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第28話 杏の戸惑いは……

 仮想空間内での戦闘を終え、『敵』の情報を得たまなみと最上。その情報をもとに直接乗り込もうとするが……。

 杏の気持ちが揺れ動く。

 最上くんバックアップの下、まなみのアバター『真紅女帝スカーレット・エンプレス』は巨大な黒雲を通り越し、闇の塊というべきものと対峙している。その姿は世界中の悪意という悪意を抽出して固めたような漆黒の物体だった。


「思ったより早く、大物が釣れたわね。“正義の味方”に倒されるだけの悪役としては十分ね」


 そういうとまなみは口元を緩ませ舌なめずりをする。その姿は正義の味方というよりは、犯罪行為に酔いしれ、狂った陶酔感に浸る悪の女大幹部といった雰囲気を醸し出している。


 “正義の味方”ねぇ……どこの世界に『どんな悪行もばれなきゃ犯罪じゃない』とか宣ったり、法律すれすれの行為の後始末を『法律顧問(火消し役)』に頼む“正義の味方”がいるんだろう? 


 私の疑問に答える人間はこの場にはいなかった。最上くんは相変わらず、まなみを煽るのにご執心で……。


「姐さん、派手に行きましょう! こっちは準備OKですよ」


 最上くんはまなみを煽るばかりで自重させようとしない。


 あんた、そんなに煽ってどうするの! まなみの異常(犯罪的)行動に拍車がかかってるじゃないの! ちゃんと責任取りなさいよ……。


 私の思いをまるで気にしないバカップルは仮想空間でさらに自重しなくなっている。モニターに映し出される戦闘シーンは一昔前のアニメのよう。派手な特殊効果がちりばめられ、見ているこっちの目がくらむ。


 光をまったく反射しない漆黒の闇の塊へ真紅の閃光が走る。紅い航跡を闇の塊に絡めるように残し、随所に閃光が走る。その姿は花から花へ飛び交う紅のハチのようにも見える。


「……さて、状況はどう? そろそろ、居場所が突き止められたかしら?」

「姐さんばっちりです。そろそろ切り上げてもいいころあいですよ」

「そう。それなら切り上げましょう」


 まなみのその声同時にアバターの動きが止まる。胸を張り、腕を組むその姿は、眼前の悪意の塊のような黒雲に対する無言の勝利宣言であった。


「……風が呼ぶ! 光が呼ぶ! 天が呼ぶ! 我が名は『真紅女帝スカーレット・エンプレス』! この名、覚えておくがいい!」


真紅超絶電嵐スカーレット・ギガ・サンダーストーム!」


 何故かノリノリの最上くんと声を合わせ、叫ぶまなみ。


 ……まなみさん、妙な世界の住民にだんだんなってませんか? 最上くんも妙な世界に引きこまないで! まなみは真っ当な世界で、お天道さまの下を堂々歩く人生を歩んでほしいのっ……!


 どうも私の願いはそこら辺へ捨て置かれるらしい。バカップルは暴走し、二人して怪しい世界へ旅立っていく。


 どこかシラケた気分になりながら、モニターを眺めていた。モニターの中では、アバターの猛攻に暗闇の雲が削られ、抵抗しつつも小さくなっていく様子が映されている。


「姐さん、終了といきましょう!」

「OK! バッチリ決めるわ!」


 そういうとまなみは昔の魔女っ子ものとか特撮ヒーローと見まがうばかりの決めポーズを、恥ずかしげもなくモニターの中で決める。ふと見ると、現実世界の彼女も全く同じポーズをとっていた。


 ……ちょっとめまいが。


 すっかり怪しい世界に毒されたまなみは暗闇の雲にとどめを刺す。


「とぉぉりゃぁぁぁぁぁぁぁー!」


 まなみの叫び声とともにモニターが極彩色の光で爆発した。おもわず、両手で光を遮る。


 光の奔流が治まったモニターには、虚空にたたずむ真紅のアバターしか映されていなかった。


「……任務完了ってところね。ログアウトするわ」

「お疲れっす、姐さん。後はこっちでアクセスログを解析するだけ……っと」


 まなみがログアウトすると同時にモニターの電源が落ち、画面は真っ黒になった。彼女はゴーグル状のVRモニターを上げ、大仕事を成し終えたかのように、ドヤ顔をする。その傍らで最上くんがパソコンをイジって作業している。


「……終わったの?」


 今一つ状況を呑み込めていない私は二人に尋ねる。


「ま、終わったといえば終わったかな……」

「そうそう。こんなに簡単に釣れるとは思いませんでしたけどね」


 また二人の世界を作って、その中で会話してからに……もう! 


「どうなってるのっ! ちゃんとわかるように説明してよ!」

「……なに、いら立っているのよ? これから説明するわよ」


 やだ……ついつい感情が表に出てしまふ……。これじゃ私のほうが自重しないといけないじゃないの。

 まなみは私の気持ちを知ってか知らずか、説明を始める。


「まぁいいわ。とにかく、終わったっていうのは『仕掛け』が終わったってこと。こっちがびっくりするぐらいあっさり引っかかったけどね」


 『仕掛け』は終わった……んだ。それじゃぁ……。


「これからが本番ですよ。チョッカイ出してきたおバカさんをとっちめに行かないとね」


 まなみと同様に意味不明なワクワク感を周囲に放出しながら最上くんが答える。


「それで、その解析……? は終わったの?」

「もうすぐ結果出ますよ。お、出た出た。座標は……」


 最上くんは解析結果をスマホの地図に入力している。まなみも興味津々でその作業をのぞいている。


「……ほほう。これは……」

「どうなったのよ! 早く教えてよ、もう!」


 最上くんがもったいぶってなかなか具体的な結果を言い出さない。私は焦れて彼をせかす。


「この座標に示されたところは非常に面白いですよ。姐さん知ってます、ここ?」

「どれどれ……」


 最上くんはまなみにスマホの画面を見せる。まなみはしたり顔で画面の地図を見つめる。


 私にも見せてよ……スネるぞ。


 スネていると、最上くんが地図を見せてくれる。地図に示された場所は出版社のようだった。


「この出版社がどうかしたの? こんな無名の出版社がなんで……?」

「杏の疑問も最もね。テロリストの片棒を担ぐなんて、どっかの過激派が作ったアングラ雑誌の出版社と何らかわならないものね」


 地図に示されていたのは聞いたこともない出版社。特に過激派との関係を取りざたされたこともない小さい出版社だった。

 過激な思想を掲げ、エキセントリックな主張を散りばめた、ほとんど同人誌と変わらない出版物を発行している出版社は右翼、左翼

に限らず数ある。しかし、網にかかった会社は今までそのようなことには関わっていない――と、最上くんのネット調査結果。

 そんなことまで、瞬時に分かるんだ。インターネット万歳……。


「ま、何にせよヤツらの尻尾を掴めたんだから、後は連中を追い詰めるだけね」


 自信満々のまなみに対し、私はある疑問が浮ぶ。


「でも、ちょっと待って。今まで、大して過激な思想を広めたりしていない会社がなんで急に連中と関係を持ったの? 何かきっかけがないとそんなことはしないんじゃない? 連中と関係することでその会社にどんなメリットがあるのかな……?」


 私の言葉にまなみも最上くんも考える目になる。


「確かに一理あるわね。ちょっと調べる価値はありそう。そんなものもひっくるめて、直接探って見ましょうか?」

「直接……って、何の証拠もなく行っても、しらばっくれるだけじゃないの? もう少し証拠集めをしたほうが……」


 常識的な対応を勧めて、とりあえずまなみだけでも真っ当な世界に戻さなきゃ。今のままだと、目的のために犯罪行為上等で何をやらかすか分からない。


「それもそうね。敵は当面逃げそうにないし……」


 まなみは私の話に同意する。これで、これ以上の異常行為(犯罪的行為)に歯止めが……。


「たぶん、直接探りを入れても、何がしかの反応はあると思いますよ。少なくとも全くの無関係ってことは言えませんから」


 最上くんが横から口を挟む。まなみはその言葉に興味を惹かれている。せっかく穏当な方法にまなみを誘導したというのに、混ぜっ返すのですか、おまいさん《最上くん》……。


「それは何か物的証拠でも? それがないなら、しばらく張り付いて証拠固めをしないと」


「杏さんの言うことは尤もです。しかしこれを見せて、何の反応もないとは思えないのですが」


 そう言うと最上くんは何かのチラシのような紙を取り出す。それはあのデモ隊がばら撒いていた紙だった。


「……それがどうしたの?」


 今一つ最上くんの言わんとすることが飲み込めなかった私は彼に聞き返す。


「ここを見てください。その会社の名前が載ってますよ。ここに名前がある以上、全くの無関係なんて言わせませんよ」

「それで……?」


 あまりにドヤ顔で最上くんが話すので、もっと強力な物的証拠を見つけたのかななどと思い、更に聞いてみた。


「『それで……?』とは? どういうことでしょう?」

「そのチラシ以外にあの連中とのつながりを示す証拠はあるの?」

「今のところ、これだけです」


 えー! それだけ? それだけで追求するのはかなり無理があるでしょう……。

 相手はテロ組織なんだよ! そんなにあっさりボロを出すとは思えないんだけど。


「細かいところはとにかく、揺さぶりとしては良い材料ネタになるとは思いませんか? どれだけしらばっくれても、デモ隊とテロ組織のつながりがはっきりすれば、道義的な責任を免れることはできません。そこから崩せるはずです」


 うーん……考えてはいるみたいだけど、どうも強引さが鼻につくなぁ……。

 肝心の連中《テロ組織》とデモ隊との関係がそれほど明確になっていない状況では弱いなぁ……。


「杏の言うことも尤もだけど、現状証拠が乏しいからといって、手をこまねいて良いことにはならないわ。時間を無意味に浪費すればするほど、奴らの思うツボだとおもわない?」


 あら、まなみさん、ずいぶん積極的……。

 いつものまなみさんらしくないような気がする。クールで理知的なまなみさんはいずこへ?

 もしかして、恋する乙女はなんとやらってヤツかな。

 だとしたら……。

 だとしたら?


 ……スネてやる。 


「……杏。何を考えているのか知らないけど、どんな小さいとっかかりでも逃したらダメなの。それはわかるよね? ヤツらを完全に封じ込めないで、放置するればするほど困る人がでるのよ?」


 まなみは私の考えを読みすかしたかのように畳みかける。


 た、確かに。まなみはいうことは正論……。

 とはいえ、向こうもそれほどおバカさんじゃないんで、こちらもそれなりに備えないと勝てないのも間違いない。ヤツらとてそんなに簡単にはこっちの思惑にはまるとは思えない。


「はぁ……しょうがないな。こういうときのための調査部よ。とりあえず内偵調査を頼むから、その結果をたたきつけるってことでいい?」


 まなみの考えになかなか同調しない私に業を煮やしたのか、調査部を使って証拠固めすることを提案してきた。私もそれ以上の具体案があるわけじゃなかったので、しょうがなくその案に乗ることにする。


「まさかこんなに早くうちのを使うとは思わなかった。もう少し大物が狙える時に使おうと思っていのになぁ……。ま、しゃーないか」


 多少私への当てつけもあるのだろうか、独り言にしてはずいぶんとはっきり聞こえるような大きさでまなみはつぶやく。そのあと、調査部に連絡し、必要なデータなどを送信する。


「さ、これで後には引けないわよ。杏、しっかり気を引き締めてよね。調査結果は数日でこちらに送られてくると思うわ」


 そっか、んじゃ、それまでまったりしてましょうか。

 マスターの特製コーヒーでも飲んで、港の風景を愛でながら……。

 などと、思っていたらまなみがすわった眼でこちらをにらむ。


「まさかとは思うけど、調査結果が出るまでマッタリしようなんて考えていないでしょうね? こっちはこっちでできる調査をするわよ。一癖も二癖もあるような連中相手にその考えは甘いわよ」


 すっかり考えを読まれて何とも言えない気分になったが、相手が相手だけにまなみのいうことが正解だった。


 今一つ乗り切れなかったが賽は投げられたようだ。

 今の私に選択権はない。

 なかなか話が進まないものですねぇ(他人事)

 杏とまなみの関係も何か微妙なものになってきているし、これからどうなることやら……。

 次話まで括目して待て!

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