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断章:『それ』の顕現

 それは鉄兵の処理能力を超えた時間軸の話であった。


 綿密に言えば、その現象を時間軸という枠で処理する事に意味は無い。


 だが、あえてそれを人間の常識を元に誰にでも分かるように説明すれば、10のマイナス36乗秒という限定された時間の中、時間のベクトルが定まらぬ次元の内にそのやりとりは行われた。


「ミスラルは生き物だ」


 丁度鉄兵がそんな台詞を口にした直後、『それ』はミスラルの樹木からぬっと姿を現した。


 とはいっても、『それ』はその姿を完全に現したわけではない。それは人間で言うところの人差し指のほんの先の先。得体の知れぬ穴の中に何があるのか確かめるべく、敏感な触覚器であるその指先を恐る恐る差し入れた程度の具現であったのだが、しかしそれがこの世界に及ぼす影響は強大でありすぎた。


 例えば、山が一つ衝突したとして、それを受け止められる人間などいないだろう。物理法則が正常に働いている以上、圧倒的な質量にぶつかれば確実に人間は死ぬ。


 そして現れた『それ』は、それと同義の災厄をもたらすに足る存在であったが、しかし救いは存在している。つまり、現にその身が現れてはいるが、その存在は未だ不確定の霧の中にあり、この物質世界に影響を及ぼしていないと言う事である。


 とはいえ、このままでは『それ』は自らの存在を確定し、膨大な質量が周囲を押し潰し、国が一つ滅ぶ事になるだろう。


 ゆえに、災厄を回避すべく、鉄兵の口から言葉が漏れ出た。


【動くな!】


『それ』は、その言葉の意味を正しく理解した。


 今にも顕現しようとしていた『それ』は、その言葉の意を汲み、物質世界への具現化を止めた。言葉を伝えた存在の姿を確認し、その存在が傷つかぬようその身を小さく折り畳んでいく。


 存在を小さく折り畳んだ事により、鉄兵達とこの国は物理的な脅威から開放された。


 が、しかし、未だ『それ』がこの物質世界に災厄を及ぼす可能性は存在していた。


『それ』は、自分に言葉を伝えた存在と意思を通じようとした。


 だが、『それ』とこの物質世界に住む住人との間には精神の構造に違いがありすぎる。存在として上位とも言える『それ』が自分達が使う方法で生身の存在と意思を通じようとすれば、それだけで精神が砕けてしまう。


 ゆえに、自己を守るべく、鉄兵の口から言葉が漏れ出た。


【話すな!】


 今度の言葉もまた『それ』は正しく理解した。


 存在の在り方の違いに気が付いた『それ』は先程自分の表面を撫でたものから流れ込んできた記憶を取り込んだ。そしてこの世界の生物が空気の振動を感じ取り、意思を通じる事を学ぶ。


『それ』はこの世界で使われる意思の疎通方法を使用するために現し世の身体を構築した。


 かくして『それ』は人間とそれに準じる存在に損害を与えず、精神を壊さぬような意思の疎通方法を持った肉体を構築した。


 これにより、一見『それ』がこの世界に住む存在に害を与える可能性は消え去ったかのように思えたが、しかし『それ』は未だにこの世界に住む存在にとって脅威でしかありえなかった。


 人間は恐怖という感情により個の在り方を放棄し、自らの生命活動を停止する事すら有り得る生物である。


 そして『それ』が現し世の身体として構築したものは、それを目にしたものがそうなる可能性を十分に秘めているものだったのだ。


 言葉で語る事すら憚れる姿をした『それ』がこの世界にその姿のままで顕現すれば、恐怖心を持つ知的生命体は『それ』を目にしただけで悉くがその存在を自ら消失させるだろう。


 ゆえに、個の在り方を守るべく、鉄兵の口から言葉が漏れ出た。


【見ろ!】


 今度の言葉もまた、『それ』は正しく理解した。


 自分とそれ以外の姿の違いに気が付いた『それ』は、現し世の姿のあり方を観察した。自分に触れた存在の記憶から、この世界でも受け入れられる無害な姿を検索する……


 ……そうやって幾多にも渡り制御に制御を重ねた『それ』は、ついにこの世界にとっての脅威というカテゴライズから外れる事に成功した。


 自らの現し世の身体に満足した『それ』は、ようやくにして現し世に顕現する。


 そして同時に現し世の身体は物質世界の法則に縛られ、時の流れに支配された『それ』は鉄兵達の前に姿を現した。

2011/10/1:ご指摘いただいた誤字修正

1のマイナス36乗秒

→10のマイナス36乗秒

これは恥ずかしい!


2012/7/18:指摘いただいた誤字修正

意思の疎通方法を[私用]するために

→意思の疎通方法を[使用]するために

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