


 WADを再起動、ヤツの策謀をつぶすべく狙いを定める。


 これで終わりにする。何としてもアイツを、テロリストを倒す!


 全身全霊の力を込め、氷弾でヤツに飽和攻撃をかける。無数の氷弾がヤツを撃つ。雨霰と氷弾をヤツのもとに降らせる。砕けちった氷の破片とホコリが舞い上がりヤツの姿が消える。


 やった……? あれ?


 しかし、大したダメージをあたえることはできなかったようだ。ヤツの動きに変化がない。よく見るとヤツの相方の女テロリストが防御していた。


 どうやら、ヤツの相方に防がれたみたい……。全く忌々しいったりゃありゃしない。


「……貴女のような未熟な魔導術士にやらせはしませんわ。己の未熟さを思い知るといい!」


 相方が黒い炎で応戦してくる。たちまち降り積もった氷の破片が蒸発し、蒸気で視界が遮られる。


 ちっ……! 見えない。来たっ!


 蒸気の向こうから、黒龍のような炎が襲ってくる。


「杏ちゃん、まかせろ!」


 テロリストの放った黒炎はマスターの展開した魔導障壁によって遮られる。


 いつの間にかマスターが私のそばに来て、防御してくれる。胸に熱いものがあふれるのを抑え切れない。不思議な感覚……初めてのこの感じ。修羅場にいるはずなのに、そんな緊迫感がない。


「……愚かな魔導術士たちよ、我らが正義に服従せよ。我らが正義、我らこそ真理!」


 その声は上ずり、得体のしれない恍惚感に浸っているような声だった。女テロリストは怪しい雰囲気を醸し出しながら、私たちに対峙している。


「何、わけのわからないこと言っているのっ?! 貴女は単なるテロリスト。正義も真理もこの世で一番遠いところにいることをわかってないのね」


 まなみが吐き捨てるように女テロリストに反論する。


「……真実を知らぬ者たちの愚かさよ。我らは作られた。最高の素材を基に」


 まなみの存在を無視するように淡々と女テロリストは語り続ける。


「……最高の素材? 何それ?」


 まなみは眉間にしわを寄せ、女テロリストをにらむ。


「言ったであろう、我々と板梨杏とは血のつながりがあると。そこまで言えば……我らが何者かについて想像がつくであろう、おのが欲にまみれ生命の真理を汚す大罪人の血族の娘よ」


 ヤツが女テロリストに続いて語り始めた。でもその内容はちんぷんかんぷん。私にはさっぱり……。


「あいつら何を言っているのかわかる、まなみ? 大罪人の血族って……まなみ? まなみさん?」


 全く想像がつかなかったのでまなみに聞いてみた。まなみは心なしかうつむき、拳を握りしめていた。少しまなみの様子がおかしい。


「我らは造られたのだよ、生命の禁忌を犯して。『生きた兵器』として」


 ヤツの言葉にまなみの表情が硬くこわばる。こんな表情のまなみを見るのは初めて。悔しさと恨めしさと恥ずかしさ……そんな感情を一緒くたにして表情にしたらあんな顔になるんじゃないかというひどい表情。


「そして、その材料は――」

「やめてー!」


 ヤツが何か言おうとした瞬間、まなみの絶叫が室内に響き渡る。


 まなみ、何か知っているの……? ヤツらの出生の秘密……。


「板梨杏、貴様の両親の遺伝子だ。我々の素材は」


 え……?


「やめてー! もう、もうやめてー!」


 まなみの絶叫が再度響き渡る実験室内で、私は何が起きたのか分からず、ただその場で立っているだけだった。


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