第21話 らいあー 1
いつものごとく、まなみに折檻されるごとく仕事をする杏。その時、表が騒がしくなり、マスターが事務所へ飛び込んできた! 杏たちはどうなるのか?
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最近、何か変な感じがする。
何が変かといえば、街の人の視線が痛い。
魔導術士がゆえに変な目で見られることは多々あったけれど、それとは何か違うものを感じる。なんていうか、以前はパンダかなんかを見る視線だったのが、最近は私たちをテロリストかテロリスト予備軍として見る視線に変わった気がする。
何でなんだろう?
確かに私たちが、最近色々と騒ぎに巻き込まれたせいで、街の人には迷惑かけたかもしれないけど、その経緯は新聞やネットなんかで報道されているから、誤解する人は少ないと思うんだけどな……。
……などと、取り留めなく物思いに耽る。
芳しい紅茶の香りに包まれてもなお、晴れない憂鬱。なんだか今日はやる気がでないなぁ……サボっちゃおっか?
「痛っ!」
突如、大きな衝撃が私の頭を襲った。何、何? テロ?
「なに格好つけてサボっているのっ! 書類の整理、まだ終わってないでしょ! 全く、紅茶を飲んで一休みするだけならまだしも、よくわからない物思いに耽って……」
まなみに頭を叩かれ、現実に引き戻される。
あぁ、そういえばそういうものもあったわね……。
「は・や・く、仕事しろー!」
いっイカン、まなみが暴発寸前だ。急いで仕事しないと。
「……まったく、ちょっと目を離すとすぐサボって……」
へいへい、申し訳ありませんねぇ。サボり魔で。
傍らでただひたすら小言を読経のようにつぶやき続ける親友を放置して、とりあえず目の前の仕事を片付けることにした。
事務所にかすかに響く、パソコンの入力音とキーボードを叩く音。
あれ、何か別の騒音が聞こえるような……。シュプレヒコール……?
「……なにか騒がしいわね。杏、ちゃんと仕事している?」
「あによ! ちゃんと仕事しているわよ。それに仕事中にシュプレヒコールするような趣味は持ち合わせてないわよ」
まなみさん、いったいどういう目で私を見ているのかしら? 全く失礼しちゃうわ。
「杏じゃないとすると、外でデモをしているのかしら?」
まなみはそう言うと窓際へ流れるように移動し、外を見た。
「なんの騒ぎかしら? なんでこんなところでデモなんて……」
私も窓に近寄り、外を見た。外の通りには大した数ではないが、プラカードを掲げシュプレヒコールを繰り返しながら、練り歩く一団が見えた。
「何あれ……」
私はその一団の掲げるプラカードを見て、愕然とした。
そのプラカードには『魔導術廃絶! 魔導術士排斥!』と光を全く反射しない黒い下地に大きな鮮血を思わせるような字ではっきり書かれていた。今まで、一般の人に嫌悪感を示されたことあったが、それはしかたないなと思っていた。
けれど少人数とはいえ、私たちのような魔導術士に対して、はっきりと抗議の意を示されるとその衝撃はかなり大きい。まるで、親しくしていた隣人に、突然自分の仕事について非難されるようなものに感じた。
「ずいぶん、物騒なプラカードじゃない。ま、あのくらいなら私たちがどうこう言えるレベルじゃないわね。あの程度でひどくならなきゃいいけど……」
まなみはデモ隊を見ながら至って冷静に語る。冷静に語りながらも、若干の懸念を示した。
まなみの懸念は私も同感だった。今までに経験したことのない事態に戸惑うばかりだった。
「ここでどうこう言っても仕方ないわ。デモしたい連中はほっとくとして、まずは目の前のお仕事を片付けましょうね、杏。せめて、最上くんの半分ぐらいは仕事してね」
……営業的微笑で言わないでください。怖いぢゃないですか……。最上くんと比べるのもヤメテね。まなみの人間離れした事務処理能力に、しれっとついていく人外と一緒にしないでください。
まなみったら、二時間もあれば文庫本一冊ぐらいの文字入力は当たり前にこなしてしまうし、会計処理は電卓があれば、会計ソフトがいらないぐらい。他にも色々人間離れした話はあるけれど、一言で言えば人間事務処理機……。
コンピューターが処理しているような速度に何気なくついていけるわけないじゃない! 私は至ってノーマルな人間ですからっ!
「何、無駄なこと考えているの? 余計なことを考えている暇があったら、早く書類を処理して。後は書類の内容を確認して、判子押すだけなんだから、簡単でしょう?」
ぅうう……わかりましたよ……やりますよ、やりますよ。泣けてくる……事務所代表の肩書が重いなぁ。
まなみに精神的に鞭打たれ、心がボロボロになりながらも事務処理を続ける私。外の喧騒など気にしている暇などなかった。
私がドSな女王さまにこき使われ、死にかけている時に、突如事務所のドア開いた。
「いらっしゃい。今日はどのような……って、マスター何事ですか?」
マスターが事務所に駆け込んできた。いつものにこやかなマスターのの表情はなく、こわばった表情はなにか切迫した事態を物語っていた。
「事務所の窓の鍵を閉めて、ブラインドを全部閉めるんだ! 早く!」
「え? 何かあったんですか?」
「説明はあとっ! とにかく早く戸締まりをっ!」
私たちはわけのわからないまま、事務所の窓の鍵をかけブラインドをおろした。
窓を閉め切ったせいで多少薄暗くなった事務所の中で、私たちはマスターのもとに集まった。
「マスター、何があったんです? 突然血相を変えて……」
「いや、表でデモをやっている連中がいただろう。その連中の一部が暴徒化して、魔導術士を襲っているらしいって話を耳にしてな。急いで上がってきたってわけだ」
「店のほうはいいんです? 今ほったらかしなんじゃないんですか?」
「なんとかなるよ。たまたま、お客もいなかったから、臨時休業にしてきた。問題はない」
なんとも物騒な話だ。魔導術士を襲って抗議なんて、何考えているのかしら、デモしている人たちは! 無辜な魔導術士を掴まえて、暴力を振るうなんて、信じらんない!
ん……?
でも、そんな話どこから仕入れてきたのだろう、マスターは? 時折、マスターのひととなりが疑わしくなる。助けてもらったみたいなのに悪いけど。まぁ、今はその詮索はいいか……それどころじゃないみたいだし。
そうこうしているうちに、デモ隊のシュプレヒコールが一歩一歩近寄ってくる。どうやら、ウチの事務所も標的の一つだったみたい。
『――魔導術廃絶! 魔導術士排斥! 世界の平和を乱す魔導術を廃絶しよう! 社会の混乱を招く魔導術士を排斥しよう! 世界の乱れは魔導術から! 社会の混乱は魔導術士から! ――』
勝手なことを言って……いつ魔導術が社会を混乱させたのさ? いつ魔導術士が社会を混乱させたのさ?
デモ隊のシュプレヒコールに憤慨していると、その声がかなり大きくなって、一旦途切れた。どうやら、事務所の前にデモ隊が到着したようだ。
『――魔導術士に告ぐ。即刻、悪魔の技である魔導術を捨て、まっとうな道を歩きなさい。罪の軽い今ならやり直せる。魔導術士で在り続ける限り、日々罪を犯していることに気が付きなさい――』
デモ隊の主張はかなり偏見に満ちていた。あまりに偏見に満ち、傲慢な視点で語るので、とても冷静に話し合って誤解をとく気にもなれなかった。
「……無知な愚民ほど厄介なものはないなぁ」
最上くんはそうつぶやくとWADを装着し、起動させた。
「も……最上くん、何をなさっているのかしら?」
「もちろん、外にはびこるうるさい害虫を追い払いに行くに決まっているじゃないですか。付き合ってもらえます?」
いやいや、この状況で魔導術を行使すれば、さらにこじれることは目に見えるでしょうに……。まなみさんも何とか言ってやってよ。
「最上くん、それはまずいわよ」
そうそう、言ってやって、言ってやって!
「やるなら、もっと根本的かつ徹底的にやらないと。あの手の存在は追い払うだけではダメよ。この世に存在が残らないくらい徹底的に殲滅するに限るわ」
まなみは右拳を突き上げ力説する。最上くんも同調して同じポーズをとり、白い歯を見せ、不敵に笑う。
殲滅してどうするぅー! あんたら二人は、魔導術士の立場をそんなに悪くしたいのかぁー! ダメだ……バトルバカの二人では問題を大きくするだけだ。
バカ二人が夫婦漫才をやっていたが、マスターが冷静に二人をたしなめた。
「二人とも、冗談はそれくらいにして、現実的な対応をしよう。とりあえず今日のところは何もせず、連中が解散するのを待つことにしたほうがいい。今日の段階で何らかの術行使を行えば奴らの思う壺、こっちの敗北だ。違うかい?」
さすがのバトルマニアのおバカさん二人も、これにはなんの反論もなく、静かに同意した。
「……とは言うものの、このままでは手詰まりだ。打開策を考えないと」
普段見ることのない鋭い目つきをするマスター。マスターってこんな表情もするんだ……。なんか、かっこいい……。
熱に浮かされたようにマスターを見つめていたら、マスターに気づかれた。
「杏ちゃん、どうした?」
……いやん、恥ずかしい……ナンデモナイデス。思わずマスターから目を背けてしまった。
カオガアツイデス……。
そんな私の様子に気付いたのか、いないのか、マスターはサクサクと話を進めていく。
「とりあえず、この場を離れたほうがい。連中の気をそらすから、三人とも移動してくれないか?」
すると、マスターは住所の書いたメモと簡単な地図を渡してくれた。
何でしょう、この場所は……?
「こんなこともあろうかと、用意しておいた隠れ家だ。しばらくはそこで様子をみた方がいい」
とある宇宙戦艦の技師長がいざというときに発するセリフのような……。
マスターの言葉にデジャ・ブを感じながら、移動する準備を始める。本当、マスターの手回しの良さに驚かされるばかり。
でも、マスターは今回の事態を予測してたのかしら? でないと、この準備の良さは説明できない。マスターって一体……何者なんだろう?
「奥の隠し階段を使えば、恐らく奴らには気付かれること無く、ここを出ることができるはずだ。ただ、隠れ家に着くまでは気を抜くなよ。連中の仲間がどこに潜んでいるのかわからないからな」
そう言うと、マスターは事務所から出ていった。デモ隊が何か大騒ぎし始めた。マスターがデモ隊の注意を引いているようだ。
マスターの正体の詮索は後回しにするか。とにかく、ここから脱出するほうが先ね。
「まなみ、最上くん行くよ!」
二人に声をかけ、隠し階段へ駆け込んだ。二人は何か荷物を抱えてついてきた。
私たちが去った事務所にはただ暗がりだけが残されていた。
さぁ、新たなトラブルに巻き込まれた杏たち。デモ隊はかなり厄介そう。
しかし、マスターの正体って一体何者なんでしょう?
次回、お楽しみあれ!