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魔王殺人事件

作者: 小林 樹人

 魔王殺人事件



 1



 その日は、ひときわ天気が悪かった。


 若木を強引にへし折る如く、めきりめきりと響き渡る雷鳴。今しも夜空が崩れ落ちてきそうなその轟音は、人の眠りを不安にさせる。

 音だけではない。

 幾条もの稲光が天にひびを入れており、心許無さに拍車をかけていた。


 霹靂は照らし出す。

 西の孤島の西の端。樹海を抜けた先の断崖。

 宵闇に隠れるようにして構えられた、魔王の城を。



 2



 魔王は死んでいた。

 大広間にある巨大なパイプオルガンの前で、椅子に座したまま息絶えていた。


 第一発見者は、魔王軍の四天王・風のシルフィード。

 如何なる事態でも飄々としているが、一方で常に冷静な判断を下せる男である。

 そんな彼が第一発見者であったのは不幸中の幸いといえよう。


「こりゃ参ったなぁ〜。蘇生も手遅れっぽいし……」

 憶えず、独り言が漏れていた。

 頬のあたりを掻きながら、妥当な対応を思案する。

(ウチはこの人のカリスマ性で纏めてるようなモンだから、当面公表は避けるべき、か。まずは四天王にだけ伝えよう)



 3



 火のイグニオン。

 水のアクアリア。

 風のシルフィード。

 地のギガンテス。

 程なくして、四天王が大広間に集結した。


「どういうことだ! シルフィード、貴様がついていながら!」

 イグニオンが激昂する。

 彼は魔王に対する忠誠心が誰よりも強かった。妄信的とも言える。

 生来の直情径行も相まって、こういったイレギュラーな状況に弱い。忠実であったが故に、臨機応変さを磨かずにいたのだ。

「いやいや、ついていながらっていうか、ついていようとした段階でこうなってたんだって」

 シルフィードは苦笑いを浮かべて軽く避けようと試みる。

 だがイグニオンは止まらない。

「ならば何故あと少し早くここに来なかった? お前がいればこうはならなかったかもしれぬものを!」

「これでも予定よりは早く着いたんだけどね」

「もっと急げば良かったのだ!」

 イグニオンは感情の収め方を知らない。睡眠時を除けば、次の感情が湧いてくるまでとにかく一種類しか胸の内を表現できない。

 驚愕、状況否定、悲しみという段階を踏み、差し詰め今は怒りで思考が満たされているのだろう。

 魔王を死なせた原因が不明であるため、副次的な矛先としてシルフィードに当たっているのだ。

(あ〜あ。この人はただ誰かに怒っていたいだけなんだろうなぁ)

 呆れながらも顔には出さず、シルフィードは糾弾がひとしきり尽きるまで聞き流すことにした。

「大体貴様は普段からそうなのだ、今回だって……」


 やがて息切れを起こしたせいで、イグニオンの言葉が途切れた。

 機を見出し、シルフィードは次の話題に移った。

「それで、僕からみんなに提案があるんだ。このことは四天王だけの秘密にして、部下にはしばらく伝えない方が得策かと思うんだよね」

「ガーッハッハッハ! ちげえねぇ!」

 ギガンテスは意味もなく持参したハンマーを振り回し、破顔一笑した。

(このバカは状況がわかっているのか?)

 奇しくも、シルフィードとイグニオンの目が合う。それだけで、互いが同じ感想を持ったことを認識できた。

 この脳味噌が筋肉に侵食されたようなギガンテスに話のレベルを合わせていては、何事も展開できない。


 何事もなかったかのように、シルフィードは話を続ける。

「二つのことを同時進行したい。一つは魔王様の死因を探ること。もう一つは、僕らが代わって軍の指揮を執ること。今までは命令を聞くだけでよかったところを、その命令自体から立案しなきゃいけなくなるから負担が増えるんだけど。あ、ギガンテスは今まで通りでいいから」

「おう、オレ様に任せりゃあ百人力よ!」

「(百人力どころかマイナスだろ……気ィ遣うわ)どうだろう、僕はリーダーじゃないからさ。みんなが嫌だって言うならそれでもいいし」

 落ち着きを取り戻したイグニオンは両腕を組み、不本意そうな顔で答えた。

「やむを得まい。貴様なりに最善を模索していることは理解した。協力は惜しまん」

「ありがとう。姉さんは、どう?」

 視線をアクアリアに移し、返答を求めた。


 アクアリアは常に両目を閉じている。盲目ではないが、当人曰く「世に差す光は濁りの始まり」という理由らしい。

 寡言で、静寂を好む。

 透明感に溢れた美しい容貌であるが、一種の神聖視にも似た近寄り難い雰囲気を漂わせている。

「空が啼いている。故に私も啼いている」

 寡言な上、言語表現に詩情が過ぎる。意味があるのかないのかさえ判断が困難な言い回しのせいで、コミュニケーション能力が著しく低い。

「(意味わかんねぇ……)そうだね、僕も悲しいよ。で、賛成か反対かだけでも教えてくれないかな?」

「鳴り止まぬ音が、音を鳴り止ませる。彼の者へのレクイエム。彼の者からのレクイエム」

 彼女は常人に感じ取れない何かを見たり聞いたりしているのかもしれない。

 ただ、シルフィードにとっては会話に参加する気がないように感じられた。


「レクイエムか――魔王様に歌って差し上げねばならんかもな」

 イグニオンが感慨深げに、魔王の眼前に佇むパイプオルガンへ視線を向ける。

「おいたわしや――思えば、よくそこで様々な曲を演奏しておられたな……つい先日まで、いつも通りに……くっ……」

 そして勝手に感極まり、再び悲しみに捉われてしまった。

「よお、レクイエムってなあオレ様より強ェのか?」

 ギガンテスに至っては詩情以前に単語の意味がわかっていない。

「終末の鐘が聞こえる。彼の者はもう来ない。そして、忘れられるならば」

「頼む。今は言ってくれるな、アクアリアよ。私とてわかってはいるのだ。あの御方は、もう……」

「ガーッハッハッハ! 構うこたぁねェ! 人間どもなんざ全員ブッ潰しちまえばいいのよ!」


 一向に話が進む気配がしない。

 そもそもが、名目上四天王のリーダーはイグニオンのはずなのだが、彼がこの状態では建設的な意見を期待するだけ無駄だった。

 元来シルフィードは自由を愛する気風であるため、周囲をまとめるようなタイプではない。

(なんか……この人たち嫌だな、もう……)


 翌日、シルフィードは魔王軍を脱退した。



 4



「どうした勇者よ、ブツブツ言っておらんで早く魔王の城へ向かわぬか」

「お言葉ですが王様、その前に調査隊の派遣を要求します」

「調査内容は先ほど伝えた通りだが。地図も与えたであろう」

「なんというか、もう仕留めたと思うんです。たぶん」

「仕留めた? 何をだ」

「ですから、その、魔王を。今、魔王の城に雷撃魔法を八十発ほど叩き込んだので」

「ここからか!?」

「ここからです。魔法は遠距離攻撃をするためにあるんです。敵の前に姿をさらすなど、二流のすることです」

「し、しかし魔王に命中したかどうかまではわからんだろう」

「おっしゃる通りです。ですから調査隊をもう一度。調査内容が正しいなら、あれだけ撃てば届いたと思うんですよね」

「魔王にか?」

「魔王というか――パイプオルガンに」


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