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バルコニーから見えるもの(仮)

「あれ、この音は……」


 交渉を終え、オスマンタスの執務室から出た鉄兵は、なにかが聞こえたような気がして足を止めた。耳元に手をやり耳を澄ます。すると途端に聴覚強化の作用が働き、はっきりとその音の正体がわかった。


「どうしたのですか?」


「いや、シロが来てるみたいですね」


 訝しげなホーリィに聞こえてきたのは例のギターっぽい楽器の音だった。相変わらず神がかったテクニックをしており、恐らくシロで間違いないだろう。


「ああ、シロディエール様の事でしたか。シロディエール様でしたらバルコニーの方にご案内させていただいております」


「あれ、シロが来た事知ってたんですか?」


「はい。オスマンタス師との話し合いの途中でこちらに到着されたとの報告が入っておりました」


 ホーリィは事も無げにそう言ったが、鉄兵は首を傾げた。鉄兵がオスマンタスと話している間、ホーリィはずっと鉄兵の後ろに控えていたはずである。その間に部屋に入ってきたのはアルテナだけだし、そんな会話を交わしていた記憶は無い。なのに、いったいどうやって報告を受けたのだろうか?


「ずっと後ろにいたと思ったんですけど、いつのまにそんな報告を受けたんですか?」


「ああ、ご存知ないのですね」


 と、なにやら察したらしいホーリィが右耳に手を当ててこちらに見せた。何かと思い見てみれば、右耳にはなにやら紋様の刻まれた白い石のようなものが埋め込まれたピアスがついていた。


「こちらのピアスは魔法具でして、ある魔法具から発せられた言葉を受け取る事が出来るのです。それで」


 と次は左手の袖の部分をこちらに向けた。見れば袖のカフスボタンにも同じような紋様の刻まれた白い石のようなものが埋め込まれていた。


「こちらがピアスの対になる魔法具です。こちらに話しかけると一定範囲に向かってピアスと同じ魔術刻印をされた場所に言葉を送る事が出来るのです」


 なるほどそんな魔法具があったらしい。それならこちらが気がつかなかったとしてもおかしい事ではない。


「へー、それは便利ですね。ちょっと見せてもらって良いですか?」


「はい。どうぞ」


 興味津々な様子の鉄兵に微笑を浮かべながら、ホーリィがピアスとカフスボタンを外して渡してくれた。リルと対峙した時に魔法のロープを使ったものの、鉄兵はほぼ初めて触る魔法具というものを興味深く観察する。


 石の素材はどうやら大理石のようである。とはいえこの場合、素材は関係無く刻まれている刻印が重要なのだろう。これが恐らく精霊文字というもののようであるが、謎の翻訳機能が働いている鉄兵にはカフスボタンの方の文字は『音投』ピアスの方の文字は『音受』と読み取る事が出来た。機能と少し意味合いが違う気もするが、機能しているということはまあそれでいいのだろう。


 そういえば、と思い出して魔法を覚えた時に使った精霊視の魔法を使ってみた。すると鉄兵の予想通りにピアスとカフスボタンの周りにはやや緑っぽい精霊の姿が見れた。恐らくこの精霊が文字を読み取り作動しているのだろう。


「これは……中々興味深いですね」


「そうなのですか? これはそれほど珍しいものではないのですが、テツ様の国にはなかったのでしょうか?」


「そうですね。魔法自体無かったですから」


「え?」


 なにやら驚いているような声が聞こえたので魔法具から眼を離して顔を上げてみると、ホーリィは狐につままれたかのような顔をしていた。つい魔法具に意識が集中してしまい、失言をしてしまった気がするが、別に隠しているような事ではないし特に問題はないだろう。


「魔法が存在しない国から来たんです。詳しくはリードにでも聞いてください……あ、これありがとうございました」


 鉄兵は開き直ってそう言うと魔法具をホーリィに返した。ピアスとカフスボタンを受け取ったホーリィは一瞬だけなにやら聞きたそうな顔をしたが、すぐにそれを引っ込めた。ここはさすがに良く出来た官僚だという事だろうか。


「では、シロディエール様のところにご案内します」


 というわけでホーリィに案内されてシロのところに向かう。


 シロのところへ向かう道すがら、さきほどの魔法具について詳しく話を聞いてみたところ、どうやらそれは無線に近い物のようである。とはいえ周波数をいじれるようなものではないらしく、『音投』の魔術刻印が刻まれた魔法具は音を発信できるものの受信側を特定は出来ず、『音受』の魔術刻印が刻まれた魔法具を持ってさえいれば誰でも受信できてしまうようである。なので王城でも広く使われているが、あくまで先程のように来客の報告をしたり指示を送ったりとあまり重要ではない会話でしか使われていないらしい。


 あと、どうでも良い話だが右耳にピアスをつけるのは『自分はゲイである』という主張だった気がするが、多分こちらの世界にはそんな習慣は無いのだろう。そんな意味は無くともなんとなく気になってしまうのだが。


 それはともかく、その後ピアスだけをもう一回貸してもらい、使用感の方を試させてもらったのだが、感度はあまり高くないようで生活音などは紛れ込まなかったものの、聞こえてくる音は結構大きめであった。これなら静まり返ったオスマンタスの執務室でならこちらも気がつきそうなものであったが、そんな音が聞こえてきた記憶も無い。


 なんとなく気になったのでホーリィに聞いてみたところ「簡単な魔法でしたら使えますので」と言う言葉がなぜか苦笑気味に返って来た。ようするに、音が漏れないような魔法を使ったという事なのだろう。まあオスマンタスの息子でリードの兄なら魔法がつかえてもおかしくは無いのだが、なぜ苦笑されたのだろうか?


 と、ここで気がついたが、今更ながらの話だが、ホーリィは宮廷魔術師長の息子であるのに魔術師ではなく官僚である。妹のリードは魔術師だし、簡単な魔法なら使えるという事は魔術師の訓練もしたのだろう。なのに、ホーリィは魔術師ではなく官僚になった。単純に考えればオスマンタスが宰相も兼ねているために手伝いのために官僚になったものと思えるが、先程の言葉と苦笑から考えるとちょっと複雑な事情があるようにも思える。つまりホーリィには魔法の才能が無かったのではないかという事だが、流石にこれを質問するのは憚られたので鉄兵は話題を変えることにした。


「そういえば、アルテナの親父さんとはどうやって連絡を取ったんですか?」


 アリスが王都と連絡をしていた方法も謎だが、オスマンタスがアルテナの父親と連絡を取ったという話はそれよりももっと違和感がある話であった。まさか敵の首領と通信網を確保していた訳もあるまいし、いきなり連絡を取ろうと思って取れるものなのだろうか?


「それはですね」


 とホーリィが説明してくれたのだが、何のことは無い。ただ単にでたらめ臭い魔法の力を使った結果であるようだった。


 魔法には『魔法の眼』という視界のみを遠くに飛ばすものがあるらしい。山賊の拠点がどこにあるか正確には知らないものの、だいたいの場所はわかっていたようである。なのでオスマンタスはその魔法を使って南の果てまで視界を飛ばして首領の位置を確認し、後はその場所に互いの姿と音を伝える魔法を使って交渉したそうな。なんとも呆れるほど便利な魔法があったものだとは思ったものの、まあだからこそ魔法なのだろう。いったいどんな原理になっているものやら。とりあえず通信に関しては電話線や基地局などを設置する必要がある科学より魔法の方が便利なようである。まあこんな荒業はオスマンタスぐらいにしかできないそうだが。


 ここで話は少し逸れ、戦時中のオスマンタスの話になったのだが、戦時中のオスマンタスはなかなかえぐい人物だったようである。敵の魔法による通信網をかく乱したり、逆に魔法を使って敵の魔法や作戦を丸裸にしたりとやりたい放題だったようである。


 戦場においてはオスマンタスは地形を変え、城壁をも破壊する大魔法を連発し、イスマイルが先頭に立って不死部隊と恐れられる神官騎士団を率いて突撃し、敵の魔法部隊にはなにやら魔法を無効化する剣を持っているらしいシリウス王が突っ込んだりして完封したりしてたらしい。当時は魔法を地形操作や攻城戦に使ったり、神官が戦士として活躍するという概念もなかったらしく、その他もろもろ含めて新しいアイデアを使用した結果が統一に繋がったとか。まあ新しいアイデアを上手く活用した者が勝つというのはどの世界でも一緒のようである。


 とまあそんな事を徒然と話していたら、バルコニーに到着した。話に聞いていたようにシロはそこにいたわけだが、無論一人孤独に楽器をかき鳴らしていたわけではなく観客を伴っていた。簡単に言えば休憩時間らしい侍女達に囲まれているのだが、これは中々に世の男性に僻まれそうな光景だった。シロの演奏と詩に聞き入る侍女達の表情は熱っぽく、シロの演奏姿を見つめる瞳は単に演奏にうっとりとしているだけではないように思える。そういえば、恐らくは例の謁見の打ち合わせ最中もこんな感じだったのだろう。そう思うと少し腹も立ってきたのはここだけの話である。


 そんなろくでもない感想を鉄兵が抱いていると、その観客の一人の背中の横からぴょこんと犬っぽい鼻先が飛び出て見えた。というか良く見ればその観客だけは侍女姿ではなく私服であり、その後姿には見覚えがあった。金髪ツインテールのそれは間違いなくリードである。


『あるじ?』


「あ、リルちゃん」


 無論リードの手の中から現れた鼻先はリルのものであり、敏感に鉄兵の匂いを嗅ぎ取ったリルはリードの腕をすり抜けて鉄兵に駆け寄ってきた。


『あるじ! あるじ!』


「おかえり、リルー」


 興奮した様子のリルはいつものように鉄兵にタックルをかましてきた。片膝を突いた鉄兵はそれをしっかりと受け止めて、顔を舐めてくるリルの頭をガシガシと撫で回す。


 普段ならこれで大体収まるのだが、今日のリルはこの程度では興奮冷めやまないようである。興奮が抑えきれない様子のリルは鉄兵の手からもすり抜けるとキャンキャンとかしましく鉄兵の足元で騒ぎ始めた。


『あそんで! あそんで! あそんであるじ!』


「こーら。シロが演奏中なんだから静かにね」


 そんなリルの様子に鉄兵はちょっと怒った様子で人差し指を唇に当てた。とはいえ内心はあまり怒ってはいない。正直シロの演奏なんてどうでもいいとほっぽって遊んであげたいところだが、無闇に甘やかすのは優しさとは違うのである。旅の間なら野放図でも良かったが、王都で暮らすとなればそれほど自由にさせておくわけにもいかず、少し窮屈に躾けざるを得ない。なので、これはその躾けのための第一歩であった。


 鉄兵の言葉にリルが『ごめんなさい』と一声キャンと鳴く。しょんぼりしてしまったリルが健気で思いっきり構ってあげたくなったが、ここは心を鬼にしてしっかりと躾を行う事にした。とはいえそれほど鬼になる必要も無いので構う代わりによしよしと褒めるように静かに頭を撫で回す。すると、リルは無言でうっとりと目を細め、パタパタと忙しく尻尾を振り始めた。


「鉄兵、ごめんねー」


 そんな風にリルと戯れていると、リードがようやくこちらにたどり着いた。申し訳無さそうにしているのはうっかりとリルを連れて帰ってしまったことについてだろう。


「うっかり連れてったんですか?」


「あはは」


 質問をしたら笑って誤魔化されてしまった。どうやら図星のようである。とはいえうっかりで愛狼を連れて帰ったりされたらたまらないので釘を刺そうとしたところ、ちょっと予想外なところから援護射撃が飛んできた。


「テツ様、申し訳ございませんでした。昨日のうちにテツ様の元に連れて帰ろうかとも思ったのですが、夜も遅く、テツ様の状況を考えるにお邪魔になるかと思い今日まで預からせていただきました。

 朝のうちに返そうかとも思ったのですが、ここは妹の口から詫びさせる事が筋だろうと思い、そうさせていただきました。本当に申し訳ございませんでした」


 ホーリィにここまで頭を下げられては許さないわけにも行かない。というか、良く考えれば昨日の夜は酔い潰れてしまっていたのでそのままならリルに寂しい思いをさせていたのかもしれない。そう考えるとリードに構ってもらえていたその状況の方が良かったのかもしれない。


「いやぁ……昨日は結局酔い潰れていたわけですし、考えてみれば助かったのかもしれません。でも、これからはついうっかりでリルを連れて行ったりしないでくださいね」


「はーい」


 リードがしょぼんと肩を落とす。どうやらしっかり反省しているようである。


 でも、と考える。鉄兵はこれから一人暮らしのような状態になる予定である。しかも仕事内容から考えるに忙しくなる事は多いだろう。そうなると家に帰れない日も出てくるだろうし、リルに寂しい思いをさせる事も多くなるだろう。そう考えると、そういう日はリードの家にリルを預かってもらうというのは悪くないアイデアのように思える。幸いリルはリードに懐いている事だし、しっかりとリルにも言い含めればその方が良さそうである。


「……ところで師匠。多分自分はこれから家に帰れない日も出てくるでしょうし、そういう時は預かってもらえませんか?」


「え? もちろんいいよ!」


 しぼんでいた表情がぱあっと明るくなる。それを見て、やはりリードは笑顔が一番似合うなとか思ったのは胸の内だけに秘めておく事にした。


「それは助かります。えっと……その際の手配はホーリィさんに頼んでもよろしいんでしょうか?」


「はい。もちろんお受けいたします」


 というわけでホーリィも満面の笑顔で快諾してくれた。一連のやり取りをおえたリードが兄の方を向いてえへへと笑う。そんなリードに「よかったね」とホーリィもにこにこと笑顔を返した。外見から判断すれば非常に麗しい兄妹の図であろう。だが、間違ってはいけないがこれは22歳の妹とそれ以上の兄の図である。ただし半精霊族のであるが。


 さて、そんなわけでリルをたまにリードの家に預かってもらえる事になったが、考えてみればリルの気持ちはどうなのだろう? リルがリードに預かってもらう事を嫌がるとは思えないが、ここは一応聞いてみるべきだろう・


「リル、僕が家に帰れない時はリルをリードのところに連れてってもらおうと思ってるんだけどリルはどう思う?」


『あるじいない。いやだ』


 リルから返ってきた答えは非常にシンプルなものだった。慕われてるのは嬉しいが、少し問題が違うような気がする。


 少し考えた後、鉄兵は少し聞き方を変えてみる事にした。


「リルはリードが好きかい?」


『リル、リードすき」


 リルがぱたぱたと尻尾を動かす。


「じゃあ誰もいないのとリードがいるの、どっちが好き?」


『リードがいるの!」


 興奮した様子でリルがキャンと吼える。


「そうだよね。だから、僕が家に帰れないで部屋に誰もいない時にリードのところに連れてってもらおうと思ってるんだ。リルは誰もいないよりもリードがいる方がいいよね」


『リル、リードがいるほうがいい!』


 今度はしっかり理解したようで、リルははちきれんばかりに尻尾を降り始めた。ちょっと詐欺っぽい質問になってしまったような気もしたが、リルも理解してくれたのでこれでいいことにしよう。


「話はすんだかい?」


 リルとの話が終ったところでひょいとシロが顔を見せた。気がつけばシロの独演会は終っていたようで、いつのまにか鉄傘を肩にかけて近くに立っていた。


「おはよ、シロ」


「おはよーさん。様子見に来たぜ。具合はどんなもんだ?」


「まあ、ぼちぼちかな」


「そうかい」


 なんの意味も無い会話をお互い交わす。その言葉にシロは満足したのか分からないが、懐からキセルを取り出し腰から煙草を一掴みしてキセルにつめ始める。


「ところでテツよ」


「ん?」


「おまえさん、あれには気がついてるのかい?」


 そう言ってシロはバルコニーの先の中庭の方を指差した。何かと思い耳を澄ませてみるとなにやら金属がぶつかるような重い音が聞こえてきた。


「……なんか、戦ってるような音がするな」


 煙草を詰め終えたシロがキセルの吸い口に口をつけ着火魔法で火をつける。ふーと一息吐いたところでシロが口を開けた。


「中庭じゃマーティン達が近衛の連中と戦ってるようだぜ。おまえさん、見に行かなくていいのかい?」


「マジで!?」


 さーっと鉄兵の顔から血の気が引く。一体何があったのか分からないが、マーティン達が近衛兵と事を構えているとはただ事ではない。下手をすれば即座に死刑が執行されてしまうわけで、落ち着いている場合じゃない。ってか、それが事実ならなんでシロはこんなにも冷静なのだろうか。


「行ってくる!」


「おう、頑張れよ」


 シロの返事も待たず、鉄兵は走り出した。今いるバルコニーは城の3階にあるわけだが、王城は巨人族なども利用するためか一階一階の高さが高く、1階までは20メートルくらいあるだろう。下手に飛び降りれば致命傷になりかねず、大丈夫だとはわかっていても身が震えるような高さである。


 でも、そんな事を考えている場合ではない。


 鉄兵は覚悟を決めるまもなくバルコニーの垣根を飛び越えて宙を舞った。

2011/2/25:指摘いただいた誤字修正

パタパタと忙しく尻尾を降り始めた。

→パタパタと忙しく尻尾を振り始めた


文章一部修正。消し忘れてた部分を消しただけです。


2011/7/2:指摘いただいた誤字修正

ピアスとカフスボタンを受け取ったホーリィはホーリィは

ホーリィが一つ多い


2011/10/18:指摘いただいた誤字修正

ホーリィに案内されて[城]のところに

→ホーリィに案内されてシロのところに

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