第43話 暗闇の迷宮
第43話 お読みください。
この私の目の前にあるものは一体なに……?
最上くんを追っかけて、財閥の第七研究所へ来た。追いついたと思った瞬間、目の前に異様なモノがあることに気づく。
外から建物の中の明かりが全く見えなかったので、のっぺりとしたコンクリートの塊のような建物だった。その建物の黒々と空にむけてそそり立っている様子が、まるで巨大な墓標のように私たちのまえに立ちふさがっている。
夕暮れ迫り赤く染まる空の下、その墓標は血に染まったように赤黒くそびえていた。
「なんてグロテスク……」
あからさまな怪しさに驚かされる。墓標のような建物だけど、本当に墓標と言っても誰も違和感を持たないんじゃないかしら……微かに人の怨念のようなものを感じてしまう。財閥は怪しげな施設で一体何をしているんだろう?
ふと、かたわらの最上くんを見ると心なしか体を震わせているように見えた。
「また、ここに来るとは……。あいも変わらず……」
誰ともなくつぶやく最上くん。顔を伏せ拳を握る姿は、彼らしくもなく、何かに憤りを感じその感情を抑えているようにも感じた。
「とにかくつったってても仕方がないわ。中に入りましょう」
最上くんにどう声をかけていいものかよくわからなかったので、何かなおざりな感じの言葉になってしまった。
こんなときまなみならうまくやるんだろうけどなぁ……。
とは言ったものの、研究所の門は固く閉ざされ、来るものをあからさまに拒絶していた。
「どこか、入れそうなところはないものかしら?」
私たちは研究所の周りをうろつき、入れそうな場所を探す。ちょうど裏側に回ったときに通用口が空いているのを見つける。私がそこから入ろうとすると、かたわらの最上くんが腕を組んで、いぶかしげな表情をしている。
「……あからさまに誘っているようにみえますが?」
……最上くん、それを言い出したら話が進まないよ? 罠かもしれない、いやほとんど罠なんだろうけど、それでも前に進まなきゃ。
「とはいえ、入らないことには話が始まらないわ。いくよ」
中へ入ることを渋る最上くんのケツをたたく。
違和感ありあり……本来、こんな役はまなみの分担なんだけどなぁ……。
キャラに合わないというか、ガラじゃない。
まなみ……復帰してくれないかなぁ、はやいところ。
とりあえず、やれるところはわたしなりにやってみよう。いつまでも、まなみに頼りっきりってわけにはいかないものね……。
よし!
おっかなびっくりではあったが、少し気合をいれて挑発するように半開きになっている通用口から敷地内へ侵入する。
研究所の建物に最接近する。改めて建物を見上げる。
建物は迫る夕闇に覆われ始め、さらに不気味さを増していた。わずかばかりに当たる夕日さえ、返り血のように見える。
建物の入り口は閉まっていたが、カギがかけられていなかった。
……ますます怪しい。
「……おじゃましまーす……あれ?」
建物の中に入ると、閉鎖されているはずなのに非常灯が灯っていた。
閉鎖されているはずなのに……? なんで明かりが?
中へ入ると薄暗い長い廊下があった。そこを恐る恐る進む。
長い廊下の奥のほうの扉からわずかに明かりが漏れているのを見つける。
「あれ? 奥に光が……? この研究所は完全に閉鎖されていない?」
建物に入ってすぐ廊下には私たちの靴音以外の音はしなかったが、その扉に近づくにつれて甲高い金属どうしがこすれるような音が聞こえてくる。どうやら何かの機械が動いているようだった。扉に近づくとその機械音がだんだん大きくなってきた。
私たち二人は扉をゆっくりと開き、中の様子をうかがう。中には大きな金属製タンクのようなものがいくつか並んでいるのが見えた。そのタンクの周りに得体のしれない機械取り囲み、コード類がタンクに古い洋館のツタのように絡んでいた。なぜかしらタンクは薄暗く、それは照明が暗いせいだけではなかった。
何? この雰囲気は……。タンクの周りがえらく暗いけど照明が暗いだけじゃない。黒い気がまとわりついている。これは……。
私の目にはタンクのまわりに黒い靄が綿のひものようにからみついているのが見える。あれはひも状になった黒い魔導素子がタンクの周りに絡みつくように漂っているんだ……。
黒い魔導素子ということは……恨みとか憎しみとか負の感情がこもった魔導素子の塊。なんでそんなものがまとわりついているの? ここで何が……?
中に入れば入るほど不可解な光景が目に入ってくる。疑問だらけだったがここで立ち止まったり、引き返すことはできない。ヤツらを見つけないと。はやる気持ちが私の歩みを早める。
「どうも人はいないみたいね。もっと奥へ行ってみましょう」
最上くんに先立って奥へ行こうと踏み出した瞬間、彼が私を止めた。
「ちょっと待ってください」
最上くんの顔を見るとやけに深刻そうな顔をしている。どうしたんだろう、急に……?
早いところ、ヤツらを見つけてふんじばらないといけないのに間の悪い……。
最上くんのふるまいにちょっとイラつく。
「なに? 何か問題でも?」
どうして呼び止められたのかよくわからなかったので、投げ捨てるように聞き返す。
「この先、何が現れるかわかりません。僕が先行します」
最上くんはいたって冷静に私の問いかけに答えた。
そんなに冷静に言われると、私の行動がうかつなモノに見えちゃうじゃない。
……恥ずかしめないでよ、全くもう。
室内の明かりがもっと明るかったら、私の顔の赤みを最上くんに見られているところだった。ばつが悪いので、何も言わずただうなづく。
最上くんが先行して私たちは薄暗いタンクのそばまで移動、タンクを間近で調べてみた。タンクのそばには幅の狭いベルトコンベヤーがタンクの並びに沿って奥へ延びていた。コンベヤーの途中には何をするのかわからない機械が何台か等間隔に並んでいる。
何の機械何だろう? 黒い魔導素子と何か関係が……?
ふと、コンベアーを見ると、どこかで見たものが乗っていた。それは黒光りし、表面に描かれた模様はかすかに虹色に光っていた。
あれは……螺鈿細工……? なんでこんな所に? どこかで……あっ……!
私が見たモノは、この前警察へ届けられた夜泣きする螺鈿細工短刀と同じものだった。あのとき短刀に憑いていた怨念はまなみと何とか鎮めたっけ……。しかもあの騒動のあと、担当の蔭山さん死んじゃった。今にして考えてもおかしな話だ。しかしなんでこんな所にあのときの短刀があるの?
昔の事件を思わず思い出す。もしかしてあの短刀はここから流失した……のかな? あの時の新聞に書いてあったことって本当だったのかな? 軍部の人とか治安関係の人とか、警察と黒いつながりがあるのではとかなんとか書いてあったけど、あの短刀があるということは財閥までつながって……?
…………うっ!
いろいろ考えていたら、少し気分が悪くなってきた。負の魔導素子に当てられたかな……?
少し立ち止まってうつむいていたら、最上くんが心配している。
「大丈夫ですか? 歩けますか?」
そこはオトナないたりさん、愛想笑いしつつ大丈夫なことをアピールする。
「大丈夫、ちょっと魔導素子酔いしただけだから。少し時間が経てば大丈夫。ここ、相当魔導素子が濃いみたいだから……」
そこへどこからともなく、挑発的ないやらしい声が聞こえる。
「……ふふふふ、よく来たな! おまえたち」
「誰! 誰なの! もしかしてあのテロリスト!?」
私はあたりを見回す。最上くんも速攻で戦闘態勢をとる。目のつくところに人影はなく、いやらしい声だけが室内に響き渡る。
「テロリストとは随分な言い草だな。我々は解放者であり、虐げられた者たちの守護者だ。ここに集まった虐げられた者の思いたちもお前たちを歓迎しているぞ。早く恨みつらみ晴らさせろとな! せっかくこんなところまで来たんだゆっくりとしていくといい」
「まて! お前らここで何をしようと……」
最上くんが叫ぶけど、その声は彼を見事にスルーした。代わりに私を名指ししてきた。
「板梨杏! 貴様なら感じているだろう、この場に満ち満ちた魔導素子を。理不尽に虐げられたものの叫びを! 怒り、憎しみ、後悔……その他諸々のここに満ち満ちた怨念を開放する。黒い魔導素子の奔流がこの世界を覆うのだ――簡単な話だ」
「な……なんてことを! そんなことをしたら、街が大混乱に陥るじゃない。 絶対、阻止するから!」
いかにもテロリストらしい方法。しかしそんなことをして何になるというのだろう?
「そんなことしてっ、何になるのよ! 無意味なことはやめなさい」
声の主は私の疑問に答えることなく、自分勝手に話を続ける。
「果たして、お前にできるかな、板梨杏! これだけの負の魔導素子、貴様一人ではどうにもなるまいて! ふふふふ……はっはっはっはっは!」
ほんとに自分勝手な主張だけなんだから! とはいえヤツはやる気満々なことだけははっきりした。どうにかして止めないと。
「負の魔導素子を開放なんて、貴方の勝手にしなさい! 全力で止めてあげるから。その前に聞きたいことがあるんだけど!」
あんな自分勝手な主張するような人間が、こちらの質問に答える可能性は低いけど聞かずにはいられなかった。
だって、みんな頑張って毎日生きているのに自分勝手な主張で極々普通の生活を壊すだなんて信じられない! そんなことをする人間の考えを聞いてみたかった。
「そこに螺鈿細工の短刀があるわ。貴方、その短刀について何か知っているでしょ? 答えなさい」
最上くんは胡乱な目でこっちを見ている。いかにも『こんな緊急時に何を聞いているんだ?』と言わんばかりの表情だった。
しばらく何もしないでよ、最上くん。これからいろいろ重大な話が飛びでるかもしれないんだから。
「ふふふ……その黒漆螺鈿短刀か。面白い所に目をつけたな。で、何が聞きたい?」
「貴方、何か知っているのね?」
手応えあり! こんな簡単に答えるなんて思わなかった。
「実はその短刀、とある事件で一度見ているの。警察内でね。もしかしてその短刀、テロの道具か何かかしら?」
「……ふふふ。そんなことも知らないのか。愚かな奴よ。よく聞け――」
ヤツは私を鼻で笑い、恩着せがましく語りだした。ヤツの言葉によると、ここは負の魔導素子を集め、それを兵器化することを目的とした研究所で、ここで集めた負の魔導素子を黒漆螺鈿短刀に込め、各所に配布することで兵器として有効か確認する実験が行われていたらしい。その実験を利用する形で行われたのが、約二十年ほど前の大規模魔導術テロだった。
それじゃ、結果的に財閥はあのテロ事件の原因を作ったってこと? んじゃ、財閥とテロリストがつながっていた? どういうこと?
「……あなたの言い分だと、財閥があのテロ事件の原因を作ったことになるけど、それは本当なの? にわかには信じられないわ」
ヤツの位置を探りながら、尋ね続ける。でも室内にヤツの声が反響して、うまくヤツの位置をつかめない。かたわらの最上くんも耳をそばだて、ヤツの位置を追っている。
「信じようと信じまいと事実は事実だ。お前がどう思おうとも事実は変わらない。財閥の行為は結果的にあの事件を招いたと言っていい」
え……何を言っているの? ヤツの位置を追いながら聞いていたけど、思わず思考停止する。頭がついていかない。話の内容が私の想像のはるか斜め上をいき、どこへ行くのか見当もつかない。そんな私をおてきぼりにしてヤツはさらに続ける。
「これだけでも魔導術を扱うモノが、どれだけ品性下劣かがお前にもわかろうというものだ。それでもなおまだお前は抗うか、我らの崇高な目的に。板梨杏、お前にはわかっているはずだ。魔導術が現状の使われ方で何をもたらすのかを。我らともに理想の世界、魔導術の浄化を図ろうではないか」
この場においてもなお、仲間にひきずりこもうとするヤツの真意も位置も皆目見当がつかない。
「……なんで貴方は私を必要とするのよ! 親子でもないし、貴方のような人は私の知り合いにはいないわ!」
苦し紛れに叫ぶ私。だんだん、私のほうが追い詰められているような感覚に陥る。
そんなはずない! 追い詰めているのは私たちのほうなのに。
「……我が体に流れる血はお前にも流れているのだ、杏! 我が血はお前の血だ!」
ヤツの咆哮がこだました。