旅の始まり
「で、どんなトラブルなんだ?」
「は?」
「いやだから、助けてもらいたいってことはなにか厄介事に巻き込まれてるんだろ?」
そう言ったシロの表情は、なぜかわくわくしているようだった。
鉄兵はちょっと考えた。
さてどういって説明しようか。異世界から来たなんて言って信じてもらえるものだろうか? いや、ひょっとしたら異世界人がひょいひょい現れるような世界なのかもしれないが、違ってたら頭のおかしい人と思われるかもしれない。それはあまり得策じゃないし、少しぼかして説明するか。
「簡単に言うと、常識が無くて困っている」
「そいつは残念な話だな」
「とはいっても頭が残念なわけじゃなくて『この大陸』の常識ね。転移魔法とかってここにはあるの?」
「あるにはあるが、ここしばらくは使える奴が出たって話はきかないねぇ」
精霊がいるなら魔法もあるだろうとカマをかけてみたが、やはり予想通り魔法はこの世界では常識のようだ。転移魔法もあるようだが、難しい魔法のようだ。時空転移の魔法でも使える人がいれば元の世界に帰れるかもしれないと思ったが、その案はどうやら没にせざるを得無そうだ。
「どうも俺は転移魔法のようなものに巻き込まれたみたいなんだ。俺はミッド大陸の出身じゃないし、ミッド大陸なんて場所も知らない」
「なるほど。だからさっき地名を聞いてあんなに血の気の引いたような顔をしてたわけか」
納得がいったというように、シロはポンと手を叩いた。
とりあえず嘘はついてない。ぼかしてもかなり胡散臭い話になってしまったが、うまく納得してくれたようだ。
「そういうわけだから、この大陸の常識が無い。ついでにお金が無い。小銭くらいなら持ってるけど多分この大陸では使えない」
「世知辛いねぇ」
金の話をするとシロは苦々しい顔をした。金の相談が厄介事であるのはどこの世界でも一緒のようだ。
「で、俺はどうやっておまえさんを助ければ良いんだ? 俺は転移魔法なんて使えないぜ?」
「シロは旅人だろ?」
「まあな」
「なら、しばらくの間、一緒に連れてってくれないか?」
シロは気の乗らなそうな顔をした。
「俺は一人旅が好きなんだがなぁ」
まああんな酔狂な格好で旅をしている人間だ。多分そうだろうと思っていたし、一応は対策も考えてある。
「自慢じゃないが俺は頭が良い」
「ほう?」
「この大陸の常識は持ってないけど、多分シロが知らないような事を色々と知っている」
「その心は?」
「俺と一緒だときっと楽しいぜ」
鉄兵の言葉にシロはニッ笑った。
「あっはっは! 確かにテツは楽しい奴のようだ」
「しばらくよろしく」
鉄兵はニヤリと笑って右手を差し出した。
「あぁ、しばらくな」
シロも笑顔でその手を握り返した。
「さて、そういう事ならこの大陸の常識については旅の間においおい話すとして、そろそろ出発するかね。テツもさっさと町で休みたいだろ」
太陽はまだまだ頂点に達したばかりの頃だ。これから出発してもまだまだ距離を稼げるだろう。
「服着るついでに焚き火を消してあっちの荷物を取ってきてくれ。持ってもらうぞ」
「了解」
鉄兵が立ち上がると、シロは茶道具を片付け始めた。
鉄兵は焚き火に近寄り、干してある作業着を着た。
ついで近くに用意してあった土山から土を取り、焚き火にかけて火を消す。ほどよく消えたところで上から蹴り潰していると、その音に反応してロバのハルコさんが目を覚ました。
ハルコさんは頭だけ起こして眠そうに首を振るとこっちを見た。目が合う。目と口周りの毛だけが白く、つぶらな瞳は非常に可愛らしい。
ハルコさんは鉄兵にあまり興味がなかったようで、軽く嘶いて顔をそむけた。
『おはようさん』
その嘶きは、鉄兵にはそう聞こえた。
ロバが喋った。その事実に鉄兵はぎょっとする。
が、ここは異世界である。ロバが喋るのも不思議ではないのかもしれない。
「おはようございます」
なので鉄兵も紳士的に挨拶を返した。
するとハルコさんはビクッと身体を振るわせた。
『あら驚いた。あなた私と話せるのね』
ハルコさんがむくっと起き上がって嘶く。
驚かれてしまいました。やっぱりロバが喋るのはこの世界でも普通のことではないらしい。
「話せるようですね。こっちも驚いてます」
『不思議なこともあるのねぇ』
ハルコさんは首を傾げて嘶いた。全く以ってこちらも同意見である。
「お、さっそくハルコさんと仲良くなったのか?」
そこにパラソルを差したシロが寄ってきた。
「シロ、ロバと話せるのはこの大陸だと普通のことなのか?」
「なんの話だ?」
「いや、今ハルコさんと話してたんだ」
「ほう」とシロが感心する。
「最近の翻訳機はレベルが高いんだな。ハルコさんと話せるなら俺も買おうかな」
そういやシロは未だに鉄兵が翻訳機を使っていると思っているようだ。無論そんなものは使っていないが、無駄に警戒されると困るし面倒だから言わないことにする。
「ハルコさん、いつもお世話になってます。って伝えてくれないか?」
通訳を頼まれてしまった。鉄兵はシロの言葉をそのままハルコさんに伝える。
『こちらこそ。良い主人で私も楽よ』
鉄兵はそのハルコさんの言葉をシロに伝えた。まさかロバと人間の通訳士をする日が来るとは思ってもいなかった。
とまあそんな一幕があってしばらく鉄兵は通訳に没頭させられたが、話はおいおいという事でさっさと出発することになった。
両手で抱えられない程の大きなリュックを気合を入れて持ち上げる。そうすると荷物は予想外に軽くて鉄兵はよろめいた。
ずいぶん重そうに見えたが中身は軽いものが詰まっているのだろうか? 片手で持ってみるとやっぱり軽い。が、なぜか生地が千切れそうなほどに引っ張られていたので慌てて両手で持つ。
ふと視線を感じてそちらを見ると、シロが驚いた表情でこっちを見ていた。
「いやぁ……おまえさん、力持ちなんだなぁ」
よくわからないことを言う。
「なぁ、この傘を持ってみてくれねぇか?」
そういってパラソルを差し出されたので持ってみる。これがどうかしたのだろうか?
やはりシロは驚いているようだったが、すぐに立ち直ってニッ笑った。
「こいつは良い。ついでに傘持ちも頼むかな」
「男同士で相合傘なんて丁重にお断りいたします」
冗談めかしたシロに鉄兵も冗談めかしてパラソルと返事を返した。冗談とはいえ本音でもあるが。
「そんじゃ出発するか」
パラソルを差しなおしたシロはハルコさんをとんとんと叩いて歩くよう促すと、自分も歩き始めた。
荷物を背負って鉄兵も歩き出す。ちなみにハルコさんは一切荷物を背負わされていない。なぜなのかとシロに聞いたところハルコさんは旅のお供で荷物持ちの従者ではないからだそうだ。どうやら今の鉄兵の待遇はハルコさん以下らしい。
街道を行く道すがら、この世界のことを聞いていく。
大陸の地図をみせてもらったのだが、この大陸は6つの国に分かれているようだった。あえて言えば北海道のような形をした大陸なのだが、中央に少し小さな国があり、先の尖った六角形のような領土を持っている。他は大体がその尖ったところを境目に綺麗に6つにわかれているのだが、なんでそんな綺麗に分かれているのかシロに聞いてみたところ、竜人と呼ばれる種族が真ん中の領土を占拠してしまったかららしい。
竜人はもともと端の方の山脈に住んでいたらしいが、大昔の戦国時代に当たる時期に周辺国からちょくちょくとちょっかいを出されたらしい。どうもそれを近所迷惑と感じた竜人は、そっちがその気ならばと立ち上がり、大陸の中央を制覇して今のような領土を奪ってしまったらしい。
その強力な軍事力に立ち向かえる国は無く、新たな竜人の領土は事実上の中立地帯となった。そうなると尖った六角形の頂点を境に他国に攻め入るための要所が使えなくなったらしく、限られた範囲の中だけで戦争は続けられ、やがて統合が終わり自然と7つの国の姿に落ち着いたらしい。
竜人がいるのならば他にはどんな種族がこの大陸にはいるのかと聞いてみたところ、代表的なのは6つの種族のようだ。人間族、魔族、獣人族、精霊族、幽鬼族、そして竜人族の6種族である。
人間族はそのまま人間の事である。
魔族は人間と外見は同じだが基本的に青黒い肌をしていてるらしい。性格は基本的に好戦的で傲慢のようだ。
獣人族は二足歩行で道具を使う人間型の獣といったものらしい。漫画に出てくるような耳のみ獣の種族もいるらしいが、それは人間族と獣人族のハーフで半獣人と言い、もうちょっと獣っぽいらしい。
精霊族は人間よりやや小柄で耳と目が特徴の種族らしい。簡単に言えばエルフのような生き物のようだ。
幽鬼族は人間と同じ姿らしいが独特の特殊能力をもっているらしい。血を吸わない吸血鬼みたいなものだろうか。
竜人族は基本的には人間と同じ外見のようだが、特殊能力で西洋竜の姿になれるらしい。
代表的なのはその6種族だが、その他、巨人族やら魚人族やら色々な種族がいるようだ。
貨幣については国ごとに流通貨幣が違うので基本的に国境を越えたら交換しなくてはならないらしい。基本的にというのは他の国の貨幣価値のが高く、そちらで取引をした方が喜ばれる国もあるからだ。
どの国も流通している貨幣の種類は同じで、銅貨、銀貨、金貨、白金貨がそれぞれ大小の2種類づつらしい。それぞれの小硬貨5枚で大硬貨1枚の価値。大硬貨2枚で次に価値の高い小硬貨1枚の価値のようだ。ちなみに大硬貨は小硬貨の5倍の大きさがあるのかといえばそうではなく、原材料の質の低いものが小硬貨に使われ、質の高いものが大硬貨に使われているので大きさは100円玉と500円玉位の差である。
ついでにシロがパラソルをさしたままだったのでその事を聞いてみると、色素が薄くて直射日光に弱いらしい。まあシロの白っぷりをみれば納得できる話である。名前までシロなのだから色素が限りなく薄いのも無理らしからぬ事だ。なので特注製の傘をいつもさしているらしいがこれが相当重いという。
そこで判明したのだが、どうやら鉄兵の筋力は相当上がっているらしい。
さきほど傘を持った時にそんなに重くも無かったので
「そんなでも無いだろう」
と言ったら
「この傘は俺の体重より重いんだがなぁ」
と言われてしまったのだ。
シロは鉄兵ほどじゃないにせよ身長が高い。恐らく180cmはあり、黒の着流し姿の裾からはみ出る筋肉は結構がっしりしているように見える。少なく見積もっても65kgは超えているように思える。
なので半信半疑でいたら俺を持ち上げてみろよと言われ、持ち上げてみたのだが、実際簡単に持ち上がってしまった。
そこでなにかを思いついたらしいシロに右手を地面と水平にして高く上げるように言われたのでやってみたら、傘を差したままのシロの身体がふわりと舞った。
あまりに高く跳んだのでびっくりして硬直していると、シロはそのまま鉄兵の手のひらの上に着地した。都合大人二人分の重量を片手のひらで持ち上げているわけだが、重さはほとんど感じない。
「あっはっは。こいつはいい。このまま持ち運んでもらうかな」
と機嫌が良さそうなシロの声が頭の上から聞こえてきたのでしばらくはそれに付き合いそのまま歩いていたが、重くなくても腕が疲れるので降りてもらった。
「しかしたいしたものだな。今のを大道芸で披露したら稼げるんじゃないか?」
と上機嫌にシロが言う。確かにそれもありだなと思ったので案の一つに加える。
だが、なんでいきなり筋力が上がったのだろうか?
月のように重力が弱いのかなとも考えたが、それにしては道々の草花や動物も地球と似たような生態をしている。さきほどシロがものすごいジャンプ力を披露していたのでその可能性は高いと思ったのだが、試しに自分も荷物を置いて思いっきりジャンプしてみたら10mほど跳べてしまった。重力が弱いと言っても跳びすぎである。
環境のせいではないとすると、突然目が良くなったり筋力が格段にあがったりと自分の身体に何が起こっているのかが気になるところだし、その能力について測定してみたいところだが、いずれにせよ比較対象が今のところシロしかいないので、検討するのは町についてからの方が良いだろう。シロにしても自分の体重以上の重さの傘を差していたりと、普通の人間ではない気がするのだ。
そんな風にして旅をしているとやがて日が暮れてきた。
なので野営の準備を始めることにしたのだが、そこで鉄兵がこの世界に迷い込んでから最初の事件が起こった。
12/31:指摘いただいた誤字修正
城→シロ