真相
「にしても、こいつはちょいとやりすぎだったんじゃねえか?」
戦いを終え、我に返ったシロが辺りを見回しふと言った。
戦っている最中はアドレナリンが分泌されていたために気にしていなかったが、シロに言われて周囲を見回してみれば、これはなかなかに酷い惨状であった。城壁の一部は崩れているし、更地だった中庭は見るも無残に大なり小なりの穴や山が出来ている。シロの真後ろには20m四方の巨大な穴さえ開いているし「ちょっとした戦争でもあったのですか?」と聞かれても否定できないような惨状に、鉄兵は我が事ながら少しやりすぎたかなーという気分にもなった。とはいえ、アリスに言われたので後片付けの準備はしてあるから問題は無いのだが。
「まあ、やりすぎたかも。でも、これがシロの狙いだったんだろ?」
「さて、何の事かねぇ」
懐をごそごそと漁りながらシロが言う。何を探しているか知らないが、その適当な物の言い様に少しだけ不安になる。自分としてはシロの意を汲んだつもりだったのだが、ひょっとしたら勘違いだったのだろうか? 勘違いだったとしたら、全力でやってしまったために少し恥ずかしい事態である。
「シロ……」
のんびりと懐から取り出した煙管に煙草の葉を詰めるシロに鉄兵が話しかける。
「ん?」
「ひょっとして俺の勘違い?」
「さてな。どっちだっていいじゃねえか」
微かな不安を感じつつ問いかけた鉄兵の言葉に、シロはただそれだけを言っていつものようにニッと笑った。どうやら答える気はないようである。とはいえ、シロがそう言うならどっちでも良い事なのだろう。これは思考停止した楽観論からの結論ではなく、シロの判断能力を信用しての結論である。
ここでようやく鉄兵が推測したシロの狙いの話をするが、以下は鉄兵がシロの言動と態度から読み取った内容である。
これまでのシロの言動を鑑みるに、シロは口に出さない事はあっても嘘を吐いた事は無い。つまり、先ほどシロが言った言葉は全て本心からのものと言って良いだろう。
ここで、戦闘の最中にあったシロの発言を並べてみる。
「世間じゃ俺とお前は互角に戦えるって事になってるって事さ」
「謙遜したいならすればいいさ。ただし、自分にしか迷惑がかからない範囲でな。
だがな、お前さんは俺と互角に戦えるって事になっている。そんな奴に自分が弱いと言われちまえば、こいつは俺達竜人族の名誉に関わるって事さ」
「俺は、俺達竜人族の誇りをかけてお前さんが俺と互角だと認めた。
そりゃそうさ。実際にお前さんは俺と互角に戦えるんだからな。
だがテツよ。お前さんはそんな事実はいらねぇと言った。
なら、その看板は遠慮なく剥がさせて貰うぜ」
とまあこんなところである。この発言を鉄兵なりに整理すると、以下のようになる。
1).世間では鉄兵とシロは互角に戦える実力があると思われている。
2).シロは事実、鉄兵がシロと互角に戦える実力があると認めている。
3).シロは鉄兵の発言に特に関与する意思は無い。ただし、それは後述の4)に抵触しない場合に限定される。
4).1)という噂が立っている以上、鉄兵が自分が弱いと公言する場合には竜人族の名誉を傷付ける恐れがある。
5).シロとしては4)を許容するわけにはいかないため、4)の行為を行う場合はそれを阻止しなくてはならない。
この内容から考えるに、シロにとってあくまで大事なのは竜人族であり、鉄兵の発言はその名誉を傷付ける恐れがある。ゆえにシロは竜人族の名誉を守るために鉄兵に襲い掛かってきた、と取れるだろう。
単純化して考えれば、まあこれは合っているのだろう。
とはいえ、ここには疑問が残る。
その疑問とは、鉄兵の能力を示したいだけなら、ただその力を見せ付けるように言えばいいという事だ。わざわざシロが鉄兵と争う理由など、どこにもないのである。それくらいの事はシロも理解しているだろうに、にも関わらず、シロは鉄兵に襲い掛かってきた。これはシロの思考としては少し不自然と鉄兵には思えたのだ。
鉄兵は当初、その原因をシロが自分を見限ったのではないのかと思った。だが、とあるシロの反応によりそれは思い違いだと推測できた。その反応とは、破れかぶれで放った一撃にシロが過剰に反応して間合いを取った事である。
その後に見せたシロの罰の悪そうな表情を見て、鉄兵は二つの事実を理解した。その一つ目は、いまや鉄兵はシロさえも怯えを見せる化け物だという事である。
シロは、自分が鉄兵に敵わないという事を最初から自覚していたのだろう。シロの過剰な反応。あれは、シロが鉄兵の力を恐れた事から起こした反応だと推測ができる。それは罰の悪そうなあの表情からだけの推測だが、恐らくは間違っていないだろう。
リルと戦った時でさえ怯えを見せなかったシロが、怯えを見せた。今までも規格外だ化け物だとさんざん言われてきていたが、これまで散々飄々とした態度で鉄兵を翻弄し続けていたシロにまでそんな態度を取られたのは、正直なところ鉄兵にとって少なからずショックな事であった。まあ、今は関係ないのでそれは横に置いておくが。
問題は二つ目の事実である。それは、やはり自分はシロと戦う必要があるのだという事であった。
前述の通り、鉄兵の戦闘能力を示すだけなら戦う必要など無い。にも拘らず、シロは鉄兵の力を恐れていたというのに戦いを挑んできた。何でそんな事をしたのかといえば、まあこれはいつものように人が好すぎるほどのお節介を焼いたからだろう。つまり、シロは下手をすれば自分の命すら無くなるだろうと予測した上で、さらにここで一戦交えておく必要があると判断したわけである。
その理由は、なんとなくではあるが理解できる。要するに「謙遜してないで力を誇示しちまえ」という事なのだろう。
なぜ力を誇示する必要があるかといえば、現代の日本と違ってここはまだまだ戦乱が収束したばかりの戦国末期であり、各地の勢力も予断を許さない状況だからなのだろう。つまり、この国はまだまだ安定しているわけではなく、武力こそが尊ばれる国なのだ。国というのは基本、武によって興され、文によって治められるものである。今はその過渡期であるが、まだまだ前者寄りであり、いくら知力があろうとも武勇が無ければ疎んじられる。
そんな国で先程のような謙遜を見せ続けていれば、遠からず鉄兵は軽んじられる。シロはそれを危惧して実力行使に踏み切ったものと考えられる。アリスがあっさりと戦闘を許したのも、シロと同じ危惧を抱いたからかもしれない。
それでも実戦を見せる必要までは無いと思えたが、もし戦わずに戦闘力のみを示したところで、先程までの気の抜けた鉄兵によるものだったなら恐らくは迫力の欠けたものになっただろう。実際に力があったとしても、その力をあまり重要視していない鉄兵がそう意識して行使すればたいした事は無いという印象を持たれる可能性がある。そうなる可能性がある以上、多少の危険を冒したとしてもシロは確実な方を選んだのだろう。それに、実際戦うとなればそれだけで竜人族の名誉は守られるから一石二鳥でもあったし。
鉄兵がシロと戦った時点でいずれにせよ竜人族の名誉が守られる事は確定している。鉄兵が勝つにせよ負けるにせよ、戦いの様子を見せ付ければ竜人族の強さを認識させる事が出来るため問題は無いのだ。とはいえ、シロが負ければ竜人族が人間族に負けたと言う事で多少は竜人族の評判が下がるだろう。なので、人間族が竜人族に勝ったのは事実であるが、なら人間族なら竜人族に勝てるのかといえばそれはNOであると言えるような勝負じゃなくてはならなかったが。
とまあそんな事情を考慮して、鉄兵は少し派手に戦闘を行った。シロを屈服させるだけなら、例の物理防御魔法の応用である金縛りの魔法で押さえつけて魔力吸収をすればいいだけの話だったのだが、あれだけ効率の悪い戦い方をしたのはそういう事情があったからである。今回の件における裏事情はこんなところであろうか。
「しかし、こいつを片付けるにゃちょいと時間がかかりそうだな。まあ気長にやるかね」
煙管に火を付け、煙を吐きながら、シロがしかめっ面を見せる。どうやら後片付けを手伝ってくれる気はあったようだが、ちゃんと準備をしていたのでそれには及ばなかったりする。
「いや、ちゃんと準備しといたからすぐ片付くよ」
「ほう? どういう事だ」
「力を見せるつけるのはむしろここからって事さ」
言いながら、鉄兵は魔法を行使すべく体内の精霊に意思を伝えた。先程は竜人族の事情を考えて戦闘を派手に行ったと書いたが、派手に城壁などを壊した理由の本命はむしろこちらにあったのだ。
鉄兵の魔法が発動する。
それは、まさに『魔法』であった。
例えば、先程戦闘で使ったような光線や爆発、地割れや大水や冷凍の魔法は元の世界の文明ならば、手間や時間はかかるだろうが再現できるだろう。だが、今鉄兵が行使した魔法は、残念ながら現在の科学の力では再現が不可能な、まさに『魔法』であったのだ。
鉄兵が魔法を行使したかと思うと、鉄兵の魔法によって損害を追った物質が不意にふわりと浮かびあがった。それら浮かび上がった物質が直ちに移動を開始し、在るべき場所に戻っていく。崩れ落ちた瓦礫は元の城壁へ、爆発で四散した金属片は元の鎧案山子へ、土山は踏み固められた地面へと。
魔法の発動からわずか10秒足らず。たったそれだけの時間で、鉄兵が行使した魔法は荒廃した中庭を戦闘が起こり荒らされる前の状態に完全に戻した。
「こいつは……流石に驚いたな」
これには流石のシロも心底から驚いているようである。とはいえシロの顔色は冴えないが。
「すごいはすごいが、しかしこいつは正直気分の良いもんじゃねぇな」
シロが難しい顔をしてぼそりと呟く。その気持ちは、鉄兵にも分からなくは無かった。
壊れたものは戻らない。それは物理的・精神的なものを問わず、物でも生物でも同じである。だからこそ、シロはそれを最小限に抑えようと800年もの間この大陸を巡回し続けていたのだ。
そんなシロだからこそ、こうも簡単に破壊されたものが再生されたりして欲しくないのであろう。破壊するという事は比較的簡単な行為だが、それを再生するには非常な労力を伴うものである。その原則があるからこそ、人は必要以上の破壊を忌避するのだ。その原則の内に生きてきたシロにとっては鉄兵の魔法は好ましくなのだろう。
とはいえ、鉄兵の意見は少し違うのだが。
「まあ、準備が必要な魔法だから多分もう使う機会はないよ」
「……そうかい」
今回使用した再生魔法は、事前に解析魔法を使用して得た解析データを元に、念動の魔法と加工の魔法を自重せずに使った結果である。解析魔法のデータがなくとも似たような真似は出来るだろうが、さすがに全部元通りというのは無理だろう。
大規模な解析魔法も手を触れずに行う加工魔法も、これまでそんな事出来るわけが無いという常識が邪魔をして試しもしなかった魔法である。しかし、実際に試してみるとそれは可能であった。流石に全てをイメージできるわけも無いので魔力のロスは激しく、鉄兵以外の人物にはできないだろう代物であったが、ここで問題になるのはそこではない。
ここで問題になるのは、既成概念というものは新しい事をするには邪魔になる事があるということである。同じように、シロの考えも正しいとは思うが、鉄兵としてはシロの考えを尊重しつつ、もう少し前に向けて考えを進めたいところであった。
再生魔法についても、現代の科学力では再現できないと言ったが、未来永劫にわたって再現してはならないという理由にはならない。それが再現できるようになるまでに、何十年、何百年、何千年とかかるかもしれない。だが、それが技術として完成され、普及し始めればそれが常識となれば、常識となった世界では新たな習慣が生まれるだろう。それは新たな軋轢の種になるかもしれないが、人が滅んでしまわない限り、新たな技術は折り合いをつけられて新たな既成概念となっていくものだ。
それが危険な技術なら、無論の事それは制御されていなければならない。変化を恐れてその技術を拒否をするというのも一つの道だろう。
でも、できるなら、可能な限り新しいものを見てみたい。
それが技術者である鉄兵の基本的な考え方であった。