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第24話 らいあー 4

 いたりんはマスターに詰め寄る。マスターの口は重く、なかなか話をしなかったが意を決して吐き出された言葉はいたりんにとって衝撃的な内容だった!

「マスター……あの……」

「……あまり聞いても面白く無いぞ。聞けば必要のない重荷を背負うかもしれない」


 私は言葉を発することなく、頷く。


 徐ろにマスターは語り始める……。


「まだ年端のいかない軍属の少年魔導術士だったころの話だ。諜報部のとある部隊にいた俺は軍の命令である街を訪れることになったんだ。その街は先の大戦の戦災で荒廃し、人心は荒れ、治安などあったものではなかった。だからその街での任務は住民慰撫と治安回復だった。街に着いた当初、もともと治安の悪化していて強盗の類が跋扈していたところに、帝国軍が統治にくるということで騒乱状態に拍車がかかってしまった。さらに魔導術士に関するある噂があって、人々は戦々恐々としていたんだ――」


 マスターはここで一旦、間を置く。何か意を決して、更に続けるように見えた。


「――その噂は『この戦争は魔導術士たちが引き起こした』という根も葉もない噂だったんだが、当時の状況ではそれを否定することができなかったし、信じる人もいなかった。俺は必死に街の人に訴えたよ『誤解だ。魔導術士には戦争を起こす力はない』とね。しかし、当然のごとく街の人は全く信じない。それどこか、まるで魔導術士の俺を悪鬼か悪魔のように忌み嫌い罵ったんだ。何を言っても、聞き入れてもらえなかった。一時は任務を放棄して帰ろうかと思ったぐらいだ――」


 マスターは本当にやるせなさそうに語る。その気持ち、わかる気がする。私も実際何回も出会ってきた場面だから。何でそこまでひどく言われるのか、納得出来ないかった。そんなやるせない気持ちをマスターも感じてたんだ……私と同じように。悲しいけ事だけど、ちょっとうれしいような複雑な気持ち……。


「――でも、ある従軍僧の言葉がもう一度奮い立たせてくれたんだ。その僧の言うことには『忌み嫌われることを恐れるな。力もつものはその力に応じた使命と試練が待っている』ってね。僧はそれだけ言うと別の任地へ行ったんだ。半信半疑だったが、『いま、ここ』できることを探すことにしたんだ。そこで、戦災で荒れ果てた田畑を回復するために、魔導術で壊れた用水路を直したんだ。来る日も来る日も、雨の日も風の日も泥と格闘し、石を積み上げ、術で土手を固めるという作業を続けた。ただ一人でね。最初、村人たちは訝しげに、遠くからみるだけだったけど次第に作業が進むとだんだん一人二人と手伝ってくれる人が増えてね……」


 私は静かにうなづきながら、マスターの話を聴き続けた。

 こんなに饒舌に自分のことを語るマスターを今まで見たことがない。マスターにとってよっぽど忘れられない出来事だっだんだなぁ。


 昔のことなので私には詳しいことはわからない。でもこの国、“帝国”は昔戦争をした。世界中を相手にする大戦争を。その戦争はこの国が魔導術の力で勝った。数多あまたの国をその力のもと、自らを頂点とする秩序を打ち立てたけれどこの国はその代償として世界の憎しみを引き受ける存在になってしまった。


 一方、大戦により世界の人々は塗炭の苦しみを甘受せざるを得なかったらしい。詳しいことは私もよく知らないし、そんなに興味もない。けれどそのことが魔導術への偏見を生み出したらしい。曰く『魔導術の力の根源は人の不幸』、曰く『魔導術は人の命を力に変えるため、命を吸う』などなど……。


 もしかして、魔導術を目の敵にしているテロリストってこの国が戦争に勝ったことによる反作用……とか? とはいえ、一般の何も知らない人を巻き込んでいいことにはならないけど。


 それはさておくとして、話が進むにつれて、重くなるマスターの語り口に少し心が痛む。何か古傷に触れてしまったのだろうか?  


「それで、その街はどうなったんですか? 復興できたんですか?」


 話を聞いていて、ちょっと気になったことをマスターに聞いてみた。


「……まぁなんとか……な。かなり手間はかかったが、最低限暮らせるぐらいにはなった……らしい。……風の噂ではそう聞いている。あの人も……いや、やめておこう」


 何か言いかけて、やめた後、マスターは黙りこむ。奥歯にモノが挟まったような歯切れの悪い言葉。何かあったんだろうな、その街で……。『風の噂』って言ったけど、本当は……。それに『あの人』って……。


 どうも、昔その街で何かあって、その重荷を背負って生きていこうといているように見える。


 マスター、どうしてそんな生き方を選ぼうとするんだろう? わたしにはわからない……。


 よし、ちょっとやってみるか。イタコのいたりんの本領発揮! イタコは人々の苦しみを救うのだ! 


「マスターはその街の人で会いたい人はいますか?」


 私の突然の質問に、不意を突かれた顔をして私の顔を見る。


「……会いたい人? いないわけじゃないが……会ってどうなると言うわけでもない。何でそんなことを?」

「お話を聞く限り、まだその街のことで心残りがあるように思えました。その心残りを昇華してあげたいんです。多分、マスターはそのことを心の奥底にしまって、死ぬまで重荷を背負って生きようとしているように見えるんです。……そんなマスターはほっとけません」


 マスターは何も言わず、ただうつむいて何かを考えている。

 あ、上を向いた。


「……できれば、昔のことに触れてほしくはなかったんだがな。俺の見聞きしたことは、杏ちゃんのためにならない。いらない重荷を背負うのは俺だけでいい……」


 それがダメだと言っているのに……。

 何でそんなに頑なになるのかなぁ……。

 もうっ!!


「……マスターのそんな姿を見たくないのにっ! 私は……私は……そんな……そんな……マスターの姿を見たくないのっ!」


 思わずあらんばかりの声を上げ叫んでしまった。マスターはただ私の方を悲しそうに見つめているだけだった。

 やがて、悲しそうな笑顔を私に向ける。 


「……それでも、知らないほうがいい。聞いて杏ちゃんが幸せになる話ではない」


 ……あーそーですか、そーですか。そんなにワタシは信用無いですか、あーそうですか、そーですか。


 ……なんだか悲しい。マスターがこんなに頑なに私を拒否するなんて。


 スネるぞ……。


「……なんか、かなしい。そんなに頼りないですか、私? 私じゃ、力になれないですか……?」


 ちょっと目を潤ませ、上目遣いでマスターを見つめる。


 マスターは口を真一文字に固く閉じている。固く握った拳は微かに震えている。

 

「……そういうことじゃない。人には知らないでいたほうが、幸せなことがある……杏ちゃんには関わってほしくない……永遠に」


 マスターの意思は極めて固い。そうまでして、頑なになる理由って一体なんだろう? いずれにしても、マスターが恐れるほど私、子供じゃないし。

 

「マスター……私を信じて。私はもう子供じゃないし、一端の魔導術士……そして、イタコよ。そのことはマスターが一番見てくれていたじゃないですか。だから……だから、私は大丈夫。信じて」


 自分で言ってて何だけど、少し違和感があるわね。口で言うほど私、一人前だと思ってない。でも、いつまでもそんな自分に甘えてちゃ、一人前だなんて信じてもらえない。

 今が多分その時。一人前の魔導術士としてみとめてもらって、そして一人前のイタコとして。そして目の前で苦しんでいる人に救いの手を差し伸べることのできることを。


 ……だから、信じて。それが私の使命。それが私の役目。

 マスター、お願い! 


「……後悔しないんだな」


 マスターは意を決し、私の目を視て尋ねる。

 私は力強く肯く。それが私の選んだ生き方だから!


「わかった……」


 マスターはその一言を言うと、大きくため息をつく。そして、意を決して話し始めた。その街で起きたことを。


「……実はあの街は一度、ほぼ壊滅したんだ。俺が行かなければ、軍が関わらなければ、多分時間がかかったかもしれないが、自力で復興していただろう」


 え……? どういうことですか? 言っていることがよくわかりません。


 私がマスターの言ったことを理解できず、頭をひねっていると、マスターが続ける。


「さっき話したとおり、ある程度街の修復がすんで、これからって時に奴らが襲ってきたんだ。あいつらがな」


 あいつら? 何か野盗の類でも来たんですか? 


「杏ちゃんが追っかけている連中だよ。奴らがあの街を襲ったんだ。もっとも当時は宗教団体の名を騙っていたがな」


 えー! 連中そんなところまで出没していたんですか……。


「あいつら、あの街を『魔導術に汚染された街を浄化しなければならない』なんて勝手な理屈をつけて、焼き討ちしたんだ。街人の多くが死傷した。奴ら、女子供老人お構いなく手当たり次第に 惨殺した……同じように俺は怒り任せて奴らのほとんどを瞬殺した……」


 そうなんだ。そんなことがあったんだ。確かに、自らの手を血で染めた記憶は人に話したいことではないよね……今までずっとその苦しみを誰にも言わないで生きてきたんですね。


「……ただ、それだけで終わらなかったんだ」


 えぇ……! 続きがあるんですか!


「この国で連中が大規模反魔導術テロを引き起こした原因なんだ。その街での出来事が……」


 ……人間、ある限度を超えると驚くことさえできなくなるのね。


 あまりにも衝撃的な告白に頭のネジが吹き飛んだのか、なんのリアクションもできず、ただマスターの告白を聞くだけになる。一切の思考が停止して、自分の存在さえ忘れてしまう。


「俺はその時暴走して、連中だけでなくその場にいた全てのものを破壊しかけた。その暴走を身を挺して止めたのが、杏ちゃん……君のお母さんだ」


 私はあまりにも衝撃的な事実の連続に意識を失いかけた。マスターの告白の破壊力は桁違いで、私の意識を異次元へ跳ね飛ばすだけではすまず、私の自我を破壊しかねないほどだった。


 何が何だか……一体何を言われたのだろう……? 


「これが全てだ。結果として、俺の行為は多くの人を消し去り、あまつさえ杏ちゃんのご両親さえ奪ってしまったんだ。今までずっと、この事実を隠し通してきた理由はもうわかるだろう……俺は連中と同じ咎人とがにんだ……」


 わ……私は……私は……私はどうしたらいいの?

 衝撃的な告白でした。いたりんはこの衝撃をどうの超えていくのか?

 次話を括目して待て!

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