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第40話 まなみの告白

入院中のまなみをみまういたりん。まなみは深手を負って、しばらく現場へは出られない。そのまなみからとある衝撃の事実が告げられる。

「どう調子は?」


 努めてにこやかに話しかける。ベッドの上のまなみはまだ腕や足に包帯が巻かれ、満身創痍だった。


「まだ、身体が言うことを聞かない時があるけど、それを除けばすこぶる快調よ」


 作り笑いを浮かべ、ベッドの上で強がる彼女の姿に痛々しさも感じたが、安心もした。


「早速で悪いんだけど、今回の件でまなみにもいろいろ動いてもらわないといけないの。特にお役所関係にはお願いしたいの。身体が動かせるようになったら直ぐお願いね」


 言っててだんだん辛くなるので、すこぶる事務的に連絡事項だけ告げる。


 まなみもこちらの心情を察したのか、「わかった。その時はもう少し細かいところを打ち合わせましょう」とだけ話す。


「……まなみ、無理しないでね。当面事務所は休業するけど心配しないで」

「私としては貴女一人で切り盛りするほうが心配。休業は仕方ないわね。私もできるだけ早く復帰するわ。杏も私がいないからって、暴走しないでね。貴女、テンパると何しだすかわからないから……」


 このけが人が言うに事欠いてなんてこと言うのよ。大きなお世話よ! スネるぞ!


 ふてくされる私になぜか安心したのか、まなみの全身からフッと力が抜け、穏やかな笑みを浮かべる。少し寂しそうな目で私に聞いてきた。


「杏、この件が終わったらどうする? 事務所は続けるの?」

「……まだわからない。とにかく、全部片付かないと」


 あまりにしんみりするのでおどけて、「いっそのこと事務所を当分閉めて、放蕩娘よろしく、あてどもなくふらふらするのもいいかもね」って言ってみた。まなみは一瞬、眉をしかめる。大きなため息のあと一言。


「……やっぱり、貴女は貴女ね。天然サボり娘が」


「なっ……なんてこと言うのよ! まなみがこの件が終わったらどうするかって聞くから素直な考えを言っただけじゃない」


 本当にスネるぞ……。私は優雅な時の過ごし方を追求しているだけであって、断じてサボっている訳ではないのに。このやろ……。


「それで、逆光源氏計画実行中の道楽令嬢さんはどうなさるので? この件が済んだら?」


 ちょっと厶っときたから、少し嫌味をこめてみた。


「逆光源氏計画って貴女……。それはともかくどうしようかな……」


 道楽令嬢には食いつかないんだ……自覚している? もしくは諦めた?


「まさか、最上くんとヨロシクなんて考えているんじゃないでしょうね?」


 ちょっとカマかけてみた。


「……よろしくできるといいんだけど。ちょっと事情があって……」


 いたくまじめに答えられた。軽くネタを振ったつもりなのに地雷を踏んだらしい……。


「家の人が反対している……とか?」


 ちょっと真面目に相談に乗ってみよう。こんなこと滅多にないし。


「その程度なら、問題ないんだけど……」


 あっそ……まなみさんの性格を忘れていたわ。しかし、そのまなみさんをしてここまで悩ませるとは……。最上くんは人に言えないような性癖があるとか……?


「彼、ウチの製品――試作品なの。会社の製品とその製品を作った会社の重役との組み合わせって……どうなんでしょう?」


 ど、どうなんでしょうと言われても……。想像の斜め上過ぎてよくわかりませんっ! それに『製品』って? どういうこと?


「彼もある意味、あの魔導テロの犠牲者の一人なの。彼の生みの親があのテロにあって大量の魔導素子を浴びて、体質が変化して通常の人が操ることのできない量の魔導素子を操れるようになったの。

 その後にお腹に宿ったのが彼らしいの。首が座るか座らないかの赤ん坊の時から、無意識の内に術を操ったらしいわ。そのせいで彼の生みの親は亡くなったそうよ。

 それをウチの開発部がどこから情報を手に入れたのか、身寄りのなくなった彼を引き取ってね。その後、薬物や外科手術なんかで身体強化を繰り返して作り出された人工魔導術戦士――それが彼よ」


 まなみから発せられた言葉が頭の中で渦巻く。音声としての言葉は耳から間違いなく入ってきたけれどその意味を理解することを脳が拒絶するような感覚……全く現実感のない現実。私は固まるしかなかった。


「彼が事務所に来た最初のころ、一戦交えたでしょう。あの時いろいろ調べてね。でわかったの。衝撃的だったけどね……彼も自分の出自についてはある程度知っているみたい。

 それでも、彼恨み言ひとつ言わないの。勝手に『製品』にしたのに。人間から単なる工業製品にした会社の重役である私に……私にも何も言わないの。時には『姐さん、姐さん』って微笑みかけてくるのよ。場合によっては面と向かって罵倒されるより辛いわ」


 私は絶句した。境遇としては私と同じぐらい、ううん私以上の理不尽な境遇なのに何一つそんなそぶりを見せない彼って……。そして……まなみも。


「そんなこんながあるから、普通に幸せになれるとは思えないわ……当然世に言う『幸せなゴールイン』なんて夢のまた夢。どうして、そんな男性ひとに惹かれたのかしらね」


 そう自嘲するまなみは紛れもなく女だった。私はどう声をかけたらいいのか分からなかった。

 それでも、何とかこの場の雰囲気を変えるために強引に話題を変えた。


「……そんなことがあったの。それなら、なおさらあのアホウどもをちゃっちゃと牢屋へ放り込まないとね! まなみも早く体を治してがんばろう! ね、ね?」


 まなみはかなしげに微笑むだけだった。


「……そうね、頑張らないとね」


「それに最上くんのことにしても、彼が怨みごとを言わないならそれでいいじゃない。彼自身で自分の過去を乗り越えたんでしょ。まなみが背負い込むことなんてないでしょ、ね?」


「……そうだといいけど。そうであってほしいわ」


「自分の惚れた男を信じなさい! ね。まなみが惚れ込む男なんだから、大丈夫! 大丈夫だから」


「ホント、貴女って私がドン底にいたら引き上げてくれるのね……学生の時から変わらない。ありがとう」


「どういたしまして。疲れてない? 少し寝たら? 私もそろそろお暇するから」


「あ、杏まだ言わないといけないことがあるの」


 何か吹っ切れたように、まなみは口を開く。


「何? 何かな?」


「まだ完全に調べ終わったわけじゃないんだけど、ヤツらもどうやらウチの『製品』らしいの……もっと正確に言えば『製品』だった(・・・)らしいの」

「え……? どういうこと……?」


 まなみの言葉に頭の理解が追いつかない。ということは、最上くんみたいな人がまだいたってこと?


「私でさえ、アクセスできないようなハイレベルの極秘情報から漏れでた断片情報を積み上げるとそうなるの。正直確定情報じゃないから、間違いなくとは言えないけど――おそらくは調整過程に何らかの理由で逃げ出した『未完成品』――それがヤツらの正体」


 まなみはそう言うと、口を真一文字に閉じ、まっすぐ私の目を見る。


「そう……。でもそうだとすると、どうして私を娘と呼んだんだろう? 呼ばなくてもいいよね?」


「まだその辺は私にもわからないわ。ただ、ヤツらが調製施設からいなくなる前にいろいろデータベースに不正アクセスしていた形跡が残っていたわ。おそらくその時に……」


 とすると、ヤツは私の親じゃないんだ……なーんだ。ホッとしたような、なんだか物足りないような複雑な心境。ま、いいや。親でなければ。


「……ま、その話は後に回してもいいや。今は早く身体を治して、現場復帰してもらわないとね。お大事に」


 私は多少投げやりに話を打ち切った。私からすればヤツが親でなければそれでよかった。これ以上長話させて、まなみに負担をかけるわけにもいかないし。


「ありがとう。なるべく早く現場に戻れるようにするわ」


 まなみはそう言うとベッドに横になった。私もその姿を見て、お暇することにした。 


 病院を出て、私は病院前の並木通りをゆっくり歩いていく。


 季節はいつの間にか太陽が強烈に降り注ぐ季節から、柔らかに輝く季節へ移りつつあった。

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