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ある朝の一幕

 王宮のある一室。


 開け放たれた窓からは少し冷たいが爽やかな風が流れ込み、朝日が燦々と部屋を明るく照らし出している。


 窓の外では小鳥達が歌い戯れ、そこから見える家々からは煮炊きのための煙の柱が立ち並んでいた。


 この部屋の外にはまさに平和な朝の始まりというに相応しい光景が広がっている。


「うう……だめだ死ぬ……」


 だが、そんな爽やかな朝だというのに、部屋の中のベットに転がっている鉄兵は、いつものように二日酔いで死にそうになっていた。


 最早、毎度お馴染みともいえるこの光景。こうも二日酔いが続くとだらしなく思われるかもしれないが、鉄兵の名誉のために言うならば、これには一応の理由のある事だったりする。


 基本的にこの世界には娯楽が少ない。ゆえに酒を飲み、語り、歌って騒ぐのが一般的な娯楽なわけで、夕食ともなれば必ずといって良いほど酒が出る。そしてそんな環境のためか、この世界の人達は皆そろって酒に強いのだ。鉄兵も酒に弱いわけでは無いのだが、周りに釣られてついつい飲みすぎてしまい、毎度のように二日酔いになっているというわけである。


 とはいえこの世界に来てから早一ヶ月。その間ほとんどがこの調子なのだからそろそろ学習しても良い頃かもしれない。なのに未だにこうして自分の酒量の限界を見極めて飲めないという事は、まあ本当に酒にだらしないだけなのかもしれないが。


 それはともかく今日の鉄兵はいつもより二日酔いが酷い。いつも二日酔いになっているとは言え、普段なら多少頭痛がする程度のものなのが、今日の鉄兵はまるでいつぞやの魔法を覚えた日の朝のように酷い二日酔いに悩まされていた。


 なぜそんなに飲んでしまったのかといえば、まあぶっちゃけてしまえば今回も似たような理由でこうなっているわけなのだが、とりあえず説明のために少し時間を遡る事にする。




 時は戻って前日の夕食時。一芝居終えた鉄兵はシリウス王に命じられて晩餐の席を共にしていた。


 いきなり王族兼アリスの家族に囲まれて食事をするとはハードルの高い話であったので誰かに付き合って欲しかったのだが、リードとイスマイルは自宅に帰り、アルテナは絶賛逃亡中である。なのでせめてシロぐらいは付き合って欲しかったのだが、そもそもシロは竜人族という事で一勢力に肩入れしていると思わせるような行為はご法度なのだそうである。ゆえにシロは昼は顔を出すといっていたが宿は城下で取るらしく、夕日がくれる前に城から出て行ってしまった。さらにはリルもどさくさに紛れてリードがつれて帰ってしまったらしく、鉄兵はある意味孤立した状態でこの席に挑んでいた。


 王族の食事と言えば豪華な印象があるかもしれないが、オズワルド王家の食卓においてはそんな事はなかった。無論、専門の料理人がそれなりに質の良い材料を使って調理しているために味の方は最高なのだろうが、目の前の料理の種類についてはそれほど庶民と大差が無かった。テーブルも上座下座のない円卓であったりと、なんだか王宮っぽくないのだが、こちらの方が無駄に威圧感を感じないために鉄兵としては大助かりである。


 食卓を囲むメンバーは6人ほどいるのだが、鉄兵と後はアリスの家族だけである。正面に座るシリウス王と鉄兵の右隣のアリスはともかく、シリウス王の左右に座る王妃と思しき女性と王子と思しき男性。それに鉄兵の左隣に座るこれまた王子なのだろう少年は知らない人物であった。


 そんな状況の中、全員の杯にワインが行き届いたのを見てシリウス王が口を開く。


「まずは家族を紹介しよう。妻のアリア、次男のヒューバートと三男のガブリエルだ」


「……」


「ヒューバートだ。よろしくな」


「ガブリエルです。よろしくお願いします」


 シリウス王の紹介に、ヒューバートは元気良く、ガブリエルははにかみながら挨拶をした。ちなみにアリア王妃が無言であるが、これは特に機嫌が悪かったり敵意があっての事ではないようである。その根拠はにこにことふわふわした感じの笑顔を見せている事だけであるが、まあ外れてる気がしない。


 こうしてアリスの家族が一同に揃ったところを見てみると、なるほど家族だなと鉄兵は当たり前の感想を胸に抱いた。こうしてみるとアリスは父親似なのだという事が良く分かった。


 アリア王妃は赤みを帯びた金髪碧眼のほわほわした感じの女性である。アリスの母でシリウス王の妻となればさぞかし美形なのだろうなと鉄兵は想像していたのだが、少し予想外な事にアリア王妃は美人というほどの美人ではなく、結構地味な感じの可愛らしい女性であった。


 その代わりといっては何だが、アリア王妃には特筆すべき一つの特徴があった。事前にホーリィから仕入れた情報では、シリウス王は36歳でアリア王妃はその3歳年上のはずである。つまりそういう年齢のはずなのだが、残念ながらというべきか、シリウス王の妻というよりかはアリスの姉……いや下手をすれば妹のようにしか見えないのだ。


 6人の子持ちながら少女のような印象を受けるアリア王妃がシリウス王の妻であるといわれれば「このロリコンが!」という言葉しか浮かばなかったのは絶対に口には出せない鉄兵の感想である。ちなみに長男は22歳という事で、シリウス王の年齢から逆算するとなにやら犯罪の匂いがしたが、そこは異世界という事であまり考えない事にした。まあ当時は戦乱期だったはずだから早いうちに跡取りを作るのは王家の義務だったのだろう。


 次男のヒューバートは基本父親似のようである。燃えるような赤目赤髪は見紛う事無き父親譲りのものであるが、容姿については母親のものが少し混じっていて、鉄兵と同じ21歳のはずなのだが、この世界では幼く見られている鉄兵よりもさらに幼い感じがあり、どこか少年のような印象を受ける人物であった。先程の挨拶の感じからしても性格は基本父親譲りのようであるが、どこかのんびりした感じがするところは母親譲りのものだろう。


 13歳の三男のガブリエルは両親の良いとこ取りをしたような容姿である。髪は優しい夕日のような色で、目の色もそれとほぼ同じものである。顔のパーツの一つ一つを良く見れば父親譲りの美しいものなのだが、その配置が母親譲りの絶妙なもので、気品がありながらも柔和で可愛らしい印象を受けるものだった。性格は基本母親似のようでほわほわとしていてなるほど末っ子なのだなぁという印象を鉄兵は受けた。


 ちなみにアリスの家族は他に兄が一人に姉が二人いるのだが、姉二人はすでに嫁いでいるので王都にはおらず、兄は軍の将軍職についているために軍事演習を行っており、帰還予定日は明日だそうである。

 

「香坂鉄兵です。今後お世話になります」


 アリスの家族の前という事もあり、正直なところ鉄兵はかなり緊張しながら挨拶をした。


「なんだか硬いな。緊張しているのか? 別にここが王宮で俺達が王族だからって緊張する事ないぜ」


 鉄兵の緊張が見て取れたのだろう。そう言ったのはヒューバートであった。にへらと笑ったその表情はなんだか妙に親しげである。


「そうだぞ鉄兵。昼の謁見の時でさえ今ほど緊張していたようには見えなかったというのに、どうしたというのだ?」


 こちらはアリスの台詞である。その表情は焦りを含んだものであり、なぜか本気で心配しているようである。


 アリスに心配をかけるのはこちらとしては本意ではない。アリスの家族も予想以上に親しげな感じなので緊張するのも失礼なのかもしれないとは思ったが、だからといってそう簡単に緊張を消す事なんてできる事ではない。緊張を解く方法は色々あるのだろうが、残念ながら鉄兵はこんな時に緊張感を解す方法を一つしか知らなかった。ゆえにそれを実行する事にする。その方法とはずばり、開き直る事である。


「いや、王宮で王族を前にしてるから緊張してるわけじゃないよ。ただ……」


「ただ?」


「アリスの家族の前だから緊張しちゃって」


 鉄兵としてはただの本音だったのだが、アリスの家族にとってはツボに嵌る話だったようである。鉄兵の言葉に一瞬静寂が訪れたが、次の瞬間には食卓は爆笑の渦に飲み込まれていた。声を発しないアリア王妃ですら口に手を当てて笑いをこらえているようである。


「あっはっは。なんてーか、やっぱりおまえは大物みたいだな」


「はあ……」


 豪快に笑うシリウス王の台詞に鉄兵はただただ恐縮するばかりであった。王族のアリスとは結構長い時間旅を一緒にしてきたし、シリウス王はあの通りの性格なので今更王族だからという理由で畏まるなんてできないというだけの話だったのだが、確かに王族の前だからという理由より友人の家族の前だからという理由で緊張するというのは、よく考えてみれば大物に見える発言なのかもしれない。


 シリウス王が笑みを含んだ視線を向ける。


「そういう事情ならなおさら緊張する必要はないだろ。おまえはもう、俺にとっちゃ家族みたいなもんなんだ。気軽にしろよ」


「そうそう、親父も良いこと言うぜ」


「馬鹿言え。俺はいつだって良い事しか言わないのさ」


 持ち上げるヒューバートに調子に乗るシリウス王。なんというか、どこにでもいる家族のような会話である。


 それを見ていた鉄兵は、なんだか懐かしい気分になってしまった。最近では実家に帰らず学校で寝泊りしていたが、それ以前の毎日家に帰っていた頃は、自分も父親とこんなやり取りをしていたなぁと思い出してしまった。正直なところ、いくらシリウス王に気さくな一面があったとしても、王家が一堂に会した場でこれほどフランクな雰囲気になるとは思っていなかった。ほのぼのとした家族の光景を目の当たりにして、すっと緊張が消えていく。


「そういう事なら遠慮なく」


「おう、そうしろそうしろ。さて挨拶も済んだし飯にするぞ」


 シリウス王の言葉にまずは全員食事に手をつけたが、すぐにまた会話が始まった。会話の一番手はヒューバートである。


「テツは……あ、テツでいいよな」


「ああ、それでいいよ」


「俺の事はヒューって呼んでくれ。ガブリエルもエルでいいよな」


「うん」


 ヒューバートの言葉にガブリエルが頷いた。やはり父親に似て押しの強い性格のようである。


「でさ、テツはすっげー魔法使えるんだってな。一つみせてくれねーか?」


 そういったヒューバートの目がものすごく輝いていた。いきなりのリクエストにちょっと怯んだ鉄兵だったが、その目はよ~く知っているものである。未知なる物への好奇心。純粋に自分の知らないすごいものを見たい、知りたいと思い、それを目の前にした時のそれである。


 ヒューバートの気安い態度も手伝って、鉄兵はヒューバートの事がなんだか元の世界の友人達に重なった。思えば友人達はいつもこんな目をしていたなぁとさらに懐かしさが募る。


「兄上。鉄兵は芸人ではないのですよ。それは少し失礼ではないですか?」


 ヒューバートの失礼な発言にアリスが憤慨する。アリスの気遣いは嬉しかったが、ヒューバートに悪意が無いと判断した鉄兵は場の雰囲気を盛り上げる方向で行く事にした。


「いや、いいよアリス。ヒューは単純にすごいもんが見たいんだろ?」


「そういうこと」


 ニヤリと笑う鉄兵にヒューバートがニシシと笑う。なんだかここ最近無かったノリに、心が少し乗ってくる。


「いいぜヒュー。面白いもの見せてやるよ」


 ノリノリで答えてみたが、さてどうしようかと考える。すごい魔法といったところで何をやるかが問題である。こんな狭い場所でまさかリードの時のように森を覆いつくす水を出すわけにも行かないし、何をやったら度肝を抜けるであろうか?


 ちょっと悩んだ鉄兵だったが、そこに手に持ったナイフとフォークが目に入った。こちらの世界の食器の主流はナイフ・フォーク・スプーン、それに手掴みである。基本的な発想はこっちの世界でも同じなんだなと驚いたものであるが、残念ながら箸は無く、日本人の鉄兵としては正直不便な思いをしていたところである。なので、ちょうどいいのでこれをネタにする事にする。


「それじゃ軽く地味なのを」


 鉄兵はナイフとフォークを重ね、先端を両手に当てて挟み込んだ。解析魔法を実行する。材質は、ここは流石王族と言う事だろう納得の銀製であった。


 続いて加工魔法を発動させ、掌を合わせるようにして押し潰し、球状に加工する。


「うぉ!」


「うわぁ……」


 それだけでもうヒューバートとガブリエルが驚愕の声を上げた。もはや鉄兵の魔法を見慣れているアリスは別として、アリア王妃もシリウス王も驚いているようである。ヒューバートのきらきらとした目を見る限り、この時点で試みは成功のようだがこれで終わりのわけではない。


 鉄兵は続いてそれを均等に二つに分け、細く引き伸ばした。細い棒状のものを二本作れば箸の完成である。


「ま、こんなところで」


 完成した箸を手に持ち、シロ張りにニッと笑ってみる。


「すごい……」


「……話には聞いてたが、目の当たりにしてみると大したものだな」


 ガブリエルはポカーンとし、シリウス王すら度肝を抜かれているようだった。ヒューバートに至ってはすげーすげーとおおはしゃぎの様子である。とりあえずヒューバートとは良い友達になれそうだなとか密かに思う鉄兵であった。


「鉄兵。なにやら独特な方法でその棒を持っているが、ひょっとしてそれは何かの道具として作ったのか?」


 唯一鉄兵の魔法に慣れているアリスが箸に注目する。目の付け所がいいのは流石だろう。


「これ? これはうちの国の食器。箸っていうんだけどこうやって摘んで使うもの」


 そう言って鉄兵はひょいと料理を摘んで実践した。軽やかに箸を操り料理を口に入れる。


「あ、これすごく美味しい」


 何気なく摘んだ鳥肉のソテーっぽい料理だったが、その美味しさに鉄兵が思わず驚く。


「美味いだろ」


 と、なぜか妙に自慢げなのはシリウス王である。その横ではなぜかアリア王妃が照れている。


「すごく美味しいですけどなんで、シリウス王がそんなに自慢げなんですか?」


 確かにすごく美味しいのだが、なんでそんなに嬉しそうなのやら? 


専門の料理人が作ったものが美味くとも、そこまで自慢するような事ではないだろう。


「そりゃ、女房の料理が褒められれば嬉しいに決まってるだろ」


「あー……納得しました」


 そりゃアリア王妃が照れているのも納得ができると言うものだ。にしても結構な数の料理が食卓には並んでいるのだが、これを全部アリア王妃が作ったのだろうか。


「これ、全部アリア王妃が作ったんですか?」


「いや、それとそれとそれの三品だな」


 シリウス王がひいふうみいと指を差して数える。指差された料理はどれも庶民的なものであった。


「へえ、アリア王妃は庶民的なんですね」


「そりゃ元は庶民だからな」


 驚きの事実……でもないのか? アリア王妃を見たままに捉えれば納得できる話であった。


「そうなんですか?」


「アリアは俺の乳兄弟の姉でな。生まれた時からずっと一緒でこれからもずっと一緒なのさ」


 さてここは話を少し飛ばす。今でこそオズワルド王国は大国であるが、シリウス王が生まれた時代はまだまだそこらの小国だったために王家といえども暮らし向きは庶民的だったらしい。自然乳兄弟の姉であるアリア王妃とも家族同然に育てられ、当然のようにシリウス王はアリア王妃を嫁として娶ったのだそうな。食卓が庶民的なのもその頃の名残で、どうも贅沢な料理より庶民的な食べ物の方がシリウス王の口には合い、特にアリア王妃の料理が一番美味いとの事である。要約すればそれだけの話なのだが、シリウス王の「嫁の料理が最高だ」という惚気が延々と続いたのでここでは割愛する。はいはいご馳走様といったところである。


「にしてもこんだけ美味い料理が毎日食えるって羨ましいですね」


 アリア王妃の料理を口に運びながら鉄兵が何とはなしに呟く。特にお世辞とかではなく、自分も、自分の母親もそれほど料理が得意ではなかったので純粋にそう思って口にしただけのことである。


「あれ、アリスだってお袋と同じくらい料理は上手いはずだぜ?」


「そうだな。アリスはよくアリアの手伝いをしていたからアリアと同じくらい料理は上手いはずだ」


 そう言ったのはヒューバートとシリウス王である。言われて記憶を思い返す。


「そういえば……そうだったかも」


 アリスの手料理を食べたのはアリスに会った当日の夜だけだが、あれはただの塩味の豆スープだったのに妙に美味しくて驚いた記憶がある。その時も王族だと言うのに料理の手際が良い事に驚いた気がするが、なるほどそういう理由だったのかと今更ながらに納得する。


「つまり、アリスとくっつきゃ万事解決だぜ」


「え……?」


「兄上! 失礼ですよ!」


 ニヤニヤと笑うヒューバートの口から出た冗談にアリスが過剰に反応する。ヒューバートに厳重に抗議をしているが、その顔は真っ赤であった。


「なんだよ、そういう仲じゃなかったのか?」


「ただの友人……だよな?」


 内心動揺している鉄兵が思わずアリスに尋ねる。アリスと目が合う。その目の中に鉄兵と同じく動揺の様子が見て取れたと思った瞬間、アリスは「知らん」と一言吐き捨ててプイと横を向いてしまった。


「まあ、まだ見合いの件もある事だしな。それはそれで好都合か」


 シリウス王が呟いた言葉に鉄兵はなぜかガンッと横っ面を叩かれたかのような衝撃を受けた。今更ながらアリスが王都に帰ってきた理由を思い出した。シリウス王が言ったように、アリスは見合いをするために王都まで帰って来たのである。


 見合いをするという事は、アリスが結婚するかもしれないという事である。そう考えた鉄兵の心には急に得体の知れない喪失感が広がり、なぜか不安感を覚えて暗い気分になってしまった。横を見ればアリスも同じような表情をしていたのだが、鉄兵はそれに気がつかない。


 ついでに二人を見るほかの面々の表情はニヤニヤと暖かかったりするのだが、鉄兵はやはりそれにも気がつかなかった。


 よくわからない感情に押しつぶされそうになった鉄兵はワイングラスを手に取り、その中身を一気に喉の奥に流し込んだ。急激に酔いが来て、鉄兵を潰そうとする謎の感情に対抗する。


 そんな鉄兵の横からすっとボトルを差し出された。見れば、ガブリエルがワインボトルを持っている。どうやら注いでくれるらしい。


「どうぞ」


「ありがとう」


 にこにこ笑うガブリエルに、鉄兵もにこにこと対応してワインを注いでもらった。子供に酒を注いでもらうのは倫理的な問題で少し罪悪感を感じなくも無かったが、その気遣いは嬉しいものだったので少し心が軽くなった。


 酒の力とガブリエルの気遣いのおかげで少しは回復したものの、気分はまだまだ下降気味である。酒を飲めば誤魔化せるので、安易だがそうやって誤魔化す事にする。


 この分だと明日の朝が大変そうだなとは思ったが、鉄兵はあえて自分の本能に逆らわなかった




 とまあそんな事があり、今に至るというわけである。


 そんな訳で二日酔いに苦しんでいるわけだが、今日はオスマンタスと自分の就業条件について話し合う予定があるのでおちおち寝ていられない。このままぶっ倒れていたいところであったが、そういうわけにも行かないので気合を入れて起き上がろうかとしたその時、コンコンとドアがノックされ、ホーリィが部屋に入ってきた。手にはお盆を持っていて、その上には陶器製の水差しとコップが乗っている。


「おはようございます。テツ様」


「おはようございます、ホーリィさん」


 優しげな笑みを浮かべるホーリィに釣られて鉄兵も笑顔を返す。途端に頭がガンガンと鈍く痛んだが、初日から二日酔いの醜態を晒すのは恥ずかしい気がしたので、表には出さずにごまかす事にする。


 今日からホーリィは正式に鉄兵の従者という事になったらしい。従者というと妙な感じだが、ようするにこの世界では世間知らずな鉄兵のフォロー役のようである。身の回りの世話から書類の作成まで、分からない事があったらとりあえず頼めばどうにかしてくれるらしい。リードの兄に身の回りの世話をされるというとなんだか変な感じだったが、初対面から妙に波長が合う人なのでありがたい話であった。


 ホーリィがテーブルの上にお盆を置き、水差しからコップに水を注ぎ始める。何はともあれ水分が欲しかった鉄兵は頭の痛みを押してさっさとベットから起きる事にした。


「どうぞ」


 ベットの縁に座って靴を履き終えた鉄兵に、ジャストのタイミングでホーリィが水の入ったコップとなにやら粉末の入った包み紙を差し出す。


「これは?」


 受け取りつつも疑問の声をあげる。水はともかくこの粉末はなんであろうか? なにやら薬っぽいが、なんで薬なんかを出されたのだろう?


「ウコンを粉末にしたものです。二日酔いに効きますよ」


「それは……ありがたいです」


 どうやらばればれだったようである。これは恥ずかしい。


 羞恥心に突っ伏しそうになった鉄兵であったが、ホーリィがにっこりと微笑みかけてきたのを見てなんだか妙に心落ち着かせてしまった。年上にこういう事を思うのは失礼かもしれないが、鉄兵はしみじみとホーリィさんは癒し系だなぁとか思ってしまった。


 少女と間違えてしまいそうなほど華奢なホーリィは、リードの兄というだけあって超がつくほどの美少年である。よく気がつくし、政務についても有能なのだろう。さぞかし女性にもてそうだなぁと思った鉄兵であったが、同時にもう一つの可能性に気がついてしまった。ついでに妙に波長が合うその原因もそれなのかもしれない。


「ホーリィさんって、ひょっとして男にもてます?」


「……何の事でしょう?」


 誤魔化したホーリィであったが、目が口ほどに物を言っていた。


「……お互い、苦労してきたみたいですね」


「はい……」


 シンパシーが繋がったものの、お互い目をそむけてしゅんとしてしまった。


 空はこんなにも青く、風は爽やかである。太陽は燦々と輝いているのに、どうしてこんなにも気分が重いのであろうか。


 とまあ、そんな朝の一幕であったとさ。

 アリア王妃の名前はFreedomさんに、ヒューバート第二王子の名前はLizreelさんに、ガブリエル(エル)第三王子の名前は疾風迅雷さんから頂きました。皆様ありがとうございました~。


2011/2/6:ご指摘いただいた誤字修正

一応に会した→一堂に会した

なぜか不安感を感じて→なぜか不安感を覚えて


「俺の事はヒューって呼んでくれ。ガブルエルもエルでいいよな」

ガブルエル→ガブリエル


2011/8/13:ご指摘いただいた誤字修正

こうも二日酔いが続くとだらしなく思われるかもしれなが

しれなが→しれないが


2011/9/6:ご指摘いただいた誤字修正

靴を吐き終えた鉄兵→靴を履き終えた鉄兵

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