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戦女神の帰還

「町に着く前に聞いておきたい事がある」


 街道を行く道すがら、ふと思い出したようにアリスが鉄兵に話しかけてきた。未だ乗り物酔いが醒めていないようで顔色が少し悪い。


「私とした事が聞き忘れていたのだが、鉄兵は何者なのだ? 人間族ではあるようだが幽鬼族の特殊能力すら超える身体能力を持ち、獣と意思の疎通ができるようだ。それに伝説級の魔術を使うというのに魔術師でもないようだし、それを使用するまでそれが使える事を自分でも知らなかったようにも見える。さらには見慣れぬ服装をしておるのだ。疑うようですまぬが、怪しく思うのは理解して欲しい」


 もっともな意見だった。むしろ今まで聞かれなかった方が不思議なのだがとうとう聞かれてしまったと鉄兵は頭を痛めた。


 シロに話したあの胡散臭い話をアリスも信じてくれるだろうか? まあ横にはシロもいるのだから、シロに話したとおりに話す他はないわけであるが。


「うーんとな、俺はこの大陸の出身者じゃないんだ。転移魔法みたいなもんに巻き込まれたみたいで昨日の昼に川に流れていたところをシロに助けられたんだけど、それ以前はごくごく普通の学生で、あんな力は使えなかった。なんでこんな事になってるのかは原因不明。むしろ俺が聞きたい」


 言えば言うほど胡散臭い話である。


「……ふむ。その話を信じろと?」


「ですよねー……」


 アリスにジト目で見られてしまった。まあそう言うのは当然の気がする。自分が聞いても信じないだろうし、むしろ信じたらアリスの正気を疑うだろう。


 ちなみに鉄兵は気が付かなかったようだが、横で聞いてたシロはアリスの言葉に嘘が混ざっている事に気が付いていた。すっとぼけて聞き忘れていたなどと言っていたが、このタイミングが来るまで聞くのを控えていたのであろう。町が近くなり門の前には兵士が集まっている。つまりは援軍を呼べるという事である。鉄兵が害なすものであるならば捕らえねばならないが、人目の無い場所でそれを聞いてもし万が一鉄兵がそのような人物であった場合はどうなるかわからない。とはいえ人手が多ければ鉄兵をどうにか出来るとは思ってないだろうが、ここまで行動をともにしてみてきて、鉄兵なら下手に暴れたりはしないだろうと見透かしての事である。


 なのでシロは『案外抜け目ないお嬢ちゃんだな』などと顔には出さずに横で会話を聞いていたのだが、恐らくシロがそう考えている事はアリスも見抜いているだろう。知らぬは呑気な鉄兵のみである。だからこそ嘘をついているとは思えずに、あまり深くは聞かずにいるのだが。


 鉄兵がちらちらとこちらに目を向け助けを求めているのを見て、シロはやれやれと助け舟を出す事にした。


「アリスよ。テツの言ってる事は多分本当だぜ。自分の力に素で驚いていやがったし、渡した大陸の地図も逆さまに見てたからな」


 シロの言葉を聞いて、アリスはじっとシロの瞳を見つめた後に小さく溜息を吐いた。


「竜人のそなたがいうならそうなのだろうな」


 なんとか疑いが晴れた鉄兵はほっと胸を撫で下ろす。しかしなぜ竜人が言うなら嘘じゃないと言えるのだろう?


「竜人って嘘を見抜けたりするのか?」


「いいや、そんな便利な能力もってないぜ」


 ならなんでシロが竜人というだけで鉄兵のあの胡散臭い話を信じたのだろう?


 鉄兵の疑問が顔に出ていたのだろう。シロがニッと笑って解説をしてくれた。


「竜人族が大昔に大陸の中央を占領したって話はしたろ? それで大陸全土から恨みを買っちまってな。そんな状態もあんまり居心地が良いものじゃないからと、せめてもの代わりとまではいかないが、結構な数の竜人族が任務を授けられて大陸中で人助けの旅をしているのさ。そんな事を何百年と続けて竜人族はようやく信用され期待されてるわけだから、悪人を庇ってのさばらせておいたりしたら、それこそお仲間の竜人族から追われちまうってわけだ」


 まあ任務と言っても俺の場合は半分趣味だけどな。とシロは笑って付け加えた。


 なるほどと鉄兵は頷いた。簡単に言えば巡回保安官みたいなものだろうか。シロが鉄兵を助けてくれているのは、シロの性格もあるだろうが、そういう理由からでもあるようだ。改めて考えてみればそんなシロに初めに遭遇できたのだからなんとも運の良い話だ。


「まあ鉄兵が悪人だとは私も疑っておらん。しかしくれぐれも私の敵に回ってくれるなよ」


「頼まれたってお断りだよ」


 アリスの口調に冗談が混じっているのを感じて、鉄兵は笑いながらそれに返した。どうあっても敵に回れる気がしないのは本当のところだが。


「そんじゃま面倒な話が終わったところで軽く打ち合わせといくか」


 シロが少しだけ真面目モードになった。


「テツよ。分かってると思うがあんまり派手な事するなよ。怪力を見せびらかすくらいならいいけどな」


「了解」


 人間は特殊なものを怖がるものだ。鉄兵も学生とはいえ成人しているのでそれぐらいの分別は持っている。


「テツがリル公を飼ってる事についちゃ、お嬢ちゃんに任せていいかな?」


「責任を持とう。だがそれには父王の許可を取らねばならぬ。しばらく不自由な思いをさせる事になるやも知れぬが了承してもらうぞ」


「あー……了解」


 最悪逮捕とかされそうだが、可愛いリルのためである。アリスが協力してくれると言うのだから、とりあえずは多少の事は我慢する方向で行こう。


「あとはあの兵隊さんがたへの説明だが、そいつもお嬢ちゃんに頼んでよさそうだな」


「そうだな。それも承ろう。だが、いかに私と言えども闇雲に押し通す事はできん。鉄兵の力の事は話させてもらうぞ。

なに、あの者達は信用が置ける。心配するな」


「そいつも了解」


 身の丈30mの巨大な獣が町の近くに姿を現せたのだ。危険は無いと説得したところで証拠を見せなければ納得はしないだろう。


「とりあえずそんなところか」


 というわけで街道をテクテクと歩いていくと、やがて町の門がはっきりと見えてきた。門の前にはリルを見て集まってきたのだろう、30人程の完全武装した兵士らしき物陰が見えたのだが……


「おや」


「なんだ?」


 その先頭に群を抜いて背の高い大男がいたのだが、突然倒れたのだ。兵士達の間でも大騒ぎになっているようだ。


「あれは……」


 それを見て、アリスがぽつりと呟き走り出した。


 鉄兵とシロもお互い顔を見合わせて首を傾げたが、とりあえずその後を追う。


「姫様! ご無事で」


「うむ。それより、やはりイスマイルであったか」


 鉄兵達が門の前に着くと、アリスは兵士達に敬礼で迎えられていた。アリスは膝をつき、倒れた男の様子を見ている。どうやら顔見知りのようである。


 それにしても。と鉄兵は倒れているイスマイルと呼ばれた男のガタイを見て驚いた。倒れている男は身長186cmの鉄兵から見ても大柄な男だった。鉄兵の1.5倍以上。3mはありそうだった。


 そんなごついガタイの首の上には無精ひげを生やしたむさい顔が乗っているのだが、むさいはむさいが案外真面目そうにも見える。それはそれはむさいおっさんなのだが、来ている服はそのむさい顔と身体つきとは裏腹に青と白を基調とした法衣のようなものを纏っている。それさえなければ山賊の親分と言われても違和感が無いのだが、こう見えて聖職者かなにかなのだろうか。


「いったいどうしたというのだ?」


「ハッ! 不明です! 突然お倒れになりました!」


 アリスの問いに隊長らしき兵士が答える。どうやら兵士達にも原因がわからずに混乱していたようだ。お姫様であるアリスの知り合いであり、先程先頭に立っていた事を考えると、こう見えてこのむさいおっさんは結構お偉いさんなのかもしれない。


「とにかく治療を。衛生兵!」


 兵士が駆け寄ってきておっさんが運ばれていく。


「いったいどうなってると思う?」


「さてなぁ」


 どうにも近寄りがたい雰囲気なので、アリスに尋ねず横のシロにこっそり聞く。期待はしていなかったがシロもやはりわからないようだ。


「なにが起こったかはわからんが、あの親父さんが何者かは見当がつく。イスマイルといやぁ確かこの国の城付きの大神官だ。治療するはずのやつが倒れちまったんだからそりゃあ混乱するってぇもんだろ」


 なるほどと納得する。やはり予想通り結構なお偉いさんだったようだ。なにがなにやらわからないが、アリスの知り合いのようだし、大した事が無ければいいけどと、とりあえず思う。


 担架に乗せられ運ばれていくおっさんを見て、鉄兵は心の中で「おだいじにー」と呟いた。


「姫様。ともかくご無事で何よりです」


 隊長らしき人が再びアリスを労う、その隊長さんの顔には疲労の影が濃くでていた。巨大ガルムは現れるわ神官は倒れるわで、それはもうこの隊長さんの心労もただ事ではないのだろう。 


「ああ、勝手に出かけて悪かったな。だがガルムについてはもはや心配はいらぬぞ」


 アリスの言葉にも隊長の不安げな顔色は隠せない。


「姫様には何か対策がおありなのですか?」


「対策ではない。もう状況はクリア済みだ。あのガルムを手懐ける事に成功したのだからな」


「なんと……!!」


 兵士の間からどよめきが上がった。察しの良い兵士の何人かはリルの方に注目している。


「気がついているものもおるようだが、そこにいる子狼がそなた達が先程目撃したであろうあの巨大なガルムの真の姿だ」


 急に注目されてリルが鉄兵の後ろに隠れる。どうやら怯えているようだ。


「さすがは姫様です。ですが……」


「みなまで言うな。そのような世迷言、私の言葉と言えども信じられる事ではなかろう。それにいくら私といえど魔獣を手懐ける事など出来ぬ。かつて誰も成し遂げた事の無い偉業を成し遂げたのは、我が新しき友である鉄兵だ」


 アリスが鉄兵を指差した。兵士達の視線が一斉に鉄兵に向いた。


 なるほどこれは怯えたくもなる。と、鉄兵は先程のリルの心情を理解した。微妙に血走っている武装した兵士の視線が30対もこちらを向けば、それはもう恐ろしいものである。


「鉄兵。頼む」


「OK。リル、大きくなって」


『わかった。リル、大きくなる』


 一声あげてリルが3mほどの大きさのフェンリル形態になった。


 フェンリル形態になったリルを見て、兵士達が「「「おぉっ!」」」とざわめく。だがいまいち反応が薄い。恐らくフェンリルと比べて目の前のリルの姿が小さいからであろう。


「鉄兵。リルを巨大化させてくれ」


「了解」


 リルに手を触れ、魔力を流し込んでいく。門は封鎖されて近くに町の人もいないだろうが、あんまり巨大化して目撃されて騒がれると後々困った事になる気がするので、途中で鉄兵はリルになるべく低く伏せるように言い、リルを12mほどの大きさにして見せた。


 兵士達は無言でリルを見上げていた。言葉も無い様子だ。


「皆も見たように、ここにいる鉄兵は獣と意思の疎通を図る事が出来るばかりではなく、人間族平均の数万倍の魔力を持ち、魔力の賦与と吸収という失われた魔術をも操る大魔導師である。さらには幽鬼族の特殊能力をも上回る身体能力を持ち、その力を以って皆も見たであろうあの巨大なガルムを折伏した、まさに英雄である!」


 よく通るアリスの言葉が静寂に支配された空間に響き渡る。兵士の注目がアリスに集まる。


 アリスは間を取り、兵士達を見回した。やがて息を大きく吸い、口を開くとともにすっと腕を振り上げた。


「皆の者、危機は去った。勝鬨を挙げろ!!」


「「「おおおぉぉぉぉーーーーー!!!!」」」


 振り上げたアリスの腕に合わせ、怒号のような勝鬨が挙がる。


「この町の危機を救った英雄を褒め称えよ!!」


「「「おおおぉぉぉぉーーーーー!!!!」」」


 再び怒号のような勝鬨が、今度は鉄兵に向けられた。正直なところ鉄兵はびびって、ちょっと腰が抜けそうだった。


「よろしい。なおこの事はしばらく極秘とする。私の命令を破ったら罪は重いぞ。覚悟しておくように」


「「「ハッ!」」」と兵士が一斉に敬礼した。あまりの出来事に興奮と緊張が見て取れるが、不満の色は無いようだ。アリスのしてきた事はわからないが、どうやら随分慕われているらしい。


「では解散とする。各自、任務に励め」


 兵士が再び敬礼し、去っていく。鉄兵には良く分からないが、兵士達の動作は非常に訓練されていると思われた。


 アリスの方を見るとなにやら隊長と話しているようだった。なのでその間に鉄兵がリルの身体を3mのサイズに戻し、子狼の姿になったリルの頭を「お疲れ様」と言いながら撫でていると、話が終わったのか鉄兵の方に近寄ってきた。


「どうだ。私が調練した兵士達は中々のものだろう」


 そう言ったアリスの顔は誇らしげだった。鉄兵の目から見ても大したものだと思えた。実際に育て上げたアリスにとっては鼻が高いのだろう。


 しかし調練したと言ったが、いくらお姫様とはいえそんな権利まであるものなのか?


「アリスは軍のお偉いさんなのか?」


「そういうわけではないのだがな。恥ずかしい話、私は戦女神と崇拝されている。先程の兵士達の調練もこの町に寄った時に頼まれてな。どうにも断り切れずに了承したのだ」


 照れ臭そうにアリスが言う。多分これまでも今回ガルムを一人で倒しに来たように無茶な事をして名を上げていたのだろう。そんな英雄的な話にアリスの高貴な姿が加われば、兵士達から心酔されるというのもおかしな話ではないのだろう。


「とりあえず一つお願いがあります」


「なんだ?」


「英雄とかものすごく恥ずかしかったからもうやめて……」


 謙虚なものだなとアリスは笑った。鉄兵としては本気なのだがイマイチ理解してくれてない気がする。


「さて、異国から来たばかりの鉄兵には書類作成はきつかろう。そちらはこちらで処理しよう」


「よろしくお願いします」


 無意識に頭が下がった。それは心底ありがたいなと鉄兵は胸を撫で下ろす。そういえば文字とかはどうなっているのだろうか? 読めなかったら結構大変だ。


「お嬢ちゃん。俺達も詰所に行く必要はあるかい?」


「いや、なにやらしばらくこちらも忙しいようだ。夜に来てくれれば良い。詰所でよければ部屋を用意しておくがどうする?」


「そいつは助かるね」


「右に同じく。夕食も出してくれると助かるな」


「手配しよう」


 無一文の鉄兵としては非常に助かる話だ。ちゃっかり夕食をねだる事にも成功したし、とりあえず明日までは生きていける。


 アリスが門の前に立ち、口を開く。


「開門せよ」


「開門!」


 アリスの指示を兵士が復唱し、町の門が開いていく。鉄兵はようやく町の中に足を踏み入れた。

8/29:神官の名前をイスマイルに変更

8/30:数値の間違いを修正

12/18:指摘いただいた誤字修正

シロがニッ笑って解説をしてくれた

→ニッと笑って

そういったアリスの顔は誇らしげだった。鉄兵の目から見ても大したものだと思えるた。

→思えた。


12/25:指摘いただいた誤字修正

あの親父さんが何者かは検討がつく。

→見当がつく。


2011/10/18:指摘いただいた誤字修正

かつ[で]誰も成し遂げた事の無い偉業

→かつて誰も成し遂げた事の無い偉業


2012/7/21:指摘いただいた誤字修正

大陸の地図も逆さまに見て[]からな

→大陸の地図も逆さまに見て[た]からな



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