第32話 魔導術は大道芸じゃないわよっ!
新巻さんが残した謎の言葉に悩まされつつ事務所へ帰った杏。事務所にはまなみ(鬼)がいた。まなみの説教中に警察から出動要請が。その要請に従い、街へ繰り出すと不審な「魔導術士」が術を見世物にしていた! そのとき杏は……。
結局、新巻さんは何を言いたかったのだろう……?
あまりに含みのある言葉なので頭をひねるしかなかった。あの人もしかして、思わせぶりな言葉を残して人を悩ませるのが趣味とか……。
謎の言葉を残して去った新巻さん。
……困った人だな。
あまり当てにはならないけど、住職に聞いてみるか。ヒントぐらいはもらえるかも。
「新巻さん、最後に何を言いたかったのだろう? 住職、何か聞いてる?」
「さぁの。わしが公安のエライさんの情報を持っているわけなかろうが。奴と組んだのはえらい前の話じゃし、今じゃ単なる茶のみ友達の一人にすぎん。それに考えてもみぃ、あいつがうかつに部外者へ情報を漏らすような奴じゃと思うか? そのぐらい想像つくじゃろうが」
……ですよネェ。昼行燈和尚に期待した私がばかでした。
「……ま、おいおいあの言葉の意味もわかるじゃろうて。今、そんなに普段使わん頭を使っても、たいしていい考えなぞ浮かびゃぁせんじゃろうが。あせるな、あせるな。のう?」
そう言うと住職は微妙に卑下た笑みを浮かべ杏を見る。
何だろうか、このとても嫌味な雰囲気は。もしかして、非常に失礼なことを言われたのでは……このじじぃは全く……。
「……冗談はさておき、これからもヤツらを追うのか?」
何唐突に言い出すんだろうか……当然じゃん! それがわたしのO・SHI・GO・TOよ!
「……そうか、それじゃこれから何が起こっても目を反らすなよ。最後まであきらめるな。ええな? あとは何があってもまなみちゃんを信じてやれよ。何があっても、な……」
え? 住職どういうことしょう? 何を言っているの? 新巻さんと同じようなことを……。
まなみは当然信じているわよ。何を言っているだろう?
「ほれほれ、こんなところでさぼっとってええんかい? はよ帰らんと、まなみちゃんにしぼられるぞ」
住職は好々爺然とした笑みでとても重大な事実を宣告する。
をっと、忘れておった。ケーサツの帰りだった。とっとと帰らねば。
私は住職との挨拶もそこそこに踵を返し、事務所へ向かう。
早く帰らねば……。
まなみが……。
――――☆――――☆――――
事務所についた私は何事もなかったように中へ入る。中ではまなみと最上くんがいつものごとく、事務作業に勤しんでいる。
このまま、何事もなく……。
まなみと目があった! まなみは微笑んでいる様な表情を見せた。
「……いったいどこのケーサツへ行ってきたの? 別に他県のケーサツにお使い頼んだわけじゃなかったよね?」
Y……Yes, ma’ am! ま、まなみさんスイマセン口角を上げて微笑んでいる様な表情ですけど、目が座ってます……。
コワヒ……。
案の定、まなみは怒り心頭に発する状態だった。まなみの声が事務所内に低く、しかしはっきりと響く。当然、私のガラスの様なデリケートなハートを粉々に打ち砕くかのようにまなみの言葉の一つ一つがつき刺さる。
す……すみませぬ、ちょっとバス乗り過ごして、仁王寺によったら、新巻さんがいて、住職とお茶飲んでいるし、何となく話し込んで……。
「で? 今に至る……と?」
まなみはすっかり呆れ顔で私を見る。どうやら怒りを通り越して、失望に至ったらしい。ついに口角まで下がりました。
「新巻さんと住職とどんな楽しい茶飲み話をしたのかしら? 相当楽しかったんでしょうね。こんなに帰りが遅くなるぐらい」
ううう……。まなみの言葉の一つ一つにトゲがあってチクチク痛いです。
「どんなお話だったのかなぁ、杏サン。ワタクシめにもお教え頂けると“非常に”嬉しいのですが」
スミマセン、私が悪うございました。お願いだから、『非常に』というところだけ、強調しないで……。しかも口角は若干上がっているけど、目が座った凍てついた笑みでこちらを見ないでください。本当に怖いです。
仕方ないので、仁王寺での話をまなみにする。当然、新巻さんの捨て台詞もまなみに話す。すると彼女の顔色が急変する。それまで適当に聞き流していた彼女の態度も急変する。
「新巻さんが……? 本当なのその話」
あれ? 何でそんなところに食い付いたの? 住職も似たような話をして肝心なところははぐらかされたみたいですが。
「住職も……」
まなみは腕を組み何かを考えている。その表情は深刻である。ひとしきり考えた後で彼女は宣う。
「……取り敢えず、新巻さんたちの話は気にしなくていい、ううん、貴女は気にしなくていいわ」
えーと……どういうことでせうか?
なんだか除け者にされた気がして気分悪いんですけど。
「大丈夫、貴女を除け者にするつもりはないから心配しなくていいわ。……私が、私がなんとかするから。ううん、私が何とかしないといけないから。貴女に迷惑をかけることはないわ」
彼女は思うところがあるのか、そう言うと俯き黙りこむ。しばらく彼女は私を直視しようとしなかった。
……まなみ、何か後ろめたいことがあるの? ヤダなこの感じ。何か私に隠しているみたい。いや、たぶん……。
何か隠している。
『まなみは私に何か隠している』――その事実は私の心の奥底に仄暗い疑念の闇を植え付けるには十分だった。
そんなところに電話が鳴る。
まなみが慌てて、電話を取る。まなみにとっては天の助けとも言うべきものになったらしい。
「……はい、はい。あーはい、わかりました。正体不明の魔導術士が街で術を行使していると? わかりました、直ちに向かいます」
まなみは電話を切るなり大きなタメ息をつく。
「……全く、バカはどこにでも湧いてくるわね」
まなみの話しによると依頼内容は未登録の魔導術士複数名が街で魔導術を不法行使しているらしいので確認し、確認次第対処せよとのこと。要するにテメーらのナカマの不始末はテメーらで処理しろということらしい。ナカマかどうかわからないのに。
とは言え、ただでさえ誤解されるとこの多いこの職業、見ず知らずのおバカの行為がこっちの信用を傷つけることをわからない私ではない。結局、受けないという選択肢は元からないのね……。
「杏、行くわよ。早いことろ、バカを処理しないとこっちがとばっちりを受けるわ」
全くもって、まなみの言うことは正論である。とにかく、今は目の前の事件に集中しよう。
いつかきっとキチンと全て話してくれるよね? まなみ。
胸の奥のモヤモヤは取り敢えず目先の事件に集中することで忘れることにした。
私たちは取るものもとりあえず、勢い良く事務所をとびだした。
――――☆――――☆――――
どこにいるのだろう? ケーサツはこの件に関与する気が全くなく、私らで探せとのこと。街を彷徨うしかない。
「……ワンパターンだわ。 このシチュエーション……」
まなみさん、その通りなんですが口に出して言わないように。言ったところで何か変わるわけで無し、慰めにもなりません。
まなみの冷徹なツッコミを背中に私は街を探索して回る。
しばらく街をさまようと人だかりが見える。見ると大道芸人か何かが大道芸を見せているようにも見える。
何でこんなことろで、大道芸を……?
まなみと遠巻きに様子を見る。盛大に炎が上がったり、いきなり竜巻が現れたかと思うとすぐ消えたり、少なくとも通常でないことはすぐにわかった。
もしかして術を大道芸代わりに見せているとか……?
よく見ると、確かに魔導術を見世物にして何か人寄せをしているようだった。
私たちは遠巻きに様子を見続ける。私たちが見ているのを知ってか知らずか、派手に魔導術のデモンストレーションを行う。
魔導術の不法行使の可能性大だな、これは。
法律の第一条には『魔導術士は、魔導術及び魔導術使用を掌ることによつて治安の維持及び国民の生活向上に寄与し、もつて国民の安全で豊かな生活を確保するものとする』とあり、魔導術の行使は見世物にするためではない。さらに法の第17条には『魔導術士でない者が魔導術を行使してはならない』とされていて、正規の資格を持っていない者の魔導術の行使が禁止されている。なので“魔導術”を大道芸として披露しているなら、間違いなくアウト。
不逞“魔導術士”は二人いる。その中の一人が、群衆の前に出て、口上を述べ始める。
「とざいとーざい! よってらっしゃい見てらっしゃい……」
古風だがやたら威勢のいい口上だった。その口上に煽られたのか、群衆がどよめく。
口上に合わせ、もう一人が次々と術を披露する。ただ単に術を披露するだけならマシだったんだけど、私にとって耐え難い演出だった。
「さあさあ、こちらの術士が披露いたします魔導術、普段は物を壊し、人々を震え上がらせるだけの代物です。ただいま皆様の目の前で実演させて頂いております。大して世のため人のためにならない魔導術、こうして披露すれば、皆様のお目汚し、暇つぶしぐらいはできようというもの……」
片方の語りに合わせ術を披露するのはまだいい。耐え難いのは、魔導術士をまるで猿回しの猿のように扱っていたこと。それに合わせて語られるセリフの魔導術士を揶揄する内容だった。
あっけにとられる私たち。
「……普段、魔導術に悩まされる皆様がたに少しばかりの謝罪を込めて、今ひと時の見世物にございます。このひと時は皆様の生活を脅かす魔導術士が下僕です。普段の鬱憤をこの際はらしていってください」
その一言に群衆が反応し、口々に術士を罵り始める。その罵声に術士は反応し、おどけながら土下座まで披露した。術士の卑屈な行動に取り巻く群衆のボルテージは更に上がっていく。
群衆から口々に魔導術士に対する罵りの言葉が次々と吐き出される。普段耳にすることのないひどい言葉が飛び交う。それに合わせて、術者は猿回しの猿のように群衆に媚びを売り、群衆はその姿を嗤い飛ばす。どうみても魔導術士を貶め、見世物として嗤い飛ばすだけのものでしかない。
ちょっと洒落にならない……私たち魔導術士は猿回しの猿じゃない! それに魔導術士は人々が知らないところで世のため人のために役に立っているんだ! 沸々と私の心の奥底から怒りがこみ上げる。
私は我慢しきれず、気づいたらヤツらの前に飛び出していた。まなみも慌てて、ついてくる。
群衆とそのエセ魔導術士たちの間に仁王立ちして、大声で叫んでやった。
「…………魔導術は大道芸じゃないわよっ!」
さてさて、怒りの爆発した杏、どうなりますことやら。しかし、まなみさんの追及は恐ろしいですねぇ……。実際にあんなことされた三日と持たない気がしますが。
それはさておき、次話お楽しみに。