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街道を行く

「あっはっは、こいつはいい」


 上機嫌なシロが笑い声を上げる。上機嫌というか、これはもうはしゃいでいるといっても良い。


 対する鉄兵とアリス、それにハルコさんはといえば、こちらは元気なくうなだれていた。


「鉄兵……私は弱音を吐いてしまいそうだ……」


『あたしもこれはきついわね……』


「リル……もうちょい揺れを抑えられないか?」


『がんばってる。けどむずかしい』


 みんなの苦しそうな声を聞いて、リルが申し訳なさそうにうめく。


 さて、鉄兵達が今現在どんな状況にあるかといえば、鉄兵達は疾走するリルの上に乗っていた。無論子狼姿のリルではなく、フェンリル形態のリルにだ。


 話を少し前に戻す。


「リル、おいで」


 朝食を食べ終わった鉄兵は、食事中にある事を思いついて、毛繕いをしていたリルを呼び寄せた。


『あるじ、ごよう? リルにごよう?』


 即座に鉄兵の言葉に反応したリルは、すぐさま駆け寄ってきて尻尾を振りながら首を傾げる。


「ご用だよ。ちょっと確かめたい事があるんだ」


 現在のリルに魔力は無い。つまり今のリルはただの子供の狼に過ぎない。


 それではちょっと危ないのではないかと思い、魔力を吸収できたのならば、逆に与える事もできるのではないかと考えたのだ。子供とはいえ狼なのだから危険も何も無いのだが、保護欲にとりつかれた鉄兵は気がつかない。


 まずはあの時の感覚を思い出す。リルから魔力を吸収した際に感じたあの内側にあったものと外にあったもの。それが魔力なのだろう。あの時の事を思い出して自分の内側を探してみると、それはすぐに見つかった。


 続いてリルの身体に触れる。リルの身体を自分の身体のように思い、そこに自分の中のものがあってもおかしくないと思い込む。そうやって、身体の中の魔力を移すようにしてリルの身体に注ぎ込んだ。


『きもちいい』 


 リルが舌を出してうっとりとする。成功のようである。


 どうやら魔力を与えると気持ちが良いようだ。あまりにリルが気持ち良さそうなので調子に乗って魔力を与えていたら、やがて前回リルから吸収した以上の魔力を与えてしまっていた。何か悪影響があるといけないので慌てて魔力を吸収する。


『いたい、いたい!』


 キャンキャンと吼えるリルの姿に鉄兵は慌てて吸収をやめた。どうも魔力を吸い取るとヒリヒリするらしい。


 さてどうしたものかと少し考えたが、ふと思いついて右手で魔力の賦与を、左手で吸収を行い循環するように調整してみる。


『?』


 なにやら不思議そうな顔をしている。気持ち良さそうでもないが痛そうでも無いのでとりあえず成功のようだ。


 さて、先程はリルの元の魔力量以上の魔力を賦与してしまったのだが、特に問題はなさそうだった。つまりは、リルはまだまだ魔力保持の限界に達していなかったのではないか?


 そう思うと興味が湧いたのでさっそく試してみる事にする。そうやって調整していったところ、やがてそれ以上魔力が賦与されないところまで辿りつき、リルの魔力保持限界量が判明した。


 あの時のリルでもガルムとしては特殊で全長は3倍。質量では27倍の大きさだったのだが、それでもまだ全然成長途中だったようだ。あの時吸収した魔力量の感覚から考えて、リルの限界はその36倍。フェンリル形態になれば恐らくは全長100mというとんでもない大きさになるようだった。山とまではいかなくても、もはや丘のようなものだ。早めに対処できて幸運だったらしい。


 とはいえそんな大きさになられたら堪らないのでおおよそ3mほどになるだろう具合に魔力量を調整する。それでも大きいが、ある程度の自衛手段としてやっているわけだからそれくらいは仕方が無いだろう。魔力は勝手に溜まっていってしまうようだから定期的に抜かないとなとか考える。それが飼い主としての責任だろう。


「これでよし。リル。お疲れ様」


『おつかれ。あるじおつかれ』


「テツよ、なにをやってたんだ?」


 なにやらリルと戯れていた鉄兵の行動に興味を持っていたのだろう。鉄兵の作業が終わるや否や、シロが話しかけてきた。みればアリスも興味津々にこちらを窺っている。


 なので鉄兵は軽い気持ちで説明したら、またしても二人に呆れられてしまった。


「魔力賦与にも驚いたが、鉄兵の魔力量にも驚きだなぁこいつは」


「同感だ。鉄兵には悪いがこれは化け物と言うほか無い」


「化け物って……ひどいなおい」


 鉄兵は心外だと反論したが、次のシロの言葉で納得せざるを得なかった。


「テツよ。ガルムの魔力量は普通の人間族の25人分に当たるんだがなぁ」


「……そりゃ化け物と言われてもしかたないな」


 体長10mの普通のガルムが人間25人分の魔力量なら体長30mのフェンリルの魔力量は質量比で単純に考えれば27倍の675人分。それの36倍の魔力量を賦与したのだから単純計算で鉄兵は最低でも24300人分の魔力量を保持していた事になる。しかも自分の感覚ではそれだけ魔力を受け渡したにも関わらず、魔力と思しきあの感覚はさほど減ったように思えない。


「シロ。私は鉄兵に関してはもう何があろうと驚かない事に決めた。そなたもそうした方が身のためだろう」


「そいつぁ確かにそうかもな。それよりもだ」


 ニッとシロが笑顔を見せる。なにやら思いついたようだ。変な事でなければ良いのだが。


「リルの大きさは調整できるのか?」


「ああ、さっきの感覚ならできそうだった」


「乗ってみたくないか?」


 ものすごく乗ってみたかった。


 というわけで町の近くまでリルに乗って運んでもらう事にした。リルもシロの提案に乗り気なようで、お願いしてみたら


『リル、あるじたちはこぶ。やくにたつ』


とおおはしゃぎであった。アリスも


「あれほどの大きさのものに乗るのは初めてだな」


と頬を上気させて非常に乗り気である。ハルコさんは


『おっこちないかねぇ』


と心配そうであったが、自分が抑えておくから大丈夫だと諭して我慢してもらう事にした。


 さっさと野営を片付けて、みんなでリルの元に集まる。


 とりあえずリルには3mほどのフェンリル形態になってもらい、その背にハルコさんに跨ってもらった。そしてリルに魔力を送り込み、リルを巨大化させていく。20mほどになったところで一度魔力の供給を止め、そこでリルに伏せてもらって全員乗り込むと、乗りやすさなどを考えて大きさを調整していき、結局のところ最初の状態である30mの大きさで落ち着いた。


「こいつぁ絶景だねぇ」


「…………」


 シロはおおはしゃぎで早くもリルの頭の上の特等席を確保していた。アリスは景色ではなく巨大化したリルの背に乗っている事自体に感動しているようで、その身体に擦り寄ってマタタビを舐めた猫のような表情をしている。高貴な出だけに馬とかそういった騎乗できる動物が好きなのかもしれない。当たらずとも遠からずだろう。


「そんじゃ出発しんこ~う」


 興奮しきりのシロが、もはやキャラすらも変わった様子で遥か町の方を指差して進軍の指示をだす。


「了解。リル、よろしく」


『リル、はしる』


 というわけで出発して今に至るのだが、リルの乗り心地は最悪であった。もともと狼なので人が乗るような身体の構造をしているわけも無い。ただでさえ掴まっているのに精一杯なのに、さらには身体が大きいので駆ける度に1m以上の高低さで揺られ、もはや鉄兵達はグロッキー状態である。


「おーい、町が見えてきたぞ~」


 その中でなぜか一人だけぴんぴんしていてリルの頭の天辺で傘を片手に立っていたシロが、道の先を眺めて状況を告げた。考えてみればリルがこの姿のままで町に近づいたら町は大パニックになるだろう。


「リル、止まって。ゆっくりだぞ」


『リル、とまる』


 鉄兵の指示通りにリルがゆっくりと速度を落として止まる。鉄兵とシロはそのまま飛び降りて、リルの身体を小さく調整していく。ほどよい大きさになったところでアリスが飛び降り、鉄兵はそのままリルを3mの大きさまで縮めた。


「リル。お疲れさん。元に戻って」


『リル、がんばった。やくにたった?』


 子狼の状態に戻ったリルが尻尾ふりふり鉄兵にすりよってくる。いじらしいその姿に鉄兵は顔を緩ませて


「ああ、役に立ったぞ」


と思いっきりその頭を撫でてあげた。


「……ふーむ。ちょいと困った事になったかも知れんな」


 町の方を見ていたシロが少し困った顔をしている。見てみると町までは2km以上はありそうだが、ここからでも分かるくらい慌ただしい事になっている。懸念通り、リルが目撃されたのだろう。考えてみればリルの巨体は10km離れていても発見されそうだ。好奇心に負けてやってしまったが、ちょっと軽率だったかもしれない。


 このまま町に行っても大丈夫だろうかと鉄兵が考えていると、アリスから「心配ない」という発言があった。


「私がいるから大丈夫だ。構わず行くぞ」


 頼もしいお言葉である。確かに王女様であるアリスならこれ以上に無い身元保証人だろう。


「どんなとこかな」


 鉄兵は一人つぶやく。


 ようやくこの世界の文明に触れる事になる。鬼が出るか蛇が出るか。緊張を含みつつ、鉄兵はこの世界に着いてから初めての町へと向けて足を踏み出した。

8/30:指摘があった計算間違いを修正


12/18:指摘いただいた誤字修正

鉄兵はそのままシロを3mの大きさまで縮めた。

→リル


2012/01/31:指摘いただいた誤字修正

これはもう[]しゃいでいるといっても良い。

→これはもう[は]しゃいでいるといっても良い。


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