第18話 すろーす 2
まなみ宅を訪れ、街の現状を話すが、まなみは関心を示さない。杏は途方に暮れるが……
ええっと……まなみの住んでいるところはこの辺て、聞いていたんだけど……。確か、古い建物で……。
私は辺りを見回しながら、細い路地をしばらく歩く。道に沿って建ち並ぶ建物はどれも風雪に耐え、独特の趣を醸し出していた。この通りだけ、時間の経過が違って感じられる不思議な雰囲気が漂っている。
まなみの好きそうな風景。あの娘、意外と趣味が渋いところあるからねぇ。
あぁ……いいなぁ。しばらく、このままボーッと歩いてい……
……て、なごんでいる場合じゃない! 緊急事態なのっ! 急いで探さないと……。
やるべきことを思い出し、急ぎ足でまなみのアパートを探す。
あった、あった。ここだ。
私の目の前に、周りに立ち並ぶ和風な建物と全く異なった雰囲気を醸し出している、洋風の異人館のような三階建ての建物が現れた。ツタに覆われた外壁は建物の耐えてきた時間の長さを強調している。
なんかこの雰囲気、まなみっぽいな……特に理由はないけれど……。それはさておき、たしか三階だったな。
その建物に入り、階段を上る。建物の内装はアントニオ・ガウディばりの生物的な装飾であふれ、天井、壁面、床に至るまで色とりどりのタイルの破片で覆われ、さながら極彩色のジャングルといってもよい雰囲気を醸し出していた。
緩やかな曲線で構成された階段を上り、まなみの部屋の扉の前まで来た。
「まなみ、いる? 休んでいるところ悪いけど、緊急事態なの。開けてくれる?」
扉をノックし、反応を待った。
…………
……反応がない。
「まなみぃー、おーい! 返事してよー」
もう一度ノックした。
……………
……反応がない……困ったな。
仕方がない、もう一度……。
扉をノックしようとしたら、扉が開く。
「……誰? 体調悪いんだけど」
最高に不機嫌な顔をして、現れた彼女は親友を目の前にしてそう宣う。
「まなみ、体調不良のところ悪いんだけど、一緒に来てくれるかな? 事件よ」
まなみはジッと私を見つめるだけで、なんの反応もしない。その後の彼女の発言に耳を疑う。
「……今日は休みよ。最上くんと何とかして」
え? ……えぇ! ちょ、ちょっと待ってよ! 体調悪いのはわかるけど、緊急事態なのよ!? そんなけんもほろろな対応って……。
「ちょっと待って、待ってってば! 話ぐらい聞きなさいよっ!」
事態が事態だけに、こっちも「はい、そうですか」と引き下がるわけにもいかず、玄関先で執拗に食い下がること小一時間……。まなみが玄関先ではらちが明かないと思ったのか、部屋の中へ入れてくれた。
まなみの部屋は、落ち着いた色で統一されていて、ところどころにあるアンティークがいい感じに配置されていた。ナイトガウンを羽織ったまなみがジャスミンティーを入れてくれた。ジャスミンの香りが私の鼻腔をくすぐる。……いいわぁ。なんか、なごむ。
…………いやいや、そうじゃなくて。やることやらないと!
まなみのジャスミンティーによる精神攻撃を何とかしのいだ私は街の状況を説明し、単刀直入に要件を切り出した。
「……そういうわけで、手を貸してほしいの。お願い、助けて」
まなみは私を一瞥し、何か考えている。
「……なんだか疲れたわ」
「え……? なんて……?」
まなみはただ一言つぶやき、押し黙ってしまった。私は彼女の次の言葉を待つだけだった。
「ごく最近、考えちゃったのよね……何やっているだろうって」
物憂げにまなみは語り始めた。
――最近、急に体調が悪くなって病院へいったら、影で看護婦たちが噂話をしていたのを耳にしてしまった。曰く「魔法使いが病院通いって笑えるよね」、「魔法使いなら、魔法で何となるんじゃないの?」、「魔法の使い過ぎなんじゃない?」、「あんな美人さんなら、魔法の使い過ぎじゃなくて、別のものの使い過ぎだったりして」……などなど。
普段なら軽く聞き流せるようなことも、その時はなぜか心の底に沈んでいく滓のように聞き流すことができなかった。そんな気分のまま帰宅すると途中で、「あのアパートに住んでいる魔法使いよ、あの人」、「あら、あの妖しいアパートの……」、「変なことしてなければいいんだけどねぇ」……などなど。
誤解されていることはわかって、この仕事を選んだはずだったけれど、なぜかいい加減そんな噂話を耳にすることに疲れを感じ始めている自分がいた。そう思うと、ますます体調が悪くなって、外を出歩くこともおっくうになっていった――
「……という状態なの。わかって」
「そう……なの」
返す言葉がない。気持ちはよくわかるし、調子の悪い時にいろいろ言われると落ち込むわねぇ……。
……ん? でも、何か変だな。いつものまなみなら、「だからどうした。文句があるなら目の前で言え」とかなんとか言いそうなのに……あまりにも、弱々しすぎる。
「……まなみ、何か変なもの食べた?」
「なっ……なんてこと言うのよ、貴女じゃあるまいし」
……非常に失礼なことを言われたような気がするが、とりあえず聞き流すことにする。
「貴女はどうなの、杏?」
へっ……? 何の話でせうか……?
「貴女は何でこの仕事を続けてるの?」
私ですか? 私は口寄せしか取り柄のない女だしぃ、魔導術はイタコと相性がいいというか、使えて損のない技能だしぃ、能力を国が保証してくれるしぃ……あれ? 何でこの仕事をしているのだろう? 何がしたくて、この仕事をしているのだろう……?
頭を抱えてしまった……この仕事について、あまり深く考えたことがなかったことに、いまさら気が付かされる。なんとなく、学生時代やっていた口寄せ感覚で選んだ仕事だからねぇ……口寄せをやっているときも、”悩める人をイタコの力で救う!” なんてかっこいいこと言ってけれど、本当のところは日銭を稼ぐことだったから、結果として人が救われたかどうかなんて、そんなに気にしたことがなかったから……。
なんてことだ! 私って本当に肝心なことを何にも考えていないんだな……本当に私って……。
……あれ、まなみは? どこ?
ん? こ、こいつぅー!
思いがけない問いに頭を抱えてしまった私を後目に、彼女はベッドに入り込んでいた。
……おいこら。人を悩ませておいて、何を寝ている!
人を悩まし勝手に話を切り上げ、ベッドで横たわる親友を叩き起こした。
「もぉ、体調悪いのに……」
それは承知の上だけど、ちょっと無理してお願いだから!
しかし、本当に今日のまなみはおかしいな。まるで、怠け者。 ……ん? 怠け者? を! いいキーワードだ。にひひひひ……。
おそらく、はたから見たらかなり怪しい笑みを浮かべ、あるキーワードをまなみに投げかけてみた。
「……なまけもの」
「!」
反応している、反応している。にひひ。
「まぁーなぁーみぃーのなまーけものー。どこかの誰かさんが知ったら、どう思うかなぁ~? にひひ……」
「な、怠け者じゃないわよっ! た、た、体調が悪いから、横になっているだけじゃないっ! ぜんぜん、全然怠けてるんじゃないんだからっ……」
どこのツンデレですか、あなたは……。
なぜか妙な態度で全否定するまなみ。こういうところは学生の時から変わってなくてよかった。まなみ、異様に反応するのよね『怠け者』って言葉に。にひひ……。
「あーら、怠け者じゃないなら、街の緊急事態に、体調不良を押してでも、私についてくるはずだーけーどーねぇー。にひひひ……」
わざと挑発するような、バカにするような口調で言ってみた。まなみは上目使いで、恨みがましく私を見た。
「……わかったわよっ! 行けばいいんでしょ、行けば! その代り、特別手当出してよ!」
恥ずかしさを押し殺し、私の言葉に従わざるを得なくなった彼女は、微かにほほを赤く染め、ふくれっ面になった。その表情のまま、彼女は着替え始めた。
可愛いぃ、まなみさん可愛いよぉ! よしよし、ちゃんと仕事したら、おねーさん、まなみちゃんに特別手当だしてあげませう。
傍から見れば、おそらく変態的な笑みを浮かべつつ、私は着替え終わった彼女と共に、部屋を飛び出した。
――――☆――――☆――――
私の熱意ある説得に応じたまなみとともに、街へ戻った。相変わらず、街の通りは閑散としており、まばらに行き交う人はゾンビのようにふらふらと歩いていた。
「な……何が起こっているの?」
「これが現状。異常事態ということは分かってくれた?」
まなみは二、三度首を縦に振る。街の現状を目の当たりにして、できる女モードの彼女が再降臨した。
「とにかく一通り街を巡ってみないと全容が分からないわね……行きましょう、杏」
まなみと二人、街を見回しながら一巡りしている途中で、まなみが何か思い当たることがあるのか、だんだんと歩みが早くなっていった。
「まなみ、どうしたの? そんなに急いで?」
「ちょっと、気になることを思い出したの。貴女さっき、『変なものを食べたんじゃない』とか言ったよねウチに来て……ちょっと、うかつだった」
「何かあるの? 体調が悪くなるようなものを食べたの?」
「……そんなところよ。急ぐわよ」
まなみはそうつぶやくと唇をかんだ。何か思い当たることがあったようだ。
かなりの早足で、街を歩く二人。ほとんどゾンビ化した街の人をどんどん追い抜き、まなみはある場所へと急いでいた。
「……まなみ、どこへ行くの?」
「もうすぐ見えてくるはずよ。あった」
大通りからビルの合間を抜け、路地に入ったところに小さな店があった。見た感じ、ハーブティーなんかを売る店のようだった。出入りする客もなく、店員も見えず、店構えもとても地味で、まなみにいわれないとどこにあるの変わらないほどだった。
「この店がどうかしたの?」
「私の推理が間違っていなければ、ここが今回の事件の元凶のはずよ」
まなみにそう言われても、何の事だか私にはよくわからなかった。
目の前にあるのは、うらぶれたハーブの店があるだけだった。
とにかく、まなみについてその店へ入ることにした。まなみさんはWADを何やら操作し、スマホも少し操作てから、店へ入った。
「こんにちはー」
店に入ると、何のハーブかわからないけれど、いろんなハーブの匂いが充満し、むせかえりそうになった。店の中は狭く、所狭しと乾燥したハーブが並べられており、一歩間違えば漢方薬屋といっても誰も疑わない雰囲気だった。
「いらっしゃい。何かお探しで?」
私たちが店に入ってからちょっと間があって、店員のような人が奥から声をかけ、表に出てきた。出てきたのは妙齢の女性で、なんとなく影がある感じがした。どうやらこの人が、店主のようだ。
「この間はどうも。ここでもらった疲労回復に効くドリンク、まだあるかなと思って、寄ってみたんですが」
「あぁ、三日ぐらい前のお嬢さんね。かなりお疲れの様子だったから、よく効いたでしょう? あれ当店オリジナルのドリンクですのよ」
「ええ、おかげさまで。あれを飲んで、二日ほど仕事を休むことになったので、すっかり元気なりましたわ」
「まぁ、そうですの。休養が取れてよかったですね」
「ふふふ……」
「ふふふ……」
……まなみ、ほくそ笑みながら店主にさりげなく嫌味を。店主も、まなみ並みに太い神経している。あからさまに嫌味を言われているのに、職業的微笑を全く崩さない。
並みの神経の持ち主なら、多少なりとも表情に変化があるのに……まさにキツネとタヌキの化かしあい。端から見ているこっちの神経がすり減っていくような……。
息つく暇もないほどの緊張感の中、まなみと店主の神経戦は続いた。
まだまだ続きます。