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第41話 いたりんの憂鬱

いたりんは悩まされます。ヤツらのチョッカイにも事務仕事にも。そしてさらに厄介ごとが増えるそんな日常……

 全く、なんなのよ……現れたかと思うとすぐに姿を消す。現れて、消えて、現れて、消えて……。


 ムキー!


 嫌がらせのように現れては消えるテロリストどもの攻勢にいい加減嫌気がさす。

 

 やってらんないわ、全く!


 ヤツらはあの日以来派手な動きは示さなかったが、政府関係の施設にちょっかいをかけるように雷を落として、そのまま姿を消したり、軍施設にぼやを起こしたり、とにかくチョコチョコ、チョコチョコしみったれた攻撃を加えている。そのせいで、半分休業状態ながら、お役所とか軍とかの要請で現場に出張でばることが多くなった。


 ここ数か月そんなことを繰り返している。まったくもう……!


「……杏さん、大丈夫ですか?」 

「あによ、何が『大丈夫ですか』なのよ!」


 苦笑いする最上くんの顔を見て気付く。


 あ……思わず八つ当たりしてしまった。


「ごめん……最上くんいたの」

「最近、杏さんなんだかカリカリしてますよ。少し疲れがたまっているんじゃないですか?」


 そうなのよねぇ……まなみはかなり回復したとはいえ、まだ現場に出れるほど復調していないし、ヤツらのチョッカイは最近特に増えてきているし、最上くんが手伝ってくれるとはいえ、決済しないといけない書類は増えるし……ムキー!!!


「あ、杏さん……どうどうどう……」


 いけない、イライラがやっぱりたまっているわ……ゴメンね、最上くん。

 ……スネる暇もないぐらい忙しい今の状況が悪いのよ!


「もう少し減らせないですかね、現場へ出張るのを」

「そうしたいのは山々だけど。ヤツらがこっちを指名して嫌がらせしている以上顔を出さないわけにはいかないし……ヤツらが出てこなければ、優雅な事務所生活なんだけどねぇ」


 そうなのよねぇ……ヤツらがコトをやらかすときは必ず名指ししてくるようになって、そうなるとお役所、ケーサツ挙句の果てには軍までもウチ丸投げしようとするんで困っちゃう……。


 まあ、コトが公になってもそう大騒ぎにはなっていない。公安、特に新巻さんが中心になって動いているらしい。ハッキリとは言わないけれど、本人がそれらしいことを漏らしていた。公安の人が漏らすのだからかなりの確度だろう。

 このおかけで、かろうじてそれほど大事にならずに済んでいるけれど、新巻さんによるとマスコミは報道管制しているが、ハイエナみたいなゴシップ誌の記者は嗅ぎまわっているらしいとのこと。気を付けないと何を書かれるかわからない。

 現状でできることは目立たず、騒がず一つ一つ火消しするしかない。

 根本的な対策はヤツらをとっ捕まえることなんだけれど……。


「とりあえずは対症療法しかないってことですか……」


 最上くん、それ以上言わないで。

 はぁ……厄介な。心底、スネたくなった。


 事務所で二人してため息をついていたら、事務所のドアが開く。


「あ……すいません、ただいま休業ちゅ……」


 目の間に現れた人を見て私と最上くん二人して息をのんだ。


「まっ……姐さん……どうしてここに?」

「まなみ、どうして? 大丈夫なの?」


 まなみだった。その顔色はまだ全快とはいかないまでも入院中に比べれば幾分よくなっていた。それよりなによりベッドの上のまなみの髪はあんなパサパサだったのに、目の前に現れた彼女の髪の艶やかな黒髪に戻っている。


「……何をそんな意外そうな顔をしているのよ。私もこの事務所の一員よ。そうそう寝てばかりもいられないわ。どうせ、大量の書類にうなされているとこなんでしょう?」


 そういうと彼女は不敵に笑う。


「……まなみ」


 不覚にも私の視覚がぼやける。これでやっと……


「とはいえ、貴女も手伝うのよ、杏。いま一瞬、書類から解放されたと喜んだでしょう?」


 彼女はにやりと笑う。

 隣で最上くんが笑いをかみ殺している。


 ……言うに事欠いてなんということを……その通りだけど。

 あんまり私の心を読むとスネるぞ……。


「でも、安心したわ。ちっとも貴女は変わらない」


 えー、えーあたしゃ成長のない女ですよ、フンだ! スネてやる!


「まだ現場はちょっと無理だけど、事務所でバックアップはしてあげるから、スネてないで現場へ行くのよ!」


 ……う、う、う。まなみが戻ってきたのはうれしいけれどこれでは……。


「姐さん、大丈夫ですか? 無理は禁物ですよ」

「うふふ、ありがと。自重するわ」


 最上くんは優しくまなみの腰に手を回し、事務所の奥へ招き入れる。まんざらでもないのか、まなみも優し気に微笑んでいる。漫画的に表現すれば、どピンクの背景に、バラか何か派手な花が咲き乱れ、ハートマークが飛び交うような二人だけの世界………。


 こらーーーーーーーー!!!!


「一応、こっちは処理が済んでいるんで、こっちをお願いします」

「わかったわ。思ったより、処理しているのね。頑張っているわね。うふふ……」

「……姐さん」

「最上くん、頑張ってね」


 こらー、ナニ手と手を重ねて見つめあっているんだっ! おいこらっ!


 ……完全に事務所の奥で二人の世界に浸っている。


 こらーったら、こらーー! 事務所代表を差し置いて何をいちゃついておるかっ……。


 関係を明らかにしたとたん、いちゃつくとはどーいう料簡だ! 


 ほんとスネるぞ、おい!


 スネるを通り越して、泣くぞ?


 泣いちゃうぞ?


 ……おーい。


「姐さん、ここはこう処理しておけば?」

「そうね。お願い」


 二人ともコッチを全く振り返らず、立ち入り難い雰囲気を醸し出している。完全に『二人のため、世界はある』状態……。


 泣いてやるっ……絶対泣いてやる!


――――☆――――☆――――


「……ということがあったので、やってられなくなりました」


「……」


 あまりにも甘ったるい空気が事務所の中を汚染したので、たまらず事務所下のマスターの店へ避難してしまった。


 そんな私を見て、カウンターの中でマスターが苦笑いしている。


「全く、復帰したと思ったらいきなりアレだもん、ビックリするわ」


 不満タラタラの私を尻目にマスターは食器を洗ったり、水抽出中のコーヒーの様子を見たり忙しい。


「ま、ベッドの上でふさぎ込んだままの彼女を見るよりかは数段いいんじゃないの?」

「それはそうだけど……」


 マスターの言うとおりなんだけどねぇ……こっちにも心の準備というものがあるし……。

 何か割り切れなくて。そりゃ、無二の親友の幸せなんだから、祝福しないとなぁーなんて殊勝なことは思うけど唐突にアレじゃ……。

 うまく言えないけれど、何か心の中の大切なものが取られたというか、欲しいモノを先にゲットしちゃって悔しいというか……とても口に出しては言えないような恥ずかしい気持ち。

 そのうち段々自分がとても“キタナイ”人間に思えて居た堪れなくなってきちゃって……。


「そんな光景もそのうち見慣れるし、まだそういうことをできる余裕があるっていうのは、どう思う? 個人的にはいいことだと思うがな」

「……そうだけど」


 それでもなんか納得いかない……。


「それとも、杏ちゃんもそういう相手が欲しくなったのかな?」

「へ…………? どどど……どうして……」


 思わず、飲んでいたコーヒーを吹き出しそうになる。

 カウンターの中のマスターを見ると、いたずらっぽく笑っている。


「ま、そんな話はタイミングの問題だろうね。杏ちゃんが焦ることはないと思うよ」


 い……いや、焦ってませんから! 

 そんなに物欲しそうに見えているのかな……?


「はは。ムクれない、ムクれない。そんなに心配しなくても、そういう相手にきっと出会えるから。大丈夫、大丈夫」


 ……もう、マスターのバカ!


 事務所でやりきれない目にあったのでここへ避難してきたのに、ここでそう言われるとやりきれない……。


 何だか元気を一気に奪われたような虚脱感に苛まれ、思わずカウンターに突っ伏してしまった。


 なんで私だけがこんな目に……。


 八つ当たりしてやる!


「そう言うマスターはどうなんですか? ずっと一人でしょ?」


 ちょっとイジワルしてみる。 


「俺か……」


 マスターは苦笑いしていたが、次の言葉がなかなか出てこない。ついには押し黙り、ただひたすら洗い物や抽出中のコーヒーの面倒をみる。


 柱時計の時を刻む音だけが店の中に響き、微妙な空気が店内に充満する。


 ……あー、もしかして地雷を踏んだ?


 お願いだから何か言ってよ、マスター……。


「……俺はもう……」


 マスターは何かボツボツ言葉を発していたが、はっきり聞こえない。


 ご……ごめんなさい。何か悪いことしちゃった……かな……?


 一人、あたふたするしかなかった。


「……ごめんなさい、マスター。何か悪いこと言っちゃったかな?」


 と、どうすればいいのか見当がつかないのでしおらしさを醸し出してみる。


「……いや、問題ないよ。杏ちゃんが気に病むことはないから。俺の中の問題は俺自身が解決しないとな……」


 マスターはそう言い、微笑む。


 何が問題か具体的なことはわからないが、私の責任ではない様子。それならそれで……御の字?


 しかし、マスターって謎が多い。付き合いは長いけど、昔の話をしたがらない。 軍属の魔導術士だったな、マスター……。かなり過酷な戦場《修羅場》を乗り越えてきたって話だけど、それがトラウマなのかな? お母さんとあったことがあるみたいだし、そんな話を聞いてみたいな……。


「マスターって、昔、軍いたと思うんだけど……」


 私の質問は、突然の乱入者にかき消される。


「杏さん、ケーサツから連絡が!」


 最上くんが駆け込んできた。


「今度はどこ?」

 

 反射的に答え、席を立つ私。

 急がないと! 今度こヤツらをふんじばってやる!


 私の意識はヤツらのことでいっぱいなった。

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