第38話 真夏の大乱 5
いよいよテロリストたちと直接対決するいたりんたち。ヤツはいたりんを誘うがいたりんは首を縦に降らない。業を煮やしたヤツはいたりんに攻撃をしかけ、いたりんはピンチに! そこに現れたのは……
お楽しみください。
「……面白い。これだけ実力が隔絶していてもなお我に抵抗するというか。もう一度言う。我が下へ来い」
相変わらず高圧的に私を誘うテロリスト。
どうして、こんなに……。
態度は高圧的でいけすかないし、こっちは街を混乱に陥れるような輩に同調することなんてないのに……もしかしたら……もしかして? ホントなのかな……父親?
そんな浮かび上がってきた疑問を打ち消すようにヤツに対してさらに強く拒否する。
「……いや! 私は……いや! 私はこの街を守るの!」
渾身の拒否にヤツは呆れた表情を示し、虐殺者のような凍てついた苦笑いを浮かべる。
「ヤレヤレ……まだわからんか。記録はあまり当てにならんな。記録では話せばわかるとあったのだか……。まあいい、身の程を知らないワガママ娘は身体に教えないとわからんらしいな。
……雷陣」
ヤツの冷たい声とともに私の回りに強烈な電撃の雨が降り注ぐ。私は稲妻の雨の中に閉じ込められる。魔導障壁で何とか稲妻を受け流し、回避しつつ『稲妻の雨』を抜け出そうと横っ飛びする。しかし無事着地しようとした瞬間、すぐ近くに稲妻が落ち、その威力に飛ばされる。ヤツは悠然と私の行動を見つめている。
「なんて威力……」
こんなに威力があるなんて……ヤツとの実力差がありすぎて手も足も出ないじゃない。
「どうじゃ、こちらへ来い。お前の可能性は無限大だ。わが娘よ」
勝ち誇るようにもう一度私を誘うヤツ。その顔は優越感に満ち満ち、万が一にも私に打倒されることがないことを確信しているように見えた。
本当に勝ち目はないの? 負けたくないけど、あまりにも強すぎる。私一人では……。
「杏、しっかりして! テロリストに負けちゃダメ!」
まなみの檄が飛ぶ。そうだわ、私は一人じゃない! 仲間がいる!
「愚かな。お前には後でたっぷり相手をしてもらう。募る恨みも晴らさねばならんでな。しばらく寝ていろ!」
まなみの声にヤツは彼女のほうをむき忌々しげに吐き捨てる。ヤツの黒い気を纏った電撃がまなみを襲い、跳ね飛ばす。蹴とばされた子犬のような声を上げ、まなみは強か打ち付けられ動きが止まる。ヤツはまなみをさげすんだ目で見つめる。
「ふっ……小娘がおとなしくしていれば痛い目を見ずに済んだものを。いずれにせよ、遅かれ早かれ痛い目を見ることになっているのだがな。まぁよい、そんなことよりこの父に従わぬか? 従うか、死か好きなほうを選べ」
ヤツは薄ら笑いを浮かべ、私を見る。私はただ恨みがましくヤツを見つめるだけだった。
その表情に私の考えを悟ったのか、ヤツの薄ら笑いが消え失せ、冷たい侮蔑の苦笑いを浮かべる。
「……ふっ、我になびかぬというか。ならば死ね!」
黒い気を纏った電撃が私を襲う。先ほどの電撃の雨とは比べ物にならないほどの密度で襲う稲妻の奔流。目の前で強烈な光の明滅が繰り返され、ヤツの姿すらよく見えない。
もうだめだ……。これで終わりなんだ。
私は目を閉じる。
……
……
……何も起きなかった。
恐る恐る目を開けると、完全武装の装甲服を纏った人影が仁王立ちし、私をかばっていた。重々しくいかつい武装のため、シルエットだけ見ると鎧武者に見えなくもなかった。自動小銃を両手に持ち、ヤツと私との間に立つ姿はさながら二刀流の武士であった。
「杏さん大丈夫ですか?」
「最上くん……?」
最上くんの声を聴き、その装甲服を纏った人影がだれだか分かった。何故だかその背中に安心した。あっ……何故だか最上くんがぼやけてる。
「杏さん、まだ終わってませんよ。目の前のごみを片付けないと今日のお仕事は終了しないみたいです。残業代、弾んでくださいよ」
最上くんはいつの調子で軽口をたたく。まったくこんな時も……最上くんらしい。
「さて、可憐な女性をいたぶって喜ぶ変態オヤジをさっさと片付けないとねぇ」
ヤツに相対する最上くん。こんな時は頼もしい。
「ふ、また愚かな未熟者が我にはむかうというか。記録にあった未完成品が。よかろうかかってこい。まったく未完成品の行動は理解できん」
「何をごちゃごちゃと! その口、黙らせてやる!」
ヤツの言葉に最上くんは珍しく少し怒りを覚えているようだ。最上くんは装備していた装甲服のマイクロミサイルを全弾発射する。それと同時に自動小銃を乱射する。ヤツはその飽和攻撃に一瞬戸惑う。
「ちぃ……!」
最上くんはその隙を逃さず、さらに激しく乱射する。最上の速攻にヤツは初めて防戦一方となる。ヤツは電撃で応戦するが装甲服のおかげか、最上くんにはさしたるダメージはない様子。
「どうかな、最新の対魔導術装甲服の性能は! アンタの術はこっちにゃ全然効かないぜ! これで終わりだっ!」
最上くんは装甲服に装備された弾薬を打ち尽くすや否や装甲服をパージして、魔導術による直接攻撃に切り替えた。パージした装甲が目眩ましになり、ヤツの反応が遅れる。
「なに?」
ヤツは予想外の行動に狼狽し、最上くんの攻撃に反応できない。
いけっ! やってしまえ! え……?
最上くんがヤツに止めを刺そうとしたすんでのところ、思わぬ方向から攻撃を受ける。あの女テロリストだ。彼女がカバーに入り、最上くんの渾身の一撃は受け流される。気勢をそがれた彼はやむを得ずヤツから距離を置く。
「貴方のような未熟者にやらせはしませんわ!」
女テロリストがヤツと最上くんの間に入り、ヤツを守る。彼女に起こされ、ヤツは立ち上がる。
ヤツは心底おかしそうに大声で高笑いし始める。
「ふっはっはっは! 少し抜かったわ! なかなかやるではないか。褒美にその命、今しばらく長らえさせてやろう。はーはっはっは」
テロリストたちはその高笑いとともに文字通り煙に巻かれて消えていった。後に残ったのは、わずかばかりの煙と硝煙のにおいとヤツの高笑いの残響だけだった。
「逃げた……? というよりは見逃してくれた……?」
私のつぶやきに最上くんが答える。
「とにかく引き上げましょう。やることはやりました」
最上くんはまなみを両腕で抱き上げる。まなみはいわゆるお姫さま抱っこの状態になる。まなみはまだ朦朧としているようだが、最上くんの顔を見るとゆっくりと両腕を彼の背中に回し抱きついた。その肩はわずかに震えている。
私も身体の痛みに耐えながら、立ちあがりその場を去る。いつもなら最上くんとまなみに突っ込みを入れるところだけど、今はそんな余力はない。とにかく一秒でも早くこの場を離れて休みたかった。
私たちの戦いを遠巻きに見ていた観衆は冷ややかに私たちを見つめ、立ち去る私たちを見送っている。
何はともあれ、ヤツとの戦いはとりあえず終わった。今は休むことにしよう。
次の日、事務所は休みにした。まなみはダメージが大きく、しばらく動けないとの連絡が最上くんからあった。私は私で痛む体を押して事務所に出てみたものの、痛みがひどく思うように体が動かないので何も手につかない。こんな状態では仕事にならない。
「父親……か。考えたこともなかったな」
私は当てどもなく、ぼんやりと考えに耽る。
今まで血縁というものに縁のなかったので、いきなり面と向かって「お前の父親だ」と言われても何の実感もない。そもそも、父親というものがどういう存在か私には実感がない。だから父親と名乗る者と戦うことにためらいを感じなかった。
でもそれでいいのかな……?
もしかしたら本当にヤツは父親で、そんな人間と平気な顔で殺りあえるなら、私は血縁者と戦っても何も感じない冷血漢なのかな……? 人としてどうなんだろう、そういうのって……?
……いやだな、そういうのって。そんなふうになったら人として終わっているような気がする。
それにしても、あの二人は何がしたいんだろう? 『悪逆非道な魔導術から人民を開放する』なんて御大層なお題目を唱えているのに、やっていることはかなりせこい嫌がらせに近い。しかも魔導術の排除を宣いながら盛大に魔導術を使ってくる。言っていることとやっていることが矛盾して支離滅裂。いったいどうしたいのか真の目的が皆目見当がつかない。
どう考えても、ヤツらの狙いが私には見当がつかなかった。
止めどもなく考えめぐらしながら窓の外を見ると、巨大な入道雲が鉛色に空を染め始めていた。耳を澄ませば稲妻が大気を切り裂く重低音が窓の遠くから聞こえた。