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魔法鉱物ミスラルの謎

「テツ様、到着いたしました。あちらが鍛冶場でございます」


 城を出てからちょうど一時間ほど歩いた頃、鉄兵たちはようやく鍛冶場にたどり着いた。


「ありがとう、ホーリィさん」


「いえ」


 道案内をしてくれたホーリィにお礼を言うが、その反応は硬いものだった。城の中ではニコニコとしていたというのに、今は取り付く島も無い感じである。


 その原因はやはりルナスの存在にあるのだろうが、しかし城を出た直後と比べれば状況は改善されているように思える。なぜかといえば、今のホーリィからは城の頃にあったようなおどおどとした緊張感が消えていたからだ。


 恐らくは、ルナスの本当の姿を見て思うところがあったのだろう。そのせいで警戒心はとけているようだが、しかしホーリィはその時ルナスによって無様な姿を晒されている。温厚そうに見えるホーリィだが、その件に対しては許す事ができないようで、少し怒っているようであった。


 ゆえに、ルナスに対して怯えてはいないが拗ねている。鉄兵にはホーリィの態度がそんな風に見えた。


 それはさておき、鍛冶場である。ようやくこの世界の技術力に触れるわけだが、さてどんなものだろう?


「外見は普通の建物なんだな」


 鍛冶場を視界に収めた鉄兵は、忌憚無い感想を呟いた。


 鍛冶場と紹介された建物は、見事なまでにごく平凡な石造りの建物であった。特徴といえば多分火事対策なのだろうが、町の中心地とも言えるのに周りには建物が無く、一軒だけぽつんと建っている事くらいだろうか。


 ちなみにここがどこかといえば、この国を三重に囲む城壁の一重目の門を抜けてすぐの場所である。ここは町の中心とも言える栄えた場所なのだが、なぜそんなところに鍛冶場があるのかといえば、場所から推測するに、恐らくこの鍛冶場ができた頃はこの場所は周りには何一つ無い郊外だったのだろう。つまり、繁華街に鍛冶場があるのではなく、鍛冶場がある場所に繁華街ができたというわけである。


「別にここで製鉄作業をしているわけじゃないからね。でここはあくまで加工をするための場所だから、こんなもんだよ」


「そうなのか?」


「そうだよ」


 ルナスの言葉になるほどと鉄兵は頷いた。考えてみれば鉄兵が父親にこき使われて働いていた町工場もなんにかざりっけも無い掘っ立て小屋であった。


 ちなみに、ふてぶてしい態度を取るようになったホーリィとは逆に、ルナスはここに来るまでの間に随分と打ち解けた態度を取るようになっていた。何があったのかと言われれば何があったのだろうと頭をひねるしかないのだが、気軽に話せるようになったのは面倒が無くて良い事だろう。


 ここに来るまでにエキセントリックな態度を取り続けていたルナスだが、あの後話をしてみれば、意外な事にかなりの常識人である事がわかった。それに今では先程までの挑発的な態度は完璧に身を潜め、かなりのんびりした態度を取っている。


 正直なところ、ルナスのあまりの急変ぶりには『これはまた何かの策略なんじゃないか』と疑いたくなるところだったが、しかし鉄兵にはこれがルナスの地なのではないかと思えた。特に根拠があるわけじゃないのだが、しいて言えばまったく演技が無いのである。


 人間、演技をしている時には多少わざとらしい部分が出るものだが、今のルナスにはそんな気配が全く感じられないのだ。無論、先程までの態度がわざとらし過ぎたので違和感が無いだけなのかもしれないが、ぶっちゃけ考えるのが面倒なので鉄兵は素直に受け止める事にした。無闇やたらに疑うのは疲れるし、自分の得意分野ではないのだから。


「それに親方はずぼらというか、自分の作品の装飾は凝っても自分の事には無関心な人でね。作業場さえあれば他はどうでも良いみたいだよ」


「なるほど、それ系の人か」


 続いて言ったルナスの言葉に、鉄兵は妙に共感できた気がして深く頷いた。実際にあってみないと分からないが、元の世界でそんな人物達に囲まれていた鉄兵には、なんとなくどんな人物なのか予想できた気がしたのだ。職人気質というか医者の不養生というか、恐らくそんな人物なんじゃないだろうか。


 と、ここで気になったのだが、そういえばルナスはなんで親方についてなぜ詳しいのだろうか? 確か城門のところでも親方とは知り合いだといっていた気がするが、他領の公子(王子)が本国の鍛冶師と仲が良う事実には違和感を覚える。


「そういやルナスはその親方さんと何で知り合いなんだ?」


 考えても分からないような事はすぐに聞くのが鉄兵の癖である。さっきから自分で口にしている話題なのですぐに返事は返ってくると思ったのだが、しかしなぜかルナスは渋い顔をした。


「それはまあ……親方を紹介しながら話すよ。とりあえず早く入らないか?」


「はいはい、それじゃ行ってみるか」


 さり気なく手を握ろうとするルナスの手をさらりと避ける。雰囲気がさらりと変わったルナスだが、過度なコミュニケーションを取ろうとするのは変わらなかった。きっとこれは最初から隠していなかったルナスの地なのだろう。ちなみに男に追い掛け回されて灰色の高校生活を送っていた鉄兵にはわかるのだが、ルナスに男色趣味はなさそうである。専門のジャンルが違うのでよくわからないが、


「先に行って来訪を伝えてきます」


「お願いしま~す」


 歩き出そうとした鉄兵達に先んじて、ホーリィが慌しく鍛冶場の方に走っていく。年と比べて身体が成熟していないホーリィが子供のようにわたわたと走っていく様を見て少し心癒されてしまったのはここだけの話だ。


 ホーリィに続いて鉄兵達も鍛冶場の中に足を踏み入れる。


 鍛冶場の中は非常にシンプルな構造をしていた。


 ガランと広い空間は、どこかバイトもしていた父親の工場を思い出させる。基本は土間で、なぜかその土間の真ん中に剣らしきものが一本無造作に落ちている。後は火の点った鍛冶炉らしきものが三つほど並んでいるのと、サンプルらしき武器や日常品が壁に飾ってあるくらいのものだった。


 その景色の片隅に、何故か畳敷きの座敷があり、そこでホーリィは背を向けて胡坐をかいて座っている男の肩を揺さぶっていた。


 シロと同じような紺色の着流しを着たその男の髪は黒く、やはりシロと同じように長髪を現代風のチョンマゲの様に結わいていた。肌はやや白いが黄色味を帯びた色をしていて、それだけを聞くと一見日本人のように思えるだろうが、しかし残念ながら背中越しでも分かるその骨格と体系は白人種のそれであった。


「イズム様、起きてください!」


 イズムというのは例の親方の名前だろうか? ホーリィはその親方らしき人物の肩を揺らしているわけだが、親方は目を閉じたまま微動だにしない。


「ホーリィ。イズムは寝ているわけじゃないよ。ここは任せてくれないか?」


 そんなホーリィの肩に、ルナスが後ろから手を置いた。一瞬びくっとなったホーリィだったが、それはルナスに怯えたわけではなく、単純にいきなり後ろから触られたからのようだ。


 ここで一つ言い忘れていた事を記すが、ルナスは腰に剣を()いている。


 さて、ルナスの言葉でホーリィは大人しく後ろに下がったわけだが、その後ルナスが何をしたかといえば、それはただ三つだけの動作であった。それはすなわち、腰の剣を抜き、振り上げ、振り下ろしただけである。


「え?」


 その動作があまりにも自然で素早く行われたために、そのギャップに思わず鉄兵は間抜けな声を出してしまったが、さらにその後に訪れた光景もごく自然なものだった。


 左の肩口を狙ったルナスの一撃は、しかしイズムの肩に食い込むことは無かった。まるでルナスが寸止めでもしたかのようにルナスの剣は肩口でピタリと止まり、それ以上動く事がなかったのだ、


 そこでようやく背を向けていた男が立ち上がり、その動きにあわせてルナスが剣を納める。


 立ち上がった男の右手には、一本の小振りなナイフが握られていた。刃よりも握りの方が長いような細工用のナイフなのだが、それでルナスの剣を受け止めたのだろう。


「なんだそのなまくらは」


 振り返った男は開口一番そう言い放った。


 親方は160センチそこそこの小柄な体型で、無精ひげが生えてるものの割と優男然とした涼やかな人物であったのだが、しかし大きな目をギロリとしたその様は、父親の工場にいた熟練工が自分が失敗した時に見せるそれであった。その凄みに古い記憶を刺激され、視線を向けられてすらいないのに鉄兵は思わず竦み上がる。


「親方の剣は実用的過ぎるからね。城に出入りするには装飾に凝ったこっちの方がいいのさ」


 トラウマの蘇った鉄兵とは違い、ルナスの態度はあっさりしたものだった。親方はルナスの言葉に「ふんっ」と不機嫌そうに鼻先で笑う。


「なら先に言え。取りにきな」


 要約すれば次までに装飾の凝ったものを作っておくから取りに来いと言う事だろうか。よく分からないが非常に仲が良さそうである。


「えっと……」


 とりあえず心の中でルナスの評価を『意外と常識人』から『やっぱりエキセントリック』に戻しつつ、このままでは埒が明かないので介入の隙を探してみる。すると、こちらの様子に気が付いた親方が鉄兵に目を向けた。


「失礼した。あなたは?」


「はい。テツと申します。今日はここに見学に来たんですが」


「ああ、あんたがテツ殿か。そいつはちょうどいいな」


 ちょうどいいとか言われてしまった。親方がこちらに良い笑顔を向けてきたが、一体何の事なのやら。


「ああ失礼した。イズム=クライデンと申す。以後お見知りおきを」


「よろしくお願いします。ところで……アマテラスの人ですか?」


 シロと同じように着ている物は着流しだし、髪型はチョンマゲである。名前もなんとなく日本人っぽいし、シロの件から察するにそうなのかなと思って聞いてみたのだが、イズムの反応は渋いものだった。


「……いや、元アルケンバインの住民だ」


 渋い顔のイズムの口から出てきた言葉は少し意外なものだった。


 アルケンバインといえば、確か技術に秀でた国だったはずである。つまりイズムはアマテラス風の格好をした元アルケンバイン人らしいのだが、なにやら複雑である。


「さっそく地雷を踏んでるねぇ」


 そんな鉄兵達の様子を見てルナスがニヤニヤと笑う。聞こえてきた言葉にこの世界にも地雷があるのかなどと少しピントが外れた事を思いつつ、ルナスに向かって首を捻ってみせる。


「親方の父母はアマテラス人だったけど、アルケンバインに流れ住んだ。そして親方はアルケンバインで育ったけどこの国に流れてきた。要はそういうことだよ」


 なるほど。それなら確かに理屈は付くが、それがなぜ地雷なのだろうか?


「……つまり?」


「鈍いね。ヒントは僕と親方の仲が良い理由だよ」


 その言葉に鉄兵は頭を捻ってみたところ、答えはすぐにわかった。直接的な表現はしていないが、ルナスとイズムには共有する項目があると言う事なのだろう。そして今の会話が地雷と言うのなら、答えは一つだろう。つまり、イズムは悪評によって国にいる事ができず、流れてきたと言うことなのだろう。


「すいません。失礼な事をお聞きしました」


「いや、構わんよ」


 慌てて鉄兵が謝ると、イズムは苦笑して手を軽く振った。


「悪いがこう見えて年寄りでな。座らせてもらうよ」


 よっこらせっと掛け声を上げて親方が再び胡坐をかく。年寄りと言ったが、見たところイズムは30歳を越してはいないように見える。


「この国は良い所だよ。脛に傷があろうと無能は無能なりに、有能なら馬車馬のようにこき使ってくれるからな。そうだろ、ルナス!」


 胡坐をかいた親方は、少し独り言めいた口調でルナスに話を振った。振られたルナスは苦笑しつつ、言葉を返す。


「まあね。で、馬車馬であるところの親方は何をそんなに考え込んでたんだい?」


「おうそれよ。ちょいと困った事になっててな。是非テツ殿の意見を聞きたいと思ってたところだ」


「僕の?」


「おうよ。王さんからそいつを量産しろと言われたんだが、行き詰っててな」


 そう言って親方はあごをしゃくりあげ、イズムが先程座って向かいあっていた物を示した。


「どれどれ……ってそれですか」


 何かと思いイズムが示した先にあるものを確認した鉄兵は、盛大にずっこけそうになってしまった。何があったのかといえば、それは鉄兵が王国に向かう途中で作り上げたショックアブソーバ式のダンパーだったのだ。そういや回収し忘れてたが、まさかもう研究に回されていたとは……ちょっとだけシリウス王の敏腕っぷりを垣間見た気がする。


「率直に言って、こいつは量産できるようなもんなのか?」


「いや無理です。多分」


 内心焦りながらも妙に疲れてしまった鉄兵は、率直な質問に率直に返す。まだ製鉄技術を見ていないのでわからないが、ナノメートル単位の調節が必要な機械である。多分この世界なら魔法を使わないと無理だろう。そして魔法についても今のところ量産は無理と思える。


「やはりそうか。まあそうだろうな。まあ仕方ねえ。王さんにはそう言っておくか」


 イズムも無理だと考えていたのだろう。無理だと言われたのに妙に嬉しそうでもある。


「しかし馬車の揺れを抑えるってえのは面白いアイデアだったんだが、さてどうしたもんかねぇ」


 出来ないなら出来ないなりに、次善の策を考えているのだろう。恐らくは先程嬉しそうだった理由には、その事も含まれているのだろう。新しいアイデアに刺激されるのが職人と言うものである。


 そしてその言葉に、無論のこと鉄兵は反応した。ダンパーは別にこれだけではないのだ。


「ところで、見たところここは鍛造(たんぞう)のようですけど、鋳造(ちゅうぞう)はやってるんですか?」


「ここじゃやってないが、どちらかと言えば鋳造が基本だな」


 鍛冶炉を見て察しはついていたが、やはりこの鍛冶工場は鍛造が主体だったようである。だが、当然ながら鋳造技術もあるようだ。


 ここで鍛造と鋳造についての違いを軽く記すが、簡単に言えば叩いて鍛えるのが鍛造で、型に流し込んで冷やすのが鋳造である。鍛造は叩いて鍛えるため金属の結晶が細かくなり、ガスや不純物が取り除かれて質の良い金属になる。対して鋳造は溶かして冷やすだけなので金属の結晶が大きくなり、中にガスなどが溜まって脆くなる。


 なら鍛造の方が優れているかと言えば一概にはそうとは言えない。確かに鍛造は質が良くなるのだが、その分手間がかかり、また技術がいる。一方鋳造は質で言えば良くないが、型を作って流し込むだけなので大量生産に向いているのだ。


 そして、生活に密着しているのは主に鋳造技術の方である。なので鉄兵としてはそっちの方を見ておきたかったのだが、鍛冶技術と言う事でこちらが紹介されたのだろう。


 --閑話休題。


「鋳造の方法は?」


「砂で型作ってそこに流し込んでるが?」


 どうやら砂型鋳造が主流のようである。どれくらいの質の金属が用意できるかは分からないが、構造がシンプルなら鉄器の大量生産は可能だろう。


「じゃあ、例えばこんなのはどうです?」


 そう言って、鉄兵は無造作に鉄兵作のダンパーを手に取った。中のオイルを魔法で消滅させ、本体をぐにゃりと変形させていく。


「お、おま……!」


 イズムが驚いた顔を見せるが、鉄兵はあえて気がつかなかった振りをする。なぜなら今の行為には証拠隠滅の意図もあるからである。危うく手の届かないところに回されそうになっていたが、こういうものはあまり残さないほうがいいだろう。


「例えば、これが代用品」


 そう言って鉄兵が差し出したのは、弓状に沿った二枚の板を、反りを外側にして両端を止め、中に二本のバネを入れてボルトで締めただけの代物である。


「これの上に車体を乗っければ中の二本のバネで衝撃が吸収されるという構造です」


「なるほどな……」


 鉄兵の魔法を見たイズムは驚愕の表情を露にしていたが、しかしそれよりも技術知識に対する欲求が上回ったようである。


「しかしバネってのははじめて見たな。これは簡単に作れるのか?」


 言われてみればバネは割と材質が難しいものである。


「それじゃ、こういうのはどうです?」


 再び魔法を行使する。続いて作ったのはリーフスプリングというものである。簡単に言えばバームクーヘンのように板を重ねただけの代物であるが、ただしバームクーヘンとは違って円形ではなく、ゆるやかに反らせただけの代物だ。


「これの両端を車体につけて、中心を車軸に固定します。そうすると板が伸びて衝撃が吸収されるわけです」


「こいつは興味深いな……」


 親方が興味津々に身を乗り出す。


 さてここからは長いので割愛するが、技術話に花が咲いた技術者同士の会話は女性の買い物とよく似ている。当人達にとってはこれ以上無いほどの楽しいものだが、付き合わされる方が退屈なのも同様だ。その他にも色々な形式のサスペンションを見せたりと親方と二人で盛り上がっていた鉄兵だったが、ふと白けて退屈そうにしているルナスの姿に気が付き、我に返って慌てて会話を終わらせた。


「世話になるな。代わりと言っちゃなんだが、俺に聞きたい事があれば何でも聞いてくれ」


 結局のところ次回訪れる時に設計図を持参すると言う事で話は済み、 ホクホク顔のイズムが気分良さそうに胸を叩く。お言葉に甘えて何か聞いておきたいところだが、さて何を聞こうか?


 とそこで目に入ったのが何故か土間に一本だけ放置されている剣である。作ったまま柄さえ付いていない剣なのだが、なんであんなところに放置されているのであろうか?


「それじゃとりあえず。なんであの剣はあんなところに放置されてるんですか?」


「あぁ、あいつか」


「拾ってみればわかるんじゃないかな」


 最後の台詞はルナスである。明らかに良からぬ事を考えているようで、顔がにやついている。


「おいルナス。滅多な事いうなよ」


 睨みを利かせるイズムにルナスが降参だと言わんばかりに小さく両手をあげる。


 ふんっと鼻を鳴らすと、イズムは懐から先程のナイフを取り出し、土間に放置された剣に投げつけた。ナイフは狙い違わず剣に当たって弾かれたわけだが、その弾かれ方が尋常ではなかった。


 何が起こったのかといえば、青白いプラズマが発生し、派手な火花が上がったのである。


「おぉ、なにこれ!」


 公務と言うことで多少猫を被っていたのだが、鉄兵は目の前で起きた現象に興奮し、思わず素に戻って反応する。まるで高圧電流に触った時のような現象だが、さてこれはどういうことなのだろうか?


 期待を込めてイズムを見る。するとイズムはにやりと笑って口を開いた?


「ミスラルさ」


「あれがミスラルか……」


 名前だけは聞いていたが、どうやらあれが噂の魔法鉱物というやつのようである。恐らくは電流が流れる作用が働いているのだろう。精霊刻印については精霊が読める文字を書き、それを見た精霊が興味本位でそれを実行しているだけのようだが、あれはどういう作用で魔法が働いているのだろうか?


「あれってどんな作用で電流が発生してるんですか?」


「それは……俺にもわからん」


 その答えに肩透かしを食らった鉄兵はガクリと肩を落とす。


「ま、それがあの剣があそこに置いてある理由でね」


 横から口を出してきたのはルナスだった。


「ミスラルは鍛え上げて初めて効果が固定される金属なんだよ。だからそれまでは誰にもどんな効果が出るか分からないし、その原理は誰も知らない」


 ルナスの言葉を真に受けるなら、恐らくは鍛え上げた結晶構造により光玉・闇玉のように様々な効果を生み出す金属なのだろう。一応は、本当に一応は科学的にも理解できる理屈だが、しかしどんな金属なんだと突っ込みたくなる。


「だからあれの時は大変だったな。鍛えあがったかと思った瞬間に感電しちゃって、親方は本当に死にそうだったもんね」


「人の失敗を楽しそうに語るなよ。人間が卑しくなるぜ」


「お気遣いだけもらっておきます」


 不貞腐れる親方を見て、からからとルナスが笑う。


「ったくよ……で、どうだい。面白いと思うか?」


 イズムは、おどけるルナスに呆れた視線を向けた後、こちらに視線を向けてにやりと笑いかけた。


「それはもう」


 それは、掛け値無しの言葉である。元の世界でも一つの物質が加工や組み合わせ次第で色々な性質を持つ事は普通にあるが、これはその比ではない。そんなものを前にしてつまらないなどと言ったら技術者の名折れだろう。無論、技術者にも色々あるので興味が無い人は多数いるだろうが。


「ところがこいつは扱いにくい素材でな。見ての通り下手に打っても使い物になりゃしねぇ。まああいつは泥棒除けには丁度いいがな」


 その言葉に「あー」と鉄兵は同意の意を示した。考えてみればその通りである。


 鉄兵は俗に言う武器と言うものに詳しくないが、常時高圧電流が流れる剣ならば使いこなせれば無類の強さを発揮するだろう。元の世界のスタンガンの剣バージョンのようなもので、相手に僅かに触れただけでも感電させれる兵器なら弱いわけがない。


 でも、問題は山ほどある。見ただけで察する事ができるが、この現象にはON・OFFのスイッチなどと言う便利なものは無いのである。土間に放置してあるところを見ると、誰もあれを動かす事が出来ないのだろうと言う事が推測できるように、握りの部分をゴムで固めればなんとかなるかもしれないが、電流は抵抗があれば熱を発するものである。ゴムは電流を通さなくとも、その熱ですぐに駄目になってしまうだろう。下手すれば使用中に握りが溶けて感電するなどという自体も想定できる。そうなったら間抜けどころの騒ぎではない。


 これが大量生産できるなら小は電池代わりに大は発電施設にと色々面白い事が出来そうだが、安定して作れないとなればあまり意味は無い。


「結局、武器として役に立ったのはシリウス王に献上した消魔の魔法が付与された剣くらいだったな。魔法で魔力を消すっつうのは今一わからん理論だが、役に立てば言う事はねえか」


 噂だけには聞いているが、シリウス王の剣はどうやらイズムが作成したらしい。


「ちなみに加工するにはどれくらいの熱量が必要なんですか?」


 ここまで話を聞いた鉄兵は、その有効活用法について考え始めた。例え効果がランダムでも、鋳潰して再利用すれば狙った効果が得られるかもしれない。人海戦術で挑めば利用価値はあるんじゃないかと思って聞いてみたのだが、返ってきた答えはまたも微妙なものだった。


「そいつは気分次第だな」


「気分次第?」


 初めは職人的表現なのかと思って続く回答を待っていたのだが、しかしイズムはそれ以上の返事をする気がないらしく、口を開く気配は無い。その横ではニヤニヤと笑うルナスを見て、鉄兵はなんとなく嫌な予感を感じた。


「ミスラルは資格が無い人間には加工が出来ない金属なんだよ。資格が無い人間ならいくら薪をくべようと溶かす事さえ出来ないのさ」


「……は?」


 ルナスはあっさりと言ってくれたが、鉄兵にとってそれは金属から火が出る雷が出るというレベルを完全にぶっちぎった衝撃だった。


 物質の性質と言うものは本当に平等なものなのだ。例えば水が100度で沸騰するように、環境に左右はされても性質と言う意味では大差が無いものなのである。それはリンゴが落ちれば地面に引かれるのと同じように、万有に共通する物理法則である。


 だというのに、ミスラルは人を選ぶ金属だという。そんなものがあるとすれば、まさに神秘の金属としか言う他ないだろう。溶解温度の差が大きく、不定であるというならまだ説明は付くが、言葉の通りに特定の人間にしか反応しないとなれば、それは真の意味で魔術がかった魔法の金属としか言えない。


「おっと、大丈夫?」


 専門分野で不意打ちを打たれた鉄兵は、かなり本気でめまいを感じてよろけた。ルナスに肩を支えられて何とか持ちこたえたが、動揺はかなり大きかった。


「ごめん、大丈夫。でも、さすが異世界だな」


「異世界?」


「それより」


 衝撃のあまりうっかりと口を滑らした鉄兵は、失言を無視するように無造作に話を変えた。


「ミスラルは貴重なものなんですか? できれば研究したいんで少し分けて欲しいんですけど」


 とっさに出た言葉だが、その言葉に嘘偽りは無い。想定外の事実に大いに驚きはしたが、どう考えても常識はずれな金属に、鉄兵の知識欲はいや増すばかりであった。先程とっさに推測しただけの理論だが、結晶構造で色々効果が変わる鉱物ならば、闇玉・光玉の研究にも役に立つだろう。


「まあ貴重は貴重だが、テツ殿にならわけてやるさ。裏庭に生えてるから少し持ってきな」


「ありがとうございます……って、生えてる?」


 さりげない言葉だったので思わずスルーしそうになったが、不適切に思える発言に気が付き鉄兵は脊髄反射で突っ込んだ。てか生えてるってなんだ?


「そうか、テツ殿は知らないんだったな。ミスラルは地面から生えて成長するんだよ。樹木みたいにな」


「いやまさか……」


 と常識が邪魔をしてその言葉を信じられなかった鉄兵だが、その言葉は数分後に後に付ける言葉を加える事となった。


「まさか、本当に生えてるとはな……」


 ところ変わって鍛冶場の裏庭である。


 そこには、鉄兵の基準から考えて、あまりにも常識外れな光景が広がっていた。


 ミスラルは、白っぽい金属である。その白っぽい金属が、本当に木を模したかのように地面から生えている。その様は、ここが本当に元の世界とは違う場所なんだなぁと思わせるのに十分な代物だった。


「俺が植えた時は本の小さな小枝だったんだが、30年経ちゃなかなか立派なもんだろ?」


「そう……ですね」


 いや本当に立派なものであるのだが。楓のような形状のそのミスラルの木は5-6メートルはありそうな立派なもので、元から生えないものなのか分からないが、葉は生やしておらず、冬場の枯れ木のような佇まいをしていた。


「ちなみにこれは楓型だけど、他にも色んな種類があるよ。竜人の都・カァウルーンの周辺はこいつの群生地でね。一度見る価値はあるよ」


「それは環境に悪そうな密林だな……」


 かなりテンパっている鉄兵は、ルナスの言葉に身も蓋も無いツッコミをいれた。金属が地面から生えているわけである。それは素晴らしいまでに生存に適さぬ地なのではないだろうか。


「いや、ミスラルは魔法鉱物だからね。虫やら動物には結構良い環境らしいよ? 思考に反応して樹液や葉っぱや果物とか生やしてくれるみたいからね。人間と比べて虫や動物は資格を持ってるのが多いから、そういう生物には優しい土地みたいだよ」


 ちなみに資格者が望めばアルコールを含んだ果物とかも出してくれらしいよ、とルナスが笑う。


 それはどんな酒池肉林だと思った鉄兵だが、もはや突っ込むのは止めておいた。これ以上聞いていると根本から常識が破壊されそうなのだ。


「触って調べてもいいですか?」


「存分にやりな」


 笑ってイズムが許可を出す。


 許しを得た鉄兵は、恐る恐るミスラルの木に近づいて、その表面にそっと触れた。形状は確かに樹木なのだが、触った感じでは、これは明らかに金属である。


 実のところ、これまでは魔法やリルの一件以外ではこの世界は元の世界とそれほど変わっているところが無かった。だが、これはその三番目に連なる世界の差である。


 鉄兵の内心を話せば、ミスラルの存在は魔法やリルのような生物以上に認めがたい存在であった。


 しかし、確かめて、それは事実だった。ならばそれは認めるしかないだろう。


 そして、認めた以上は知識欲が湧き上がる。


 鉄兵は、その知識欲を満足させる術を持っている。それがなにかといえば、解析魔法である。そして手段を持っているというならばそれを使うほか無いだろう。樹木タイプは一度断末魔をきいて嫌な印象がこびりついているのだが、それを理由にここで止めると言う選択肢は存在しない。


 鉄兵は体内の精霊に呼びかけて解析魔法を行使した。


 瞬時にミスラルの構成式が頭に浮かぶ。


 それはまるで有機物のように複雑な構成をしていた。が、すぐに基本となるのは4つの元素だと言う事実を突き詰める。見た事も無いその構成式。それは……


「……ツ様! テツ様!」


 気が付くと、鉄兵はホーリィに支えられていた。


「大丈夫か?」


「おいどうした!」


 見ればホーリィだけではなく、いつの間にかルナスやイズムも側にいた。状況を考えるに、多分一瞬であろうが気を失っていたのだろう。


「悪い。大丈夫」


 そう言って鉄兵はホーリィの手を離し自分の足で地面に立ったが、しかし足がよろけた。あれは一瞬の事だったが、随分とダメージを負ったようである。


「ホーリィさんありがとう」


「いえ、間に合ってよかったです」


 完全に意識を失ったあの状況なら。強化魔法も解けた状態で倒れて怪我をしていたかもしれない。鉄兵が気を失った時に支えてくれたらしいホーリィに礼を言うと、ホーリィは嬉しそうににっこりと微笑んだ。


「それで、なにがあったんだい」


「ああ……」


 言うべきか、言うまいか。どこぞの悲劇の王ではないが、それは中々迷うような内容であった。


「……前に切り倒したばかりの樹木に解析魔法を使った事があるんだけど、その時は木の断末魔が頭に流れてきて酷い目にあった」


 悪い予感は的中するものである。嫌な予感は感じていたのだが、今回もそれにあたったようだ。


「……それで?」


 にわかにルナスの顔が真剣みを増す。


「今回は。それよりもずっと強力な思念を感じた、だから意識が飛んだらしい」


「それは、つまり……?」


 ルナスは、もはや察しているのだろう。目に真剣さをいや増し、鉄兵に詰め寄る。


 あの時の状況よりさらに酷い。脳みそを舐められたようなあの感触。他には考えられないだろう。


「つまり、ミスラルは生き物ってこと」


 にわかには信じがたい事実。だがそれが真実である。


 魔法鉱物ミスラル。その正体は生きている鉱物であった。

旧式サスペンションの情報は感想で趣味の鍛冶師さんから頂戴いたしました。

人物:イズム=クライデンはweb拍手で匿名っぽい人からいただきました。ってか匿名になってませんよw


2011/9/6:ご指摘いただいた誤敬語修正

「テツ様、到着いたしました。あちらが鍛冶場になります」

→「鍛冶場でございます」


2011/9/13:ご指摘いただいた誤字修正

対して鍛造は溶かして冷やすだけ

→鋳造

これは致命的に恥ずかしいorz


2011/10/18:指摘いただいた誤字修正

座っている男の[方]を揺さぶっていた。

→座っている男の肩を揺さぶっていた。


2011/10/27:指摘いただいた誤字修正

シリウス王に[謙譲]した

→シリウス王に献上した


2012/1/5:だいぶ前に指摘いただいた嘘修正

電流は常時熱を発しているのである

→電流は抵抗があれば熱を発するものである


電流自体は熱を発しません。

読み返してて指摘部分にようやく気が付きました。これは恥ずかしいorz


2012/7/17:指摘いただいた誤字修正

『これはまた何かの[作略]なんじゃないか』

→『これはまた何かの[策略]なんじゃないか』


ルナスの言葉に[見]も蓋も無いツッコミをいれた

→ルナスの言葉に[身]も蓋も無いツッコミをいれた

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