第19話 すろーす 3
怪しいハーブ店を訪れたいたりんたち。店主と話をするが怪しさ満点の店主はまなみの嫌味にも顔色一つ変えない強者だった。
そして、ついにその本性を現す!
「もしかして、似たようなドリンクを街中に配ったりしていない?」
「えぇ。開店特典として、街の人に試供品を配ってますわ。それから、ご挨拶代わりにバス会社にもお渡ししましたわ。どうやら、みなさん試していただけたようで幸いですわ」
そう言うと、その店主は職業的微笑を保ちつつ、口角を微妙にあげる。その表情は狡猾な悪魔のごとく、見ているものの背筋を凍らせるのには十分な迫力があった。
バス会社……? もしかして、今日のバス会社の状態ってこの人の……?
「それはそれは。街の人になり代わって、お礼申しあげないといけないかしら?」
……まなみも負けていない。何も知らない素人がこの二人のやり取りを見ていたら、おそらく身動き一つとれないかも……。
こういう精神戦で、まなみに並ぶ人間なんて、この世に指折り数えるほどもいないしな……。
「それはご丁寧にどうも。それで今日はご挨拶だけですの? 他に何かご用はありませんか?」
職業的微笑のまま、こちらの目的をド直球で尋ねるなんて、ふつーじゃないわ、この人……。
「そうね、今日は貴女が”他に”何かしているのかなと思ってね」
「”他に”とは? 何のことでしょう?」
「そうね……例えば、破壊活動、”テロ活動”とか」
まなみさんもド直球! ここまでになると、私じゃ無理!
「……もしそうだとしたら、どうするつもりかしら? 警察でもあるまいし、“魔法使い”のお嬢さん二人ごとき、何ができるかしら……ふふふふふふ……」
店主は少し間を開け、職業的微笑とは明らかに異なる、氷の微笑ともいうべき、背筋が凍るような笑みを浮かべた。
あからさまにこっちを挑発している! これは何かあるぞ! 例のテロリストの仲間か!?
仄かにハーブの香りがする。あれ、なんだか力が……抜ける。
何のハーブかわからないけれど、ハーブの香りが私の体から力を奪っていった。
「……あらあら、そちらのお嬢さんには効き始めたみたいね。魔導素子入りのハーブ香が。だんだん、体から力が抜けて立っていられなくなってきたでしょう? ふふふ……もうすぐぐっすりと眠れるわよ。この世の煩わしいことから一切解放されるのよ、永久に。ふふふ……」
わざわざ、敵の術中にはまっちゃったってこと? あれ、本当に動けなくなってきた。まなみ……まなみ……
次第に意識が混濁し、立っていられなくなった私は思わず相棒を呼んだ。
「しっかしなさい! 杏! この程度の細工、何ともないわ!」
まなみの喝が飛ぶと同時に、彼女が何か術を発動させたようだった。私は彼女が発動させた術により意識が戻ってきた。
「……はっ! 何したの?」
「簡単なことよ。あなたをマヒさせている魔導素子を取り除いただけよ。こんな単純なことで膝をついてどうするの?」
「……そちらのお嬢さんには効かなかったようね。面の皮が厚いと効きが悪いのかしら?」
「残念ね。私をなめてもらっては困るわ。これでも毒物なんかの扱いについては一通り修めていてね。仕掛けさえわかっていれば、どうってこともないのよ。子供の遊びにもならないわ」
表面上は二人とも、笑顔で会話しているように見える……見えるけど、その交わす視線はかなり強烈に火花を散らしている。
すーぱー鉄面皮女性が二人対峙するって、怖いわ……。
「さぁ、観念なさい。もう貴女のやり口は効かないわ! おとなしく、警察へ出頭しなさい!」
まなみが最後通牒をその女に突き付けた。女は突然笑い出した。
「ふふふふ……あははははは……!」
「何を笑っているの! 観念なさい!」
「……笑わせないでよ、薄汚い魔導術士どもがっ! あんたたちの所業に比べりゃ、私なんて可愛いものよ。私のささやかな破壊活動なんて、蚊がさしたほどでもないわ。それでも正義ぶるなら、こっちもそれなりの対応させてもらうわっ!」
「杏っ! 外へ」
その女が何をするのかわからなかったが、まなみに叫ばれ、その店を飛び出した。
飛び出すと同時に、大音響と共に店が爆発する。盛大にガラスなどの破片が周囲に飛び散り、いろんなハーブが一斉に燃えたせいで、鼻が曲がるような強烈な臭いがあたりに漂う。
「……危なかったわね。巻き込まれていたら間違いなく……」
「まなみ、あれ!」
ほっと一息をつく間もなく、盛大に燃え上がる店の中に人影を見つける。
あの女だ! あの女が炎の中から不敵な態度で出てきた。
「おやおや、何とか爆発に巻き込まれずに脱出できたみたいだねぇ。ふふふ……」
「そんな! あの炎の中で何ともないなんて! 本当に人間?」
おもわず、私は叫んでしまった。まなみはやや悔しそうに舌打ちした。炎の中から出てきたその女は、ボンデージのような体のラインがはっきりとわかる服装だった。店の炎の明かりに照らされ、彼女のボディースーツが光る。そのボディースーツは蛇の鱗のような艶やかさを持っており、その姿はまさに蛇の化身だった。いまだ盛大に炎を上げる店をバックに見事な挑発的モンローウォークで近づいてきた。
まったく、炎を背にウォーキングなんて、どこのスーパーモデルよ!
完全にイニシアティブをとられた。このままでは、一方的に事態を掌握されて、不利になる一方!
「貴女はいったい何がしたいのよ!? 派手にやらかしてくれたけど!」
「さぁ……ふふっ。知りたければ、私を倒してみなさい!」
変態蛇女は両手を振り上げた。その手は黒い靄のようなものがまとわりついていた。
「ふん!」
蛇女は気合とともに、両手を振り下ろした。両手から暗闇のような靄が放たれ、私を襲った。
「魔導防壁!」
私は防壁を展開、黒い靄をやり過ごそうとした。黒い暴風が私を襲う。
「えっ!」
黒い靄は強烈な圧力で私を蹂躙した。私は風に飛ばされる枯葉のように後ろへ飛ばされた。
「杏! 大丈夫?」
「えぇ……なんとか」
まなみには大丈夫と言ってはみたものの、さっきの衝撃は体の芯まで響いている。強がって、歯を食いしばるのが背一杯ってところね。しかし、防壁で受け止められないとすると、受け流すしかないじゃない。この体では……。
「どうしたの、可愛いマジョさんたち……ふふふ。もう、お遊戯はおしまいかなぁ……ふふふふふ」
ほんと、頭にくる! 言い返せないことが悔しい!
「……杏、あいつの動きを止められる?」
「え? できるけど……」
「なら、さっそくお願い!」
そういうと、まなみは雄たけびをあげ、蛇女に突っ込んでいった。
「やけになったか! ふふ…… 何っ!」
まなみは突っ込んでいったかと思わせて、術を発動し、天高く舞い上がった。蛇女はその動きに対応できない!
私はその隙を突き、蛇女に氷撃を加え、動きを止めた。
「ナイス、杏! きっついのいくよ!」
まなみはありったけの魔導素子を込めた一撃を蛇女にはなった!
「ぐっ……よ……く……も。ぐはっ」
蛇女は白煙を上げ、膝をつき、こっちをにらんでいる。
「……何とか効いているみたいね。ほんとにやっかいな……」
まなみは警戒しながらヤツの様子を監視している。
ふぅ、これでヤツもお縄だし、一件落着かな。
え……?
「ふふ……ふふふ……あはははははっ」
膝をついていた蛇女が突然、高笑いを始めた。
「何がおかしいのっ! 貴女にもう勝ち目はないわ! 抵抗は無駄よ!」
「ふふふ……ふふ……これは失敬。お嬢ちゃんたちがこれほどものとは知らなかったものでね。実力のある人には、それなりの対応をしないとねぇ……ふふふふふ。はっ!」
蛇女は気合一声、突如閃光に包まれた。
思わず目を閉じる。再び、目を開くとそこにはさらに凶悪な姿をさらすヤツがいた。ボンデージ風のボディースーツの上には甲冑のようなプロテクターが装備されていた。そしてヤツの左手にはなぜかWADのようなものが……
「なんで、あんたがWADを……」
おもわず、私は蛇女に問いかけてしまった。そいつは蠱惑的な笑みを浮かべ答えた。
「ふふ、なかなか熱心な協力者がいてね。その人がくれたのよ。いいでしょ、これ」
私は困惑した。まなみも少なからず動揺している。WADは元来、魔導術士のみに与えられる国からの支給品で、一般に出回ることはないはずのもの。それがテロリストと思しき人物の手に渡っていることに恐怖した。それは強力な魔導術を自由自在に操るテロリストが出現することを意味していた。
「さぁ、楽しいパーティーの時間よ。『黒煙乱舞』!」
蛇女の全身を黒煙が覆い、その一部が私たちの周りにまとわりつく。
「何!? あっ……体が」
黒煙は私たちの体の動きを縛った。こんな簡単に縛られるなんて……。
「ふふ、いい顔ねぇ……その絶望と怨嗟に満ちた表情。貴女たちいいわぁ……いい」
蛇女の顔は上気し、興奮しているようだった。自分の腕で自分を抱きしめ、身悶えしていた。
この隙に……やっぱり駄目だ、体がいうことをきかない。
どこか遠くから、サイレンが聞こえる。この騒ぎを聞きつけて、警察が動いたようだ。
「あらぁ……残念ねぇ。楽しい遊びの時間はもう終わりみたいねぇ……ふふ。さぁ、あの世へ逝け!」
蛇女は両手に炎を生成、私たちに放った!
地獄の業火と見紛うばかりの炎が襲ってきた!
もうダメ……あの炎に焼かれて……
あぁ、もうすぐ、お父さんとお母さんの元へまいりま……
……
まだまだ続きます。