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第23話 らいあー 3

 まなみはマスターに詰め寄るが、のらりくらりとはぐらかす。その状況に耐え切れなくなった杏は叫ぶ。杏の一言でその場は収まり、まなみと最上は隠れ家を後にする。二人きりとなったとき杏はマスターの過去を……

「……マスター。貴方は一体何者ですか?」


 まなみがすごみながらマスターへ近づく。しかし当のマスターは特に反応を示さない。


「知っての通り、しがない喫茶店のマスターさ。それ以上でもそれ以下でもない」


 マスターはややおどけて、まなみの追求を受け流そうとする。しかしまなみはそれを許さない。


「……しがない喫茶店のマスターが、デモの予測をして隠れ家を用意したりするものですか? 常識的に考えて、信じられないのですが」


 マスターは無言を貫く。まなみはまだ鋭い疑いの視線を送り続ける。


 そんな状況に私は耐えられなかった。思わず叫んでしまう。


「ちょっと、ちょっと待ってよ、まなみ! 今どうしてそんなことを聞くのよ。それどころじゃないでしょ!」


 まったく、まなみったらこんな時に何よ! そんなことより今後どうするかを話し合わなきゃ。


「……いえ、杏。これは大事なことよ。もし、あのデモ隊がテロリストとつながっていたとしたらどうかしら? そんなヤバイ人たちの情報を持っている人ってどんな人かしらねぇ……」


 まなみは多少口角を上げ、微笑んだように見えたが、目は笑ってない! 完全に戦闘モード!


「……それで確かめてみる気かい? 実力行使で」


 えっ……! マスターも落ち着いて! こんな時にこんなところで争っても仕方ないでしょう!

 ……? マスター、一般人だよね? あれ? 何で……? マスターは特に魔導術に対抗する手段を持っているようには見えない。なのにこの余裕って何……? もしかしてマスターって魔導術の心得があるとか?


 マスターは余裕の笑みで、まなみの主張に反証する。


「……とは言うものの、まなみくんの考え過ぎだよ。論理的にも少しおかしいしね。君たちに敵対するテロリストたちと関係のあるかもしれない集団の情報を持っていたからといって、君たちに敵対するとは限らないだろう? ……違うかい?」


 それでも、まなみは表情を変えない。相変わらず、鋭い視線でマスターを射抜かんばかりに見つめている。


「それでも一番伝えるべきことを伝えていなかったというだけで、疑念を持つ原因にはなるわね。そのことについては何も反証なされてませんが」


 んーもう! いい加減にしてよ! こんなことやっている場合じゃないのに。まなみも、マスターも! あったまきた!


「二人とも! いい加減にしてっ! 今そんなことより、大事なことがあるでしょう! まなみも落ち着いてよ。確かにマスターは説明が足りないと思うけど、今までいろいろ助けてもらったし、今回もマスターのお陰で大きなトラブルにならなかったじゃない。それで十分じゃないのっ! マスターもまなみを挑発するような物言いはやめてくださいっ! 今は……今は……一致協力しないといけないでしょ……みんなで……みんなで……みんなで乗り越えましょうよ……ね。ねぇ、まなみ……ねぇ、マスター……お願い、お願いだから……」


 私が今の状況に耐え切れず一気にまくし立てたら、何故か知らないけれど涙があふれた。二人とも驚いた顔で私を見てる。


 あれ? ドウカシマシタカ……?


「……杏にそこまで言われてはしかたないわね。とりあえず、この話は保留ということにしておいてあげるわ」

「ありがたいね。こちらとしても、余計なことでいろいろ混ぜっ返されるのは本意ではないのでね」

「その代わりと言っては何だけど、ことが収まったら全てを話すということを、約束してもらえないかしら? こちらとしてはまだ疑念が晴れたわけじゃないもので」

「分かった。その線で手を打とう。僕としても杏ちゃんをこれ以上泣かせたくはないからね」


 まなみは大きくため息をつき、欧米人がよくやるお手上げのポーズをする。マスターも同じようにため息をつき、肩をすくめ苦笑いする。


 なんとなく収まった……? 私ってば、すごーい! あんな険悪な空気をまとめちゃった! 誰かほめて、ほめて。 さっすが、事務所代表! 私ってば、えらーい! 心のなかで自画自賛する。


「……話がついたところで、今後について打ち合わせませんか?」


 自画自賛してたら最上くんに美味しいところ取られた……。スネてやる……。


「そうだな、特務少尉くんの言うとおりだ。なんとか現状を打開する方法を見つけないと、いずれ袋のネズミだ」

「そうね。うちの調査部に連絡がつけられればいいのだけれど……」


 スネていると、また放置プレイされる。やっぱり、あたしって……。


「マスター、連中と話していて何か気付いたことはないですか? 何か“共通項”みたいなものは気づきませんでしたか?」

「共通項? どういうことかな特務少尉くん?」

「あれだけの人数を動員するとなるとそれなりの組織が動いているはずなんです。となると、その動員した組織に関係する物品を持っていたとか、何か共通するモノなんかを持つと思うんです。そういうことには気づきませんでしたか?」

「そうだな……。そう言えば、連中何かミニコミ誌みたいなものを持っていたような……」


 マスターが考える目をする。何か思い当たるフシがあるようだ。


「ミニコミ誌ねぇ……可能性はあるかも。とにかくそこを手がかりにしてみる以外になさそうね、今の状態では」


 まなみも乗り気のようだ。何やら、スマホで検索したり、電話をかけ始める。最上くんとも二人で打ち合わせを始める。


 しかしミニコミ誌って、同人誌みたいなものかな? それはそれでなんか面白そうな……。


 私が全然別のことを考えていたら、マスターから提案がある。


「とりあえず、今日のところはこのぐらいで切り上げて、みんなで晩餐といかないか?」


 しかし、まなみと最上くんは首を横にふる。何か問題でもあるのかな?


「いえ、この宵闇に紛れて、ここを一旦離れようと思います。やっと調査部に依頼できそうな案件になってきたので」

「僕も近くの基地によってみようと思います。確か諜報部門の知り合いが勤務していたと思うので」


 マスターが一緒に晩御飯を食べようって言ったのに……。二人連れ立って、夜の徘徊ですか? おやおや、仲のおよろしいことで。にひひ……。


 まなみたちをからかおうと思っていたが、ふと自分自身を振り返るとありえない状況になってしまっていることに気づく。


 ……ん、待てよ? ということは……マスターと二人……? あれれ……ちょっ、ちょっと……! マママ、マスターと二人きりぢゃないですか! どどどどど、どうしましょう、心の準備が間に合いませぬぅ……。


「それじゃ杏、後はよろしく」

「杏さん、また」


 そう言い残すと二人は宵闇に消えていく。取り残されたマスターと私。


 おーい。待って、待ってよ。どうしたら良いの私……。


 学生のとき、マスターの店でアルバイトしていたから、二人きりになることもあったし、それはどうということはない。だけど、二人きりで一つ屋根の下、一夜を過ごすなんて経験ないし、考えるだけで体が火照って、胸がドキドキ……。今までそんなこと感じたことなかったのに、どうしてこうなったんだろう? 


「杏ちゃん、何か食べる?」

「は、はいっ……」


 ひ、必要以上に緊張してしまふ……。誰かどうにかしてっ!


 マスターは台所で何やら作り始める。包丁がまな板を叩く小気味良い音が聞こえてくる。


 何作ってるのかなぁ? ちょっと楽しみ。


 マスターの調理が進むにつれて、いつの間にかさっきまで感じていた緊張感がほぐれていく。


 やがて、仄かにトマトソースの香りがただよいだす。どしゃ降りのような音と共にトマトソースを炒める音がしはじめる。


 この香りは……! もしかして……。


「はい、お待ちどうさま。杏ちゃんの好きなナポリタンだよ」


 そこにはいつもと何一つ変わらない笑顔と、かぐわしい香気を放ち、朱色に輝く麺料理があった。マスター特製ナポリタン! 一番の特徴はケチャップじゃなくて、特製トマトソースを使うところ。


 わーい、マスターの特製ナポリタン、ナポリタン! 久しぶりだぁ! 昔は何か落ち込むことがあるとこんなふうにナポリタン食べてたなぁ……。


「今日は災難だったね。ま、明日からどうなるかわからないけど、元気だすんだよ」

「……うん」


 いつもながらの、マスターの優しさが胸にしみる。


 いつものように……。


 いつまでも、こうしていたい。ずっと、こんな時間が続いてほしいな。

 まなみがいて、最上くんがいて、そしてマスターが……。

 特に意地を張るでもなく、バカ言って、笑って、そんなどうということのない時間を守りたい。

 そのために私のするべきことは……? 


 ……だから。


「マスター。聞いてもいいですか?」

「何をだい?」


 私は意を決して、切り出す。

 全く別の緊張感が私を襲い、鼓動を早くし、口の中から水気みずけを奪う。


「マスター。マスターって魔導術の心得があるのですか?」

 

 私はマスターの反応を待つ。実際にはほんの数十秒の事のはずだけど、今の私には数百年の時間が流れたような気持ちになる。

 マスターは、なぜか静かに声もなく微笑む。ちょっと悲しげに……。


「……いつか、こういう日が来るとは思っていたけどね。杏ちゃんの推察通りだよ。……元軍属の魔導術士でな 」 


 想像していたよりあっけなかった。それならそうと、早く言ってくれれば良かったのに……。


「どうしてです? もっと前に話してくれても良かったのに……」

「過去の呪縛……とだけ言っておこうか。話して面白い話ではないし、杏ちゃんに悪い影響を与えたくなくてね」


 私に……? なんで? 

 不思議そうな顔で、マスターを見つめる。


「昔、何かあったんですね……」

「ああ。お世辞にも良い思い出とは、言えないなぁ……。多分、一生背負い続けなければならない十字架、鉄の十字架……」


 マスターはそのまま、沈黙する。私も何も言うことができず、ただ、目の前のナポリタンを食べるだけだった。


「マスター……あの……」

「……あまり聞いても面白く無いぞ。聞けば必要のない重荷を背負うかもしれない」


 私は言葉を発することなく、頷く。


 徐ろにマスターは語り始める……。

 いかがでしょうか? 温厚なマスターに意外な過去が……

 次回マスターの過去が明らかに! 

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