第27話 揺れる思いと決戦と
ついに作戦を決行するいたりんたち。
まなみと最上は最高のコンビネーションで作戦を遂行するがそれを見つめるいたりんは複雑な心境に……。
お楽しみください。
黒い笑みを浮かべながらまなみは心なしか浮ついている。
「さてさて、迎撃準備をしないとね。……ふふふふふふ」
えも言われぬ不気味な笑みをこぼしながら、WADを操作している。その横で最上くんがどっかから持ってきた機械をつないで何か調整をしている。彼女たちが何をしているのかよくわからない私はただただ、じっと彼女の作業を見守るだけだった。
「何をしているの?」
「ん? ちょっとね、面白い趣向を思いついてね。その実験を兼ねてるの。杏、ネットにWADをつないだことある?」
「ないけど……WADってつなげるの、ネットに?」
「ちょっといじらないといけないけどね。できるわよ。ふふふ……まぁ見てなさい、面白いから」
そういうと彼女はまた作業に没頭し始める。そこでふと気づいた。
WADの改造は基本的に法律違反じゃない!
「ちょっとまなみ、WADをいじるのって、法律に触れない? たしか不正改造はだめって法律に書いてあったような……」
「ああ、そうね」
まなみはこともなげに私の言葉を受け流す。
ちょ、ちょっと待ちなさいまなみサン! どうして、あなたは犯罪者まがいの行為をそう平然とやってのけるのよ!
「あのね法律に書いてあるのは不正な出力増強について。ネットにつなげるようしてはいけないなんて一文字も書いてないわ。だから、法律違反とまでは言えないの。ま、その辺はうちの法律顧問がどーにかしてくれるから大丈夫よ。うちの法律顧問は優秀なんだから。ご心配なく」
まなみの恐ろしさを改めて感じた。良いように言えば、自分の状況を最大限に活用していることになるんだけど、悪いように言えば一種の職権乱用じゃないの?
財閥令嬢が己の立場を利用しだすとこうなるのかなどと、妙な納得をしている間に彼女は作業を終える。
「さあできた……っと。最上くん設定はOK?」
「いつでも大丈夫ですよ、姐さん」
にこやかに最上くんも答える。かなりノリノリである。
このバカップルは……
「ところで、WADとネットをつないでどうするの?」
二人のやっていることがよくわからない私は聞いてみる。魔導素子をコントロールするための機械がなんでネットとつながるのだろう? つなげてどうするの?
「そうねぇ……杏はこういう系統には弱いから細かい説明は省くけど、WADが電子的に魔導素子を制御しているのは知っているよね。そこで考えたの。ネットに流れる”情報”も電子的に制御されているじゃない? なら、WADでも扱えるんじゃないかってね。要するにネットに流れる”情報”を仮想的に魔導素子として扱うの。そうするとどうなると思う?」
「どうなるんだろう? ”情報”を魔導素子のように扱えるってこと?」
「はい、よくできました。それでネット上に氾濫する情報のうち、今回のデモに関する情報や魔導術、魔導術士に関する情報だけを選択的に制御して『やつら』をあぶりだそうってわけ。わかった?」
細かいところはチンプンカンプンだったが、これから彼女たちがやろうとすることについておぼろげながらイメージはつかめた。
いまだに正体不明の存在である魔導素子。あの『大戦』時、電子的に制御可能なことが判明してから、魔導術の工学的利用が始まった。電子回路を呪符の文様に相似させることにより、様々な現象異変を魔導素子を通じて発生させることが可能になった。そこから軍事兵器としての利用が検討され実用化されていった。またその過程でWADが開発された。このことにより、一つの制御機器で多種多様な現象異変を発生させることができるようになった。そしてその歴史に新たな一歩として、仮想世界への干渉を始める――新たな魔道術の可能性が開かれた。
魔導術がネットという仮想世界でも応用されるようになるなんて、不思議な感じ……。
「うちの技術陣にちょっと試してもらったらWADの魔導素子の制御能力が意外とネットと相性よくてね。ま、初めて本格的にやることだから、どんなことが起きるかわからないけどね」
……おい。
ぶっつけ本番かよ! もう少し実験を重ねてとか、慎重なやり方はできんのかい! そんな危ないことしないでよ。ネットでおかしなことしたら、今の世の中大混乱よ! 大丈夫なのかしら……。
「いいから、いいから。大きな問題にはならないわよ。新しいネットの世界が広がるかもしれないんだから、もっとわくわくしなさいよ。そんな婆くさいこと言っているとあっという間に老けるわよ」
大きなお世話よ! 大混乱になって後始末するのは誰だと思っているのよ。
最上くんがいつの間にか機械の設定を終え、こっちをみて腕を組みうなずいている。
おい、そこの特務少尉! にやけながら同意するんじゃないよ。
「さて、そろそろ時間ね。はじめましょうか」
まなみは静かにWADを起動させ、何かアプリケーションを立ち上げる。そして、ゴーグル型のウェアラブルモニターを顔に下す。徐に彼女の口元に不敵な笑みが浮ぶ。
「ふふふ……さぁ、電子の宇宙を制圧するわよ。わが分身の勇姿を見よ! 『真紅女帝』 起動!」
その掛け声とともにWADが軽いうなりを上げ、処理を始める。処理が進むにつれ、WADがかすかに真紅の光のベールに覆われ始める。
「魔導素子変換率六〇、七〇、八五……変換率上昇、変換率九〇を突破。WADに問題なし。ネット接続問題なし。通信速度安定、問題なし――」
最上くんがモニターを見ながら表示される数値を次から次へと読み上げる。
「”疑似餌”散布完了。モニター、仮想表示に変更。姐さん派手にやってくださいよ」
モニターにはど派手な真紅のベースに漆黒のアクセントの入った西洋甲冑とドレスを混ぜたような装甲服をまとったアバターが表示され、最上くんはその動きを監視している。
「アバターエントリー終了。 『真紅女帝』 仮想空間に出現完了」
最上くんはオペレーターとしても優秀なようだ。淡々と己の任務を遂行する。
「敵性反応あり。反応多数! 入れ食いだ。来ますよ、姐さん」
「了解。すぐに迎撃するわ」
”疑似餌”と呼ばれた魔道術士に関する情報に食いついて、アバターに攻撃を仕掛けてくる存在があるようだ。私はモニターに目をやる。
モニターには黒い靄のようなものがまなみのアバターめがけ一直線に向ってくる状況が映し出される。
黒い靄が敵……まるで、悪意をもった人がまとう魔道素子の塊みたい。いつも私が見ているものを画像化するとこうなるのか。
まったく関係のないことに感心していると、アバターが戦闘状態に入る。大量に集まった黒い靄は集合し、巨大な積乱雲のように立ちふさがる。
「ふふふ……面白くなってきたわ。現実だと全力出せないけど、仮想空間なら全力で戦えるわ。我が分身の力、思い知るといい!」
まなみはWADを構え、術を発動するのに必要な諸元を高速で入力する。それと同時にアバターが真紅の輝きを持ち始める。
「妾の電撃、とくと味わうと良いぞ。ふふふ」
何故か時代掛かった口調でまなみは戦闘を開始する。アバターは組んでいた腕を解くと、徐に広げ頭の上に上げる。両手には電光が溜まり、光り輝く。
ノリノリのまなみさん、すっかりその気になっている。
真紅のアバターは電光を帯びた両手を大きく頭の上に上げる。両手の電光は更に光量を増し、激しく放電する。
『電光乱舞』
まなみが低く宣言すると、監視用のモニターが強烈な光を放つ。続けて仮想世界で派手に攻撃している彼女のアバターが映し出される。
「……すごい」
思わず、感嘆の声を上げてしまった。モニターに映し出された戦闘は光の芸術と言って過言ではなかった。真紅のアバターから放たれる電光は暗黒の雲を捉え、激しく打ち据える。もし、地球の海が形成されたときの激しく続く嵐を再現したら、正にモニター内で展開される光景が展開されるんじゃないかと思わせるほどの圧巻の光景が展開される。
暗雲が低く垂れこみ、アバターの発する雷光が雲間放電のように光る。暗雲の中にところどころ燐光が浮かび、アバターの影が雲に浮かぶ。雲の量が増え、次第に雲の合間にアバターが見え隠れするようになる。時折、自らの電光に照らされ、アバターの残影が雲に映る。
「最上くん、『やつら』は釣れた?」
「大漁ですよ。今データを解析しています……ん? あれ……」
「どうしたの? 何かトラブル?」
「今一七八万件ほど処理したんですが……ダミーですね。はずれです」
「ダミーか……面倒ね」
「ま、あと三〇〇〇万ほどあるので、そのうちあたると思いますよ。気長にやりましょう、姐さん。まだまだ、お楽しみは続きますよ」
「そうね、まだまだお楽しみは続くってことで……はっ!」
まなみは次から次に現れる”暗雲”と戦い、最上くんはモニターを監視しながら、大量のデータを瞬時に解析している。二人の連携はスムーズで、まるで長年連れ添った夫婦のように見えた。
まなみと最上くんが二人の世界を作ってる。置いてきぼりにされた私……。
くっ悔しくなんかないんだからっ! 淋しくないもん! 羨ましくもないもんっ! ないんだもん! ……ないんだ……もん……。
二人を見ていると、なんだか妬けちゃう。本当にお互いの呼吸が合うというか、言葉抜きで意思疎通している感じが羨ましい。 その様がとても眩しくて、眩しくて、羨ましくて、羨ましくて……妬ましくて……。
どんな大勢の中にいても、どこか人との間に距離を感じていた。昔からそうだった。でも自分のそんな気持ちを認めるのが嫌で、”距離感“を見てみないふりをしていた。まるで心にトゲが刺さったままなのに、そのトゲを必死で意識しないようにしているように……。まなみと最上くんを見ているとその無視していたトゲが疼く。
心臓が鼓動するたびにトゲが刺さったままの心がズキン、ズキンと疼く。我慢できないほどではない痛みでも、それが続くと耐え難い苦痛になる。心臓が鼓動し続ける限り、この疼きは一生続くのカナ……?
仮想空間のことには何もできない私はそんな疼きを抱えながら、二人を見ているしかなかった。
「ん……? どうやら、親玉の登場みたいね」
まなみの一言で私のとりとめのない思考は中断した。モニターをみると、黒いを通り越してまったく光を放つこともなく、反射することもない闇そのものの塊がそこにあった。
「さぁ、総仕上げよ。最上くん、お願いするわ」
「OK、姐さん行きましょう」
二人して、決戦に向かっていった。
えー、まなみさん無双!
ということで……。
ちょっとまなみさんと最上くんに妬けるいたりん、はてさて次回はどうなることやら。
次回お楽しみください。