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動揺

 さて、戦闘の後片付けは終ったが、それで全部が終ったわけではない。さっさと終わりにしてしまいところだが、まだある意味一番の大仕事が最後に残ってるのだ。それがなにかといえば、事態の収拾という奴である。


 これだけ派手にやらかせば、城の面々も城下の人達も気が付いてないわけが無いだろう。恐らくはこれから説明に追われる事が予想されるわけで、なかなかに気が重い。とはいえ、自分がやらかした事なので、こればかりは避けて通る訳にはいかないだろう。


 そんな事を考えながら耳を澄ませてみれば、意外にも現場に近い城内には大きな混乱は無い様で、城外での騒ぎが大きく聞こえてきた。とはいっても城外の騒ぎも混乱しているという程ではない。いきなり城の城壁が崩れ落ちたりすればもうちょっとパニックになっていても良さそうなものだが、まあ落ち着いている分には気にする事も無いだろうか。


 とりあえずの状況を確かめた鉄兵は、今度はアリス達の様子を見るために向き直った。すると、これは予想していた事だが、リードとホーリィは腰が抜けてしまったようで二人仲良くへなへなと地面に腰を下ろしている。マーティンや近衛等の騎士達はといえば、流石は武官であり、腰を抜かしたりはしていないが、そうはいっても衝撃は隠せないようで、悪夢から目を覚ました後のように複雑な表情をつくっている。その中でアリスだけは平気な様子で、むしろ上機嫌な表情を見せていたが、これは例外というものだろう。


「どうだトラヴィス。鉄兵と一手交えてみるか?」


 そんなアリス達の様子を見てまずはどうするべきかと鉄兵が考えていると、アリスの口からそんな言葉が飛び出してきた。アリスにしては珍しく本当に意地が悪く聞こえる台詞だが、様子を見るに、多分本気で意地悪をしているように見える。なぜそんな似合わない真似をしているのかを考えてみれば、まあ、不甲斐無い自分が原因なのだろう。


 アリスの態度を見るに、どうやら鉄兵の不甲斐無い態度に腹を立てていたようである。なのでシロと鉄兵が戦う事でトラヴィス達を見返す事が出来たので、思わず厭味の一つも言ってしまったというところだろうか。そう考えるとアリスは自分の側に付いてくれているようで、そこは嬉しくあるが、反面、自分の不甲斐無さからそんな事を言わせてしまったと思うと恥ずかしくもある。


 このアリスの言葉にトラヴィスがどう出るかと思って様子を見ていると、これまた流石に近衛騎士の隊長と言うべきだろうか、トラヴィスの解答はなかなかに味があるものであった。


「姫様の命とあらばやぶさかではございませんが……幸い命の保証はしてくれそうですしな。しかし、残念ながら姫様を楽しませるような戦いはできないでしょうな」


 一見すれば負けを認めて尻込みしているようにも聞こえる台詞。武勇を重んじる時代の武官としては致命的ともいえる隊長の台詞に近衛騎士達は落胆の色を隠せなかったようだが、そこに込められた言葉の意味を考えてみれば、どうやら鉄兵の弱点を見破っているようでもあった。


 その言葉の意味をアリスも分かったのだろう。トラヴィスの言葉はアリスに対する厭味でもある。その言葉で我に返ったのか、アリスは自分の態度を恥じたようで苦笑を見せた。


「戯れだ。許せトラヴィス」


「はっ」


 特に表情を崩す事無くトラヴィスが返事をする。なにやら一件落着してしまった感じだが、このままではどうにも他の騎士達に勘違いされてしまいそうである。話を蒸し返すのも少し微妙だとは思ったが、鉄兵はトラヴィスの名誉と自分の立ち位置をしっかりと認識させておくためにも少し話をする事にした。


「トラヴィス殿。少しだけお話させていただいてよろしいですか?」


「ええ、構いませんよ」


 トラヴィスに話しかけると、トラヴィスはにっこりと笑って答えてくれた。


「では、お言葉に甘えて……

 戦いを見ていただいた後なら納得していただけるでしょうが、私は多分、魔法を使って正面から戦えば、ここにいる誰よりも強い力を持っているでしょう。

 ですが、私が先程、自分はヨハネよりも弱いといったのも事実なのです。その時は剣の腕前の事を言っていたわけですが、改めて考えるとそれだけではないようです。

 言ってしまえば、私はここにいる誰よりも弱いのかもしれません。

 その理由を、トラヴィス殿は気が付いているのではないですか?」


 鉄兵の意外な発言に場がざわめく。質問されて注目を浴びたトラヴィスは軽い苦笑を漏らした。


「そうですな、見当だけはついております」


「その答えを、言ってくれませんか?」


 間髪入れずに頼み込むと、トラヴィスの苦笑が引っ込んだ。難しい顔をして、しばし目を瞑って頬を掻いたトラヴィスは、やがて開いた目を空に向け、姿勢を正して口を開いた。


「では、言いましょう。私が思うに、どうやらあなたには人を殺める覚悟が無いようだ。その覚悟が無いならば、戦場において私はあなたの力を頼る気にはなれない」


「その通りです」


 侮辱とも言えるトラヴィスの言葉を、しかしその言葉が周囲に浸透する隙も与えずに鉄兵は即座に肯定した。


「私は文官です。戦うためにこの国に仕えたのではなく、この国を豊かにする技術を活用してもらうために国に仕えたのです。

 確かに私は強い魔法の力を持っています。ですが、私はその力を人を殺めるためには使えないし、使うつもりも無い。故に私はこの国に仕える武官の誰よりも弱いのです。

 臆病と思われるかもしれませんが、それは事実です。そして私はそれでいいと思っています。

 文官は武官の領域を侵す必要は無いし、その逆もまた真でしょう。

 故に、文官である私は武官の領域である武について、その領域を侵すつもりは無いのです。

 なので、私は人を殺める覚悟を持つ必要は無いし、むしろそれは持つべきでは無いものではないかと思っております。

 この国に住む全ての住人は、あなた方に守られる立場にあります。それが武官の仕事であり、その中には私も含まれているのです。

 私は文官です。故にこの国と住人を守る仕事はあなた方に任せ、代わりにこの国をもっと住みやすい場所にするために頑張りましょう」


 どうやら感銘を与えるまでには至らなかったようだが、それでも周囲の騎士達の様子を見るに、概ね鉄兵の意見は受け入れられたようだった。自分の仕事を再確認したのか、和みつつも納得したような表情を見せる騎士達を見て、鉄兵は内心で胸を撫で下ろした。元々演説が得意なわけでも無いので、まあこの程度が出来れば及第点といったところだろうか。


「そうですな。この国を守る仕事は我々に任せていただきましょう。

 もっとも、あなたを守る必要を私は感じませんがね」


 トラヴィスがニヤッと笑って軽口を叩いた。その様子に鉄兵も表情を緩めたが、しかし次のトラヴィスの台詞に鉄兵は顔をしかめる事になった。


「しかし魔術師殿。あなたには従軍義務もあるのでそれでは困るのですがね」


「あー……そうでした。困ったな。どうしよう」


 顔をしかめた鉄兵を見て、騎士達の間から軽い笑いが漏れた。さっき確認した事なのにすっかり忘れてしまっていたためにどうにも締まらない結果になってしまい、少し恥ずかしい。


「まあ、あなたの事はわかりました。追々やっていきましょう」


 すっとトラヴィスから手が差し出された。表情を見ると、非常に穏やかな笑みを浮かべていた。


「よろしくお願いします」


 鉄兵ははにかみつつその手を取った。取った手をぎゅっと握り返される。剣ダコで膨れたその手は驚くほど熱く、どこまでも頼もしかった。


 さてこれにて一件落着という雰囲気となったが、そんな時、どこからともなくパチパチという拍手の音が聞こえてきた。


 その音に釣られて皆がそちらを振り向く。すると、そこには一人の男が立っていた。


「いや、素晴らしい魔法と演説でした」


 そんな台詞と共にこちらに歩いてきた男を見て、アリスが弾んだ声をあげた。


「ルナス!」


「やあアリス。久しぶりだね」


 親しみのこもった声をその男にかけたアリスは、軽く駆け足で男に近寄ると、軽く男と抱き合った。


 アリスと並ぶその男を見ると、アリスとその男の関連性は一目瞭然であった。髪こそ僅かにウェーブがかかった金髪であるが、まるで女性のように整ったその容姿も瞳の色も、アリスを思わせるものだったのだ。


 その真紅の瞳が鉄兵の方に向く。


「先程から拝見させていただいておりました。私も話に加わらせていただいてもよろしいでしょうか?」


「え? あー……はい」


 突然の登場と、アリスを思わせる瞳に見つめられて、鉄兵はたじろぎながら答える。


「鉄兵、紹介しよう。彼は……」


 その横でアリスが男を紹介しようとしたが、男はアリスの口元にそっと人差し指を寄せ、アリスの言葉をさえぎった。


「アリス。自己紹介くらい自分でさせてくれないかな?」


「そうか? ならここは譲ろう」


 アリスに対してなんとも馴れ馴れしい態度だが、どうやらアリスにとって男の行動は普通の事のようだ。


「はじめまして。ルナス・セプテン・オズワルドと申します。シリウス王の弟の息子で、アリス姫とは従兄妹の関係にあります」


 なるほど従兄妹であったらしい。ならばこの馴れ馴れしさも納得というものだろう。


「……それと」

 

 ルナスはアリスの後ろから手を伸ばし、肩を掴んで軽くアリスを抱き寄せた。鉄兵はなぜかイラッと来たものの、アリスも小首を傾げながらもされるがままにしているし、従兄妹ならばこの馴れ馴れしい態度も普通なのだろう。


 と、鉄兵は心に余裕を持つためにそんな風に思おうとしたのだが、そんな余裕は次のルナスの一言で吹き飛ぶ事になった。


「今度、アリス姫とお見合いをする事になっております」


「……え?」


 一瞬、何を言われたのか分からなかった。


 そしてその言葉の意味を理解した時、鉄兵は何も考えられなくなってしまった。


 ルナスと呼ばれた男を見れば、アリスとよく似た顔をこちらに向け、にやにやと笑っている。


 噂に聞いていたアリスの見合い相手。その相手を前にして、鉄兵はただただ名状しがたい強い感情に支配されていた。




 ルナスの名前は疾風迅雷様から。セプテンというミドルネームはFreedom様から。トラヴィスの名前は匿名の方から頂きました。ありがとうございました~。 


2011/4/6:指摘いただいた誤字修正

耳を済ませてみれば

→澄ませてみれば


検討だけはついております

→見当

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