動物企画「古城の蝙蝠」@koru.
夜中目を覚ましてお腹が空いていたら、棲家にしている古城の天井から飛び立ち、近所の牧場で寝ている牛達から血をいただく。
私は、吸血コウモリという種族。
仲間はいない、物心ついた頃には棲家である無人の古城の天井にぶら下がっていた。
ご飯は毎日じゃなくてもいい。
お腹が空かない日は、お城の中を巡回する。
俗に言う自宅警備というやつだ。
ただ警備はできるけれども、侵入者に対して対抗できるわけではない。
そっと見守るだけだったりする。
時々、人狼が入ってきて台所でごそごそして帰っていく。
食料は無いから、きっとがっかりしてることだろう。
果物を運んで置いておいたこともあるけど、いつ来るかわからないので腐ったり、そもそも人狼は肉食らしく、私が一生懸命運んだ果物を一瞥しただけで食べずに帰ってしまったので、やめた。
寂しく思いながらも、平和に過ごしていたある日。
牧場から満腹で帰ってくると、礼拝堂の奥にある、古城の地下に続く扉が開いていた。
ずっとここに住み続けていたけれど、この扉が開いていたことなんて無くて。
私はドキドキしながら、その扉をくぐってパタパタと地下へ続くその階段を下っていく。
真っ暗だけど、私の目にはちゃんと壁も階段も見えている。
どこにもぶつかる事無く、地下室へとたどり着いた。
部屋の中には、棺がひとつ。
そして、その棺にゆったりと腰掛ける………人ではありえない程、美しい男。
その美しい男は、真紅の瞳に優しさをのせ艶やかに微笑んで私に両手を伸ばした。
「愛しいレナリーア」
低い男の声を聞いて、ズクンと頭が痛んだ。
「レナリーア おいで」
呼びかけられてフラフラと近づいてしまいそうになる羽を、慌てて止めて天井にぶら下がる。
男は少し首を傾げると、私の方に手を伸ばしたままゆっくりと立ち上がり、滑るように私のぶら下がる真下まで歩いてきた。
近い、近すぎるよ!
混乱する頭が、これ以上この人に近づいちゃダメだっていう。
この、人?
違う違う、人じゃない、彼は吸血鬼。
「レナリーア…わたしの、レナリーア」
微笑んでいるのに、ハラハラと涙を流す吸血鬼。
私の胸がざわざわと慌てだす。
焦る。
彼が喋るたびに、胸が張り裂けそうになる。
早く早くと心が焦る。
「レナ……レナリーア」
弱々しくなっていく声に、天井を掴んでいた私の足はふるりと力をなくし、私の体は重力に引き寄せられるまま、真下で掲げていた彼の両手の中に落ちた。
彼の冷たい手のひらの中にぽとりと落ちた私。
大きな手のひらは、ちっさな私を包み込んでしまう。
「レナリーア」
囁く声で、手のひらに包み込んだ私に声をかける。
私は顔を上げて間近から彼を見上げる。
美しい真紅が私を見つめている。
「まだ怒っているのか、レナリーア」
そう言いながら、チュッチュと音をさせながら私の鼻先にキスを落とす。
まだ、怒る、とはどういうことなんだろう、私達は今初めて出会ったばかりなのに?
「ああ、そうか。 お前は寂しがり屋だった」
彼は私を大事に手のひらに包んだまま、地上への階段を登る。
コツンコツンと小気味良い音が、階段に響く。
私のお気に入りの場所である小さな礼拝堂の壇上にある台の上に腰掛けた彼は、ステンドグラス越しに射しこむ月明かりに映えてとても美しい。
優雅に組んだ長い足の、膝の上にちょこんと私を乗せる。
私はコウモリだから、地面に立つのが得意じゃなくて、へにょりと彼の膝っ小僧を抱えるようにくっつく。
「忘れん坊のレナリーア どうして君は目がそんなによく見えるか気づいているかい? 本来コウモリとは、超音波で物体を感知するものだよ」
そんなことを言われても、見えてしまうのだからしょうがない。
「食いしん坊のレナリーア どうして君は、自分の体の倍以上もの血を吸えるのか気づいているかい?」
「寂しがり屋のレナリーア どうして君は、一人ぼっちなのか気づいているかい?」
ゆっくりと、私に語りかける声は優しくて。
なのに、その内容が私は恐ろしくて仕方がない。
「愛しているよ レナリーア。 君はわたしの永遠の番」
私は大慌てで彼の膝から飛び立った
力の限りに羽を動かす!
高く!
遠くへ!
もっと!
もっともっと!
私は古城を飛び出し、気味が悪くて苦手な古城の裏手へと逃げた。
無秩序に木が生い茂った古城の裏の森は、隠れるのに最適で。
私は木々の間をすり抜け、飛んだ。
そして、その場所へ出てしまった。
朽ちた、あるいは朽ちかけた墓石が乱立する、墓地。
そのひとつの墓に、私はフラフラと吸い寄せられる。
『レナリーアが愛した ルーベルト ここに眠る』
若く、血気盛んな青年で、青い目がいつもキラキラと輝いて。
そうしてその真っ直ぐな瞳で、私を見て、愛を囁いた人間。
フラリ……飛び立って、離れた場所にある、墓石にたどり着く。
『レナリーアが愛した ルッツェルト ここに眠る』
静かな人だった、柔らかな栗色の髪をした、知的な青年。
私が眠っている顔を見るのが好きだと言った。
彼の膝枕で髪を撫でられるのが好きだった。
また、フラフラと次の墓石へと誘われる。
『レナリーアが愛した リョウエン ここに眠る』
『レナリーアが愛した ミルユード ここに眠る』
『レナリーアが愛した ワッツ ここに眠る』
『レナリーアが愛した――――』
あ……ぁ…………
そうだ
私はみんなをここに埋葬して……
ぽとりと地面に落ちた私が無様に喘いでいるのを、いつの間にかそばに来ていた彼が表情の抜け落ちた顔で見下ろしている。
「我が愛しのレナリーアは 恋人たちに遺されて 何度も絶望し、そして何度も恋をした」
彼は私を摘み上げ、もう片方の手のひらに載せると、背に流していた漆黒のマントを翻した。
一瞬で移動した先は礼拝堂の段の上。
彼は私を台の上に載せる。
「鬼ごっこの上手なレナリーア。 何度もわたしから逃げ出して、人間の男のもとへ行く。 殺したいほどに愛しいレナリーア」
私を台の上に押さえつけている彼の手に力が入る。
全身が圧迫されて苦しくて、小さな悲鳴が漏れる。
「いっそこのまま君のすべてを喰らってしまおうか」
陶然としたその言葉に、封印していた私の記憶の蓋が一気に開いた。
鍵は――――
愛の言葉
失われた男たちへの嫉妬
そして、狂おしいまでの独占欲
あぁ! 色鮮やかに蘇る、私の想い!
美しい私の王
100年の時を貴方の養女として生き
200年の時を貴方の友として生き
300年の時を貴方への愛を押し隠して生きてきた!
貴方を得るために、100を越す男たちの死を看取り、緻密に布石を敷いてきた。
やっと今日、私の想いが成就する。
早く食べてください、私の王。
そして、永遠にひとつに――――
王の手がちいさな私を掴み上げ、目を合わせる位置まで持ち上げる。
「残酷なレナリーア」
その薄い唇が私の右羽を食み、ぐっと歯を立てられてバリッという音と共に食いちぎられた。
ああ、王が私の羽を食べている。
痛みよりも喜びが湧いてくる、なのに私の口からはキーキーという悲鳴が漏れる。
「美しく残酷なレナリーア。 わたしの愛を試す愚かなレナリーア」
王はハラハラと涙をこぼしながら私を食べる。
最後に残ったその部分を舌に載せ、王は壇上の台の縁に手を掛ける。
わずかに力を込めると、台の上部がゆっくりとずれて……。
台座の中に死んだように安らかに眠る一人の乙女。
王は舌に載せた私を口に含むと、台座の中から抱き上げた乙女の冷たい唇に唇を重ねて、私を乙女の口の中にトロリと流し込んだ。
覚醒する
「愚かなレナリーア わたしの愛を試したその罪、お前の総てを以って贖え」
抱きしめてくる吸血鬼の王の瞳に宿る情欲の炎に私は――――――――