第26話 らいあー 6
逡巡するマスターは杏にある依頼を出した。その答次第で決めるという。杏はその依頼を受け、自らの能力を開放する。
マスターはまなみの計画を聞いたが、賛成しかね逡巡していた。いつものマスターらしくない曖昧な態度。多分それほど重大な決意を迫られているんだと思うけど。
「……マスター、そろそろ決断を。時間がありません。気持ちはわからなくはありませんが」
まなみが焦れてマスターに決断を迫る。マスターはまだ何か思いまどっている。
まなみの気持ちもわからくはないけれど、マスターの状態を考えるといささか言い過ぎのように思うの……個人的には。しょうがないなぁ……。
「マスター。何を迷っているんです? できることがあれば言ってください。出来る限りのことはしますから」
私はそう申し出た。マスターは何か申し訳無さそうな悲しい目で私を見返す。
気まずい空気が漂うなか、マスターは徐ろに口を開く。
「……杏ちゃん、頼まれてくれるかな」
……はい、なんでせうか?
突然の申し出に驚き戸惑う。
「呼び出してくれないかな、杏ちゃんのお母さんを……」
え……? 呼び出す……? お母さんを……? どーゆーことでせう?
漫画的に表現すれば私の頭の上に疑問符が大量に飛び交っているはず……
突飛な申し出に、私の思考が完全停止し、マスターの言葉が右の耳から左の耳へ抜けていく。
そんな私の様子に気づいたマスターは言い方を変えて再度お願いしてきた。
「口寄せで、確かめたいんだ。君のお母さんの考えを」
「……ソレは依頼……ということ……ですか?」
「ああ。正式に依頼したい。『イタコのいたりん』に」
マスターに依頼されちゃったぁぁー! どうしましょ、こんなこと初めてだし、あぁどーすればいいのー!
突拍子も無い事態にでくわし、慌てふためく私。なぜか、意味もなく部屋の中を右往左往してしまう。しかしそんな私をまなみは冷ややかに見つめ、言い放つ。
「……まったく。何取り乱しているの? 貴女は何者? 貴女の役目を果たしなさい、杏!」
腕を組み私を一喝するまなみの姿は神々しいばかりの威厳を持った女王、いや女帝!
まなみに一喝され、ようやく混乱状態から抜けることができた私。……ちょっと情けない。
そうだ。私はイタコ。イタコのいたりん! なら、することは決まっている。
そう、頑張んなきゃ! 本領発揮のチャンス!
「……では、呼び出したい人の思いのこもった物品はありますか? それに込められた残留思念を口寄せします」
取り敢えず定形の質問をすることで落ち着きを取り戻す。お仕事は冷静にやらないとね。
「……そうだな。それじゃ、これを……」
そういって、マスターはつけていたペンダントを私に渡した。銀製の唐草模様の台に付いた涙滴型に磨いた魔導石。全く濁りの無い黒光りするその中心に真紅の光が宿っている。
これは魔導石の中でもかなり上質なもの……。魔導石は質が良くなれば良くなるほど、吸い込まれてしまいそうなほど濁りが無い漆黒になり、中心部に光を宿す。そして、そんな石ほど魔導素子を繊細にかつ、膨大に扱うことができる媒体になる。WADに装着して、制御装置の一部に使えるぐらい質がいい。こんな石を装飾品に使うなんて、私からすると贅沢の極み 。まなみでもやらないような贅沢に思える。
お母さんは何故こんないい石を……?
「これは俺が暴走から元の状態に戻った時にもらったものだ。『もし、どうしても我慢ならない時はこの石に祈って』って言われてね……」
マスターは懐かしそうにそのペンダントを見つめて言う。
「分かりました。これに残された残留思念を魔導素子で増幅します」
受け取ったペンダントに軽く魔導素子をまとわせ、ペンダントに込められた『思い』に姿形を与える。
すると、魔導素子が『思い』に反応しはじめる。連鎖的に魔導石も反応し、石の中の光が次第に輝きを増してくる。
……魔導石が反応している。暖かい……これがお母さんの『思い』?
わずかだった反応が徐々に強くなっていく。それとともに、ペンダントに残された『思い』が私の中へ流れ込んでくる。それも次第に強くはっきりとしたものに。まるで山の奥深くの泉からあふれ出た水が、かよわいせせらぎから小川になり、やがて大河に変わっていくような不思議な感覚を覚えた。
こんな感覚初めて。魔導石の影響かな? それともこれに込められた『思い』の強さなの?
不思議な感覚に驚かされる間にも、私の中へ流れ込んでくる『思い』。段々とその思いがハッキリとした光の奔流として私の中へ流れ込んでくる。
暖かい……。
柔らかな光に包まれ、今まで見えていたものが全て明るい光の中に埋没していく。
何もかもが段々どうでも良くなり、頭の中まで真っ白になっていく。
あぁ……なんて心地いいんだろう。今は非常事態の最中のはずなのに、全てをこの光に任せて思考停止したくなる。
いくら言葉を尽くしても語り尽くせない絶対的な安心感。これがお母さん……お母さんなの?
イタコをやっていて初めての体験だった。これ程までに強い反応は体験したことがない。魔導石の影響……?
このまま、この感覚に浸っていたい……。
イツマデモ……。
コノママ……。
……。
「……杏、何しているの? 惚けている場合じゃなくてよ」
へっ……? あっイケナイ。やるべきことを忘れていた。まなみのツッコミにやるべきことを思い出す。
危うく自分の本分を忘れるところだった。まなみには後でお礼しておこう。しかし、なんて心地いいんだろう、あの感じ……。チョット後ろ髪引かれる……。
それはさて置き、やることチャッチャとやるか。
「このモノに宿りし、『思い』を呼び覚ましました。ご質問を……」
とにかくマニュアル的に話をすすめる。もっと他のやり方もあるかもしれないけど、身内に依頼されたことがないので勝手がわからない。仕方なく型どおりのやり方にしてみた。
「……そうだな。あまり時間が無いようだ。つもる話も山ほどあるが……そうはいかないらしい……」
マスターはそう言うと、一旦言葉を切る。突如、能も言われぬ緊張感が部屋の中に満ちる。
その緊張感に息を飲む。
「……『術の封印を解いてもいいだろうか?』 コレが質問だ」
私はペンダントに込められた念に語りかける。
語りかけつつ、ふと思う。マスターって今まで術を封印してたの? 今まで魔導術士だったことすら知らなかったので、今ひとつピンとこない。ごく普通の面倒見のいいお兄さんぐらいに思っていただけに、マスターの過去を聞いて、そのギャップに戸惑う。
マスターは今の今まで昔のことをほとんど語らなかった。私もあえて聞こうとも思わなかった。必要な時が来れば、何か話してくれるんじゃないかなってずっと思っていたし。こんな形でマスターの過去を知ることになって驚くしかない。今の今まで知らずにいたことが良かったのか、悪かったのか、心の中で相反する思いが渦巻き、戸惑っている私がいる。
それに、術の封印を解いてどうするんだろう? まなみの考えはマスターの体験談をネットに流すってことで、マスター自身が何かするってことじゃないはず。
マスター自身も戦う覚悟ってことかな……?
何はともあれ、私はイタコ。やることはやらないと。迷っていられない……!
「……それでは……やります」
私はマスターの質問をペンダントに語り掛けつつ、魔道素子を活性化させて反応を待つ。
一秒……。
二秒……。
三秒……。
反応がない。初めてのことだった。
どうして反応がないの? マスターの考えに反対なのかな? でも普通なら質問に反対であれ、賛成であれ、何らかの魔道素子の色の変化として現れる。でも、今は何の変化も示さない。
内心、不安になりながら反応を待つ。反応が出るまでの時間がとてつもなく長く、おももしく感じた。
突如、ペンダントにまとわりついていた魔導素子が魔導石に一瞬のうちに吸い込まれる。すると魔道石の中心に一つの煌めきが浮かぶ。
一瞬間をおいて、魔道石の中心から強烈な光が飛び出す。その光に視界を奪われ、周りのものどころか、魔道石を持つ自分の手さえどこにあるのかわからなくなる。目を閉じても、閉じたことさえよくわからなくなるほどの強烈な光が私の目を射抜く。
……私、視力を失ったの? でも、ぜんぜん不安を感じない。むしろ、さっき感じていたような安心感がある。不思議な感じ。
不思議な安心感を感じていると心の中に何かしらイメージが送り込まれてくるのを感じる。色で無く、直接イメージを感じたのって初体験。
……これは。お母さんからのメッセージ……。
ふと気づくと、あれほど強烈だった光は嘘のように消え去り、まなみをはじめ、マスターや最上くんが心配そうに私を見ている。
「……『答え』を感じました」
マスターはその答えを息を飲んで待つ。
「……『全ては心のままに』 マスター、心の赴くまま、心に素直に決断を。コレが質問の答えになります」
その答を聞いたマスターは少し物悲しそうにややうつむいて、わずかに息を吐く。
「わかった。ありがとう。これで腹は決まった」
にわかに決意を口にするマスター。その答にまなみの表情が引きしまる。
「さぁ、これからパーティーの時間だ。まなみくん、いっちょ派手に頼むよ」
マスターがまなみにゴーサインを出した。その時のマスターの顔は今までに見たことのない凄みがあった。戦場帰りの歴戦の傭兵といっても誰も疑うことのないと思う。
そんなマスターをしり目にまなみがスマホでどこかへ連絡をしている。
「……あぁ部長、例の件発動します。作戦コード? 作戦コードね。コードナンバー000。最優先事項の分ね。お願い。じゃ……」
まなみは私たちのほうを見て宣言する。
「さぁ、お楽しみの時間の始まりよ。派手にやるから期待してて」
なぜか、若干言葉を弾ませながら作戦開始を宣言した。
まなみさん、笑顔が黒いですよ。
「仕掛けは十分よ。あとはどんな大物が釣れるか、待つだけよ。杏も期待してよね。盛り上がるわよぉ」
いや、そんなことより事態の解消が一番ありがたいのです、私としては……。
「最上くん、準備はいい?」
「Yes、Ma'am!」
……どうやら、最上くんもノリノリのようだ。
四者四様の思いを抱きながら、テロリストをあぶりだす作戦はこうして始まった。
えー、すいません。
話が進みません……
(。_゜)☆O=(--#)q パーンチ
こんな作者ですが長い目で見守ってください