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第13話 まなみの思い

石風呂で杏にせまるまなみさん。

なんとかまなみさんをかわし、事なきを得る杏。夕食に舌鼓を打ち、万事何事も平穏に過ぎていくかとおもいきや、事件は二人を逃さなかった!

お読みください。

「あー、まっ……まなみ、まなみさん? “世界一の露天風呂”に行かない? ね、ね、いいでしょ? そうしましょ、そうしましょう……」


 身の危険を感じた状況から逃れるため、私はのけ反りながら咄嗟にそう言って、ジョーズのように迫ってきたまなみを交わした。まなみさんは不思議そうに小首をかしげ、私を見ている。


 ナンデショウカ……? ナニカモンダイデモ?


「……そう。行ってみましょうか」


 何か含みのある生返事にほんの少し顔をひきつらせつつも私はまなみと外へでた。外は日がかなり水平線近づき、オレンジ色に焼けていた。私はまなみを引き連れて、目の前に広がる渚へ歩いていく。


 私は振り返り、わざとらしくできるだけ明るく、必要以上におどけて言った。


「ここが世界一の露天風呂でござーい!」


 まなみは腕を組み、まんじりともせず私を見つめている。


 あ、あのまなみさん? 何かリアクションを…………。恥ずかしいぢゃないですか……。

 顔から火が出そうな思いをしているのに!


 不思議な生物でも見るかのような視線を私に浴びせていたまなみがふっと吹き出す。


「……ふっ、ふふっ。確かに、世界一だわ」


 そのセリフに私は少しほっとする。彼女の何か切羽詰まった感じがどこかへいってしまった。まるで憑き物が落ちたように……。


 少し嬉しかった。 ……特に理由はないけれど、彼女のこういう表情はなんとなく好き。


 テンションが少しあがった私は彼女を波打ち際へ誘った。


 黄金色の波しぶきを受けながら、波打ち際女二人黄金色の波としばしたわむれる。時間を忘れ、学生の頃のようにただ無邪気に二人戯れていた。


「そろそろ、晩御飯の時間じゃない? 行きましょう」


 私はそう言って、波打ち際から離れた。まなみは少し名残惜しそうだったが私の後をついてくる。


 ホテルに戻り、食堂の席についた。


 私たちの席には既に食事の準備が済んでおり、結構豪華な料理が並んでいた。海が近いせいか海産物の料理が多かった。刺身はもちろん、焼き魚、煮魚etc. 私にとってはとても豪華な料理であった。ただ、彼女にはそうでもないようだった。


「普通ね、ここの料理……。ま、こういうところではかなり豪華な方かも」


 ぶるじょわって、これだから……。

 まぁいっか。そんなところに突っ込んでもどうしようもない。まなみだし……。


「とりあえず、おつかれ。変な事件だったけど、ひと段落して良かったわね」


 と言いつつ、私はまなみへビールを注ぐ。まなみもにこやかにコップに注がれるのを見ていた。


「……ホント、妙な事件だったわね。面倒な組織と関わりができちゃったしね」

「これから、ちょっかい出されるんだろうな……」


 二人とも顔を見合わせ、ため息をつく。


「……ま、今日のところは美味しいご飯食べて、お酒飲んで楽しくやりましょ!」

「そうね!」

「かんぱーい」


 二人コップを合わせ、中のキンキンに冷えたビールを一気に飲み干す。かー、この一瞬がなんとも……。


 しばし無言で料理にぱくつく。うまい……。

 海が近く新鮮な海産物が手に入るここならでわ。

 カメノテなんてゲテモノっぽいのもあったけど、見かけによらずこれが美味! もっともまなみは「……人間の食べるものなの?」などと宣い、カメノテを食す私を珍獣を見るような目で私を見ていた。


 失敬な! 自然からもらったアリガタイめぐみなんだぞ。


 そんなこんなでしばらくまなみとさしつさされつしながら、雑談に花を咲かせていた。

 次第にまなみもできあがってきたようで、顔色が紅く染まり始めている。


 私はちょっと気になったことを意を決して恐る恐るまなみに聞いてみた。


「……ところで、石風呂で何を聞こうとしたの?」


 と言いつつ、少し身構えてまなみの反応を見る。まなみは多少虚ろな目で私を見つめ、微妙な沈黙のあと徐に口を開く。


「……何、変に身構えているのよ?」


 ゴメンナサイ、私の背筋に寒いものが走ったもので……。


「ま、いいわ。石風呂で聞こうと思ったのは……」


 まなみが何かを言おうとしたとき、どこかで誰かが大声で叫んでいるのを聞いた。

 私たちは辺りを見渡し、どこから声がしたのか探した。どうやら、外から誰かが叫んでいるようだった。


「まなみ、いくよ!」


 私たちは傍らに置いてあったWADを装着しその声がする方へ駆け出した。


 ホテルの外へ出るとそばの港の防波堤に人が集まっているのが見える。何かを叫びながら人が三々五々集まってきている中に私たちも混ざった。 


「何かあったんですか?」


 私が群集の一人に尋ねた。その人は怪訝な顔をして私たちを値踏みするようにじっとみた。


「何だね、あんたら?」

「通りすがりの魔導術士です。何かあったんですか?」

「魔法使いさんか。大変なんじゃよ」


 お決まりの“魔法使い”扱いされ、否定しようとすると群衆の中の他の一人が説明をはじめた。


「防波堤から釣りをしとった子供が海へ落ちたらしい。しばらく、海面であばれちょったのが見えんようになってのぉ。大騒ぎになっているところなんじゃ」

「あんたら、魔法使いなら魔法で何とか出来んかのぉ? 魔法なら、なんでもできるんじゃろ?」


 魔法使いじゃないって……。私たちを魔導術士、ファンタジーな魔法使いと一緒にしないでほしいなぁ……。魔導術は物語の中に出てくるような万能な力じゃないし……。


「魔法使いさん! 子供を……、うちの子を助けて! お願いしますっ! あ願いしますぅ…… おぉねぇがぁいぃぃ……」

 

 私は激しく揺さぶられ、溺れた子供の母親とおぼしき人から懇願される。

 母親から懇願されると弱いな。……魔法使いじゃないですが、やれるだけのことはしてみましょう。


「分かりました。やってみます」

「捜せるの?」


 まなみは私に確認するように尋ねる。

 もちろん。ようは気配探知なんだから、「反魔導術なんたら」を探した時の経験が生きるはず。


「……多分大丈夫。まだ生きている人の“思い”を捜すほうが楽だし。見つけたら直ぐ引き上げるから、座標設定の準備、お願いね」


 まなみが頷くのを見ると私は精神を集中、深く静かに呼吸し、周囲の魔導素子の流れを感じる。短い時間だけど、もどかしい沈黙を守る。周囲の幾人もの息吹きを感じ、一つ一つ選別していく。その中に消えかかりそうな“思い”がないか探った。


 地道な選別作業に何をしているのかわからない周りの群集は次第にれて、口々に勝手なことを言い出す。「サボるな」とか「突っ立っているだけじゃ役に立たないぞ」とか、私のやっていることを理解できない人たちは容赦がない。


 外野で何を言われようとも私は今やっている作業に専念する。これが私のできること、精一杯のことだから。誰になんと言われようと、私は魔導術士にしてイタコ! これが私!


(感じる! 消えかかりそうな命の息吹き。……前方二〇m、水深八mか)


「まなみ、目標発見! 前方二〇m、水深八m座標合わせ!」

「前方二〇m、水深八m座標設定完了!」

「目標を引き上げる! 三、二、一、今!」


 群集は固唾を飲んで私たちの作業を見守っていた。目標の下側の海水を魔導術で硬化させ、海水でできた担架のようなものを生成する。その担架ごと、目標を海面へ浮上させる。

 海面から、ぐったりとした子供が浮かび上がる。


「ひろし!」


 私たちは静かにその子を海面から舞い上がらせ、防波堤の上の横たえた。その子はぐったりとしたまま、ぴくりとも動かない。


 その光景を見て、周囲の群集がざわつく。


「呼吸してないんじゃないか! 誰か人工呼吸を!」

「誰か心臓マッサージを!」


 この程度のことなら想定内。まなみの力でなんとか……。


「まなみ、やれる?」

「やるわ。蘇生措置します。全員下がって!」


 まなみはその子供に群がっている群衆を下がらせ、即座にWADに魔力をため、子供に向かっていかづちを放った。


「何をするんです!」

「お母さん落ち着いて。電気ショックを与えて、蘇生させところです! 下がって!」


 まなみの電撃を子供の心臓に与え、私が心臓マッサージを何回繰り返しただろうか、子供に微かな息吹きが宿る。

 それは次第に強くなり、咳き込み出すと完全に意識を取り戻した。


「もう大丈夫でしょう。お母さん安心してください」


 私の言葉にお母さんは子供を失う恐怖から解放されたせいか、子供を強く抱きしめ、泣き崩れた。


 一応の決着が付いたとき、遠くで救急車の音が聞こえた。どうやら、救急隊の到着のようだ。救急隊員たちと一緒に自転車に乗った駐在さんも現場に駆けつけた。


「あんたらかね、子供を助けたのは? ちぃと、話を聞けるけ?」


 私たちは身分を明かし事の顛末を駐在さんに説明した。


「ほぉ、あんたら国家魔導術士なんじゃ。なるほどのぉ」


 駐在さんはしきりに感心した。一通り感心すると駐在さんは無線で本署へ連絡する。


「魔導術行使報告をついでにしたいのですが……」


 私がそうお願いすると、わりと気のいい駐在さんはとりあえず、仮報告を無線で本署へしてくれた。後で正式な書類をメールでもいいので、送れば報告は終了ということだった。


 すると、駐在さんは無線を切り、小声で話しかけてきた。


「あんたら、ひょっとして飲酒して魔導術を行使した?」


 私たちは一瞬で血の気が引いた。必ずしも法に抵触する訳じゃないんだけど、魔導術士が守るべき倫理に関する項目にはあるので事が公になると色々不味い。


「……ま、本来なら署で話を聞くことになるんじゃが今回は不問としとくけーの。話に聞いたような正確な魔導術行使じゃったら飲酒の影響は全くないと判断できるし、それに……」


 その駐在さんは思わせ振りに言葉を切る。


「……感動的な救出劇を台無しにしたくなかろ?」


 私たちはこれ以上ないというぐらい全力で頷いた。


「ほじゃけど、次はどうか知らんけーの」


 と駐在さんはウインクしながら、おどけて敬礼する。

 警察官としてはどうかと思ったが突っ込める立場ではないのは明らかだったので、私たちは苦笑いするしかなかった。


 救助成功の喧騒の中、母親に抱きしめられ少年は救急車に乗り込んでいった。件の駐在さんも、自転車に乗って現場を離れていく。


 私とまなみは遠巻きにその光景を何とはなしに見つめていた。まなみはその親子を某か羨ましそうに見つめ徐に呟きだした。


「……私、親にあんな風に抱きしめられた記憶がないのよね」


 え? 唐突なまなみの告白に少し戸惑った。そんなこと急に言われても、リアクションの取り様がないじゃない……。


「……だから、あのとき特尉に抱きしめられたとき何とも言えない変な感じがしたの。それでいて全然嫌じゃなかった……。この感情って何なの? 杏、貴女なら分かる? 私、それが聞きたかったの」


 何と言ってあげたら良いのやら……? 私も早くに両親を亡くしたから、親に抱きしめてもらった記憶はない。住職は……。住職は、拳骨で殴られる記憶しかないしなぁ……。


「……私も両親に抱きしめられた記憶はないしなぁ。良く分からない。けど、嫌じゃなかったなら悪いことじゃないと思う。きっと……きっと……きっと好意を持っているんじゃない?」


 まなみはおもいっきり眉間にしわを寄せ、顎に手を当て考え始めた。


「……好意? 特尉に? 私が? ……私が。……まさか」

「ま、そんなことはさておいて、戻って飲み直さない? 無事、ミッションコンプリートということで……」


 まなみがまるでこの世にありえない事態に出会ったような表情を崩そうとしないので、気分を変えるために飲み直すことを提案してみた。


 結果……満面の笑みを浮かべ二つ返事で同意した。


 ……この飲み助が。


 とにかく、突然の事件はあったものの骨休めの温泉旅行の夜は更けていった。これで事件が全部丸く収まったらよかったんだけど……。

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