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月の公子・その2

 ルナスに強引に手を引かれて中庭を離れた鉄兵達は、城門の方へ向かって歩いていた。先ほどの会話にもあったように、現在の目的地は製鉄技術を見れる場所である。


 連れて行かれる方向を考えるに、どうやら目的地は城の外にあるようである。鉄兵はあまり深く考えずに鍛冶場も城の中にあるんじゃないかと思っていたのだが、どうやらそれは間違いだったらしい。まあ、考えてみれば火事の危険性があるような施設をわざわざ城内に作る必要は確かに無いだろうし、郊外にでも作ったほうが色々と合理的だろう。


 その辺りの確認を一応ホーリィにしておきたいところだったが、鉄兵は声を出す事をなんとなく中慮してしまった。なんというか……非常に空気が悪いのだ。


 今現在、鉄兵の周りにいるのはルナスとホーリィの二人である。


 いまだ鉄兵の手を引いているルナスの機嫌は非常に良さそうある。鼻歌でも歌いだしそうな表情でずんずんと先行しているのだが、しかし、手を引かれる鉄兵とそれに付き従うホーリィの表情は、ルナスの機嫌の良さと反比例するようにどんよりとしたものであった。


 大体の場合、研究者にとって偏見というのは敵である。無論、例外はあるものの、基本としてはひとつの考えに固執して物の本質を見誤らない事こそが重要なのだ。だからというわけではないが、鉄兵は人間関係において普段からなるべく偏見を持たないように心がけていた。つまり、その人の言葉や行動の一つだけを見て好悪を決めず、なるべく客観的に良いところも悪いところも受け入れるという事である。


 そんなわけで他人に対してあまり悪感情を持ったりはしない鉄兵であったが、それでもルナスに対しては良い印象を持てなかった。まあ、なんだかんだ言って第一印象というものはやはり重要だという事だ。


 つい先ほど出会った人物に感情的にかき回され、さらには仲間と引き剥がされてほぼタイマンという状況なのだ。正直なところ心証は最悪だし、望む望まざるにかかわらず、どうしても警戒心が先に立ってしまう。


 一方、ホーリィに関してもルナスに対してはなぜか強い緊張感を持っているようであった。


 話を聞くにルナスは王弟の息子であり、確かに緊張を持って接するべき人物ではあるだろうが、ホーリィは元々シリウス王を筆頭に王都の重鎮に対して身近に接していた人物である。故にルナスを相手にそこまで畏まる必要も無いと思うのだが、どうしてこうも緊張しているのか、残念ながら鉄兵には推測することができなかった。


「鍛冶場って城の外にあるの?」


 しかし、いつまでもこの空気の中で過ごすのは精神衛生的によろしくない。軽く意を決した鉄兵は、城門にたどり着く寸前につい先程は言い淀んでしまった台詞を口にした。


「あ、はい。町の外れにあります」


 鉄兵の言葉にホーリィが我に返ったように答える。


「城の中に作ろうって話もあったみたいだけどね」


 その話に食いついてホーリィの言葉を継いだのはルナスだった。


「でも、鍛冶師の親方は頑固な人でね。城じゃ落ち着いて良い仕事ができないって事で、結局町の外れに居を構えてるのさ」


 僕も知り合いだけど良い人だよ。とルナスが言葉を結ぶ。どうやら親方さんは気難しい人らしい。


「親方は……」


 その親方について説明しようとしたのだろう。微笑みながら口を開いたルナスだったが、その言葉が不意にピタリと止まった。次いで背後の城門を気にするように


 一体どうしたのかと気になった鉄兵が耳を澄ましてみると、魔法による超聴覚を使うまでも無くその音は聞こえてきた。ここ一月近く馬車で旅をしていた鉄兵にはもはやお馴染みの音でるそれは、馬の蹄が地を蹴る音であった。


 とはいえ、それは旅路の間に聞いていた20頭近い馬の足音よりさらに多く、控えめに考えても100騎以上はいる気がする。それが全力で駆けているらしいのだが、一体何事だろうか。


「少し遅かったようだね。ここは隠れようか」


 その理由を、ルナスは知っているらしい。いまいち状況を理解できなかったが、相変わらず鉄兵は強引に手を引かれ、ホーリィはそれに付き従って城門の横に姿を隠した。


 鉄兵達が姿を隠すとほぼ同時に開け広げられている城門から多数の騎馬が入城する。特に門番に押し止められたり場内から応戦のための兵が出現するわけでもない様子を見るとこの騎馬達は城の関係者だと推測できたが、さて何が起こっているのやら?


「で、なんで隠れたんだ?」


 全力で城門を駆け抜ける騎馬の足音は見事なまでに迫力があるもので、すぐ近くにいるというのに普通に話したところで声が相手の耳に届きそうも無い。仕方なく耳打ちするように顔を近づけ、鉄兵はなんとなくつっけんどんにルナスに聞いた。


「別に理由はないさ」


 明らかに悪意のこもった鉄兵の言葉を、しかし無視するようにルナスが微笑む。


「あれはアリスの兄君。つまり次期国王様の直属部隊さ。別に僕達が隠れようが隠れまいがなんら危険な事は無いよ」


 どこか他人事のようなルナスの言葉は、まるで気にする事でもないと言わんばかりの口調であったが、しかしその言葉にはなぜかどことなく含みがあった。


「ただ、君達のあの戦いでかなり神経質になってるだろうからね。お会いするのはまたの機会にした方がいいんじゃないかな」


「なるほど……そういう事か」


 その言葉で鉄兵はようやく全てを理解した。というか今考えてみれば推測する要素は全て揃っていたというのに、どうして今まで気がつかなかったのか……どうやらここに来てもまだ先程のショックで頭が回っていなかったようである。


 なぜ、アリスがルナスと行動を共にする事を是としたのか。


 意味が無いというのになぜこんな風にこそこそと隠れるのか。


 それは、城の騒ぎを見て急行したアリスの兄とのいざこざを避けるためだったのだ。


 そういえばルナスに連れ出される前にルナスがアリスとしていた会話でもそんな事が話題になっていたような気がする。


 ここでふと思いついたが、シロとの戦いの後で町の人達がパニックに陥っていなかったのもアリスの兄のおかげだったのではないだろうか?


 常識的に考えれば突然城内から爆発音が響いたり城壁が内側から崩されたりしたら混乱が起こってもおかしくない。なのに騒ぎが少なかったのは、城に急行するアリスの兄の部隊の姿が民衆達の混乱を抑えたのではないだろうか?


 いや、鬼気迫った騎士団が全力で疾走すれば逆に騒ぎになりそうな気もするが、もしそれが真実だったとすれば、次期国王であるアリスの兄は民衆から絶対の信頼を得ているのだろう。まあシリウス王の息子というならそれぐらいのカリスマ性は持っていそうなものである。どんな人なのか興味は湧いたが、ここはルナスの言うように一度間を置いた方がいいだろう。


「さて、今のうちに町に出ようか」


 次期国王の直属部隊は流石に精鋭部隊のようで、100人規模の部隊にも拘らず、今城門から突入してきたと思ったらあっという間に通り去ってしまっていた。駆け去る騎士達の背中を眺め、十分に間をおいた後でルナスが手を引き鉄兵に微笑みかける。


 妙に愛想が良いのはいいのだが、いい加減に手を離してくれないだろうか。そんな風に鉄兵は思ったのだが、どうやらルナスにそんな気はさらさら無いようである。緊張からか汗ばんできてちょっと気持ち悪いのだが、ルナスはそんな事は気にした様子も無くがっちりと鉄兵の手を握っている。


 仕方なく手を引かれて城門の陰から出る。鉄兵はこうもこそこそと行動をするとなにやら悪い事をしている気になったのだが、その事に関してもルナスは鉄兵とは正反対な感情を抱いているようで、ふと見たルナスの表情はなぜか妙に満足げであった。なんというか、あれはどう見てもいたずらっ子の表情である。


 初対面時の小芝居といい、今のこの表情といい、どうやらルナスは人の裏を掻くような悪戯が好きなようである。思うに、鉄兵をいざこざから遠ざけたのも、鉄兵を気遣ったというよりかはアリスの兄に対する悪戯心からの行動なのではないのだろうか。というか、これは多分当たってる。


 まあ、その事について触れると何か面倒な事になる気がしたのでスルーする事として、諸所諸々の事に目を瞑り、とにもかくにも鉄兵達は町へと出た。


 さて、実のところ入城の時の騒ぎもあり、鉄兵は下手をすると町に出た瞬間に町の人に囲まれてしまうのではないかと危惧していたのだが、それは良くも悪くも回避された。


 町に出た鉄兵の姿を見つけた民衆は、鉄兵の予想通り歓喜の表情を浮かべたのだ。今にも押し寄せて自分を囲みそうな気配を見せる人々に鉄兵はとっさに身構える。


 しかし、その後の展開はかなり予想外のものになった。


「え?」


 想像もしていなかった事態に、鉄兵の口から思わず声が出る。


 そこで鉄兵が見たものは恐れの目だった。ただし、それは鉄兵に向けられたものではない。前を歩くルナスに向けてだ。


 鉄兵を見つけた民衆は、予期せぬ話題の人物の登場に一様に顔を綻ばせた。だがしかし、その前を歩くルナスの姿を認めた瞬間、みるみるとその表情から喜びを無くし、やがて目を伏せて顔を背けたのだ。


 民衆は、まるで鉄兵達の姿など見えないとでも言うように自分達の日常へと帰っていった。一度膨らみかけた熱狂という名の空気が物理法則に反したように急速に萎んだその空間は、一種異様な雰囲気を作り上げる。


「みんなの僕に対する反応に戸惑ってる?」


 あまりといえばあまりの事態に呆然とする鉄兵に、ルナスが微笑みかける。


「……まあ、正直」


 口から出た言葉は端的だが、鉄兵は内心かなりの衝撃を受けていた。確かに元の世界でも人から避けられる人物というのはいた。だが、ここまであからさまに態度に出し、まるでそこに誰もいないかのように振舞われ、避けられるという現場には出くわした事は無かったのだ。


「はは、君は正直だね」


 なぜだろう。傍若無人に思えたルナスの笑みが、今は非常に寒々しいものに見えた。


「僕がみんなになんて言われてるか知っているかい?」


 だが、ルナスはあくまで笑顔を絶やさず、鉄兵に微笑みかける。その笑顔は、もしかしたらルナスの仮面なのかもしれないと、なんとなく鉄兵はらしくない思いを抱いた。


 戸惑い、何も言えないでいる鉄兵を見てルナスがクスリと笑う。


「月の公子さ」


 そして、彼はその名前を口にした。

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