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第39話 マツリの痕 

 花火大会の戦いを終え、しばらくたったあとマスターの喫茶店。しばし、マスターとの静かな時間を過ごす。二人の時間。

 あの日からどのぐらい日にちが経っだろう? 

 まだ、あの時のダメージが大きくて、生活が元のとおりに戻らないまま、時間が過ぎてゆく。


 いつものように私はマスターの店のカウンターでコーヒーの湯気をくゆらせ、物思いに耽る。

 

 カウンターの向こうでマスターは洗い物をしたり、抽出中のコーヒーの面倒を見ていたりとなかなか忙しい。ぼんやりとマスターの働きぶりを眺める。


 結局まなみは全治三ヶ月ほどの重傷らしい。付き添いは最上くんがやっている。私も見舞いには行ったものの寝ていたのでちゃんと話をしていない。ただ、見た感じいつもの覇気はなかった。やや頬はこけ、肌の色も幾分青白く、何もしないまま放っておいたらそのまま透き通って消えてしまいそうだった。彼女自慢の長い黒髪も色艶が褪せ、ゴワゴワの毛布みたいで、ところどころ巻かれた包帯の白さが妙に痛々しかった。


 あんな生気のないまなみを見るのは初めて。ヤツらに手も足も出なかったことがそんなにショックだったのだろうか? 


 とはいえ私自身も日常生活はなんとかできるけれど、とても魔導術戦などできる状態にない。かろうじて身体が動くって感じ……。外へ出て、切った張ったの立ち回りどころか突っ立って術を行使することすらとてもできそうもない。ここまでぼろぼろにされるなんて思いもよらなかった。


 そういうことで、事務所はしばし休業。とは言うものの、ある程度事務仕事はあるので、事務所には体調に影響のない範囲で出ている。そういう処理をしておかないと後で大変なことになる。当面まなみは当てにならないのが痛い。物理的にも気持ち的にも。とにかく、彼女が身体を動かせるようになったらビシバシ働いてもらうことにしよう。


 こういう状態になると警察から振り込まれたお金がありがたい。経営的には振り込まれたお金があれば二〜三ヶ月はやりくりできそう。無駄遣いは現に慎まないと。


それにしても……


 私の心を重くしていたのは「父親がテロリスト」かもしれないということ。雲つくような話で未だに実感がない。私は実際に父親というものがどういう存在なのか感じたことがない。想像の中ででしか、父親というものに触れたことがない。


「マスター、本当に私の両親は死んだの?」と聞いてみる。


「そうだねぇ。あのテロ事件に巻き込まれ、行方不明になったのは間違いないんだけどね……」


 マスターはそう言うと黙々と手を動かす。マスターは曖昧に肯定するだけ。


「杏ちゃんはお父さんやお母さんがもし生きていたら嬉しいかい?」とマスターが聞く。


「そうねぇ……もう少し子供だったら、嬉しかったかもしれないけれど、今だとよくわからない。少なくとも、親の手助けなしに生活できる今になって突然『貴女の両親は生きていました』なんて言われても……ましてやテロリストじゃ、喜びようがないよ」


 いまいち質問の意図がわからなかったけれど、思うところを簡単に話してみる。


 マスターは静かに苦笑し、「そりゃそうだ」とだけ言葉を発し、洗ったコーヒーカップなどを片付け始める。


 その後言葉をマスターと言葉をかわすこともなく時間が過ぎてゆく。店の中の古い柱時計が時を刻む音だけが店の中に響き、コーヒーの香りが店内に広がる。


 その時、店には私とマスターだけだった。久々の穏やかな時間が過ぎてゆく。二人の……。


 二人……?


 二人……!


 その時初めて気が付いた。二人きりだ!


 何なんだろう、この絶好のシチュエーションは……あ、そう思うと身体が火照るような。


 今いる自分の状況に気づいたら、胸のドキドキがマスターに聞こえてしまうんじゃないかと思うぐらい激しくなった。


 あわわ……どうしよう? 二人……二人……どうしよう、あぁ……


 一人戸惑い、ドギマギしていたら店のドアが開く。


 最上くんだ……ちっ


「杏さん、元気ですか? なんだかちょっと顔が赤いですよ?」


 ほっといてよ、もう! スネるぞ……せっかくの二人の時間だったのに……


 ほぼ八つ当たりのような気もしたが、最上くんに心の中で悪態をつくが彼の顔をみてハッとする。


 彼は笑みを浮かべてはいたが若干の憔悴の色は隠しきれない。ほのかに目の下に浮かぶクマが痛々しい。


 ……最上くん。やっぱり……まなみ……見かけ以上に……。


「まなみは大丈夫なの?」


 まなみの様子を聞いてみる。事務所代表として威厳を保たなくては……じゅーぎょーいんの健康状態を把握するのは経営者の義務よね……。


「姐さんは相変わらずですよ。今は前の戦いの疲れを癒やしているところでね。大丈夫です。必ず復帰します」


 相変わらず疲れの見える笑みで最上くんはしっかりと答える。年下なのに無理しちゃって。


「最上くんは大丈夫なの? ちょっと疲れているように見えるけど?」

「大丈夫ですよ。この程度なら、サバイバル訓練のほうがはるかにきついですよ」


 そう言って最上くんは笑う。疲れは見えるがその目から力は失われていない。


「そう……あ、事務所はしばらく休みだから。まなみにも伝えておいて」


 そう事務的に言うと最上は多少眉をしかめる。


「杏さん、このまま事務所閉鎖なんて無いですよね? そういうのって……本当に無いですよね?」


 深刻そうに杏に尋ねる最上。言外に何か含みがあるような言い方。もしかして、私のことを……?


「大丈夫よ。私はこの年で失業者になって、職安の扉を叩くようなことはしたくないから。それに従業員を露頭に迷わすことはしないし」


 私はワザとおどけてみる。そんな私の言葉から、私の気持ちを察したのか最上くんもおどける。


「よかった。軍から多少給与が出るとはいえ、学校・軍公認の副業先がなくなると痛いですからね」


 そう言うとウィンクし親指を上げる。


「とはいえ、これからどうするんですか? あのテロリスト、またしつこく絡んできそうですね……」


「そうね……向こうも何故だかはわからないけれど、なりふりかまってないようだし、こっちもこういう状況になったら何から何まで個人経営の事務所の仕事という訳にはいかないでしょうね。もううちの事務所だけで収まる話じゃないかもね」


「というと、ケーサツとかと共同してヤツらを追い詰めると?」


「そうね。それも考えないとね。まなみと相談しないといけないけれど、場合によっては政府関係者と連携、何てことになるかもね」


「……わかりました。軍関係者には僕の方から当たってみましょう。上手く行けば情報を回してもらえるかもしれません」


「お願いね。まなみにも――いや、まなみには今度見舞いに行った時に話すわ」


「了解!」


 見事な敬礼をし最上は店を出た。


「杏ちゃん、大丈夫かい? かなり厄介な話みたいだけど」


 話を小耳に挟んだマスターが心配する。


「大丈夫――って言いたいところだけど、正直今回の事案は何一つ確かなことがわからない。でも、少なくとも『逃げ出す』って選択肢はないみたい。それだけはわかるの」


 とにかくマスターにはあんまり心配かけないようにしないと。そうしたらマスターは何かを察したように微笑む。


「そっか。無理せずに。杏ちゃんたちがこの店で他愛のない話に時間を使える日が来ることを祈ってるよ」


 マスターはいつものように私に微笑む。そんなマスターの顔を見てたら私……切なくなる。


「マスター……あの……この事件が片付いたら……ふ、二人で……」

「なんだい?」

「……な、なんでもありませーん!」


 私はあわてふためくがマスターは相変わらず優しい笑みを浮かべて、私を見つめている。あまりの恥ずかしさに、店を飛び出てしまった。


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