第36話 真夏の大乱 3
いよいよ迎える花火大会当日。
不安を抱えつつも、企画は順調に消化されていく。
と思ったその時。
ヤツらが!
「……ホントにやるの?」
「口頭だけど先方に直接受けるって言ったんだから、やるに決まっているでしょう」
あまりの高額に私は怖気づいて、まなみに依頼を断ろうと持ちかけるが、ニベもなくまなみに却下される。
「……どうしても?」
「当然」
まなみの答えを聞いて、どう足掻いてもまなみの意見を変えることは無理と思い、渋々同意するしかなかった。
確かに報酬は破格だけれど、それに比例するように怪しさ満載で、身に危険が及ぶリスクも桁違いに高そうな案件。それでも受けた以上やるしかないか……。それが『ぷろ』なのさ。
やると決めた以上、しっかりお仕事しようと思い直す。ただ、その前に……。
「ところでまなみ、警察が『国の中枢部』から圧力を受けているって件で何で反応したの? 正直なところ、一介の魔導術士には関わり合いのない話じゃない?」
私は担当さんとの話の中で引っかかっていたことをストレートにまなみに聞いてみた。細かい部分でもきちんとお話してわだかまりの無いようにしないとね。身近な人だから、コミュニケーションは大事。
「もしかして、何か心当たりがあるの? 『国の中枢部』ってのが何者か……」
まなみは私に目を合わせない。それでも、表情は変わらず……いやいや、まなみの表情は変わらないのではない。感情を押し殺し、凍てついた表情だ。
「……別に。ちょっと気になっただけよ。特に意味はないわ」
伏し目がちに答えるまなみは少しおかしい。私の目を見ず、あやふやに答える時は大抵何か隠し事をしている。
「……本当に、何もないの?」
「……何もないないわよ。ちょっと鬱陶しいところが絡んできたなって思っただけよ」
本当に鬱陶しそう。そんな邪険に答えなくても……。
……なんか可愛くないぁ。こっちは心配しているんだよ、何か危ないことに首を突っ込んでないかって。まなみって一人で何でもデキル分、何でもかんでも抱え込んじゃうところがあるし、妙にプライドが高いところがあるから、よっぽど切羽詰まらない限り、頼ってくれないんだもん。
「ホントに、ホントに、何もないのね?」
「……本当に何もないわよ、お願い分かって」
これだけ突っ込んでも、答えないか……仕方がない。
「……それじゃ、仕方がないね。でもね、何か思い出したり、気づいたことがあったらキチンと話してね。信じているから」
チョット嫌味だっかな……それでも……一緒に仕事をしていくにもわだかまりの無いようにしないといけないし……。
まなみは今までにないくらい複雑な表情で私を見て、顔を伏せる。
「とにかく、会場へ行こうよ。連中がどう仕掛けてくるか考えなきゃ」
何だか久しぶりに主導権を取ったような……。私って一体……事務所の代表なんだろうか?
そんなことはともかく、対策を練らなきゃ。まなみには悪いけどいつまでもこんなことで時間を取るわけに行かない。
多少まだギクシャクしているところあるけれど、私とまなみはテロ対策のため会場の下見をすることにした。
――――☆――――☆――――
会場に行くと、花火の発射台が台船に載せられ海の上に浮かんでおり、花火大会の準備が万端進められていることが分かる。海岸には仮設の観覧席が作られ、近くの防波堤の上には場所取りのブルーシートが何枚もあり、まるで工事中の防波堤に見える。
「特におかしな所はないみたい。奴らどんな手を使うんだろう?」
会場を見回し、全体を俯瞰しつつ考える。まなみも辺りを見回し、おかしなところがないか探す。疑いの目で見ればすべてが疑わしく、どこにどんな危険が隠れているのか判断がつかない。下手をすれば防波堤の上にある釣り竿でさえ、危険物に見えてくる。
「ダメだ……何でもかんでも危ないものに見える」
「魔導術を使うテロリストって厄介ね。爆発物とか持っていなくても破壊工作ができるから……」
二人して頭を抱える。つまり、表面上は一般人とテロリストを区別する方法がないってこと。
少ししてまなみが何かを決心したかのようにつぶやく。
「……かなりリスクはあるけれど、ぶっつけ本番でいくしかないわね」
「え………………?」
私は耳を疑った。リスキー過ぎる選択に言葉を失う。まなみはどちらかと言えば、リスキーな選択をする方だけど今回は人命にも関わるかもしれないケースなのに……。
「ぶっ……ぶっつけ本番って、危なすぎる! もう少し段階を踏んで……」
「もうそれどころじゃないわ。それに幸運にも奴らの狙いは私たち。なら、うまく行く可能性は高いわ」
何を根拠にしているのかわからないけど、まなみは妙に自信満々に断言する。
「でも、私たちを炙りだすために、他の人に手を出したら……」
「可能性は零じゃないけど、連中の手口を考えなおしてみると多分大丈夫」
訝しむ私にまなみは説明を始める。
「思い出してみて。奴ら、魔導術のテモンストレーションはしてたけど、不特定多数の一般人に対して破壊的な魔導術を使ってないわ。私たちに対してはお構いなしだったけどね」
そう言われれば……そんな感じもする。でもそれだけではなんとも言いがたいような……。
「ま、確かにほとんど賭けなんだけど、可能性が零じゃないってことはわかってもらえたかしら」
でもなあ、確実な情報がないからなんとも言えない。確証のない話に困惑していると、まなみが更に続ける。
「杏の心配はよく分かる。その時は腹をくくって私たちが盾になるしかないわ」
まなみの目には悲壮な決意の色が見える。
そこまで言われたら、私も腹をくくるしかないわね……まったく、まなみにここまで言わせるなんて代表失格ね。
「……わかった。やるしかないみたいね。やる以上はヤツらを徹底的にたたくよ、いい?」
まなみはまっすぐ私を見据え、頷く。
もう一度、会場を回って位置関係などを確認する。とにかく、当日までにできることはやっておかないと。
当日まであらゆる可能性を考え、準備することにして会場を後にした。
しかし、私は何かとてつもなく大きな不安を漠然と感じた。
もしかしたら私の運命を左右するような出来事が起きそうな……
――――☆――――☆――――
不安を抱えつつ、花火大会は始まる。大小様々な花火が打ち上がり、海面や周辺の島を極彩色に染め上げている。大会はつつがなく進行し、大きな問題は起きない。
「……ガセだったのかな? 何にも起きないよ」
「まさか……まだ花火大会は終わってない。気を抜いちゃダメよ」
あまりに順調に企画が消化されていくので、私は拍子抜けした。しかし、そこはまなみさん、まったく気を抜かない。
「んでも、こう何も起きないと……」
そう言いかけて、まなみの顔を見ると極彩色の光が彼女の顔を彩る。それと同時に通常の打ち上げではありえないような爆発音が連発する。
「何が起きたの?」
極彩色の光の元を探ると海上の船台だった。船台から次から次と花火が打ち上げられ、四方八方に火花が飛び散っている。
最初、観客はその光景に歓声を上げたが、次第に悲鳴に変わっていく。
「花火の暴発……? こんな時に!」
状況をいち早く理解したまなみが走り出す。
え? まなみ? 何が起きているの?
今一つ事態を飲み込めないまま、まなみを追う。
「杏! 暴発している花火を消して! 観客は私がなんとかするわ!」
まなみはそう言うと観客席を魔導障壁で覆い始める。暴発した花火の火の粉が観客席に降りかかり、観客はパニックを起こす。まなみの魔導障壁で火の粉は防げているが、パニックに陥った観客を落ち着かせるには至らない。人の奔流が止まらない。
何なの……何が起きているの……? 私は観客の阿鼻叫喚を前に立ち尽くしていた。
「杏! 何しているのっ! 早く花火を消して!」
まなみの叫びに茫然自失としていた私は正気を取り戻す。
早く、花火を……花火を……花火を消さなきゃ!
私は最大出力で魔導術を発動する。WADに装着されている魔導石に妖しい赤い光が灯る。
早く消さなきゃ! いくよ、最大出力の猛吹雪!
左の手が光に包まれ、蒼白い光の球になる。その光は目の前の花火に勝るとも劣らない強い光を放つ。光の球の周りには白い粉が高速で回りはじめ、加速度的に増えていく。そして光の球は『光る吹雪の球』になる。
私は徐に左手をまっすぐ天を貫いてしまうほど伸ばす。
「いっっっけぇぇぇぇーー!」
振りかぶって左手を振り下ろし、光の球を暴発する花火の中心へ投げつける!
『光の球』は蒼白い光跡を残し、一直線に暴発花火の中心へ突っ込む。
よし! ストライク!
光の球は爆砕し、球を取り囲む雪が花火をとりかこんだ!
……ように見えた。しかし、花火の前に見えない壁――魔導障壁のようなものが邪魔をした。
「え……? 何で……」
目の前で起きたことが理解できなかった。目の前の邪魔するモノが魔導障壁ならこの場にもう一人魔導術士がいることになる。しかも最大出力の術を防ぐなんて相当ハイレベルの術士が邪魔をしたことになる。
何で……魔導術士が……?
「ふふふふふ…………………」
「誰!?」
不意に聞こえる笑い声に、反射的にその主を探す。
「はっはっはっはっはっ…………………」
その笑い声の主はいた。暴発する花火を背に海面上数メートルのところに立っていた。極彩色の光を背景に浮かぶ影二つ。
「なんとも無粋。この盛大な祭りを妨げるとは。せっかく我が術によって格段に盛り上がったところに水を指すなど言語道断! やはり無粋な魔導術士には理解は無理か」
傲慢な物言いと尊大な態度。そして、聞き覚えのあるバリトンボイス。その上、あの姿は……怪しいマントを纏った姿は……ヤツら?
「貴方は! あの時の……」
テロリストの首魁たちが再び私たちの前に立ちふさがる。
「……貴女たち、まだ私たちの邪魔をするのですか? 戦う大義のない貴女たちなど物の数でありません。怪我をする前に早々にこの場から立ち去るのがいいでしょう、お嬢ちゃん。ふふふ……」
聞き覚えのあるアルトボイス。どこか懐かしく、そして……冷たい。
「できるわけないじゃない! 私はこの街をまもる!」
私は声を荒げ、反論する。そうしないと、あの『声』に従ってしまいそうで……。
ヤツらの声はなぜかしら耳に心地よく、気を抜くとスゥーと引き込まれ、言いなりになってしまいそう。
「ほう……『魔女』や『魔法使い』と蔑まれ、疎まれてもなお、この街を守ると言うか? お前たちをさげすみ、排斥するこの街を。なんとも……愚かな」
バリトンボイスから失望のため息が漏れる。失望だけでなく、そこはかとなく侮蔑の感情も感じられた。
大きなお世話よ!
私は怒りを感じた。私のやっていること、考えていること……言ってみれば私の全存在を否定されているような気がしたから。
「守る! それが私の……私の……魔導術士の役目だから!」
なんと言われようとかまわない! 私は私の役割を果たすんだ!
WADをフル回転させ、戦闘態勢をとった!
まだまだ続きます。
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