第3回 危ない通学
ラット・クリーミュウの姿で走り続けること数十秒。変身した甲斐もあって、愛にはすぐに追いついた。
「ほふほっはひほんはふほふへふほへ、はほっはん!」
『なんだって!? パンくわえながら喋られたって全然わかんねえんだけど!?』
「はあ、ほへん」
謝りながら、愛はくわえてたパンを右手に持ち直した。
「よく咄嗟にそんな嘘つけるよね、まこっちゃん! ある意味尊敬するよ!」
野郎……ちゃっかり見てやがったのか。さっきのやりとり。
『お前のせいだろ! てか、だったらお前ももうちょっとまともな道選んでくれよ!』
「そんな余裕ないでしょ! ほら、さっさと元に戻って! そんな姿で登校してたら怒られちゃうよ!?」
『うるせぇ~っ! 誰のせいで変身する羽目になったと思ってんだばかやろぉ~!』
若干涙声で怒鳴りながら、俺はすぐに変身を解除して元の姿に戻った。
そう……。くどいようだが始業式早々、遅刻するわけにはいかない。とはいえ、実を言うと式自体は別にどうでもよかったりする(むしろサボりたいくらいだ)。
だが問題はクラス発表だ。ここでもし遅刻なんてしたら、自分たちが何組に所属されることになるかがわかんなくなっちまう。それはさすがに困るだろ?
……あ。いや、でも別に大丈夫か。そういや俺、クリーミュウだから別に遅れたってクラスが分かんなくなるような心配は……いいや、ダメだダメだ! 俺が良くても愛が困る!
つうか……よくよく考えたら、そもそも始業のチャイムと同時にクラス発表の貼り紙を即座にはがすような真似するのかなぁ…………どうなんだろ?
むぅぅ~…………。うぅぅ~…………。んんんぅ~…………。
…………んああああっ!! もうよくわかんねぇっ!! どっちにせよ遅れたら気まずい事に変わりはねえんだし、今はとにかく走らないとっ!
そうだ! 俺は遅刻を免れるためなら、どんな危ない橋だって渡ってやるぜっ!
「気をつけて、まこっちゃん! そこの手すり壊れてるよ!」
「なぁ! 俺らって通学してるんだよな!?」
「はぁ? 何言ってんの? 当たり前じゃん。なんでそんなこと聞くのさ?」
「だって思いっきり使用禁止の立て札立ててあったぞ、ここ! めっちゃギシギシ言ってんしよぉ……。いくら近道とはいえ、なんでたかが通学でこんな危ない橋渡んなきゃいけねえんだよぉ~……」
「あっ、そう。なら勝手にひとりで戻ってひとりで遅刻すれば? 僕は行くよ?(ぎしぎし)」
「あっ! ちょっ、待てって!」
まぁ、そんなわけで……。
第3回 危ない通学
今、俺たちの目の前には石でできた長い長い下り階段がある。
古い階段なのか段ひとつひとつの感覚がかなり狭くて、角度もきつくなっている。100段以上は確実にあるな。
おまけにさっきまで全速力で走ってたうえに変身までしちまったもんだから、現時点でもう体力に余裕はない。
正直、見ているだけで眼が眩んじゃいそうだ。はっきり言って、あんまり使いたくはないな……。
けど、ここを早く下りられれば遅刻はなんとか回避できる。それどころか、時間に余裕が生まれる可能性だってある。
だから、ここは避けるわけにはいかないんだ。そのために散々、変な近道を使って、やっとここまで来たんだしな。
ここで引き返したりなんかしたら、今までの苦労も水の泡ってもんだろ? ぜぇ~ってぇ~、とっとと駆け下りてやる。
「て、おいっ! 何やってんだよ、愛!」
俺が意を決してさぁ、階段を下りようとした矢先だった。
何をとち狂ったのか愛の野郎、どこで拾ったのか知らないけど、潰して平らになった大きめの段ボールを使って、階段中央の手すりをまるでスノボみたいに滑走し始めやがった!
そういやスケボー使って階段の手すりを滑走する奴なら、俺も昔、どっかの古い不良漫画で見たことならあるけど……。
けど愛が使ってるのは、どっからどう見たって、ただの段ボールだ。確かにそれなりに厚みがあって、スケボーくらいの面積はあるみたいだけど所詮はただの分厚い紙切れ。いくらなんでも、危険過ぎる。
事実、愛の野郎、真面目に駆け下りるよりも遥かに速いスピードで滑っていってるけど、あれ、着地は大丈夫なのかよ!?
俺は自分でも気付かないうちに、無我夢中で階段目掛けて走り出していた。階段の段に差し掛かる直前で
「キィッ……シャァァァァアアッ!!」
俺はハツカネズミ型の怪人、ラット・クリーミュウへとその姿を変える。本日2度目の変身だ。
そして、すぐに両手……いや、前足を地面につけた四つん這いの状態、すなわち四本足で走る体勢に切り替えた。
実は俺、どういうわけかクリーミュウに変身してる時はこの体勢で走った方が速かったりする。まぁ、そのかわり二本足で走る時よりはるかに体力持っていかれるんだけどな……。
けど、今はそんな疲れるからどうだとか言っていられる状況じゃねぇ。
あいつの身の安全のためにも、俺は全力であいつを追い抜かなきゃいけない。その為の四本足走行だ。二本足で走るより確実に速いし、何よりバランスもよくて安全だからな!
俺は走る風圧を愛に当てないよう、階段からやや外れた斜面まで大回りしながら坂を走る。
確かに距離は伸びるし、ところどころ大きな木が生えてて邪魔だけど、それでも真面目に階段を使うよりかは確実に走りやすい。愛を追い抜く自信は、充分にある。
俺は放物線を描きながら緩やかに坂道を曲がり、目の前の木々を最低限の動きで確実にかわしながら、愛のゴール地点になるであろう手すりの終着点まであと一歩と言うところまで迫った。
一方、愛の奴は全体の距離の4分の3くらいを滑り終えたところだった。
よっしゃ、これなら間に合いそうだ! あとはあそこであいつを待ち構えれば……!
「っ……! ンギャァァァァアアアア……!!」
その時だった。あと少しで坂道を走り終えようとしてたところで突然、俺は何かにはじき返されるかのようにさっきまで走っていたコースとは真逆の方向に殴り飛ばされた。
まるでバットではじき返されたボールみたいに、俺は階段右側(下から見た場合)の方に叩きつけられた。
『うっ……ぐっ……いってぇ~……。なんなんだよ、いったい……』
「ふあああ! ほいへほいへ!」
『んん?』
俺は咄嗟に愛の悲鳴(だよな? パンくわえてるせいでわかりづらいけど)が聞こえた方向へ視線を向ける。
と同時に"ドンっ!"と何かと何かがぶつかる音が俺の耳にはっきり届けられた。かなり大きな衝突音だ。
そこで俺が見たのは、うつぶせ状態で地面に倒れた愛の姿……
……ではなかった。そこにいたのは……クリーミュウだ。
まるでオスライオンのたてがみのように頭全体を覆っている黄色い花。
だけどそれに反して、植物の葉や茎のような濃い草色をしたボディーはどう見ても女そのもので、胸、尻、脚など体全体がふっくらと丸みを帯びた、いわゆる女性的な体つきをしている。
ただ、ウエスト部分にはキュッと引き締まったくびれがあって、それがこいつの女性的なボディーラインをより一層際立たせるアクセントになっている。
ムッチムチのヒップとバストに、程よく引き締まったウエスト。俗に言う"ボン、キュッ、ボン"なエロ体型だ。
さらに葉っぱの付いた蔦が、まるで昔話に出てくる植物に覆われた古いお城みたいに全身に絡みついていて、その姿はさながら鮮やかな黄色い花を咲かせた緑色の木のよう。さしずめ"怪人ひまわり女"ってところかな?
けど、何より目を惹くのが、その大きさだ。
でかい……。とにかく、でかい。
別にクリーミュウで2mを超えるのは、そう珍しいことではない。俺だって2mギリギリいかないくらいだし(もちろんクリーミュウのときの話な)。
別に珍しくはないんだが、こいつの場合、肩の時点で2mなんてとっくに越している。要はクリーミュウ姿の俺よりも、さらに頭ひとつ分以上はでかいってわけだ。それだけで、このひまわり女がいかにでかいのかがわかるってもんだろう。
「へ……はへ?」
愛は、その妖怪巨大ひまわり女に抱っこされていた。どうやら助けられたみたいだな(にしても、この状況でパンまで無事ってのがすげぇな……)。
だけど、あいつ自身も何が起きたのかよくわかってないみたいだな。明らかに戸惑っている。
ひまわり女が、愛を足元に下ろした。しっかし、すげぇ身長差だな……。愛の野郎、あいつの胸の高さにも届いてないでやんの……。
ちなみにその足元には、さっきまで愛が手すりを滑走するために使っていた段ボールが無作為に落ちていた。
「えっ……えぇっと、その…………だ、大丈夫? 怪我とかなかった?」
愛はくわえてたパンを口から離すと、自分よりはるかにでかいひまわりの化物を見上げながら、こともあろうにそいつの身体の心配をし始めやがった。
おいおい……馬鹿か、あいつ? 相手は仮にも怪人だぜ? 人間よりも遥かに丈夫な身体を持ったクリーミュウが、そんな簡単に怪我するかっての。むしろお前が大丈夫なのかよ?
つうかよぉ、そんな的外れな心配ばっかしてると……。
「ぁいった!!」
『馬鹿か、あんたは! むしろあんたが大丈夫なの!? 朝っぱらからあんな危ないことして……。怪我でもしたらどうすんのよ! えぇっ!?』
ほぉ~ら、怒られた。愛の奴、なんか無駄にでかい化物女に説教されはじめたぞ~? しかも拳骨のおまけつきだ!
しっかし痛そうだな~……大丈夫か? 愛の奴、思いっきり頭押さえながら蹲ってるぞ?
……まっ、しょうがねえか。はっきり言って自業自得だしな。ご愁傷さまでぇ~っす!
にしても、なんかこいつら怒ってばっかだなぁ……。
(彼女の正体は、また次回)