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第31話 杏の憂鬱

 テロ組織の首魁と邂逅を経験した杏は憂鬱だった。

 あまりにそんな雰囲気を醸し出すため、まなみに警察へ書類提出という名目で事務所を追い出される。警察で用事を済ませると街をさまよい仁王寺に足を向けた。そこで公安の新巻に出会う。


 お読みください。

「うーん……はぁ……」


 何かスッキリしないなぁ……。


 テロ組織の首魁と直接対峙したのに何もできなかった。それに加えて、あの声、あの立ち振舞に感じた感覚。

 テロリストの親玉に知り合いなんているはずないのに、どうして?


 私は事務所の椅子に座り、ぼんやりと外を眺めながらとりとめのない考えに耽ける。


 おかしいなぁ……会ったことなんてあるはずないのに、何でふっと懐かしさ感じたんだろう?

 しかも相手はテロリストの親玉。不倶戴天の敵が身内なわけ無い。



 はぁ……



「何してんの? ボーっとして。そんな暇があるなら仕事、仕事!」


 まなみは相変わらず平常運転。彼女の強さをそんけーするわ。

 そうだ、彼女に相談してみよう。


「……何言ってんのよ。つまんない事考えていないで働け働け!」


 ですよねー。相談する相手を間違えた。


「ボーっとしている暇があるなら、外回りでもしたら? 少なくとも、事務所の中でため息ついているより生産的よ」


 そとまわりー? あてもなくブラブラ……?


「やることやんなさい! ほらっ、この書類をケーサツに持って行って」


 今時、紙の書類を持っていくのぉ? ちゃちゃっとメールで送ってしまえばいいじゃない。そのほうが楽ちんなのに……。


「何バカ言ってるの! それはテロ関係の書類よ。この前あそこで集めた資料なの。そんなものをネットを通じて流せるわけないじゃない。あのテロ組織、おそらくウチのメールのやり取りなんかを監視しているわ。正直今の状態で、ネットにいろいろ流すのは自殺行為と思って。それじゃお願いね」


 まなみにそう言われ、事務所を追い出された。

 なんとなくいいように言いくるめられた気がして、スッキリしなかったがまなみの言うとおり、事務所の中にこもっているよりかは何か解決しそうな気がした。


 私は土手の道をゴトゴト走るクラッシックなボンネットバスに乗ってケーサツに向かった。

 車窓から見える川面の煌めきがバスの天井に光の波模様を描く。

 ボーっとしながら、なんとなくその光景を見つめ続ける私。


 ……これからどうなるんだろう? 割りきって、テロ組織と戦っていけるのだろうか? というか、しないといけないんだろうな……それが国家魔導術士としての私の役割、私の存在意義。


 バスはいくつか細い橋を通過して、街の中心部へ向かう大きな橋を渡る。川面は相変わらず、日の光を反射している。その煌めきの中、バスは対岸へと渡る。


 答えはでない。ただ、答えは出なくてもやることは明確だった。


『私は国家魔導術士。為すべきは、テロ組織を壊滅し、この国に、この街に平穏を取り戻すこと。私の魔導術は、そしてイタコの力はそのためにある』


 これ以上ないぐらいにはっきりしているのに悩むことなんてあるのかな? 


 そうだ、それだけなんだ。


 私が私にそう言い聞かせると、それを待っていたかのようなタイミングで「次は警察署前、警察署前。お降りの方はボタンを押してお知らせください」とアナウンスが流れる。


 私は躊躇無く降車ボタンを押す。

 バスは停車し、降車ドアが開く。

 光あふれる外へ私は胸を張って出て行く。


――――☆――――☆――――


 ケーサツでアレコレ言われたが、私は全て聞き流した。どーせ大したことは言ってない。


 態々手柄をあげたんだからツベコベ言うなっちゅーの。全く面倒くさい。


 取り敢えず、渡すものを渡してケーサツを後にした。色々書類を渡されはんこ押したり、サインしたりさせられたがとっとと開放されたかったので適当にやっておいた。


 警察での用事を済ませた私はボーっとしてしまった。特に予定も決めていなかったし、帰ってもバリバリ仕事をする気にもなれなかったので街を彷徨う。街には多くの人が行き交っている。人の流れに乗り流されるまま、あてもなくふらふらと流されていく。


 普段、気にもしなかった人々の顔がこのときはなぜだか印象的だった。

 完全に二人の世界を作り、時折お互いに見つめあいながら歩く恋人たち。

 激論を交わしながら、器用に行き交う人を交わすビジネスマンたち。

 両親の腕をとり、オランウータンのようにぶら下がる子供もいた。 


 どの顔も、水面下でうごめくテロの脅威などつゆほども知らず、今を生きているように見えた。

 人知れず、テロと戦う私の存在を行き交う人たちは知らない。


 私はそこにはいない。私の居場所はそこにはない。


 ……なんだか感傷的になっているな。やっぱり、テロ首魁に意味不明の懐かしさを感じたせいだろうか?


 私は人ごみに流されるのやめ、一人バスに乗る。

 バスは行きと同じように川面の煌きの中ゴトゴト走る。

 その煌きの中に私の意識は吸い込まれる。その心地よさに意識を手放した。


………………


…………


……



「港前、港前。次は港前。終点でございます。どちら様もお忘れ物のないようお降りください」


 え……? 乗り越しちゃった。終点まで来ちゃったよ。

 降りるバス停はもうちょっと手前だったんだけどなぁ……。 まぁ、いっか。歩いて帰れなくはないし。


 最近あまり休んでないから、疲れが出たのかななどと思いながら、バス停から歩き始める。バス停からは古いひなびた港の風景が見える。少し歩けば大昔の灯台、『常夜灯』と呼ばれている大きな石の灯篭がある。

 この港は昔潮待ちの港として栄えたらしい。港にある常夜灯は行き交う潮待ちの船の安全を守る、文字通り一条の光として人々に親しまれたという。


 暗闇に浮かぶ常夜灯。


 昔の人にとって、どれだけ励みになっただろう。私にも、先を指し示す『常夜灯』は無いものかとふと思う。私の前にははっきりとした道はなく、ただ暗がりが延々と続く行く先にそんな灯があれば……。

 無い物ねだりと思いつつも、願わずにはいられなかった。


 その常夜灯の前を通って山に向かえば、仁王寺。私が学生の時に居候していた寺がある。大昔の港町の風情が残る街並みを通り、なんとなく足は寺へ向かった。石畳の通路を抜け、細い路地をいくつか通り過ぎると山へ向かう石階段が現れる。


 昔は雨の日はここを歩いて学校へ行ったっけなぁ。

 階段の石が濡れるとよく滑るのよねぇ。

 階段横の狛犬にいたずらして、よく住職にゲンコツもらったなぁ。

 住職ってば妥協なくゲンコツくれるんだもん、たんこぶできることがしょっちゅう。


 などと、昔を思い出しながら、階段を一段一段登っていく。


 意識していたわけではなかったが気づいたら、寺の山門の前まで来ていた。


 なんとなく階段を登ったら、ついてしまった。来るつもりなんてなかったんだけどなぁ……。

 ま、来てしまったものは仕方がない。ついでなので住職の顔ぐらい拝んでいくか。


「住職、住職。杏が戻りましたよ」


 少し待ったが、反応はない。


 ……返事がない。人にひと声かけろという割には自分は声をかけられても無視するんかい。


 全く……。


 多少憮然としながら、僧房の縁側へ向かう。


 どーせ、日向ぼっこしながら茶でも飲んでいるんだろう。


 あ、やっぱりいた。


 住職は私の予想通り、縁側で茶を飲んでいた。しかし、予想外のこともあった。


 あれ、お客さん?


 住職は縁側に座り、誰かと談笑しているようだった。


「何じゃ、杏? 前々から、来るときは前もって連絡しろと言っているだろう。今日は何用だ?」

「特に用事があるわけじゃないけど。たまたま、近くを通ったから顔を見に来ただけよ。お客さん?」


 このまま会話を続けたら、喧嘩になりそうだったので強引に話題を変える。


「……おう、魔導術士の嬢ちゃんじゃないか。このあいだはご活躍だったみたいだな」


 あらまあ、公安の新巻さんじゃない。いつからウチの住職の茶のみ友達に? まさか、例の件で探りを入れるつもりで来たんじゃ……。


 すると私の表情から頭をよぎった疑問を読んだのか、大して何も聞いていないのに、新巻さんは答える。


「嬢ちゃんといっしょ、『たまたま近くを通ったから』よってみただけじゃよ。大した用事はない」


 ですよねー。公安の人がそうそう簡単に手の内を明かすわけないもんね。

 しかし、我が国の公安はよほど優秀なんだな。もうあの件を把握しているなんて。


「しかし、嬢ちゃん気をつけなよ。あまり派手に動きまわっていると、どこからちょっかい出されるかわからんぞ。下手すりゃ向こうの親玉が出てきたり……なんてことにもなりかねんからな」


 そう言うと、新巻さんは老獪な笑みを浮かべる。


 ……ほんと喰えないタヌキ親父だな。こっちの動きは全てお見通しかい。公安相手にウソはつけないってことね。よっくわっかりました!


 ん? まてよ。

 ケーサツに書類を出したばかりなのになんで……?


 私が首を傾げ、アレコレ考えていると住職が声をかける。


「何を訝しい顔をしとるか。そんなところにつったっておらんと、こっちへこい。ま、茶でも飲め」


 そう言われて断る理由もないので、私も縁側に座り、お茶を飲むことにする。


「それにしても公安の情報収集力はすごいですね。警察に報告したばかりの内容を知っているなんて」


 私がそう言うと、新巻さんはなぜか微妙な笑みを浮かべ、自分の後頭部を軽く叩く。


「なんだ適当にカマかけたのに図星だったのか。なんでも言ってみるもんだな」


 なーにー! 私、カマかけられたの? 見事に引っかったてワケ……?


 私がふてくされていると、新巻さんは実に愉快そうに笑う。


「まあまあ、そうふてくされるな。こっちはこれが本業でな。それに全く何も知らなかったわけでもない」


 どういうことですか? 


 私が眉間にシワを寄せ、さらに訝しい顔をしていたら、新巻さんは言葉を続ける。


「まあまあ、そんなに警戒することはない。ヤツらと戦っている限り、公安は嬢ちゃんたちの味方だ。ただ立場上その関係の情報は合法、非合法関わらず収集するのが仕事の一部なんで、そこは大目に見てもらいたい。ついでに言えば、嬢ちゃんたちを陰日向に監視させていただく。こういう言い方は気分を悪くするだろうが嬢ちゃんたちはヤツらをあぶり出すいいエサになるんでな」


 大目に見ろと言われても……。


 大目に見るにしても見ないにしても、知らない内に情報を収集されることはあまり気分の良い話じゃない。しかも陰日向に監視つき、それもヤツらをおびき出す『エサ』と言われて気分がいいはずがない。とは言え、現状では否とは言えない。神出鬼没のヤツらを確実に仕留めるためにはどうしても私たちだけの力では……。


「ま、悪いようにはせんし、情報は表に出すことはにない。私生活まで干渉はしない。あくまでヤツらの殲滅までだ。サッサと掃除すれば、それだけ早く開放してやる。そういうことで納得してくれ」


 新巻さんの一方的な言い分に若干憤慨したところに住職が言葉を重ねる。


「そういうことじゃ。杏、悪いが新巻に協力してやってくれんか? 当面、不自由じゃろうが我慢してくれ」


 完全に住職を抱き込んでいたのね……新巻さん。恐るべし。完全に外堀を埋めて、内堀まで埋めようかという段階でどうして拒否ができるんだろう?


「……こんな状況で拒否できるわけないし。新巻さん、もう完全に外堀を埋めたんでしょう?」

「いや、内堀も埋めたつもりだが?」


 新巻さんはアッサリ言う。ダメだ、完全に新巻さんにしてやられた。もうどうしょうもない。


 力なく肩を落とす私を新巻さんは取ってつけたように慰める。しかしその顔はどう見てもどや顔だった。


「多少メンドウをかけるが、今すぐとは言わん、ただできるだけ早く公安を信じろ。心配はいらんよ」


 ……どや顔で言うセリフじゃないと思うけど。


 うら若き乙女に対してどや顔をさらす新巻さんだったが急に真顔になる。

 

「……ただ気を付けろ。お前さんの身近な人間の関係者には注意しておけよ。後ろから刺されないように常に注意を払っておけ」


 え? どういうことでしょうか……? 意味が分かりません。


 おそらく、私の頭の上には疑問符が大量に飛び交っていたと思う。


「ま、おいおい言葉の意味は分かるさ。それで、まだあの連中を追うのか?」


 私の疑問には答えず、さらに質問する新巻さん。


「……もちろん。魔導術士として、人としてヤツらの所業は看過できません」


 シリアスに答えてみた。すると、新巻さんはフッと妙に憂いのある笑みを浮かべる。


「そうか……何があってもくじけるなよ。それじゃ、住職じゃましたな」


 そう言って、新巻さんはこの場を去った。


 おーい! 謎を残したままどこかへ行くんじゃないよぉー! 


 去り際の新巻さんの言葉にただ、ただ混乱するだけだった。

 杏は憂鬱の塊になっていましたが大丈夫でしょうか。

 そして、新巻の去り際の言葉。謎が謎を呼び、杏を混乱させます。

 さて、どうなりますことやら。

 次話をお楽しみに。

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